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152 ナナイさんの研究所


 タマモちゃんに体を揺すられて目が覚めた。

 どうやら昼過ぎまで寝ていたらしい。

 警邏事務所の奥にあるシャワールームを貸して貰い、洗面台で顔を洗って眠気を追い出した。


「食事をしてから出掛けなさい」


 アンヌさんが、ホールの端にあるテーブルで、私達に焼肉サンドを御馳走してくれた。

 一緒のテーブルに座って、私が寝ている時の変化を教えてくれたのだが、やはり情報不足のようだ。


「本当に嫌になってしまうわ。苦労するのは私達ばかりなんだから。ラグランジュに行ったら、分かる範囲で教えてくれない?」

「メールで良いんでしょうか?」


 私の言葉に、アンヌさんが首をかしげて悩み出した。

 メールの良いところは手軽なんだけど、情報が拡散する危険性が多分にある。本部から情報が入ってこないのは、情報の拡散を危険視しているに違いないとアンヌさんは考えているのかな?


「モモちゃん達はモールス信号を知ってるかい?」


 私達のテーブルに、コーヒーカップを持って座ったダンさんが問い掛けてきた。


「聞いたことがあります。確かタイタニックの映画で見ました。トン、ツウーの組み合わせで文字を送るんですよね」

「その通り。PK監視なんかで声を出せない時には便利に使える。あの指輪を使えば簡単なんだ」


「でも、私にはモールス信号なんて分かりませんよ」

「スキルがあるから、プレゼントするよ。警邏内だけで使われてるものだから、他の連中には信号を受けることもできないからね。それに、結構な頻度で警邏内で使われてるから、警邏内で気に留める者もいないはずだ」


「貸してごらん!」と言われたので、右手から指輪を外すと、その指輪を持って奥の方に歩いて行った。

 指輪を改造するのかな?


 食事が終わり、2杯目のコーヒーを飲んでいると、ダンさんが戻ってきた。

 指輪を返してくれたけど、見た目にはどこも変わっていないようだ。


「送受信機能だけを追加したからね。プログラムのインストールだけだから表面上は変らないよ。これが『キー』と呼ばれるものだ。こんな風に使うんだよ」


 テーブルに乗せたマウスぐらいの大きさの物体は、台座の上に小さなシーソーのような金属製の物体が鎮座している。

 ダンさんがシーソー部分を、指先でカタカタと動かして見せてくれた。


「それと【モールス】のスキルを渡すよ。ちょっと頭に触るけど、それは許して欲しいな」


 セクハラ行為とみなされると、警邏であっても問題になるらしい。

 一応断っておくことで問題回避としたいんだろうな。

 笑みを浮かべて頷いたのは、タマモちゃんの方だった。慌てて私も頷いたんだけど、タマモちゃんの方が興味深々だったみたいだ。


 ダンさんの手が頭に触れた途端、ズシリと何かが私の中に入って来た。これが【スキル】の受け渡しになるのかな?

 レベルが上がって増える【スキル】ではないから、こんなことになるのだろう。


「終わったよ。ちょっと使ってみてくれ」


 ダンさんが私達の前にキーを差し出した。

 直ぐにタマモちゃんの手が伸びて、器用な手つきでカタカタと操作し始めた。


『コレデ イイノカナ?』


 私の脳裏に文字が映し出された。


「OK。ちゃんと伝わるみたいだ。モモちゃんの指輪を通しての通信だから、受信は俺とアンヌだけになる。末端用の通信機で長距離通信を行う等とは誰も考えないだろうね」

「暗号化もしてるんでしょう?」


「抜かりはないさ。通信部に『エニグマ』を仕込んである」

「あれって、解読されたんじゃないの?」


「100年以上も前の暗号システムだからね。そんな古い物を使ってるとは誰もおもってないだろう?」


 要するに趣味の世界ということになるんだろう。

 アンヌさんが、ちょっと呆れた表情を見せているから、ダンさんの評価が少し下がった気もするんだよね。

 この2人、ちゃんとゴールインできるんだろうか?

 レムリア世界の冒険も楽しいんだけど、警邏さん達の恋愛事情も案外楽しめそうだ。

 そうそう、バーニイさん達のところもあったんだよね。

 共通してるのは、男性が少し気が弱いところなんだけど、その分女性達がしっかりとしているから何とかなるんじゃないかな。

 

「何か分かったら……、で良いんですよね?」

「それで十分だ。これも依頼になるんだけど、例の話を返上したと聞いたんだが、問題ないのかい?」


 毎月、銀貨20枚はとっくに返上したけれど、3月分は貰っていたから、懐は未だ暖かだ。

 そもそも、トラペットやトランバーで連泊しても、ほとんど宿代が掛からないし、狩りをすればそれ名入りの収入が得られる。

 冒険者達が、より良い装備品を購入するためにお金を貯めているけど、私達は

かなり良い装備をイザナミさんに貰っているから、あまりお金の使い道がない。


「冒険者ですから、大丈夫ですよ。それじゃあ、出掛けてみます」


 ホールの一角にタマモちゃんと一緒に立ったところで、【転移】を発動させる。

 光のカーテンが消え去ると、私達は閑静な教会の裏庭に立っていた。


「お屋敷まではかなり距離があるんだよね。のんびり歩いて行こう」


 ラグランジュ王国は南欧風の世界だ。どこかで見た街並みを何だけど、町のモデルがあるんだろうか?


 教会の裏庭を出ようとしたら、馬車が停まっていた。

 庭の壁に背を預けてパイプを使っている御者さんが私達に顔を向ける。


「あんた達が、モモさんかい?」

「はい。私がモモですが……」

「お嬢さんに頼まれて待ってたんだ。乗ってくれ。案内するよ」


 だいぶ待ってたんじゃないかな?

 とりあえず頭を下げて馬車に乗り込んだ。

 ボックス型ではなくて、天井が無い開放型だ。ゆったりとしたソファーが前に向いて1つだけだから、最大乗員は3人というところかな。

 私を待っていたとすると数時間は待っていたのかもしれない。ちょっと気の毒になってしまった。


「館じゃなくて、研究所に案内してくれと頼まれてる。方向が違っても、背中を刺さないでくれよ」

「そんなことはしませんけど、研究所は遠いんですか?」


「そうさなぁ……。館の裏手の森の中なんだ」


 アズナブルさんの館の北には森があったから、その中にあるということなんだろう。距離的には数km離れた場所ということになるんだろうね。

 

 やがて港町から北の小高い丘にあるアズナブルさんの館が見えてきた。

 途中の三差路を館の方に曲がらずに、北の森に向かって馬車が進んでいく。

 森の中は危険じゃないのかな? こんもりとした森が見えてきたからちょっと不安になってきた。


「この森は安全だよ。少なくとも研究所までの道と、研究所の周囲はね」

「結界があるとか?」

「結界と、従魔が複数いるんだ。俺が歩いて森の道を進んでも問題はないよ」


 それほどまでに警戒してるってことなんだろうね。

 侵入者をそれほど嫌うというのは、リアル世界ではできないことをレムリア世界で行っているということになるのかな?

 ナナイさんの仕事は人形作りだと思っていたんだけど、ちょっと違うのだろうか?


 道路は石畳だけど、馬車が1台通れるだけの道幅だ。結構右に左にと方向を変えるから、ここで降ろされたら方向が分からなくなってしまうんじゃないかな?


「あれだよ。見掛けは小さいんだよねぇ」


 御者のおじさんが腕を伸ばした先には、小さなログハウスが立っていた。

 周囲に野草が花を咲かせているから、童話の中の挿絵のように見える。

 隣でタマモちゃんがワクワクした表情をしているのも、何となく分かる気がする。


ログは椅子の前の小さなロータリーに馬車が止まると、玄関の扉が開いてララアさんが私達を出迎えてくれた。


「疲れたでしょう。こっちの都合で呼び出してしまって申し訳ないわ」

「友達じゃないですか。困った時にはお互い様ですよ」


 そんな挨拶を交わしたところで、ララアさんが私達をログハウスの中に招いてくれたんだけど、本当に小さいんだよね。リアル世界で暮らしていたころの、私と妹の部屋より少し大きいぐらいにしか見えない。

 

 ログハウスの中はがらんどうだった。

 煙突から煙が出ていたから暖炉ぐらいはあるんじゃないかと思ってたんだけど、板張りの床だけなんだよね。


「真ん中に立ってくれない? 研究所はこの地下にあるの」

 

 ララアさんがバングルで作りだした小さな仮想スクリーンをタッチすると、床が下に向かってゆっくりと沈んでいく。

 床がエレベーターになっているんだろう。

 それにしても、変なこだわりがあるみたいだな。これではまるでマッドサイエンティストの秘密基地そのものに思えてきた。


 頭上にぽっかりと空いたログハウスの床がだいぶ小さく見えるようになったところで、エレベーターが停止する。

 少なくとも、地下数十m以上にはなるんじゃないかな? 

 前方にコンクリートがむき出しになった通路が延びている。この先に何があるんだろう?


「ラグランジュ王国は戦闘態勢に移行してるの。港の軍艦も全て出払っているし、騎士団、捕り手、警邏までもが出動しているわ」

「エイリアン……、ですか?」


「想定外のスタンピードというところかしら。詳細はナナイが詳しく教えてくれるはずよ」


 スタンピード? この世界では魔獣の暴走ということになる。

 まだ怒ったという話は聞いていないけど、大規模なスタンピードはこのようなゲーム世界ではイベント目的で導入されることはよくある話だけど……。


 問題は、誰も意図していないってことなんだろう。となると、外部からということになるんだろうな。

 でも、それが原因でダンジョンを廃棄するようなことになるんだろうか?


「ここからが研究所よ」

 

 ララアさんが通路の行き止まりに作られた扉を開くと、私達の目の前に大きな空間が現れた。


 中央に大きな広場があり、真ん中には噴水まで作られている。その周りにはいくつものビルが建っており、リアル世界の街のようにもみえる。


「これは、ちょっと……」

「地上の景色はレムリア世界と協調しているから、問題ないでしょう? 財団がレムリア世界に投資したのはこれを作るためだったみたいね。私が入院している病院もこの中にあるの」


 リアルの世界というよりは、近未来の都市かもしれない。

 これじゃあ、ラグランジュ王国の入国管理を厳重にするのも無理がないよね。

 全く異質の世界だもの。


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