123 気心の知れたパーティ
チコさんが案内してくれたのは「シオマネキ」という名前の宿屋兼食堂だった。ダイアナのメンバーはここに泊まっているらしい。
夕食が直ぐに出てきたからすでに準備が出来てたんだろうな。他に冒険者はいないようだ。まだギルドにいるのだろう。
「それで話というのは?」
「シドンまでの街道が使えるようになったの。魔獣のレベルも初期に戻ったと警邏さん達が言ってたわ。だけど、街道の途中にあるサーフティ・エリアが破壊されたから、野営しないと到着できないわよ」
「その原因を取り除いて、騎士団はあの通りってことか? ご苦労な話だな。でもそれならギルドが通知すれば済む話だと思うけど?」
「誰もいないわよね……」
地図をテーブルの上に開いて、簡単に状況を説明した。
5人が身を乗り出すようにして地図を見ている。
「北と南は今まで通りということなの? それにどこから急にレベルの上がった魔獣がいるかも分からないってこと?」
イネスさんが困った表情で話してくれた。
状況は飲み込めてくれたみたいだ。ここからが交渉になる。
「そこでダイアナに依頼したいの。出元はシドンの警邏事務所。内容は急にレベルの上がる境界の見極め。報酬はこれになるの」
テーブルの上に5つの指輪を乗せた。
直ぐに【鑑定】持ちのマイヤーさんが指輪の鑑定を始めたんだけど、驚いて目を丸くして指輪を見ている。
「マイヤー、良い品なのか? 銀貨2枚ぐらいに思えるんだけど」
「売ることなんてできないわ。ステータス上昇の指輪よ。「+2」の効果があるし、いつまでも使えるわ」
皆が一斉に私を見る。良いのか! と視線で問い掛けているみたいだ。
「シドンの近くに凍結されたダンジョンがあるらしく……、そこで比較的容易に手に入ると言ってましたけど」
「現在は誰も持ってないだろうな。狩りをする前に魔獣を【鑑定】すれば済むはずだ。レベルの高い魔獣なら相手にしないで逃げても依頼は果たしたことになる」
「その上、調査中の狩りの依頼は2割増しにしてくれるそうです。やってくれませんか?」
「美味しい依頼ってことになる。この指輪は前金で良いんだろう? 明日の朝、ギルドに集合だね」
依頼成立、チコさんに笑みを浮かべて頷いた。
「それでどの辺りを狙うつもりなの?」
「南は騎士団が調査する、と言ってました。私は西の森の北を調べれば良いように思えます」
「森の北だけでは不足だろうね……、渚の北も調べようよ。それに両者の中間も調べれば『ダイアナ』の名前も上がるんじゃないかな?」
アンデルさんが力説している。攻略組ではないけれど、後続組の中では名を知られたいという事なんだろうね。
でも、この依頼だとプレイヤーに名を知られるんじゃなくて、警邏さん達に名が知られるように思えるんだけど……。
明日ギルドで、と再確認したところでチコさん達と別れて警邏事務所に向かった。
夕暮れ時にお邪魔するのも気が引けるけど、一応連絡はしておかないと。
トントンと扉を叩き中に入ると、皆が一斉に視線を向ける。
ギルドと変わらないのは問題だと思うな。
「モモちゃん達じゃないか! こっちに来てくれ。ツバキから話は聞いてるよ。ご苦労様、ここに来たのは?」
「私に会いに来てくれたのよねぇ。宿屋は抑えたからだいじょうぶよ。ところでプレイヤーとの話は付いたの?」
「俺が話してる途中だったんだけどなぁ……」
小さな声で呟くと席を立って、近くのお姉さんに何か頼んでいるようだ。
「『ダイアナ』という名のパーティです。船旅が一緒だったので、ニネバに到着した当初は一緒に狩をしてました。PKKをした時も、同一行動していた時です」
「あの時ね。……政府を動かしてモモちゃんを調べてるんだから困ったものね。NPCだと何度説明しても分かってくれないんだから」
あの伯父さん、それほど有名だったんだ。
ひょっとして、今度はPVNを申し込まれるんじゃないかな?
「あのしつこさだと、その内モモちゃんの前に現れるかもしれないわ。こてんこてんしてもだいじょうぶだからね」
かなり不満がありそうだから、この話題はしない方が良いということに違いない。
でも、やって来るかな……。
「話を戻すけど、ギルドに伝えてあるわ。狩りの様子をその都度話してくれれば、私達にも伝わるからね」
「分かりました」
フィアナさんに再確認された感じだ。
依頼報告のついでに話せば良いだろう。それぐらいは冒険者達がカウンターのお姉さんとやってるから、不自然には思われないということに違いない。
でも、男の人達はやたらと話が長いんだよね。リアル世界で女の子に話しかけるチャンスが無いのだろうか?
「運んできたよ。それでどんなキメラだったんだい?」
キリカさんがそんなことを言うから、近くの警邏さんが集まってくる。フィアナさんが顔をしかめているから後で怒られないかな?
タマモちゃんが頂いたお菓子を食べ始めたからには、概要だけでも話す必要はありそうだ。
「実は……」
そんな切り出しで、キメラ退治の経緯を話すことになってしまった。
警邏事務所お墨付きの宿に付いたのは夜遅くだったけれど、フィアナさんが予約を入れておいてくれたから助かってしまった。
宿代は前と同じということだから20デジットを払い、明日のお弁当代の4デジットを払う。
「長期とは聞いてるけど、部屋は警邏事務所で押さえてるから、何時やってきてもだいじょうぶだよ」
「ありがとうございます。少し遠出をしてみるつもりですから、毎日ニネバに戻れないと思ってました」
「あまり無理はしない方が良いよ。今日は騎士団が怪我人をたくさん連れて帰ってきたらしいからね」
ニネバではかなりその話が広がっているようだ。冒険者達がその情報からどんな行動を取るのだろう。
その情報の詳細を知りたくてギルドにあれほど集まっていたのだろうけど、町の周辺と街道沿いは危険が無いぐらいの話ができるだけだと思う。
「やはりディオコーンだと思う?」
ベッドに入った私に、一緒に寝ていたタマモちゃんが突然問い掛けてきた。
「可能背は高いけど、森でしょう? トレドやトレドスの可能性もありそうよ」
「火炎弾で一撃!」
そう言って体を押し付けてきた。
今夜は夢の中で、トレドスに火炎弾を浴びせ続けるのかもしれない。
私もそろそろ眠ろう……。
翌日。いつものようにタマモちゃんに起こされてしまった。
最初は呆れた表情だったタマモちゃんだったけど、この頃は諦めた表情なんだよね。
ネコは何時も寝てるんだよ……。
宿の裏にある緯度で顔を洗い、シャキッとした表情で食堂に向かうとネコ族のお姉さんが朝食を運んでくれた。
「これがお弁当にゃ。頑張るにゃ!」
ポンと肩を叩いて奥に戻って行ったのは、私を同族と思ってくれたんだろう。
ケットシーなんだけど……。見た目はネコ族と変わらないからだろうね。
そう言えばキツネ族の人は見たことが無い。モフモフ尻尾がおしゃれなんだけどなぁ。
食事が終わったところで、2個のお弁当をバッグに詰める。
さて、出掛けようか!
ギルドに向かって歩いて行く。
朝だから通りにも人が多いな。冒険者の姿も多くなっているようだ。早めにシドン周囲の状況を見極める必要があるというのも理解できる。
ギルドの扉を開くと同時に、「こっちだ!」と手を振るのは……、チコさんだ。
すでに来てたんだ。
急いで彼女達のいるテーブルに向かうと、テーブルに2枚の依頼書が乗っていた。まだスタンプが押されていないから、カウンターには行っていないのだろう。
「トレドが3体に、ラフレシアが2体。トレドは食肉植物だと分かるんだが、ラフレシアは大きな花だろう? 狩りの対象にはならないように思えるんだよなぁ」
「図鑑が今一なのよ。名前と討伐レベル、それに特徴は書かれてるんだけど……」
そう言うことか。私の持つ魔獣のライブラリーとプレイヤーの持つライブラリーは少し異なるようだ。
確認手段はどちらも魔石になっているから倒せば問題は無いのだが、死に戻りを可能とした弊害かもしれない。
一度戦えば相手の攻撃も分かるだろう、ということかな?
「基本に忠実に、ということかもしれませんよ。植物系は火に弱い、ツタや根を使っての攻撃。場合によっては実を飛ばしてくるかもしれません」
「そういうことか? 確かに、獣系は噛みつくし素早い。鳥系は頭上からの攻撃って奴だな。死に戻りはしたくないが、それでも相手の攻撃を知ることができるってことになる。2つとも請け負うか? 場所を見る限り、モモが言っていた近くになるんだが」
「それなら好都合。この2件の報酬だって、額面の160デジットの2割増しになるから、分配額も期待できるんじゃないかしら。これで良いなら、カウンターで受付印を押して貰ってくるわ」
「モモが窓口だったね。それじゃあ、私達も出掛けるよ」
カウンターに2枚の依頼書を持って行き、私の名を告げる。
小さく頷いてくれたから、この依頼の持つ意味を知っているのかな?
日付の入ったスタンプとは 別に星のマークが横に押されていた。これが特別依頼の印なのかもしれないな。
バックに依頼書を入れると、扉近くで待っていたチコさん達と一緒にギルドを出る。
このまま東門に向かって、北西に歩くことになる。
今夜は野営確定だ。セーフティ・エリアが使えるかどうか分からないけど、野営するには都合が良さそうだ。
出来の良くない地図と、仮想スクリーンの磁石頼りに探すことになるんだろうけどね。
私とチコさんが先行し、一番後ろはレンジャーのアンデルさんだ。タマモちゃんはイネスさんと手を繋いで真ん中を歩いている。イネスさんは神官職だから、皆でガードできるポジションになってしまうらしい。
ニネバの町の周囲では、冒険者達が大きな野ウサギを狩っているようだ。
最初見た時に驚いたけど、数匹狩ればパーティの宿代が出る。
先ずは野ウサギ、次は渚でヤドカニになるのだろう。
「だいぶ渡って来たみたい」
「ニネバも賑やかになってきたよ。次の町に移動するのを躊躇してるからだろうな」
私の呟きに、チコさんが相槌を打って話を繋ぐ。
狩場を広げるのは、ニネバの町にとっても急務に違いない。
町から半日の距離と、1日の距離では狩場の面積が大きく広がる。それだけ冒険者の数を増やせるということになるんだけれど……。