141 ジョーさん達に状況報告
警邏さんへの報告を終えると、ギルドを出て隣の宿に向かった。
宿場宿だから賑わう想定なんだろうけど、村人が数人酒を酌み交わしているだけのようだ。
宿が賑わうのは、更に北の町の凍結が解除されてからになるのだろう。
入り口近くのカウンターで、おばさんに宿をお願いして、夕食を取ることにした。
一泊二食付きで一人15デジットだから、安いんだろうね。
「部屋は1部屋で良いんだね。ベッドが2つだけど大丈夫かい? 夕食はどこでも良いからテーブルに座って頂戴。直ぐに運ばせるからね」
おばさんから部屋のカギを受け取って、窓越しに通りが見えるテーブルに着いた。
さて、明日はどうしようかと考えていると、少し年配のお姉さんが夕食を運んでくる。
薄切りの肉と野菜のスープに黒パン、リンゴのような果物が2切れとワインの入ったカップが付いている。
さすがにタマモちゃんのカップにはワインではなくてジュースなんだけど、色が一緒だからグレープジュースなんだろうね。
「明日は、北に向かうのですか?」
「少し悩んでます。とりあえず北の村への難題は解決したのでしょうが、果たしてあの3体だけだったのか……」
私の言葉にララアさんが食事の手を休めて頷いてくれた。
タマモちゃんは食事に忙しそうだ。頑張ったから、お腹が空いてたのかな?
「街道を北に向かいセーフティ・エリアまで足を延ばすのはどうでしょうか? 次の町まで歩いて2日ならば、セーフティ・エリアが中間点と考えられます。この村に活動拠点を決める冒険者が直ぐにやってきても、更に北の町へ足を延ばすことは無いと思いますが?」
冒険者達は、自分達のレベル上げを図るはずだ。この島の北端に帝国への船が出る港町があるようだけど、到達レベルは20と想定されている。
シドンの町がレベル10であるなら、北端の町との間にある町は、レベル15前後になるはずだ。
この村の周囲で十分にレベルを上げられなければ、街道を急ぐ行為は死に戻りを招く恐れが極めて高い。
「この村を拠点にする冒険者の状況を考えれば、その辺りが適当何でしょうね。GTOを使えば昼前には到達できるはずです。その結果をシドンの町の警邏さんに伝えて、西の大陸に戻りましょう」
「明日は、ベジート王国ってこと? 村を守ったんだよね」
タマモちゃんの言葉に、ララアさんが首を傾げている。
ラグランジュ王国に住んでるなら分からないだろうな。村の防衛イベントについて簡単に教えてあげた。
「攻略組ともなれば、そのようなイベントが色々と控えているんでしょうね。そうなると、後発組が気の毒に思えます」
「運営側も意識しているようですよ。そろそろダンジョンが凍結解除されるみたいなんです」
「ダンジョン? 確かにこのような世界では付き物なんでしょうけど……。現状では、どの王国にも確認されておりませんね」
「プレイヤーの人達が全員同時に参加できるわけでありませんし、冒険をせずに生産に励むプレイヤーもいるでしょう。
全てのプレイヤーの要求に、どこまで対応できるか、満足させられるかが問われるのがレムリア世界だと思っています」
「ダンジョン巡りもおもしろそうですね。閉鎖空間に特化した人形をナナイに頼もうかしら」
「必ずしも閉鎖空間とは限らないのでは?」
笑みを浮かべてララアさんに視線を向ける。
同じように笑みを浮かべて頷いてくれたから、私の考えを理解してくれたようだ。
ダンジョンが岩穴に掘られた迷宮とは限らない。全く別の世界……、【転移】を使ってどこかの島に送られるようなことがあるかもしれない。
いくつかの島を巡るような作りであれば、解放空間のダンジョンともいえるだろう。
「多元宇宙にような広がりを、レムリア世界に持たせることができるということですね。さすがに、そこまでの考えを持つことはできませんでした。
本当に、モモちゃん達はNPCなのですか? 実年齢を誤魔化して公安当局からこの世界の状況を見ている……、ということであれば口を閉ざしますが」
「NPCですよ。リアル世界での実体はありません。このレムリア世界で暮らす冒険者が私達2人の実体そのものです」
「でも……、良いわ。ナナイが確認して欲しいと言ってたけど、私もモモちゃんがただのNPCとは思えなかったの。できれば、リアル世界の私のところに遊びに来て欲しかったんだけど」
病床で臥せっているらしい。毎日が白い部屋で暮らすのなら、このレムリア世界は夢のような世界なんだろうね。
「リアル世界では無理ですけど、ラグランジュ王国に出掛ける時には連絡します。フレンド登録でいつでも話をすることはできませんが、なぜかメールはできるんです」
「何それ! でもNPCという制約があるんでしょうね。他のNPCの方々はそんなことはできないんじゃないかしら?」
たぶん私達がバングルを持っているからなんだろう。
メルダさんやライムちゃん達が私のバングルを見て、「綺麗なバングルね!」と言ってたぐらいだ。
たまにバングルを腕にしたNPCの人達も見かけるんだけど、あれはファッション的な要素が高いんだろうな。
「でも、モモちゃん達と連絡が取れるなら、それで良いわ。ラグランジュは退屈なのよ」
ララアさんの話に苦笑いが出てしまった。
バーニイさん達が聞いたら、懸命に訂正するんじゃないかな。
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翌日。朝食を終えると街道をさらに北へと進む。
村が見えなくなったところでGTOを呼び出したから、私達が疲れることは無い。
【探索】を使い、街道周囲の状況を探りながらの行軍だ。
街道を挟んで周囲200m圏内には魔獣の姿はほとんどない。
一度数体の群れを見付けたので、GTOを止めて私が単独偵察をしたら、大きな角を持った鹿だった。
鹿とは言っても、牛より大きな体だから狩るのに苦労しそうだ。【鑑定】で探ったレベルは13だったから、初期配置のレベルなんだろう。
やはり、あのキメラ3体だけだったのかもしれないね。
村を出て2時間も掛からずにセーフティ・エリアに到着できた。
距離的には村から20kmちょっとというところだろう。街道を歩けば確かに1日は掛かるかもしれない。
焚き火を作ってお茶を沸かしながら、セーフティ・エリアの周囲を探ることになったけど、周囲は平和な風景が広がっているだけだ。
「山から下りて周囲の風景がだいぶ変わりましたね」
「灌木交じりの荒れ地ですね。オオカミの群れがいるかもしれません」
「あっちで、野ウサギが跳ねてたよ。でもレベルは9もあったの」
タマモちゃんがこのぐらいと大きさを教えてくれたんだけど、自分の胸ぐらいに手を持って行ったのは体高ってことなのかな?
ポニーほどの大きさの野ウサギなら私も見て見たかった気がする。
「野ウサギのレベルにしては高すぎますけど、この辺りに来れる冒険者のレベルを考えれば妥当なレベルということになるのでしょうね」
「でも、野ウサギですよ。いくら経験値と報酬目当ての獲物とは言え、もう少し考えるべきだと思いますけどね」
初期配置で、適当に作ったんじゃないかな?
できればもう少しマシな獲物を考えて欲しかったけどねぇ……。
「あれぐらい大きいと乗れるかもしれないね。移動を考えてるのかも」
タマモちゃんの話を聞いてララアさんと顔を合わせて頷いてしまった。
その考えもあるんだ!
バッタに乗せるぐらいだから、野ウサギに乗っても良いんじゃないかな? モフモフ好きな連中がこぞってやってきそうな気がしてきた。
あの小学生の女の子達にまた会えたら、この場所を教えてあげよう。
お茶を飲み終えると、焚き火の始末をして再度周囲を確認する。
やはりここは平和な荒れ地ということになるんだろう。崩れた廃墟のような形を取ったセーフティ・エリアは周囲の光景にもなじんで見える。
一体誰がセーフティ・エリアの設計をしたんだろう。セーフティ・エリアの姿だけを写したフォトブックが出来そうに思える。
「シドンの町に戻ってこの島を去ることにします。次は大陸の東岸を北上して帝国に向かいますよ」
「レベル15ですから、街道をどこまで進めるかですね。帝国の関所はレベル20でなければ通過できないそうです。その手前で私の旅は終わることになりますが、今回の旅で足掛かりはできますから東ルートでの帝国入りが楽しみです」
ララアさんと別れた後に帝国入りになりそうだ。
タマモちゃんと一緒なら、直ぐにシグ達の活躍する町に向かえるだろう。
【転移】を使って、シドンの町に向かう。
私達を包む光のカーテンが薄れると、そこはシドンの教会の裏庭だった。
通りに出て警邏事務所に向かうと、事務所のホールでジョーさん達が待っていてくれた。
事務所の小さな会議室に案内され、ジョーさん達に街道の峠道で出会ったキメラの話をする。
「大変だったようだね。結局3体いたんだね?」
「オオカミが1体に、岩石熊が2体でした。ラグランジュでナナイさんに頂いたキュブレムでどうにかオオカミはし止めることが出来ました。やはり高火力の魔法を瞬時に放つキメラは問題がありますね。
村から1つ先のセーフティ・エリアまで足を延ばしましたけど街道は静かなものです」
「村に向かえるなら、都合が良いな。その先のセーフティ・エリアを拠点に北の町までの調査は騎士団に任せられるだろう。南の平定が終われば、北に全軍を投入できるだろうからね。
それで、岩石熊はどうやって倒したんだい? 騎士団の連中がやられたのは岩石熊だったようだ。1体を20騎で一斉攻撃したそうだが、結果はほとんどが死に戻りだったそうだ。レベル18を誇っていたんだけどねぇ」
「岩石熊はレベル40ですから、レベル差が開き過ぎてますね。私とタマモちゃんで相手をしましたが中位魔法や斬撃はことごとく跳ね返されました。
最終的にはタマモちゃんが呼び出した召喚獣のブレス攻撃で街道もろとも破壊されました。あの街道修理は自動化されているのでしょうね?」
「フィールドの修理は24時間毎に行われるから問題はないはずだ。召喚獣のブレス攻撃はそれほど強力なのか?」
「見てみます? 私の人形には戦闘記録が自動化されています。ちょっと待ってくださいね」
ララアさんがラゴウの人形を取り出してテーブルに乗せた。
ラゴウの片目が光を放ち、壁に画像を映し出す。
ラゴウの視点から撮っているから、アダルトタマモちゃんが狩例に空中を舞いながら薙刀で斬撃を放っている様子が映し出される。
かなり目まぐるしく視点が動いているのは、ラゴウも攻撃に参加しているからだろう。画像が何度も回転するのは、岩石熊の放つパンチを避けているからに違いない。
突然ラゴウが空を見上げると、金色に輝くキング〇ドラの2つの頭が大きく口を開けていた。
青いような黒いようなブレスが口から地上に吐かれると、画像が砂塵で見えなくなってしまった。
砂塵が晴れた跡には、大きなクレーターが周囲の山肌を削って作られていた。
「こんな感じだったのです。あの召喚獣がいなければ私達だけで何とかなったかどうかは自信がありません」
「フランソワ、あの召喚獣を見たことがあるか?」
「お祖父さんのビデオで似たような怪獣を見たことがあるんだけど……」
「だよなぁ……。あれは魔獣というより怪獣だ。しかもゴジ〇の宿命のライバルであるキング〇ドラだからなぁ……」
かなり驚いているような、感心しているような微妙な2人だったけど、タマモちゃんのしもべのおかげで何とかなったというのが真相なんだろうね。