002 チートじゃないよね
『服の色はそれでよろしいですか?』
「青はお気に入りです。この上着も良い感じですね」
声が出た! 変わった声でないのが嬉しい。服だって、中々の出来だと思うし、バックスキンの薄い茶も私には合ってるんじゃないかな?
ベルトは幅広だけど濃い茶色だから、アクセントになってる気がする。
『次に職業ですけど、冒険者であればこんな職業がありますよ』
戦士に商人、旅芸人に神官……。これでは迷ってしまう。でも普段は町で暮らすんだよね。近くで狩りをしながら暮らすのが一番かもしれないな。狩りができるなら、どこの町に出掛けても困らないだろうし。
『猟師もしくはレンジャーが良いのかもしれませんね。戦士も良いのですが単独では無理でしょうし、盗賊は問題です』
「猟師とレンジャーの違いは何でしょうか?」
『漁師は狩りで暮らしますが、レンジャーは森や荒れ地での採取も行うんです。ダンジョンがあれば宝さがしも行いますよ』
世界が広いってことかな? なら、レンジャーに決定!
「レンジャーでお願いします。良いことだけのようですけど、制限事項もあるんでしょう?」
『装備では、長剣や長い槍が使えませんし、棍棒も無理ですね。守備力の高い鎧は着ることが出来ません。それでも魔法は一通り使えますし、レベルが上がればレアな職業に付くことができます』
NPCでの参加なんだけど、レベルは私にも適用されるんだろうか?
『心配しないでも大丈夫です。第一形態での2つの職業。さらに第二形態レベルに合った上位の職業も考えておきますから』
なら問題なし。レベルの低い時に知り合ったプレイヤーと再会するときにも使えそうだ。
『それでは、リオンの設定を開始します。レベルは10と25にしておけば問題は無いでしょう。万が一の場合は私が底上げすることもできます』
そんな枕詞から私の個別キャラクターである能力の数値化が始まる。
「レムリア」世界では、個人の能力値をレベル:Lという数字で表している。これは他のゲームでも同じだから私にも理解できる。
レベルが低いと敵にやられやすいし、高ければ容易にやっつけられるのだ。
レベルを上げるには経験値を積み上げる必要があるんだけど、1つ上げるには前のレベルの経験値分を改めて集めなければならないのはお約束でもある。
そうなるとレベルが50を過ぎるころには膨大な経験値となりそうだが、レベルが上がると、次のレベルまでの経験値は一定の値になるようだ。
それでも最初は倍々になるようだから、L2達する経験値は8必要だし、L3になるためには経験値の累計が16にならなければならない。
L3で32、L4では64だから、私が最初からL10ということは経験値を2000以上得ているということになる。
L25っていうと……、300万を超えてるんじゃない!
とんでもなくチートという気がしてきた。
最初に「レムリア」世界での生命力ともいうべきHPと、魔法を使うための魔法力MPが設定される。
初期値はHP=30、MP2になるようだ。
種族としての上昇分とレベルごとの上昇分を計算して出されたL10とL20の数値は、L10の時がHP=100、MP=25になる。L25では、HP=175、MP=55という数値だった。
『やはり種族特性で数値が延びませんね。ここはドーピング操作で……』
電脳さんの独り言で、HPの数値が10上がった。
あまり上げると問題も出てくるんだろうね。それでもおまけして貰ったからちょっと嬉しくなる。
『次はパラメータと呼ばれる数値です。攻撃力や体力、それに素早さなどの数値があるんですが、本来なら基本数値に所属特性を加味した上でボーナス数値を加えることになるんですよ』
結構難しいのが、この数値の操作らしい。人によってはボーナス値を1つの能力に全てつぎ込む人もいるらしいけど、私は一般人だからそんなことはできないんだよね。
パラメータの種類と初期値は、纏めるとこんな感じになるらしい。
STR(攻撃力)=5(4)
VIT(体力) =5(4)
AGI(素早さ)=5(8)
INT(知力) =5(3)
括弧内の数字は種族補正値ということだ。ネコ族だけに素早さが売りみたい。
この数値にボーナスを加えてたL10とL25の能力は、
STR(攻撃力)=15(23)
VIT(体力) =10(15)
AGI(素早さ)=20(33)
INT(知力) =10(15)
今度の括弧内の数字はL25のものだ。何となく裏家業が向いているようにも思えるし、レンジャーの上位職種は「ニンジャ」だと分かった。
『(器用さ)や(運の良さ)等という隠しパラメータもあるんですが、それは私の方で適当に数値を振っておきます。リオンの持つ武器は、弓と短剣ですが、それは最初の町で手に入る一番上位のものですから、しばらく使う分には問題は無いでしょう。最後に、収納バッグと右手のバングルについて話をしておきます』
収納バッグは、大きさに関わらず収納できる便利グッズのようなものだ。これが無いと冒険者達が苦労するんだろうな。
バングルに埋め込まれた3つの宝石の2つを同時に押すことで、目の前に20cm四方の仮想スクリーンが出現する。その仮想スクリーンの項目欄をさらにタッチすることで色々な情報を見ることができるようだ。
仮想スクリーンの選択を「収納バッグ」にすると、スクリーンが切り替わり、20個の小さな窓が開く。今はHP回復薬が3つとMP回復薬が2つ入っているようだ。
仮想スクリーンの表示窓を指で叩けば、目の前や手の平に具現化するのは他のゲームと同じだから違和感がない。同じ画面の上に数字が並んでいるけど、左側は経験値の総和らしい。私には経験値が入らないらしいから、横棒だけが5つ並んでいる。右の数字はこの世界の通貨であるデジット(D)の残高になる。現在は、300Dになってるから、これで暮らすことになるんだろう。
ん! もう1つ収納バッグのファイルがある。
『気が付きましたか? そちらは、リオンの活躍するときに使ってください。普段は1枚目のバッグ内に全てが納まりますし、もう1つの方は職業を変えた場合の装備品が収まってます。自動着脱ですから、リオンには操作できませんし、他の品物を入れることはできません』
その時のためってことかな? 試しに窓を叩いてみたけど、全く変化がなかった。
バングルは私と電脳さんの通信アイテムらしい。このバングルを通して私を見ることができると教えてくれた。
『これで最後になりますが、質問はありますか?』
「電脳さんの名前をまだ聞いていませんよ?」
『でしたね。私の名は「イザナギ」日本国の生んだ第7世代の電脳です』
「世界最高と言われた『イザナギ』さんですか?」
『現状ではそうなります。私が4つの第6世代電脳を統括しています。それでは、そろそろ時間ですから、「レムリア」の始まりの町であるトラペットに送り出します。今日がβテストの開始日ですから結構にぎわっているみたいですよ』
イザナギさんの言葉が終わったと思ったら、いきなり周囲が眩しく光った。
目を閉じて両手で押さえたんだけど、直ぐに周囲の喧騒で両手を離すと、私は噴水のある大きな広場の片隅に立っていた。
直径100mを越えてるんじゃないかな? 広場から4方向に通りが続いているし、この広場を取り巻くようにして、屋台や出店が出ているようだ。
子供達が親の手から離れて走り回っているし、突然姿を現した長剣を佩いた青年が、当たりをきょろきょろと眺めている。
たぶんプレイヤーなんだろう。まだ日が高いから直ぐに歩き出したけど、どこに行こうというのかな?
「モモお姉ちゃん。いつまでも遊んでるとお母さんに叱られるよ!」
小さな女の子の声に思わず下を見てしまった。
そこには、小学生にも満たないような女の子が私を見上げている。
「え、ええー! (こんな設定だったの)」
「ほらほら、直ぐに帰るんだからね」
女の子が私の右手を握って、歩き始めた。
そういえば、私はNPCということになってるんだけど、家族持ちだとは思わなかった。
それでも、少しずつ違和感を浮かび上がる。
この少女は、人間だけど私は見た目はネコ族のはず。なぜにお姉さんなんだろう?
通りをいくつか曲がって歩いていくと、だんだんと通りを歩く人が少なくなってきた。
この辺りは一般住民街ということなんだろう。町に住む多くのNPCが暮らしているんだろうな。
「お母さん見付けたよ。やはり歓迎の広場にいた」
「ありがとうね。こら! 食事付きで寝泊まりさせているんだからちゃんと働かないとダメじゃないか。そろそろお客さんも来る頃だから、お店を手伝っておくれ」
ふくよかな体をした少女のお母さんは、ちょっと怒っているようだ。
ひょっとして、このお店に居候しているんだろうか? それぐらいの設定は最初に教えて欲しかったよね。
それでも少しずつ、この町で暮らす私の立ち位置が脳裏に浮かんできた。この設定を崩さないように動くということなのかな。
「済みません。ちょっとぼうっとしてました。とりあえず何をすれば?」
「スープの具を頼んだよ。町長の話しでは、この町の人口が一気に増えるらしいから、この辺りにだってお客が流れて来るかもしれないからねぇ」
人口が増えるのはプレイヤーがこの町に現れるからに違いない。
言われるままに、奥の台所に向かって包丁を握ると野菜を切り始めた。
いつの間にか私の後ろにおばさんがやって来たらしく、私の肩越しに庖丁さばきを眺めている。
「レンジャーにしてはちゃんと出来るんだからたいしたものさね。本来なら給金を払わなくちゃならないんだけどねぇ」
「ここで厄介になれるだけで十分です。たまに狩りに行けばお小遣いに苦労しませんし」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、後は頼んだよ」
野菜を切り終えるころになって、ようやく私の立ち位置が脳裏に浮かんできた。
路頭に迷った私をこの小さな食堂のおかみさんが拾ってくれたらしい。旦那さんは早くに亡くなったらしく、おかみさんであるメルダさんと、まだ8歳のライムちゃんが力を合わせて食堂を営んでいたようだ。
それでも、手伝いだけではと毎月ごとに銀貨1枚を渡しているという設定だからちょっと安心してしまった。
いくら何でもタダではねぇ……。かなり肩身が狭くなってしまう。
日が傾いてきたところで、メルダさんがお店のランプに魔法で作った光球を入れる。5つ並んだ4人掛けのテーブルの上と、台所の一角に作ったカウンターの上にランプが下げられると、お店の中が一気に明るくなった。
仕上がったスープの味をメルダさんに見て貰い、丸いパンが入った木箱を用意しておく。 ライムちゃんはテーブルの上を絞った布で拭き終えたようだ。
「モモのお母さんは料理上手だったに違いないね。今日はいつもより美味しいよ」
「母さんが働いてましたから、いつも私が作っていたんです」
うんうんと笑みを浮かべて頷いてくれる。
「ライム。開店の看板をだしとくれ。そろそろ教会の鐘が鳴る頃合いだ」
立て看板のような板を持ってライムちゃんが店を出た時に、小さく鐘の音が聞こえてきた。
この町の時間を示す教会の鐘なんだけど、朝、昼、夕の3回、鐘が2つなるらしい。時計が無いから重要な合図でもあるんだよね。
「ごめんよ。3人だ!」
「奥に座っとくれ。酒はどうするんだい?」
「いつも通り、ワインを1杯だ」
小さな食堂だし、お客も限定されているから料理はいつも同じものになる。具だくさんのスープに小さな丸いパンが2つ。これで5デジットだから500円ぐらいなんだろうね。ワインはコーヒーカップほどの真鍮のカップに1杯が2デジットになる。
ほとんど原価に近い商売らしく、税を払うと暮らしは余り豊かとはいえないかもしれないな。
それでも、毎日やって来る客の愚痴を聞きながら、笑い飛ばしているんだからメルダさんは下町のおかみさんそのものだ。
夕暮れ前は賑わったんだけど、少しずつ客が途切れてきた。
そろそろ私達も夕食を取ろうとしていると、数人の若者が店に入って来た。
「すみません。まだ開いてますか?」
「人数によるね。何人だい?」
「7人なんですが……」
「それなら、何とかなるよ。座っておくれ」
これでスープ鍋は空っぽになりそうだ。メルダさんが私に顔を向けて頷いたので、急いで外の看板をひっこめた。
「今日は、お客さんがたくさんだったんで、貴方達が最後なの。明日から出掛けるんでしょう?」
「そうなんですよ。どこに行っても食堂が早じまいだったんで困ってました。どうにか宿は取れたんですけど、お姉さんも冒険者なんですか?」
「レンジャーよ。貴方達とは組むことはできないけどね」
早速、仮想スクリーンを開いて私を確認しているようだ。
本人が去ってからにすれば良いのにねぇ。
「L10だって! そんな人物がNPCっておかしくないか?」
「お前が野ウサギ相手に死闘を繰りかえすようなら、助けに来てくれるんじゃないか?」
冗談を言って笑いあっているプレイヤーは、友人達が一緒になってパーティを組んでいるんだろう。
私のレベルを見ることが出来ても、NPCではパーティに入れられない。ちょっとした例外はあるんだけどね。人数が多いパーティだから、すぐに死に戻りはしないんじゃないかな。