147 初心者向けのダンジョン(2)
タマモちゃんが迷わず右手に向かう。
【探索】スキルはフィールドと異なり、効果範囲が100mほどでしかない。フィールドの半分ってことかな?
まあ、それでも過ぎたスキルには違いない。見えない場所に潜んでいる魔獣が分かるんだからね。
今のところは何も出ないんだけど、これって私達を避けてるってことじゃないよね。
そうだとしたら、魔獣の警戒範囲が私達の使う【探索】よりも広いということになってしまう。
【気配察知】のスキルは攻略組の戦士には必携なスキルだけど、あれは殺気に反応するものだ。
レベルが上がると、どこから来る殺気かもわかるようになるし、何と言っても相手の不意打ちを避けられるんだよね。
PK対策に取得する人もいるようだけど、【気配遮断】や【隠密】スキルと相殺するらしい。
そんな意味で、あえて取らないという猛者もいると聞いたことがある。周囲を注意していればPKや不意打ちは避けれれるとのことらしいけど……、私としては、【探索】で代行しても十分だと思う。
「何にも出てこないよ!」
「まだ入り口だからかもね。このフロアの広がりも分からないでしょう?」
とりあえずは探索だ。地下へ下りる階段と、セーフティ・エリアを探さないとね。
タマモちゃんがバッグから飴玉を取り出して、1つ渡しに渡してくれた。
甘い味が杭の中に広がる。
口の中で飴玉を転がしながら先を急ぐ。
「今度は十字路みたい。奥に何かいるようだけど……」
「タマモちゃんは、ずっと右を選ぶんでしょう? 初級ダンジョンの最初のフロアだからそれほどレベルの高い魔獣は出ない筈よ」
【探索】で確認した相手はスライムが3体だった。わざわざ足を止めなくても良いだろう。
タマモちゃんも仮想スクリーンを覗いて小さく頷くと、十字路を右に曲がった。
後戻りする形になったけれど、選んだ通路は少し歩くと今度は左手に曲がっている。
どんな形の迷路になっているのか楽しみだな。すでに1km近く歩いたんじゃないかな?
たまに十字路やT字路が現れるし、敵も確認できる。
1時間程歩いたところで、通路を塞いでいる大きなスライムを見付けた。
バスケットボールを半分にしたほどの大きさだから、フィールドで見かける肉マンより少し大きなスライムと比べればかなりの大きさだ。
直ぐにタマモちゃんがスクショを撮っているぐらいだからね。
「大きいけど、スライムだよね?」
「とりあえず、燃やしましょう!」
タマモちゃんが【火炎弾】を放ち2体を灰にする。残った魔石は少しは高値で売れるんだろうか?
2時間程歩いていた時だ。
【探索】のスクリーンに動き回る4体を見付けた。
青い輝点だからプレイヤーということになるんだろう。私達とルートが異なる回廊を歩いているようだ。
彼等の先に赤い輝点が5つあるけど、気が付いているのかな?
ちょっと興味深々で様子を見ていたら、全く歩く速度を変えないで遭遇してしまったらしい。
松明を使ってるのだろうか? そして誰も【探索】スキルを持っていなかったのかな?
青と赤の輝点がしばらく激しく動いていたが、赤の輝点が少しずつ減っている。
どうやら倒したみたい。4人が集まっているから、ちょっと相談しているんだろう。
足りないものが分かったのかな?
「行き止まりだ!」
「あらら……。そうなると、戻ってさっきのT字路を左に行きましょう!」
結構、時間が掛かりそうだ。次のフロアに下りる階段を見付けて下りておかないと、再び最初のフロアから始めないといけなくなるらしい。
「もうちょっと広ければGTOで進めるのに」
疲れたのかな? タマモちゃんがぶつぶつ言っている。
直線状の回廊に出たところで、一休み。
お菓子と水筒に入れて貰ったジュースを頂く。
セーフティ・エリアなら焚き火ができるらしい。焚き木は容易されているのだろう。
できれば、昼前後には見付けたいところなんだけどね。
一休みしながら、歩いてきた回廊を貸そうスクリーンの自動マップ作製機能で確認する。
歩いた距離は6kmにもなるんだけど、まだこのフロアの全容が分からないな。
1フロアの攻略を1日程度に考えているんだろうか?
クラス1のダンジョンなんだから、もっと簡単なものにして欲しいよね。
「ここを行くと、十字路かT字路があるかもしれないね」
「この十字路と繋がってるかもしれないってこと?」
近くに前に右折した十字路がある。あの十字路を真っすぐに歩けば、この先の分岐になるような気がするな。
そんな想定ができるんだから仮想スクリーンのマップは役立つんだよね。自分でマップを作るとなれば、かなり手強いダンジョンになってしまいそうだ。
休憩を終えて歩き出すと、案の状T字路があった。仮想スクリーンでは未踏破ではあるが、色違いで前の十字路との関係が表示された。この機能は便利かもしれない。
少なくとも、推測が正しいと認識することができる。
「右に行くよ!」
「良いよ。どんどん進みましょう」
生憎と、右に曲がった先は更に右に折れて行き止まりになっていた。
「宝箱だ!」
タマモちゃんが壁際にポツンと置いてあるいかにも宝箱という感じの箱を見付けた。
海賊のお宝でも入っていそうなんだけど……。
「先ずは【鑑定】……。うん、罠はないみたい」
「開けて良いよね? 開けるよ!」
嬉しそうな表情でタマモちゃんがっ私に同意を求めて来るから、笑みを浮かべて頷いてあげた。
「ヨイショ!」と言いながら箱の蓋を開けたタマモちゃんが、右手を箱の中に入れて、1枚の銀貨を取り出して、私に見せてくれる。
「銀貨が入ってた!」
「良かったね。最初のフロアで一番のお宝かもしれないよ。傷薬やスライムの魔石かも知れなかったんだから」
うんうんとタマモちゃんが頷いて、大事そうにポケットに仕舞いこんだ。
さて、そうなると……。
仮想スクリーンを開いて、次のルートを探す。
「1つ前の十字路を真っすぐに行こう!」
「そうだね。そうしようか!」
タマモちゃんの選択に任せたんだから、最胡まで任せよう。
時間はたっぷりとあるんだから。
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セーフティ・エリアに到着した時には14時を過ぎていた。
通路の行き止まりに扉があって、セーフティ・エリアと看板が出ているぐらいの新設設計だ。
扉を開けると、教室2つ分ほどの大きな部屋になっており、3つほど炉が作られてある。
すでに1つの炉に男女4人のパーティが座って食事をとっているところだった。
「こんにちは!」
「「こんにちは。だいぶ迷ったみたいですね。俺達も散々でしたけど……。ポットにお茶が沸いてます。良かったら情報交換をしませんか?」
こんな出会いがあるから、冒険者は止められないんだよね。
一期一会の出会いかもしれないけど、共通の目的を持っているから、打ち解け合うことができる。
炉を囲んだベンチの1つにタマモちゃんと一緒に座ってお弁当を広げると、私と同じぐらいの年代の女性がポットを渡してくれた。
2つのカップを取り出して、半分ほど入れてポットを手渡す。
「ありがとうございます。エルフが2人に人間族が2人ですか……」
「そうなんだよ。人間族で良いと思うんだけど、ゲームはエルフだと言ってきかないんだよなぁ」
男性2人が頷き合いながら私に答えてくれた。
「あら、良いじゃない。せっかく容姿を変えられるのよ。この2人も、ネコ族とキツネ族なんだから。リュウイ達も獣人族にすれば良かったのに!」
「人様々ってことなんでしょうね。とはいえ種族特性をよく考えないと難しくなりますよ。獣人族は余り魔法が得意ではありませんし、【鑑定】の失敗確率も高いと聞きました」
「それそれ、やはり平均的な人間族が一番だと思うな。もっとも、後方援護のエミリー達は少しでも魔法の使用回数が高くなるようなエルフは正解だと思うけどね」
「レンジャーと魔獣使いですか……。それで、ずっと行くんですか?」
もう1人の女性が問い掛けてきた。
神官なんだろうな。長い棒を持っている。
「結構使えるんですよ。今の姿はこんなですけどね」
「ちょっと待った! NPCの冒険者でレベルが見えないぞ」
「紹介が遅れましたね。私はモモ、こちらがタマモ。どちらもNPC冒険者ですよ。レベルはたぶん貴方達より遥かに上になるはずです」
「NPCの冒険者の話は聞いたことがあるけど、この町周辺で狩りをしているだけだと思ってたんですけどねぇ」
「町に属したNPCであればそう言うことになるんでしょうけど、私達はこの世界を広く移動しています。場合によってはイベントにも参加する時がありますけど、さすがにボス戦には参加できないみたいです」
「手助けってことかな? そんな話を聞いたことがあるな」
「たぶん、あちこちの王国にいるんじゃないか? とんでもない強敵が現れた時に助けて貰えたと掲示板に書かれていたよ」
「トラペットは始まりの町でもありますからね。結構困っている人が多いんです。それに、勧誘合戦があるでしょう?」
「確かにいたなぁ……。警邏さんに叱られていたんだよな。エミリー達がもう少し早く来れば見られたんだけどね」
名物を見たってことかな? 当事者は迷惑以外の何ものでもないんだけどねぇ。
「それで、どんなルートで来たんだい? 俺達のルートと情報交換ができないかな?」
戦士風の男性の話に、タマモちゃんが仮想スクリーンを開いて、戦士の近くに歩いて行った。互いのバングルを接触させて何やら仮想スクリーンを選択を行っているようだ。
「ありがとう! へぇ……。だいぶ歩いているね」
「こちらこそありがとう。だいぶルートが明らかになった」
ひょっとして、バングルを接触させることで情報交換ができたってことかな?
タマモちゃんが開いている仮想スクリーンを見ると、黄色のルートが新たに現れていた。たぶんそれが彼等の踏破してきたルートなんだろう。
「この空白地帯が怪しいね。たぶん下に下りる階段があるんじゃないかな?」
「そうだ! 宝箱を見付けたかな? 俺達のルートには2つあったんだ。傷薬3つと魔石が5つかな。そっちは?」
「この場所で1つ見付けた。中に入ってたのは、これ!」
タマモちゃんがポケットから取り出した銀貨を、彼等に見せている。
羨ましそうに見ているのは、銀貨1枚あれば4人で2日は宿に泊まれるからだろう。
「そんなにがっかりしないの。途中のスライムや洞窟ネズミの魔石も手に入れたでしょう? 今夜の宿代に不足はしないと思うんだけどなぁ」
「まあ、そうだな。フィールドで薬草採取をするよりは実入りが良い。それに最初のフロアで銀貨が手に入る可能性があるなら、次のフロアにも期待ができる」
案外単純なのかな? それとも、彼女達が彼等を上手く使っているのかもしれない。このまま行けば尻の下が確実に思えるんだけど、彼女達に任せておいた方が安心かもしれないね。