129 口から光線は想定外
目標が大きくなったからだろうか?
身を低くして、タマモちゃんから距離を取った私には、まるで気付いていない。
鈍い音がして、オオカミと黒鉄がぶつかった。
鋭い斧の斬撃を受け、私の近くまでオオカミが飛んできた。
本体がジリジリと接近してくる。タマモちゃんはGTOの甲羅の上で前方を見据えたまま動かない。
両者の距離が100m程に縮まった時、オオカミがダッシュした。
タマモちゃんが【火炎弾】を放ち、上空へと跳び上がる。
爆炎の去った後には、黒鉄が斧を振り上げてオオカミを待ち構えていた。
そろそろかな?
キュブレイを取り出して、一体化すると長剣を手に側面からオオカミのリーダーに迫る。
上空から【火炎弾】が矢のように降り注ぐけど、私には1つも当たらない。
オオカミを斬り飛ばしながら進むことになったけど、リーダーの大きさは子牛ほどもある。目標を見失うことは無い。
リーダーまで30mほどに迫った時だ。
リーダーの口が私に向かって大きく開いた。
口の中に光りを見て、とっさに右腕で庇った瞬間、腕を覆った鎧に衝撃がやってきた。
眩しい光が止んだ時には、右腕がだらりとぶら下がっている。
慌てて後退しながらボルトを射出する。
リーダー2体を取り巻きながら、【レイガン】を放つが、あまり威力は無いようだ。
ボルトを回収して、キュブレイから下りることになってしまったが、直せるのだろうか?
上空から、特大の【火炎弾】が落とされた。数発でタマモちゃんが元の姿に戻るほどの大きさなんだけど、直撃を食らってもそれほどダメージを受けたように見えない。
体表面にバリヤーのようなものがあるのかも知れないな。
さらに職業階梯を上げる。【上忍】となれば、素早さはニンジャを遥かに超える。【AGI】特化の職種だけど、他のステータスも上がるし、何と言っても装備が半端じゃない。
忍刀からムラマサに変わった得物を握って、大地を跳ねるようにリーダーに接近する。
再び口を開けて、あの光線を放ち始めるが、口の中に光りが見えてから光線が出るまでに少しタイムラグがあるんだよねぇ。左右に飛ぶことで容易に避けられる。
接近した私に、もう1頭のリーダーも加わって光線を放ち始めた。
思わず笑みが浮かぶ。
統率しているオオカミは連携が取れてるんだけど、リーダー2体の攻撃はバラバラだ。
地上を駆けるニンジャではなく立体機動で迫る私には、2体の放つ光線はかすりもしない。
「ハァ!」
気合を入れてリーダーの横腹にムラマサを突き刺してえぐるように引き抜く。もう1体のリーダーの前足が振り下ろされる前に素早くその場を離れた。
上空から炎の槍が私のえぐった横腹に深く食い込んで爆発する。
思わず上を見ると、アダルトタマモちゃんが胸を反らして笑みを浮かべている。
お腹が無くなってしまったから、これで1体はやっつけたかな。
残り1体に向かって距離を詰めていく。
残った1体も、最後はタマモちゃんの魔法で片付ける。
オオカミの群れは黒鉄が凌いでくれたようだ。黒鉄をオオカミの死骸が取り囲んでいた。
「終わったようじゃな?」
「でもリーダーの死体がまだ消えないから、止めが必要かもしれないわ。薙刀で首を刎ねて貰える」
「容易きこと」
アダルトタマモちゃんが9つの尻尾を揺らしながらオオカミのリーダーに近付いていく。
その前に……。素早く【鑑定】でリーダーを確認した。
『オオカミ(?)レベル51』、間違いなく影響を受けた種だ。
「姉様、これを」アダルトタマモちゃんが2個の魔石を渡してくれた。リーダーの姿はどこにも無いから、レムリア世界に2度と現れることは無い。
元の姿に戻ったタマモちゃんと一緒に、黒鉄が倒したオオカミの皮を回収して、黒鉄を戻しGTOでチコさん達を探すことにした。
結構広い荒れ地だから、迷ってるんじゃないかな?
セーフティ・エリアは1km四方から分かるような目印が絶対に必要だ。
「見付けた! あのまま進むとセーフティ・エリアを外れちゃうよ」
「方向音痴という訳じゃないんだろうけどね。広い場所は、真っ直ぐ進むのが難しいみたいなの。コンパスで方向を確認しながら進めばいいんでしょうけど、チコさん達はコンパスを上手く使えないみたいね」
慣れが必要だと思うな。方向をその場で確認するだけじゃなくて、進むべき方向に目印を見付けることが大事だと、オリエンテーリングの大会に出た時に教えて貰ったんだよね。
私達がやってきたのを知って、チコさん達が手を振って迎えてくれた。
その場で休憩を取ることにして、イネスさん達がお茶を沸かし始める。
焚き火の傍に腰を下ろした私達に、チコさんが問いかけてくる。
「やったのか?」
「何とか……。群れを率いてたのは、子牛ほどのオオカミだった。レベル51はちょっと驚きだった」
「レベル51! それでも倒せるのか?」
「職業階梯を無理やり上げることができるの。ニンジャは知ってるでしょう。その上もあるんだけど、長時間は無理なんだよねぇ……」
「ゲームバランスを崩しかねないってことなんだろうな。それでボス戦に参加できないってことになるんだろうね。冒険者に紛れてフィールドのバグを確認するのがモモ達の仕事なんだろうね」
チコさんが感心した様な口調で納得している。
確かに、そんなところもあるのかもしれない。レムリア世界は第7世代スーパーコンピューターが複数台並列接続されて作られた仮想現実世界だ。
細部まで緻密に作られているからリアル世界と変わらないように思える。とはいえ、そんな高性能な電脳は目的別に作られているから、必ずしも整合が上手く取れてはいないのだろう。
バグは今でも発見されているようだし、バグ対処の専門部局も運営の中にはあるらしい。
私がその部局に所属していると考えたのかな?
警邏さんとも親しいことも、それなら分かるということなんだろう。
「私もその辺りはよくわからないんですけど、フィールドや町中での状況は警邏さんと共有してますよ」
「おかげで、この指輪を頂くことができたからね。私達にとってはありがたい話だ」
お茶を頂きながら、チコさん達の進行方向がズレていることを教えてあげた。
アンデルさんがチコさんをジト目で見ているから、逃走方向を決めたのはチコさんのようだ。
「いやぁ、済まない。アンデルが少し東に偏ってるんじゃないか、と言ってたんだけど」
「これで安心だわ。でも、こっちのセーフティ・エリアは発見するのが難しそうね。
しばらくは東の森近くで狩りをして、シドンに向かう方が良いんじゃなくて?」
「レベル9になるのも案外早いかもね。やはり指輪の恩恵は凄いよ」
自分の上げたいパラメータを2つ上げたということになるんだろう。あんなに苦労していた野ウサギだって、今のチコさん達には容易い狩りになっているようだ。
「さて、それじゃあ、セーフティ・エリアに向かうぞ。今夜過ごせば明日は町に戻れるからね」
「宿代は稼いだし、途中で少し獲物が増やせるんじゃなくて?」
これで海側は終わったということかな?
セーフティ・エリアから東に進んでいるから、報告次第ではこれで調査が終わるということにもなりそうだ。
セーフティ・エリアに到着して、一安心。
周囲をアンデルさんとタマモちゃんが一周しているけど、また何か見付けるのかな?
マイヤーさんとイネスさんが夕食作りを始めたけど、やはりチコさんが手伝うことは無い。
シグも手伝わないけど、シグが手伝うと邪魔になるんだよね。案外チコさんも手をださないで! と2人に言われたのかもしれない。
「やはり海を見ておいた方が良いんじゃないかな?」
「クラーケン以外にもいると?」
「海の獲物をあまり想像できないんだ。それに依頼は受けていないが、目標は海サソリだったろう? レベル9なら私達が狩れると思うんだ。夕食を取りながら皆と相談だけどね」
万が一、海サソリのレベルが上がっていたら狩れるものも狩れないし、海に逃げ込まれたら依頼そのものを果たせなくなると考えて、依頼を受けなかったんだよね。
事後対応でも、その依頼がギルドの依頼書にあったなら、依頼を遂行できたと判断してくれる。
チコさんが狩りたいというならそれも良いだろう。海側の異変の有無も確認できそうだ。
「そうだよね。私は賛成だよ!」
「せっかく来たんですから。動いている海サソリを見てから帰りましょう。1日伸びても、このセーフティ・エリアに早々来れるとは思えません」
夕食を食べながらの相談は、海サソリを狩ることで纏まっった。タマモちゃんも平たいパンをもぐもぐ食べながら頷いている。
レベル9の獲物だから、私達は周囲を監視することになるんだけど、タマモちゃんは一緒に狩れると思っているのかな?
昨夜同様に、焚き火の番をしながら過ごすことになったんだけど、今夜はクラーケンの腕が近付いてこなかった。
あのオオカミ達を狩ったことで海の方にも影響があったんだろうか?
「昨夜はたまたまだったのかもしれないね。それでも、このセーフティ・エリアに早めに着かないといけないってことなんだろうね」
「たとえ狩りが上手く行ったとしても、クラーケンが出た時には……」
「その時は一目散に、北に向かうよ。死に戻りが多いと、ステータスに影響が出ると、掲示板に書かれていたんだ。本当かどうかは疑わしいけど、なるべく死に戻りはしたくないからね」
そんな裏設定があるんだろうか?
ケース・バイ・ケースとも考えられるけど、無謀な冒険を止めさせようという事かもしれない。大きく変わることは無いんだろうけど、頑張ってあげたステータスポイントが1つ減っても、冒険者としてはがっかりしてしまうに違いない。