132 グラナダの街巡り(1)
キュブレムは3日でナナイさんが直してくれることになった。
修理費は、キュブレムの戦闘記録で十分にお釣りがくる、と言ってナナイさんが笑みを浮かべていた。やはりタダより高い物はないってことになるんだろうか?
「その間は、ここで泊まって頂戴ね。前に来た時は直ぐに帰ってしまったけど、今回はララアに案内してもらうと良いわ」
「ちゃんと案内してあげるわ。館にいるのも飽きてきたし……」
昼食の準備ができたということで、食堂に向かったんだけど……。やはり、上流階級の食事はなじまないんだよね。
ハモンさんの食べる様子を横目でチラチラ眺めながら作法に問題が無いことを確認する。
タマモちゃんの方は、作法は関係なしという感じで食べてるから、たまに隣のハモンさんが教えてあげているようだ。
「作法は気にしないでくれたまえ。戦場での食事に作法など必要ない」
「まったくです。早く終えることが我等の作法だと思っているぐらいですからな」
「貴方がただけよ。長老達もいるのですから、あまり粗野なふるまいは問題です」
ナナイさんが注意すると、アズナブルさん達が黙ってしまった。
長老の権威はそれなりにあるということなんだろうね。
「どこに行こうかな……。そうだ! 今朝方、木馬が入港したんでしょう。港に案内するわ」
「艦長はノアだったかな。船内も見て来ると良い。私から連絡しておくよ」
変わった名前の船だね。
舳先にある像が女性じゃなくて木馬なのかな?
「ここから、西への航路があると聞いたんですが?」
「大きな群島があるのだ。魔国への入り口の1つではあるのだが、乗船資格はレベル20になる」
レベル20と言ったら、上位職への選択が可能になる。パラメータやスキルの変更があって、より自分に合った狩りができる。
それが必要になるということなんだろうか? だとしたら、かなり変わった魔獣がいるんだろう。
西の群島に向かってもおもしろそうだ。
「モモちゃん達なら、西に向かっても楽しめそうだけど」
「まだまだ航路は安全ではないよ。ラグランジュ王国にやって来る冒険者達も、レベルが不足しているからね」
トランバーからニネバに渡るような感じなのかな?
乗船券の発行にレベル制限があるみたいだし。
昼食が終わると、ララアさんが私達を連れて港へ案内してくれた。
本当なら、ララアさんもアズナブルさん達と、昼食後の会議に参加したのだろう。でも笑みを浮かべてタマモちゃんの手を引いているところを見ると、会議には興味が無かったのかもしれないな。
「でも、さすがですね。あれほどボルトを操れるとは……。私も似た人形を持ってるんですけど、紐付きなのよ」
「ひも付き?」
どんなものか想像できなくて、思わず聞き返してしまった。
ララアさんの人形は、人形というより1人乗りのゴーカートのような物らしい。
「これですよ」と言ってバングルを使って仮想スクリーンに映し出してくれたのだが、どう見ても、プラモデルの車に見える。
4輪のタイヤが付いた、先端の尖った三角錐型の車だ。隣に住んでいた小学生が、似たようなプラモデルを持ってた気がする。
「後ろに3機のボルトがあるの。紐付きだから、【糸使い】も必要なのよ」
「何か、速そうですね」
「そこが気に入ってるの」
自分の人形が気に入ってるんだろうな。
ナナイさんは色々な人形を作っているようだ。汎用型ということをあまり考えないんだろうか?
たぶん、アズナブルさんやラルさんも持っているのだろう。
前の騒ぎの時には、一番危険な場所に行ってたのかもしれないな。
館から、港には緩やかな下り坂だ。
花がたくさん咲いている草原に子供達が遊んでいる。公園という訳ではないんだろうけど、町の住人達の憩いの場所でもあるようだ。
ちょっとした丘の上からは町が一望できると、ララアさんが教えてくれた。
街並みに入ると、ヨーロッパのどこかの港町のような雰囲気が漂ってくる。
白い漆喰の塗られた壁が、そんな感じを持たせるのかな? 屋根の茶色の瓦や、あちこちのベランダの草花が町に色どりを添えている。
「綺麗な町ね。お店の品揃えも多いみたい」
「魚屋さんもあるよ。それに花屋さん!」
取れたての魚が並んでいる。トランバーの魚屋さんは市場みたいな感じだったけど、ここは木箱に砕いた氷を入れて、その上に魚をきれいに並べている。
「もう直ぐ港よ。この通りは大型船専用の港に向かっているの。漁港はずっと東になるんだけどね」
お上りさん状態の私達に、笑みを浮かべたララアさんが教えてくれた。
人通りが多くなってきたから、タマモちゃんがしっかりとララアさんの手を握っている。
迷子になったら大変だからね。私も、2人の後ろを離れないように歩くんだけど、あちこちのお店が気になって、ついつい遅れてしまうんだよね。
ふと気が付いたら、遥か遠くに2人が歩いてる時だってあったもの。
「わぁ!」
先を歩いていた2人だったんだけど、タマモちゃんがララアさんの手を離して、駆け出して行った。片手を口に当てて小さく肩が震えているララアさんは笑ってるに違いない。急いでララアさんのところに行ったんだけど……。
「凄い!」
「でしょう。これがグラナダの港なの」
タマモちゃんを探すと、桟橋できょろきょろと船を見ているようだ。たくさんの船が停泊してるけど、私達をニネバに運んだ客船よりも大きい。
「アズナブル家の船が寄港しているんだけど……。あった! あれがそうよ」
ララアさんが腕を伸ばした先にあったのは、2つの船を繋げたような船だった。確かカタマラン型というのだろう。
でも、テレビで見たようなヨットではなく。1つの船だけで全長が100mを越えている。
その2つの船を繋ぐようにして艦橋が作られているし、艦橋の上部が前方に突き出している。
「木馬って、船の形なんだ!」
「そうよ。本当は別に名前があったらしいんだけど、何時の間にか『木馬』で任地されたみたい」
タマモちゃんをララアさんが手招きして、木馬に向かって桟橋を歩き出す。
周囲の大型船もそうだけど、ここに停泊している船は軍艦なんじゃないかな。大きな大砲が見えてるんだよね。
大砲はレムリア世界にあっても良いんだろうか?
「気が付いた? 西の群島までの航路は危険な旅なの。商船や客船の護衛をする船よ」
「大砲は、ちょっと……」
「あれは魔法の砲弾を放つ魔道具なのよ。【火炎弾】を撃ち出すの」
そう言う事か。火薬を使う訳じゃないんだ。
でもそうなると、危険な相手が気になるところだ。
「どうやらお出迎えしているみたい。早く行きましょう」
木馬の舷側から伸びたタラップに2人の男女が立っている。
私達に気が付いたみたいだけど、その場でこちらを見ているだけだ。
「ノア艦長に合いたいんだけど!」
「ララアさんですね。指示を受けて待っていたんです。艦長はちょっと手が離せないそうで、私達がご案内いたします」
待っていてくれたのは、ララアさんと同じ年代のようだ。
2人の案内で船内に入ったんだけど、最初に向かったのは食堂だった。
「大きいだろう? 長い航海だから、たまにここでパーティをするんだ」
「この下が船室になってるんだ。ほとんどが乗員の部屋だけど、客室が10室あるの」
ジュースをご馳走してくれた、この2人の関係も気になるんだよね。
男性がマーキスさんで女性がノインさんと教えてくれたんだけど、テーブル越しでも2人が体を寄せ合ってるは、独身の私にはちょっと目の毒になってしまう。
「マーキスさん達はこの間、結婚したばかりなの。もちろん、リアル世界でよ」
「そうなんですか」
絶対に新婚旅行をレムリア世界で味わうつもりに違いない。
「リアル世界よりも景色は良いし、好きなダイビングも楽しめるから、この世界でずっと暮らしたくなるね。僕達は、木馬の周辺監視をしてるのさ。港で停泊している時に暇なのは僕達ぐらいだからね」
「ブリッジにも案内してあげる。ノア艦長はレイさん達と難しい話をしてるみたいだから、ブリッジは当直だけの筈よ」
ララアさんが一緒だからかな?
2人に連れられて、客室や、t-レーニング・ルーム、のほほん顔の小父さんがいた工作室等を見て、最後にブリッジに案内して貰った。
修学旅行で乗ったフェリ―ボートの操舵室みたいな部屋がブリッジのようだ。
大きなガラス窓が前方と左右に付いていて、眺めが良いんだよね。
真ん中に大きな舵輪があった。3人程の男女が席に着いているけど、雑誌を読んでたぐらいだから暇なんだろうな。
「おお、マーキス達が案内してるのか?」
「ノア艦長命令だ。不愛想な連中は願い下げだが、若いお嬢さんだからな」
「俺に代わって貰いたいぐらいだけど……」
「ノア艦長の目は確か、ということだろうな」
親し気に話をしているのは、知り合いなのかもしれない。
ブリッジを去る時に、タマモちゃんが3人に手を振ると、大きく手を振ってくれたから悪い人ではないみたいだ。
「さて、これで終わりだけど……」
「ありがとうございました。最後に1つお聞きしたいんですけど、私達がこの船に乗って西の群島に向かうことはできるんでしょうか?」
3人が顔を見合わせる。
変な質問を下のだろうか?
「群島への移動は客船で、ということかな。まだ、その許可が上から下りては来ないんだけど……」
「でも、この船にも客室があるのよねぇ。誰を乗せるとは聞いてないんだけど」
ララアさんやノインさん達も、良く分からないらしい。
この大きな船で、のんびりと西に島に行きたかったんだけどねぇ……。
木馬を後にして、桟橋の船を見て回る。
やはり大砲がたくさん付いている。西の海はそれだけ危険だということなんだろう。
どんな水棲魔獣がいるのか、ちょっと興味が湧いてきた。