145 組み合わせの数は天文学的
シグの話では、町の近くに出現するダンジョンは比較的階層が少ないらしい。
その町の到達想定レベルよりも2つ低いレベルから5つほど高いレベルの魔獣が生息し、ダンジョンに付き物の宝箱もあるとのことだ。
「運営の方から通告があったんだが、モモ達には無かったのかい?」
「NPCだからねぇ。警邏さんに少し情報を貰ってるんだけど、前にも話したように、下の方の宝箱には、ステータスや装備品に付加できるお宝もあるのは、前に話したよね」
「ああ、おかげで助かってるよ。たぶん攻略組の狙いはそれに違いない。とはいえ、生産組の連中の掲示板も賑わってたよ。ダンジョンでしか取れない素材があるみたいだからね」
攻略組としても、そんな素材で作られた武具は欲しいんじゃないかな? 場合によっては武具そのものが宝箱に入ってるかもしれない。
「ダンジョンは入る度毎に変わるらしい。入れるのは1日1回だけだし、ダンジョン内のセーフティ・エリアは1フロアに1つだけみたいだ。その他にも色々書かれていたから、後でメールに添付しといて上げるよ」
「ありがとう。ダンジョンは凍結してあったから、キメラの心配はないと思うんだけど、万が一そんな魔獣に遭遇したら連絡してくれないかな?」
「ああ、約束するよ。……しかし、だいぶ後になってダンジョンを解凍するんだから、困ってしまうよね」
「そう、そう。全てのダンジョンを制覇して『ダンジョンマスター』の称号はある意味、魅力的なのよね」
レナは相変わらずのダンジョン好きのようだ。
フィールドには宝箱はないけど、ダンジョンにはあるんだよね。
早いもの勝ちのところもあるけれど、目立たない場所にあるから先が必ずしも良いとは限らない。
たぶんパーティ制限や、いくつかのパターンをあらかじめ用意しておいてダンジョン攻略が平等になるような工夫をしてるのかもしれないな。
「私達は、トランペッタ近くから始めるの?」
「そうね。急ぐ旅じゃないし、全てのダンジョンを巡ってみようか?」
「出来れば掲示板に情報が欲しいところだけど、そんな連中も出て来るんだろうね」
「マップがその都度変わると言っても、どんな姿で、魔獣の種類が分かればありがたいよね。できればそのフロアのお宝情報も欲しいよ」
それだけで攻略本ができるかもしれないな。
ランダムの自動作成迷路となるようだから、マップ情報が分からなくとも参考にはなりそうだ。
「とりあえず、私達はマイペースで頑張ってる。ケーナも今では重要なメンバーだ」
「安心した。あれからずっと侵入者対応ばかりしてた感じがするの。帝国は何とかなったみたいね」
やはり優秀な人材を帝国に置いておいたんだろうか?
それとも、表面上は終了したと装っているだけなんだろうか?
今までのキメラはレベルが20から50とかなりばらついている。それを考えると帝国の辺境部にはまだ潜んでいるのかもしれない。
潜んでいるだけなら良いんだけど、変な盗賊団やPK団を作らないで欲しいところだ。
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翌日。シグ達とギルドに行くと、かなりの賑わいだ。
見知った顔もちらほら見える。たぶんブロッコ村の防衛戦辺りで見かけたに違いない。
「シグさん! 遅いじゃないか。すでに出掛けた連中もいるぞ」
「場所が開示されたの?」
「ああ、セーフティ・エリアの近くらしい。俺達も出掛けるが。シグさん達も行くんだろう?」
「少し、話を聞いてからにするよ。無理はするんじゃないよ!」
シグの言葉に数人が腕を上げて出掛けて行った。
攻略組同士の仲は良いみたいだな。
「それじゃあ、しばらくは会えないが無理はしないでくれよ。NPCは死に戻りが効かないと聞いてるからな」
「だいじょうぶ。シグ達も頑張ってね。他の攻略ルートの連中の情報が分かれば次に教えるから」
シグ達と軽くハグしてギルドを出る。
タマモちゃんが後ろを振り返りながら手を振っているのは何時ものことだ。
ケーナも妹分が出来たから、会うといつも隣にタマモちゃんを座らせるんだよね。
「次の路地を曲がるよ」
「【転移】でトラペットに行くんでしょう?」
「あそこが一番面倒だと思うんだよね」
レベルがそこそこなら問題はないと思うんだけど、最初からダンジョンに挑む連中がいるんじゃないかな?
それに、ダンジョン素材の入手に自ら赴く生産職の連中がいないとも限らない。
冒険者ギルドに登録していれば、それなりの技量が分かるんだけど、他の職業ギルドで得たレベルは参考にならないんじゃないかな?
冒険者レベルと職業レベルの両者を持つことは難しいのだろうか。
警邏事務所で聞いてみようか……。
人気が無い路地に入ったところで、【転移】を使う。
私達の周囲に光のカーテンが広がり、それが消えた時には見知ったトランペッタの教会の裏庭にいた。
「お土産は、ウサギ肉だけだよ?」
「持ってたの! それで良いんじゃないかな。メルダさんに宿をお願いしてから、歓迎の広場で様子を見ましょう」
「ダンジョンにはいかないの?」
「今日は初日だから混んでるんじゃないかな? 明日にしましょう」
その前に、情報収集をした方が良さそうだ。
警邏事務所のダンさんなら教えてくれるに違いない。
もっとも、警邏さん達も何人かダンジョンに向かってるはずだから、それなりの情報を持ち帰ってくるはずだ。
「あら! 帰ってきたのかい? 何時もの部屋が空いてるからだいじょうぶだよ」
メルダさんは、奥の台所から店に出てきて私達を歓迎してくれた。お土産の野ウサギのお肉を渡したから、今日の夕食は少し贅沢なスープになるはずだ。
「ダンジョンが見つかったと聞いたので、急いで帰ってきました。やはり全ての町のダンジョンを見てみたいですから」
「昨夜は、その話で盛り上がってたよ。冒険者だけかと思ってたけど、どうやらダンジョンでしか手に入らない素材があるらしいね。それをどうやって手に入れようかと親方達が熱心に話してたね」
弟子の伝手を使おうなんて考えは無かったのかな?
どんな素材があるかが分かってくれば、職人街の親方達も冒険者ギルドに依頼をすることになるだろう。
ますます生産職が活気を帯びてきそうだ。
「今日は、歓迎の広場で様子を見ることにします」
「モモの仕事だからね。冒険者のヒヨッコ達の面倒を見るのは大変だろうけど頑張るんだよ」
花屋の食堂を出ると、先ずは警邏事務所だ。
ギルドはかなり賑わっているだろうから、ダンさんがいればもう少し詳しい話を聞くことができるだろう。
「今日は!」
警邏事務所の扉を開けて、挨拶すると奥の方からお姉さんがやってきた。
アンヌさんだけど、ダンさんはいないのだろうか?
「お久しぶりね。あのテーブルが空いてるわ。ダンはダンジョンに出掛けてるから少しお話をしましょう」
私が来るのを待ってたのかな?
とりあえず空いているテーブルに座ると、若いお姉さんがコーヒーを運んでくれた。
「ダンジョン解凍に合わせてやってきてくれたことに感謝するわ。先ずはダンジョンシステムを簡単に教えるわね」
バングルを使ってメニュー画面を出して、パスワードを入力する。王国名を選択して、次に町の名前を選択すると、その町の警邏事務所が管轄するダンジョンが地図上に表示された。
「後は、その地図をタッチすればダンジョンの情報が分かるわ。基本はマップと魔獣のレベル、採取できる素材と宝箱の中身よ」
「ダンジョンは入る度に形が変わると聞きましたけど?」
私の問いに、アンヌさんが笑みを浮かべた。
違ってたのかな?
「名目はそうだけど、いくつかのパターンを用意して日替わりに使ってると言えば分かるかしら。各階層ごとに20種類、一番深いダンジョンは50階層になるから、組み合わせは天文学的な数字になるわ。でも、それならマップが作れるでしょう?」
そう言うことか……。
今日の組み合わせは、これとこれ、という感じになるんだろうね。
それならマップを作ることが可能だ。
「ダンジョンに潜っていられるのは23時間30分。これを過ぎると強制的にダンジョンから【転移】させられるわ。残りの時間でダンジョンの再構築が行われるの」
「強制転移のデメリットはあるんですか?」
「ダンジョンで得たその日の経験値が半減して、ランダムに採取した素材が無くなるの。これは時間をきちんと管理すれば問題ないでしょう?」
とは言ってもねぇ……。
案外ギリギリまで粘るパーティもいるんじゃないかな。
「とは言っても、始めて運用するでしょう? どんなバグがあるのか分からないのが実情なの。不具合があれば運営側でそれなりの対応はできるから、バグらしき話を聞いたら教えてくれないかしら」
「他のダンジョンも所轄の警邏事務所で良いんですよね。それぐらいならだいじょうぶです」
一応、テストプレイは警邏さん達や騎士団の人達が行っているそうだ。それでも、ダンジョン内でどのような行動を冒険者が取るのかは予想が着かないということになるんだろうね。
コーヒーのお礼を言って、警邏事務所を出ると真っ直ぐに歓迎の広場に向かう。
広場の屋台で串焼きとジュースを買うと、広場の片隅にある木の下のベンチに腰を下ろしてタマモちゃんと周囲の様子をうかがうことにした。
「急いでいるみたい」
「そうね。ダンジョンは逃げないと思うんだけど」
通りからやって来て広場を横切り、足早に城門に向かって歩いてく。
一方的な流れに見えるのは、ギルドで情報を得た冒険者達がダンジョンに向かっていく姿に違いない。
数組の冒険者が泉の傍で待ち合わせをしているようだけど、そんな冒険者を誘う姿が今日は見掛けないんだよねぇ。
セクハラ、パワハラまがいの行為で誘う冒険者がいつもはいるんだけど。
レムリア世界に新たにやってくるプレイヤーもいるようだ。
友人に出迎えられて、嬉しそうに広場から去っていく人達がいる。
「あの子達は、初めてなのかな? 辺りをキョロキョロ見ている」
タマモちゃんの視線を追っていくと、数人の男女が広場の風景を驚いてみているのに気が付いた。
まだまだプレイヤーが増えていくに違いない。最初の頃は纏まっての参加だたけど、近頃は五月雨式にこの広場に現れるのだろう。
じっと見ていたら、相手と視線が合ってしまった。
意を決するようなしぐさを見せて、仲間と共に私達のところにやってくるようだ。
さて、どんなことを彼等はしたいのだろう?
戦士風にも見えるけど、やってくるプレイヤーが全て冒険者になるとは限らないからね。