022 PK犯再び?
翌日は、朝から王都を巡る。
チュートリアルの地図を頼りに、先ずは王宮の見学をしよう。
一端、大通りに戻り、南門から北に延びる通りを歩きだした。北に向かうほどに通りに面した建物が大きくなり、十字路を3つほど過ぎると、今度は庭園を持ったお屋敷が左右に見えるようになってきた。この辺りから貴族街になるのかな?
やがて大きな建物が前方に見えてきた。尖塔がいくつかあるから、レジャーランドにあるお城に見えなくもないけど、規模が全く違うんだよね。
通りの突き当りは大きな広場になっている。さらに北に向かう道もあるんだけど、その道は鉄の柵で囲まれてるし、衛兵さんが数人程、近づく私達を見ているようだ。
広場の北の柵越しに中を覗いていると、すぐに衛兵さんがやって来た。
「こらこら、あまり中を見ないでほしいな。まあ、驚いて見てるのは分かるんだけどね」
「すみません。あまりに立派なのでついつい……」
困った連中だと思ってるんだろうな。若い衛兵さんなんだけど笑みを浮かべて私達に注意してるくらいだ。
「それなら、広場の東屋から見た方が良いだろうな。一番眺めが良い場所なんだ」
「ありがとうございます!」
そういうことなら、チュートリアルの地図に乗せてくれたって良いんじゃないかな?
衛兵さんに頭を下げて、教えて貰った場所に行って眺めてみると、なるほどお城が綺麗に見える。
「お姫様もいるんだよね?」
「王子様だっているんじゃないかな? 窓から顔を出してくれれば良いんだけど……」
しばらく待っていたんだけど、窓やベランダには誰も出てこない。
仕方なく、次の場所を探すために王都の地図を開く。
「あれ? 4神殿だけかと思ったら、『イザナギ』さんの神殿もあるんだ!」
「あのお姉さん?」
「たぶんね。私達が元気に暮らしてると教えてあげましょう!」
トラペットの町には北東部に教会があったんだけど、王都には王宮の東西に神殿があるようだ。西の神殿は4神を祭る総本山なんだろう。でも『イザナギ』さんを祭る教会は無かったから、王国に唯一の神殿ということになるんだろうか?
王宮前の広場から東に進む通りを歩いていくと、石造りの大きな尖塔が見えてきた。あの尖塔の下に神殿があるのかな?
「これって……」
「神殿というよりは、広場に見えるよね」
通りから広場に入ったんだけど、私が思い描く神殿とはかなりかけ離れた作りなんだよね。タマモちゃんとしばらくは呆然とした表情で立っていたぐらいだ。
東西にそびえる2つの尖塔の中央には大きな泉がある。泉の中央には台座があるだけで、かつて建っていたと思しき石像は見当たらない。
今は廃れた神が『イザナギ』さんなんだろうか?
でも、私達がこの世界で暮らしているのは間違いなく『イザナギ』さんのおかげだと思うんだけどねぇ。
「ほう、お二方には思うところがおありのようじゃな?」
後ろからの声に思わず振り返ったら、古臭い神官服を纏った老人が杖を頼りに立っていた。
「はい。『イザナギ』様の神殿と聞いてきたものですから……」
「それなら、間違いなくここじゃよ。『イザナギ』様のお姿を刻むことなど不敬の極み。ということで、像が無いんじゃ。ましてや、神殿を作ろうにも他の神殿と比べられてはのう。作らぬ方が良いということになっておる」
なるほどねぇ。祈りの場があれば十分ということなんだろう。
老神官に頭を下げると、タマモちゃんと一緒に両手を合わせて深々と頭を下げる。
(結構、楽しんでますよ。この世界に送って頂きありがとうございました)
たぶん、タマモちゃんも同じ思いに違いない。
しっかりと頭を下げて、さて次の場所に向かおうと頭を上げた時だった。
『ようやく、ここまで来ましたね。その装備とレベルでは、上位職業に着くまでは苦労するでしょう。少し変えておきましたよ』
タマモちゃんも同じ言葉を聞いたんだろうか?
私を見上げるようにして首を傾げている。
「ほう! 何らかのご神託があったようじゃな。『イザナギ』様のご神託を受けることなぞ滅多にないことじゃぞ」
「冒険をするための力を授かったようです。とはいえ、ここで教えることもできません」
「それでよい。たまにこの神殿に顔を見せれば『イザナギ』様も喜んでくれるじゃろう」
大きな笑い声をあげて老神官は私達から去って行った。
でも、どんな力かは調べないといけないだろう。それは今夜でも良いはずだ。
「次はどこに行こうか?」
「この広場が良いかも! きっと屋台も出てるんじゃないかな?」
まだ昼前だから、屋台も混んでいないんじゃないかな?
タマモちゃんの提案に笑みを浮かべて頷いた。
王都にはいくつか広場があるようだ。その中でも、西の神殿の南にある広場が一番大きいらしい。
王都の祭りを行う時のメイン会場になるぐらいだから、ちょっとした運動場にもなるようだ。
たまに競技会も行われるらしいが、そんな時には広場を囲む建物が貴族の人達に借り上げられてしまうんだろうな。
途中のお店を眺めながら広場へと向かう。
広場に集まる屋台を眺めながら、串焼き食べるのも私達が冒険者ということで誰も何も言わないんだよね。
あまり行儀の良いことではないんだけど、冒険者ならそんなものだろうと割り切っているようにも思えてしまう。
広場には大勢のプレイヤーもいるようだ。冒険者だけではなく生産者を選ぶプレイヤーもかなり混じっている。
すでに、この広場で屋台を出すまでになったプレイヤーを見付けた時にはちょっと驚いてしまった。
ということは、農家で順調に耕作を行っているプレイヤーもいるんだろうな。
屋台の食べ物を頂きながら、広場から下町に足を踏み入れる。
低い軒先と長屋のような街並みは、何となく花屋の食堂近辺を思い出してしまう。
「武器も防具も買わなかったよ?」
「『イザナギ』さんが言ってたでしょう? 私達のステータスが少し変わったと思うの。それに伴って武器も変わってるからそれを確認してからでも遅くはないよ」
そうなのかな? そんな表情で私を見てるけど、私だって半信半疑なんだよね。
その夜。食事が終わって部屋に入った私達は、メニューを開いて自分達の情報を確認する。
大きく変わってるのはレベルだった。私達のレベルは10だったはずなんだけど、16に上がっている。
北の王国を目指そうとしているシグ達だってL12というところだろう。
「タマモちゃんも上がってるの?」
「L16だよ。それよりもこれの方が問題!」
自分達の装備に変化があったのだ。
まったく気が付かなかったんだけど……。
いつの間にか、一番上に羽織っている革のベストに細い鎖が裏打ちされているのだ。重くなったんだから気が付くはずなんだけど、そんな感じが全くなかったんだよね。
タマモちゃんが指摘してくれなかったら、ずっと気が付かなかったんじゃないかな?
「武器も少し変わってる」
「私も変わってるみたい」
弓矢が真竹の弓からトネリコの弓に変わって、攻撃力が+8。
短剣が鉄の短剣から鋼の短剣に変わって、攻撃力+5。
タマモちゃんの方はというと。
革のムチが茨のムチに変わって、攻撃力+3。
一球入魂のバットはそのままだけど攻撃力が3つ増えている。
「これなら、武器は買わずに済みそうね。パラメータも十分じゃない?」
「これならヤドカニも簡単に倒せるよ」
個人ステータスのL15の数値は、
STR(攻撃力)=17(+2)
VIT(体力) =12(+1)
AGI(素早さ)=23(+3)
INT(知力) =11(+1)
になった。素早さはたくさん上がったけど、体力と知力は余り上がってないね。
タマモちゃんの方は、
STR(攻撃力)=15(+3)
VIT(体力) =13(+1)
AGI(素早さ)=17(+1)
INT(知力) =24(+2)
という感じなんだけど、私より体力があるってことだよね。知力が高いのは従魔使いだからなんだろう。将来は神官の上位職となる『枢機卿』になるらしいから、その為に知力が上がりやすいのかな?
「これなら、ホルンの先に行けそうね?」
「お姉ちゃんのお友達がいるんでしょう? 早く行ってあげようよ」
私には、シグ達がいるんだけど、タマモちゃんの友達はいないようだ。小さいころから病院に入院していたんだろうな。
ケーナとも年齢が離れてるけど、私よりは近いだろうからタマモちゃんの友達になってあげて貰おうかな……。
翌日。私達は広場でちょっとしたお土産を買い込んで、人気の少ない片隅に向かう。
日除け代わりに枝を伸ばす植栽の一角で、【転移】スキルを使った。
私達の足元に魔方陣が作られて、魔方陣から発せられた光が私達を包む。
周囲の人達は、あまり気にしていないところを見ると、【転移】を行うプレイヤーは結構多いのかもしれないね。
光が納まった時、私達は閑静な公園のような場所に出た。
ここがホルンの転移先になるんだろう。さて、どこに出たんだろうとチュートリアルの地図を開いて、ホルンの町の地図で確かめた。
「ここだから……。ホルンの教会ということね。先ずは冒険者ギルドに行ってみましょう」
隣国への道が開かれたかどうかが気に掛かる。
そんな私に、同じようにチュートリアルを開いていたタマモちゃんがとんでもないことを教えてくれた。
「橋は渡れるみたい。5日前に開通したってお知らせが出てるよ!」
「ええ! それって、どこに……」
タマモちゃんが、チュートリアル画面の選択について教えてくれた。
最初の画面に『お知らせ』の表示がある。それを選択すると、イベントのお知らせと、イベントのクリア状況が選択できるようだ。
さらに、お知らせ画面の新たな情報を最初の画面に表示して、尚且つチャイムで知らせる機能まで付いている。
「お姉ちゃん、知らなかったの?」
「すみません……。困ったときにしか、見なかったの」
妹分に教えられる姉と言うのは問題だと思うけど、私よりもこの世界に詳しいのなら私にはありがたい存在になる。
シグ達と一緒にパーティを組んでいる時には、レナがいつも面倒を見てくれたんだよね。
「そうなると、シグ達は向こうの王国に進んでいるはずだから、私達も進んでみようか? でも、その前にハヤタさんに会ってみようと思うの」
お知らせ画面にもう1つの選択があったんだよね。『警邏』とだけあったんだけど、どうやら警邏さん達の情報交換の画面のようだ。
その中に、『再びPK』の文字があった。
前のPK犯なのか、新たなPK犯なのかはわからないけど、困っているなら手伝ってあげないとね。