125 森の北端
何事も無く翌朝を迎えたけれど、セーフティ・エリアが活動していたわけではない。
相手のレベルに関係なくヘビやオオカミは襲ってくるということだから、この辺りにたまたまいなかったということになるのだろう。
ちょっと拍子抜けしてしまったけど、油断大敵っていうくらいだ。
朝食を取りながらも、周囲を警戒する。
「今日は獲物を探すんでしょう? トレドは植物系の枯れ木のような魔物だから森を探せば良いんでしょうけど、ラフレシアって南の方に咲く植物だよね」
「あまり気にしない方が良いぞ。確か、大きな花だったはずだ。草原にはいないと思うんだけどねぇ」
図鑑を眺めていたタマモちゃんが、うんうんと頷いている。 口がもごもご動いているからちょっとお行儀的には問題があるんじゃないかな?
「タマモちゃん。食べてからにした方が良いわよ。でも、そう書いてあるわね。この図鑑もあの地図と同じなの?」
イネスさんがやんわりと注意してくれた。
その時、タマモちゃんの眺めていた図鑑が見えたみたいだな。
「一応、レベルに合った図鑑らしいです。皆さん達の図鑑も一度戦えば相手の情報が追加されるはずですよ。【鑑定】を使えばさらに増えるようです」
「本当だ……。鉄砲魚と飛びカツオでは情報量が違ってる」
アンデルさんが図鑑を表示して驚いている。
見付けたら直ぐに狩りをする冒険者が多いからね。仕方がないとは思うんだけど。
「【鑑定】スキルは色々と使えるのが分かっただけでも良いんじゃない? 初めての獲物には先ずは【鑑定】で行きましょう」
レムリア世界で、図鑑を完成させられる冒険者は出てくるのだろうか?
大陸の東西南北で異なるし、レアな魔物もいるだろう。レイドボスならチャンスは1度だけになってしまう。
各パーティの持つ情報を交換するシステムが、どこかにあるのかもしれないな。
「どちらも、森! しかもまばらなところ」
タマモちゃんの声に、ダイアナの皆が笑みを浮かべて頷いた。
ヒントが大きいからね。
直ぐに、チコさんが立ち上がって北東を眺め始めた。
「数km先で森が終わっているようだ。ゆっくりと北東に進めば、そんな場所に出るんじゃないか?」
「ギルドに報告するから、この場所からの移動を経路の概略マッピングをお願いします」
「イネス、お願いするよ」
チコさんの頼みに笑みを浮かべて頷いているから、数学は得意なのかな?
休憩場所ごとに方向と時間をメモしておけば十分だろう。魔獣は移動するからおおよその位置が分かれば十分だ。
「焚き火の始末は……、終わったね。それじゃあ、狩りの時間だ!」
チコさんと私が先行して、アンデルさんが殿を務める。
北東に向かって進んでいくと、30分も経たずに森の木々が見えてきた。
密集した暗い森だから、何時狼のような奴が飛び出してくるか分からない。周囲200m程の【探索】では、見付けても襲われるまでの時間があまりないからね。
300m程の距離を取って北へと進み、大きな枯れ木のところで、最初の休憩を取った。
「かなりヤバそうな森だね。少しずつ森の奥が見えてきてるから、昼前には獲物を見付けられるんじゃないか?」
「そんな感じですね。姿を見せませんが小さな獣が結構いますよ。野ウサギより小さいようです」
「たぶん、これ。野ネズミだと思う」
タマモちゃんが教えてくれた。図鑑を開いてはいないんだけど、野ウサギの大きさを考えれば、町で時々見かけるネズミより3~5倍ぐらい大きいのだろう。
ネコぐらいなのかな? 【探索】で確認できる大きさを変えて見ると、やはりその位の大きさのようだ。
「どうやらネコぐらいの大きさですね。襲われない限り無視しても良さそうですけど、ネズミはすばしこいですから、注意が必要です」
「そんなネズミを餌にする魔獣は大きいってことなんだろうな」
チコさんの言葉に小さく頷く。
すばしこい野ネズミを狩れるぐらいだから、敏捷な獣ということになる。
代表格はオオカミになるんだろう。それと、静かに近づくヘビかもしれない。
10分ほど休んで再び歩き始める。
だんだんと森の木々の間隔が空き始め、森の奥まで見えるようになってきた。
森というより速しと言った方が良いのかもしれない。
間隔がほらいた木々は雷の目標になるのかもしれない。焼けたり、立ち枯れした木も見えるようになってきた。
最初は森から300m程の距離を取っていたけど、今は100mにも満たない。それだけ林の奥まで良く見通せるのだ。
チコさんの胸に右手を伸ばして歩みを止める。
チコさんが銛の奥に目を向けるけど、目標が分からないようだ。
「いたね! チコ、あの低くて太い奴。動かないからスキルが無いと分からないかもね」
「あれか? どう見ても立ち枯れにしか見えないけど」
擬態ということなんだろうね。でも直ぐに動きだすと思うよ。
突然、甲高い鳴声が聞こえた。
うねうねと動く触手のような根の先に、野ネズミがもがいている。根が野ネズミを貫通しているから逃げることはできないようだ。
「かなり長い根なんだな……。攻撃はマイヤーの【火炎弾】が合図で良いね。イソギンチャクと同じように攻撃するよ!」
「【鑑定】終了。やはり弱点は『火』だね。チコの作戦で問題なし!」
レベルは『7』と出た。
設定通りだから、私達は周辺監視を引き受ける。
火炎弾を2つ受けて燃え上がるんだから、案外簡単に倒せる獲物らしい。
魔法使いがいないと、根を全て切り払うことになりそうだ。
戦士職の3人パーティもトラペットで見たことがあるけど、彼等にはかなり荷が重いんじゃないかな?
だけど魔法使いだけでも、この依頼は無理だと思う。ここまでの道中にたくさんの魔獣がいたからね。
トレドを狩るまで安全に魔法使いを護衛する者がいないとこの依頼を遂げることはできないはずだ。
パーティのバランスをよく考えて、ということになるのかな?
魔石を取り出して次のトレドを探す。依頼数は3つだったし、ラフレシアだって探さないといけない。
林の中を南北に並んで北へと進む。
私とアンデルさんの距離が30m程に開いたけど、獲物を探すには都合が良い。
真ん中にいるタマモちゃんが、私達の探索区域までを含んでみてくれるから見落とす可能性はほとんど無いんじゃないかな。
「いたよ!」
アンデルさんの声に皆が集まった。さっきのよりは少し小さく感じる。
チコさんの指示で、ダイアナの狩りが始まった。
「終わったな。トレドは良い獲物だ。これで2体だから、案外容易に終わりそうだ」
「油断はできませんよ。それにラフレシアがまだです」
再び北に向かって歩き出すと、今度はチコさんが大声を上げた。
「見付けた! あれじゃないのか?」
「チコが見つけるなんて珍しいわね。間違いなくラフレシアだよ。でも何か飛んでるよ」
タマモちゃんがオペラグラスを出して監察を始めた。慌てて双眼鏡を出して、ラフレシアの数m上を飛んでいるものに焦点を合わせる。
「ハチ? ううん、ハチじゃない。もっと丸い奴」
「これかな?」
アンデルさんが取り出した図鑑を眺めて、もう1度相手を確かめる。
「合ってるみたい。ハチじゃなくてアブだね」
「アブは差すんじゃなくて齧るんだ。子犬ほどありそうだから、顎は短剣並みだ」
「それに足もヤバそうだよ。尖ってるもの」
タマモちゃんがチコさんの説明を補足してくれた。
「アブなら毒針は無いが、あれを倒さないと厄介だな。エアリーを囮にして、私とアンデルで倒すか。エアリーが危ない時には、モモに任せたいけど……」
「レベル8のアブだから、荷が重そうね。了解」
始めようかと私達が動き出した時、突然ラフレシアが花を高く上げた。
慌てて、その場に立ち止まる。
どうやら、触手を使って移動できるようだ。
厄介な獲物だな……。
しばらく見ていると、触手の1つが大きなオオカミを持ち上げて花の中心部に持って行く。その後、何かを磨り潰すような音が聞こえてきた。
「花の中心部が口ってことか? やはり【火炎弾】が最初になるぞ」
「マイヤーさんがアブに狙われますよ。エアリーさんに守って貰わないと……」
エアリーさんの後方にマイヤーさんとイネスさんを置き、魔法でラフレシアを攻撃した。
花に広がった火を触手のような根で火を消そうともがいている。
飛んできたアブをアンデルさんが弓で落とし、チコさんがサーベルのような長剣で胴を切断した。1匹逃したけど、エアリーさんが盾で叩き落とし、片手剣で止めを差したから残りは、暴れているラフレシアになる。
【火炎弾】と水魔法で作られた【氷柱】がラフレシアを焼き、花を破壊する。
遠巻きにした私達は眺めるだけになってしまった。
やがて勢い良く燃え上がったから、火が消えるまで一休みを取ることにした。
「あんなに暴れるとは思わなかった。あれでは近付けないよ」
「そうだね。ラフレシアもレベル8、私達だけでも何とか倒せるかな」
これで残りは2体になった。今日中に依頼は達成できるかもしれない。
魔石を取り出したところで、更に北へと進む。
途中で昼食を取り15時を過ぎたころ、ようやく依頼を達成することができた。
林が灌木の集まりに変わっているから、もう直ぐニネバの東に広がる森は終わるのだろう。遠くを眺めるとゴロゴロした瓦礫の大地が広がっている。
休憩を取って、帰ろうとした時だ。
タマモちゃんが立ち上がって腕を伸ばした。
「あれ! ジュンコさん達と狩りをした時にいた奴だよ」
慌てて立ち上がるとタマモちゃんの腕の先を眺めた。
「トレドス……。チコさん、ここが限界点みたい。あれはレベル20を越えてるわ」
「でもトレドスならレベル10前後なんでしょう? 2倍あるなんて……」
「シドンへの街道と同じってことか。やるのか? やるなら参考に見ておきたいが」
「倒しておかないと面倒になりそうですから、ここから見たことは掲示板に書かないでくださいね」
その場で職業階梯を上げてニンジャとなる。タマモちゃんが枢機卿に変わりGTOを呼んだ。
初めから【火炎弾】が効かなかったんだよね。
だけど、牽制には役立つはず。
「始めるよ。牽制してね!」
GTOの甲羅の上で仁王立ちしているタマモちゃんが頷くと、GTOが一気に飛び出した。
私も直ぐに後を追う。