020 西の町チューバッハ
森を抜けた休憩所で一泊した私達は、街道を離れる。
早く次の町、チューバッハに着きたいから、タマモちゃんがGTOを召喚してくれた。
街道を離れれば、あまり冒険者はいないんだよね。
たまにイノシシや野犬も見かけるけど、大カマキリは森の手前で見かけただけでこの辺りにはいないようだ。
もう少し、北の山麓に近づかないと出てこないのかな?
「何か狩って行こうよ!」
「そうね。となると……、イノシシかな?」
丁度、手ごろな大きさのイノシシが私と目を合わせたんだよね。
弓矢を取り出し、矢をつがえ大きく弓を引き絞った。
GTOがイノシシ目がけて突進し、10mほどの距離で進路を変える。その一瞬を逃さず私は矢を放った。
さすがに1矢では倒しきれない。
少し離れたところで、再びイノシシに向かう。
2本の矢を胴に受けても、まだ倒れないんだよね。
最後は、タマモちゃんがバットの一撃で倒してくれた。
「先ずは1頭。次も行くよ!」
「もうちょっと、山に向かおうよ」
北にそびえる山脈の裾野までにはかなりの距離があるけど、荒地よりはイノシシがいるんじゃないかな。
ポンと私の前に乗っているタマモちゃんの肩を叩いて了解を伝える。
獲物を探しながら西へとGTOを駆る。
2頭目を倒した時には、すでに昼を過ぎていた。まだチューバッハの町は見えないけど、トラペットから3日程の距離だと聞いたから、夕暮れ前には到着できるんじゃないかな?
チューバッハの町を見付けたのはだいぶ日が傾いてからだった。
街道から少し離れた場所でGTOを下りて東門に向かって歩いていく。
「「今日は」」
「おう、今日は。だいぶ遅いな。休憩所で寝坊してたのか?」
「途中で狩りをしてたんですよ。ということは、冒険者の人達はすでに町に入ったと?」
「森の西にある休憩所から、チューバッハまでは半日とちょいだからなぁ。早く行かんと宿が取れないぞ!」
門番さんの言葉に、私達は顔を見合わせてしまった。
それなら、早くに見つけなければならない。門番さんにお勧めの宿を聞いて、2人で通りを駆けだしていく。
何とか2軒目の宿屋で空き部屋を見付けて、とりあえずホッとする。
宿のお爺さんからカギを受け取って通りに出ると、肉屋を探してイノシシの肉を売り払う。200デジットだったから、少しは相場が良いのかもしれないな。
「通りに大勢いるね」
「トランバーよりも、こっちにプレイヤーが流れてるのかしら? 確かこの北に王都があるみたいなんだけどね」
「ここまで来たら、一度行った方が良いんじゃない?」
「だよねぇ……」
宿に戻る途中で武器屋に寄ってみたんだけど、品揃えは同じなんだよね。まだ、職人さん達の腕が上がらないのかな?
プレイヤーさん達の三分の一近くが物作りの職人さんになっているはずだ。その中でも、鍛冶屋や武器職人はかなりの比率になってるんじゃないかな。
まだ、このレムリア世界が出来て間がないせいなのかもしれないけど、武器や防具の品質を上げておきたいところではあるんだよねぇ。
通りにランプが並び始めたところで、冒険者ギルドを最後に立ち寄って宿に戻ることにした。
宿の作りはどの町も似たような感じだけど、私達が泊まる宿の食堂には、テーブルが10卓も並んでるし、片側の壁を占領するような作りでカウンターもある。バーテンが数人の客を相手にシェイカーを振っているから、あっちは酒場という感じがする。
空いていたテーブルに着くとカギをテーブルに乗せる。
直ぐに、お姉さんが料理を運んできてくれた。
「この店の名物なの。鳥のスープなんだけど、食後にはワインを出すからね。お嬢ちゃんはジュースになるわ」
「鳥もいるんですね」
「この町の南に広がる荒れ地で獲れるのよ」
お姉さんがテーブルを離れたところで、私達の夕食が始まる。
初めて頂く鳥のスープを一口頂いたところで、タマモちゃんと思わず顔を見合わせた。塩加減が絶妙なだけではない。かなりのコクが出てるんだよね。
「美味しいね!」
「たまに、この町にやってこようよ」
【転移】はギルドに到着申請を出しておいたから、いつでも可能になる。
こういう食事を頂けるんだから、あちこちの町を巡る価値はあるんじゃないかな。
「へぇ~、姉ちゃん達も冒険者みたいだな。何なら、俺達のパーティに入れてやってもいいんだぜ?」
食後のワインを飲んでいると、空いている席にやって来た男がワインのカップをテーブルにゴトリと置きながら私に声を掛けてきた。
ニタニタと笑っているから、印象は最悪だ。顔はみられるけど、かなり修正してるんじゃないかな?
少し離れた3人組がこの男の仲間なんだろう。こっちの成り行きを見守っている。
「生憎と、この子とパーティを組んでるの。明日にはこの町を出るから、一緒に狩は出来ないよ」
「着いたばかりだろう? しばらくはこの町で暮らすはずだ。その間で良いからさ!」
案外しつこいんだよね。
タマモちゃんが心配そうにジュースのカップ越しに私を見ている。
「明日には出て行くよ。後々に【転移】できるようにこの町に来ただけだから」
「【転移】なんてまだ先じゃないか! そのためにもレベルは上げないといけないだろう? 俺達はL6だぜ」
自慢げにいう話かな?
トランバーならそのレベルの連中はたくさんいるんだけどね。この町にだって、攻略組がたくさんいるんじゃないかな?
「話にならないよ。私達は東の攻略時に参加してたんだから」
ニヤニヤと笑っていた男の顔が凍りついた。
冒険者の身分の上下は無いんだけど、レベルの差はある。
下位レベルのものが、上位のレベル者にものを頼む時には、一歩引いて頼むのが通例だ。
必要以上に仲間に誘う行為は、他の冒険者の手前自分達の評判を落とすことにつながるし、それは自分達のレベルを超えるとなれば尚更だ。
「ちょっと、聞かせてくれ。今、東の攻略と言ったな。イベントボスは大イノシシだったはずだ。シグさん達のパーティと一緒なら、その後の彼女達の様子を教えてくれないか?」
新たな若い男性が、先ほどの男を押しのけるようにして席に着いた。
押しのけられた男性がホッとした表情をしていたから、渡りに船だったのかもしれない。
「シグ達なら、ホルンの町で国境の封鎖を解くべく仲間を探してるところ。私はL10だから参加できないんだよね」
「向こうも頑張ってるのか……。そうなると俺達も負けられないな。こっちも隣国に向かう途中にある砦に魔族が居座ってるから苦労してるんだ」
どちらも、次のイベントの最中だったということかな?
「出来ればお手伝いしたいですけど、やはりレベルは11以上ということですよね?」
「その通り。できれば今度は俺達が先になりたいところだ。……まあ、西の砦は俺達で何とかだが、その山手には眷属が多い。王都に向かうなら少し間引きしてくれると助かるんだががな」
「それくらいでしたら、何とかなります。それで、相手は?」
「スケルトンにゾンビが混じる。【火炎弾】なら2発で倒せるが、何せ数が多いんだ」
イノシシ程度ということなのかな? それならレベルが6程度のパーティならそれなりに倒すことができるだろうけど、数が多いとなれば問題だ。
ここは、王都に向かう途中で少し間引きをしてあげよう。
「分かりました。王都に向かう途中で少し数を減らします」
「頼んだぞ!」
若い男が嬉しそうに頷くと、席を立ってカウンターへと歩いていく。
この町で、使えそうなパーティを見付けて、眷属の討伐を頼んでいるのだろう。攻略部隊に入れなかったのは、わずかにレベルが足りなかったのかもしれないな。
1階は食堂と酒場が一緒で騒がしかったけど、2階の客室は奥まった部屋だったから静かに眠ることができた。
それにしても、プレイヤー達は朝まで騒いでるつもりなんだろうか?
いくらレムリア世界の1日が、リアル世界で3時間ほどになると言ってもねぇ。
翌日は、お弁当を作ってもらい早々に宿を後にする。
町を縦断する赤い街道から北に分岐した街道を進めば王都に着くのだが、その前に頼まれごとを済ましておかないと……。
チューバッハの北門を通り町を出ると、あまり人気がないんだろうか? 王都への街道を進む人の姿は余り無いようだ。
とはいえ、GTOは余り見られたくないよね。
街道を離れて少し歩き、街道をたまに通る冒険者がいないことを確認したところでGTOを召喚する。
「え~とね。スケルトンもゾンビも火に弱いんだって!」
「それなら、私が【火炎弾】で、タマモちゃんがバットで殴れば良いのかな?」
「分かった! 私の武器はバットじゃなくて、『一球入魂』だよ」
バットじゃないと、あえて言うからには何らかの副次効果があるのかな?
ちらりと、タマモちゃんの装備メニューを確認したら、『+5』の効果があるらしい。バット自体の攻撃力が15だから、私の初期装備である短弓の攻撃力+10の2倍にもなる。それならヤドカニの甲羅にもダメージを与えれるわけだね。
街道から北西に向かってGTOが荒れ地を駆け始めた。
さて、どれぐらい魔族を間引きできるかな?
「タマモちゃん。あそこに何体かいるみたい!」
腕を伸ばした先をタマモちゃんが確かめると、GTOの方向が変わる。
一気に速度を上げて、10体ほどのスケルトン目がけて駆けていく。
このままだと……。
バキャン!! 椅子が砕けるような音を立ててスケルトンがバラバラになってしまった。まだ形を保っているスケルトンに向かって【火炎弾】を私は放ったけど、役に立ったのかな?
ちょっと考えてしまうほどの威力が、GTOにはあるみたい。
「今度はこれで行くからね!」
タマモちゃんが一球入魂を振り上げる。私にだってMPはたっぷりとあるんだからね。
大きく曲がったGTOが再びスケルトンに向かっていく。
案外簡単に間引くことができるんじゃないかな?