149 ダンジョンの不評
トラペット周辺のダンジョンを8日掛けて征服したんだけど、ダンジョンボスを見てはいないんだよね。
それでも最下層まで到達したんだし、変わった魔獣とも遭遇できたんだから、歓迎の広場でガイドをするには十分じゃないかな。
タマモちゃんは、シドンの町の方がおもしろそうだと言ってるけど、クラス3のダンジョンがあるらしいから、短期間での攻略は難しいかもしれないな。
「今日もガイドをしてるのかい?」
木陰に置かれたベンチで噴水を眺めていた私達に声をかけてきたのは、ダンさんとアンヌさんの2人連れだった。
アンヌさんが近くの屋台で手に入れたアイスクリームを、「はい!」と言ってエア足してくれる。
途端に、タモちゃんから笑みがこぼれる。
お礼を言って受け取った私を見て、タモちゃんが慌ててアンヌさんに礼を言った。
「必要経費だから気にしないで良いわよ。それで感想はどう?」
アンヌさんの言葉に、ダンさんまでも私達に視線を向けてきた。
3つのダンジョンを制覇したのは、私達が最速ということなんだろうか?
「最下層までは下りましたけど、ボス戦はしてませんよ。感想ですか? ……やはり攻略時間に制約があるのが不便ですね。せっかくセーフティ・エリアがあるんですから、そこで休みながら何日か掛けての攻略といきたいですね」
「ダンジョン内の魔獣が物足りない。それに、最初の頃あまり魔獣と遭遇しない……」
タマモちゃんなりの不満もあるみたいだ。魔獣が物足りなく感じるのは、私達のレベルが高すぎるからだろうからそれは良いとしても、最初の階層での遭遇率が低いのは頂けない。
そもそもレベルが低いスライムや洞窟ネズミなんだから、倒しても得られる報酬は少ないんだよね。
1階層で、ぐるぐる回っているような冒険者のパーティでは、その日の宿泊代にも事欠くことになりそうだ。
それならダンジョンに入らずにフィールドでスライム狩りをしていた方が安心してレベル上げを行えるんじゃないかな。
「プレイヤーの抗議がたくさん入ってるんだ。1番は、やはり1日でダンジョンから強制転移されることだな」
「2番目は翌日のダンジョンの構造が変わってしまうということね。途中まで作ったマップが役立たないとかなりのクレームよ」
3番目は、タマモちゃんの言った遭遇率かもしれないな。
ダンジョン内でしか遭遇しない魔獣もいるのだが、プレイヤーの多くがダンジョンに潜るのは、宝箱から得られる店では買えないアイテムやボス戦でのドロップ品狙いに違いない。
ダンジョン攻略の人数制限を行えるようなシステムではあるのだが、あまり過度な規制は帰ってプレイヤーの顰蹙を受けるってことなんだろうね。
「ひょっとして、早めにアップデートをするとか?」
「さすがに直ぐとはいかないだろうけどね。それにダンジョン限定だから、他国からの侵入もないだろうけど……」
「ダンジョン専用AIを導入するらしいの。プログラムは既存の物があるから流用できるし、ダンジョンに入るプレイヤーの管理もできるということだから、1日でダンジョンから強制転移が行われることは無いみたい」
「既存のダンジョンクラスは引き継ぐということなんですね?」
私の問いに、アンヌさんが頷いてくれた。
少しはましになるのかな?
「とはいえ、ダンジョンに滞在できる時間には制限が付くらしいわ。プレイヤーがレムリア世界に滞在できる時間はリアル時間換算で8時間。連続ゲーム時間は2時間になっているの。リアル世界の2時間がレムリア世界の1日なんだけど、リアル世界で10日間はダンジョンの構造を変えないということだから、レムリア世界では40日間の間は、ダンジョンの内部構造に変化がないということになるわ」
マップの売買が行われるんじゃないかな?
「それと一番大事なことは、クラス2までのダンジョンのマップは変更しないそうよ」
思わず、タマモちゃんと顔を見合わせてしまった。
かなりの修正だと思うんだけどね。
初心者のダンジョン入りが多くなりそうな気もする。もっとも、セーフティ・エリアの場所が確実に分かっているのだったら、自分達のレベルと状況に合わせてダンジョン攻略が容易にはなるんだろうけどね。
「具体的には何時頃になるんでしょうか?」
「かなり進んでいるらしいけど、ダンジョンが解凍されて直ぐでしょう? しばらくはこのままになるんじゃないかしら」
「案外、早いんじゃないかな? かなりの苦情が来ているらしいからね。それに、魔のような大規模アップデートのような騒ぎにはならないだろうし」
ダンさんの言葉には覇気がないなぁ。警邏事務所にも苦情が来てるんだろうか?
「とりあえずはここだけの話ですよね。今のところは、あまり無茶をする冒険者もいないようですけど」
「そうして欲しいな。それと、プレイヤーの面倒は今まで通りお願いするよ。まだまだ新たなプレイヤーも来てるようだけど、さすがに以前のような問題は無くなってきたからね」
近頃はPKの話も無いようだ。たまにPVPが起こるようだけど、互いの了解事項であればとやかく言うことはしないようだ。
PK集団結成の情報もあった気がするけど、さすがに初心者狩りをするようなPK集団では、同じ道を歩む連中の笑い者になるらしい。
そう言えば、ニネバの町にいた、PKのおじさんはリアル世界では、PKKのような仕事をしているそうだけど、レムリア世界でPKギルドを作れたんだろうか?
結構強かったんだよねぇ……。何とか勝ったけどリアル世界では足元にも及ばないに違いない。
「ダンジョンのアップデートの期日が分かったら知らせるからね」
「ありがとうございます。そうなると、あまり動かない方が良さそうですね」
「頑張れよ!」と私達に伝えて、ダンさん達が雑踏の中に紛れ込んでしまった。
色々と忙しいみたい。
「今度は長くダンジョンにいられるの?」
「そうみたい。セーフティ・エリアで一晩明かして探索を続けられるから、人も増えるんじゃないかな」
ダンジョンの広さと深さも上級になると広がるらしいから、早めのアップデートは必要になって来るだろう。
やはり、ダンジョン内に1日ではねぇ……。運営に抗議するのは理解できる話だ。
「ダンジョンに住み着く人が出て来るかも」
「強制転移は有効なんでしょうけどねぇ。案外PK犯が潜みかねない場所でもありそうね」
「ニネバ辺りかな?」
「帝国の手前も怪しい感じがする」
フィールドでのPKよりは遥かに容易かもしれない。PKをしながらレベルを上げて、ダンジョンのボスを倒そうなんて考える連中が出て来るんじゃないかな。
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「あのう……、モモさん達ですか?」
私達に声をかけてきたのは、中学生ぐらいの男女5人のパーティだった。
初心者装備だけど、戦士2人に魔導士と神官、レンジャーが揃っている。
「そうですけど……。とりあえず、座ってくださいな」
私の言葉に、男性達がテーブル越しに座り、女性達2人が私の隣に腰を下ろした。
「レムリア世界に着いたら、広場の端の方にネコ族のお姉さんとキツネ族の女の子を探せと……。レムリア世界で何から始めれば良いかを教えてくれると、友人に教えて貰ったんです」
真面目な顔で話をされても困ってしまう。
タマモちゃんに視線を向けると、同じタイミングで私に顔を向けた。
たくさんプレイヤーが訪れた時に相談に乗ったことがあるから、目の前の中学生たちは、その時の友人ってことになるのかな。
「何をすれば良いかは、私にだって分からないよ。でも、君達がレムリア世界で何をしたいかが分かれば少しは相談員乗ってあげられるかもね」
「やはり冒険がしたいです。魔獣と戦ってレベルを上げて、最後には魔族の王国に行ってみたいと思っています」
「典型的な冒険者ってことね。先ずは薬草採取とスライム狩りでレベル上げから始めることになるわ。東の門を出ると、街道の東に3本の大きな杉があるの。その先は危険だから、レベル3を過ぎてからにすること。
パーティを組むと経験値はパーティに平等分配だから、最初は苦労すると思うよ」
「ダンジョンはしばらくお預けってことですか?」
「一番近くにある初心者用ダンジョンは、3層目ぐらいならレベル3で十分かな。でも、実入りが少ないの。最下層の5層めだけど、レベル5で到達可能だと思うわ。ダンジョンの魔獣は……、そうねぇ。スライムが出て来るんだけど、フィールドのスライムは肉マンだけど、ダンジョン内はバスケットボールぐらいかな。経験値はそれなりだけどね」
「先ずは、フィールドで狩りをすれば良いと?」
「今から頑張って狩りと採取をすれば宿代は稼げるはずよ。【探索】と【鑑定】は持っているのかしら?」
「俺と、彼女が持ってます!」
「ならギルドに行って、薬草の採取依頼を受ければ、少しは割増の報酬になるわ。ギルドは、あの通りを進んでいけば分かるから登録して依頼を受けてから出掛けること。それと、たまに野ウサギが出るから、レンジャー君は弓の練習をすること。上手く狩れれば、スライム数匹分の経験値になるし、肉と毛皮が手に入るわ」
「売れるということですね! ありがとうございます」
嬉しそうな表情で、席を立つとギルドに向かって行った。
これから始めるとなれば、シグ達よりもかなり遅れた冒険への旅立ちだけど、掲示板の情報があるだけ有利に冒険を勧められるんじゃないかな。
彼等の旅立ちは、東と西のどちらになるんだろう?
トラペットを旅立っても分岐が色々とあるから、他のパーティと同じ冒険になることは無いんじゃないかな。
良いタイミングにダンジョンの凍結も解除されているから、先走った冒険者達が少し手前まで戻っているようだ。
ダンジョン攻略は、次の町に勧めるか否かの試金石としても使えるんじゃないかな。
夕暮れが始まる前に、タマモちゃんと城門を出て野ウサギを狩る。
お店用の狩りだから、毛皮だけを屋台の道具屋に卸して、花屋の食堂へと向かった。
「そうかい。急に町が騒がしくなったけど、やはりダンジョン目当てだってことだね」
「そんな感じですね。とは言っても、強制転移が行われますから、夜間遅くに町に戻ってくる冒険者も多いと聞きました」
スープをかき混ぜているタマモちゃんが、うんうんと頷いている。
いつもは私の仕事だったんだけど、今回からはライムちゃんとタマモちゃんの仕事になったようだ。
たまに味見をしてるけど、まだ調味料が入っていないんだよね。
ライムちゃんがパン屋さんに出掛けたから、タマモちゃんが責任を感じて頑張っているのだろう。
「モモ達もそろそろ出掛けるのかい?」
「トランバー辺りで様子を見ようかと思っています。冒険者の先回りをしてダンジョンを見ておこうかと」
「あんた達も苦労してるねぇ。まあ、この世界は異人さん達のおかげで潤っていることも確からしいからね」
潤っているというより、そのための世界だ。
NPCには、そんなことは分からないだろうから、潤っているという言葉で表現されるのだろう。
さて、そろそろ夕食時だ。
最初の客が来る前に、ライムちゃんが戻ってくれば良いんだけど……。