122 警邏事務所からの調査依頼
騎士団の人達が西に向かって去っていく姿を見送ったところで、温くなったお茶を飲む。
タマモちゃんは飲み終えたのかな? アヤメさんが笑みを浮かべてタマモちゃんのカップにお茶を注いでいる。
「警邏事務所で状況を確認しているらしい。ここで少し待つことになりそうだ。それより、モモちゃん達があの3本角を倒してから、急にディオコーンが弱くなった気もするんだよなぁ」
「ツバキも、そうなの? 私もそんな感じがしたんだけど、【鑑定】を使うことができなかったから……」
【鑑定】スキルはちょっと使い辛いところがある。
後で見ようとすることができないのだ。その場で【鑑定】で確認すれば自分のライブラリーとして登録されるんだけど。
「私も、持っていますが、やはり戦闘中に開くことは余りしませんから」
うんうんとタマモちゃんも頷いている。
もぐもぐと口を動かしているのはお菓子をバックから取り出したんだろう。アヤメさんやツバキさんにも分けてあげてる。
最後に私にもお煎餅のようなお菓子を2個渡してくれた。
「ありがとう。うん、戦闘後には甘いお菓子だな。俺も用意しておこう」
ツバキさんがタマモちゃんに御礼を言ってるけど、たぶんそんなことはしないんだろうな。でもアヤメさんは用意するかもしれない。ツバキさんを見て頷いているもの。
「おっ! 返信が来たぞ。何々……。なるほどねぇ。やはりそういうことか」
ぶつぶつと独り言を言ってるから、アヤメさんがツバキさんに向けた表情がだんだんと険しくなっている。
もう少しで、手にした手槍でコツン! と叩かれるんじゃないかな。
「ちょっと待ってくれ。仮想スクリーンを開くからね」
警邏さん達のバングルは多機能だ。私達が見られるように横に大きな仮想スクリーンを開いてくれた。
これは……、シドンの町の周辺地図のようだ。右手にあるのは港町のニネバだろう。
シドンの町から南北に街道が走り、どちらにも2つの村があるのが分かる。
後で、地図を見てみよう。警邏さんのデーターベースの一部は見られるとダンさんが教えてくれた。
「俺達がいるのは、ここだ。シドンの周辺警備に向かった騎士団の連絡では、急に魔物のレベルが下がったらしい。ニネバの警邏にも同じような連絡が入っているそうだ」
「それって、ここでの戦闘の影響ってことかしら?」
「たぶんそうじゃないかな。モモちゃんが言ってたキメラの影響を考えるとそうなりそうだ。あの3本角がディオコーンに影響を与えて、ディオコーンが周辺の魔物に影響を与える。元を断てば元通りということになるんだが……」
「あの1体だけか? ということですよね」
ツバキさんが小さく頷いてタバコの火を点ける。
アヤメさんがツンツンと膝を押しているんだけど、風下にいるんだからあまり気にしないで欲しいな。
この世界ならいくらタバコを嗜んでもリアル世界での体に影響することは無いんだからね。
「たぶん1体ということは無いだろう。少なくともニネバからシドンまでは設定の範囲内に戻ったということになりそうだ」
「南北はまだ未調査なんだよね……」
「まあ、それは騎士団がやってくれるんじゃないか? 南北の村や町は解凍が始まったばかりらしい。ニネバ街道が賑わえば、騎士団の活躍の場はシドンから離れるはずだ」
地図を縮小すると、シドンの町から南に延びる街道には2つの村がある。
北には4つほど村や町があるみたいだ。最北の港町からは帝国に船が出るらしい。
なるほど、このルートも帝国に繋がっているんだ。
「さて、そろそろ戻ろうか。シドンに帰ればもう少し詳しい情報が分かるはずだ。モモちゃんも聞きたいだろう?」
「私が知ったら、冒険者に教えてしまうかもしれませんよ?」
「その辺りの調整もしたいんじゃないかな。モモちゃんの仕事は警邏本部だって承認しているからね」
プレイヤーと一緒になって協力する。イベント参加も可能だがボス戦には参加しない。PKの監視員であるとともにPKKまでやってのける。
レムリアへ参加している国や大企業の電脳にも、2人のデーターが無い。
そんな私達だけど、現場の警邏さん達に協力することで、運営サイドにも認められているようだ。
大人社会にはしがらみが多いとらしいから、私達の出所を探るのは止めたように思える。
どちらかというと、積極的に協力して貰えと言う感じなんだよねぇ。
イザナミさんの意向に合っていれば良いんだけれど。
「そうですね。私も状況には興味があります」
私の言葉に頷いたツバキさん達が腰を上げる。
帰りは街道を進むんだろうな。だいぶ森を荒らしたからねぇ……。
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シドンの町に戻ると、警邏事務所の会議室に通された。
一般の警邏さん達には聞かせたくないということなんだろうか?
会議室にはジョーさんにフランソワさんが待っていた。
「とりあえず危機は去ったということになるんじゃないか?」
「それを確認したい。座ってくれないか? もう直ぐ飲み物がやってくる」
ツバキさんの問いにジョーさんが席を勧めてくれた。
言われるままにタマモちゃんと椅子に座ったところに、扉が開いてお姉さんがジュースを入れたコップを私達の前に置いてくれた。
お姉さんが軽く頭を下げて会議室から出ると、壁に掛かったホワイトボードのようなスクリーンに地図が現れた。
「ツバキ達、正確に言うならモモちゃん達が3本角を倒した時刻以降の魔獣の討伐はこの場所で行われている。
全て、初期設定の魔獣のレベルに戻ったらしい。戦闘中だった冒険者もいたらしく、急に相手が弱体化したとの報告も受けたのだが……。
この地図を見て、どう思う?」
セーフティ・エリアでツバキさんが映し出した地図と同じだが、たくさん「〇」や「×」が付いている。
「〇印が弱体化を確認できた、×印は変化なしということでしょうか?」
「そうだ。これを見る限り、ニネバとシドン周辺は元に戻ったということになるのだが、解凍処理を始めた2つの村周辺部は未だに影響があるということになる」
「ジョーさん。3本角はとんでもない奴ですよ。モモちゃん達がいたからこそ倒せたようなものです」
「本部もそれを気にしている。ワクチンを作るのも相手がどんな奴か分からないのでは話の外だった。だが、モモちゃんに貰った魔石の解析で騎士団が特殊チームを作ったらしい。南の村で試したいということだ」
私のような存在を作ったということなんだろうか?
ちょっと興味があるな。
「やって来るのは4人パーティということだ。ツバキ達は案内を頼む。モモちゃん達には申し訳ないんだが、境界を探ってくれないか?
シドンの町なら、レベル7であれば容易く移動できるはずなんだ。レベル6を越える魔獣がどの辺りから出るかを見極めて欲しい」
「それって、依頼ですよね?」
「冒険者だったね。……ツバキ達とのパトロールも報酬は無かったな。フランソワ、適当な品があったか?」
「探してみるわ。それと今回の報酬もいるわよね。宿代だって馬鹿には出来ないでしょうから……」
ジョーさんが私に顔を向けて、タバコを取り出した。
会議室なら排気も考えているだろう。小さく頷くとタバコに火を点ける。
「それで、どのように?」
「ニネバの町で狩りの範囲を広げようと思います。知り合いの冒険者もいますから、彼女達と行動すればレベル上げもできるでしょう。こんな感じで先ずは森の西北端付近を探ろうと思います」
席を立って地図上を指で示す。
頷いて聞いているところを見ると、それで問題は無いのだろう。
「狩りの成果はシドンの町の警邏事務所に伝えて欲しい。フランソワ、見付けたか?」
「プレイヤーも一緒なんでしょう? 何人なのかな?」
「女性ばっかりの5人です」
「それなら、これで彼女達も引き受けてくれるでしょう。シドン近くのダンジョンの宝物だけど、現在凍結中。解凍されれば比較的容易に手に入るものなんだけどね。
基本パラメータを2つ上げられる指輪よ。モモちゃん達には銀貨20枚でどうかしら?」
銀貨20枚なら文句はない。もう少し良い宿にも泊まれそうだ。
笑みを浮かべて頷くと、バッグから5つの指輪と銀貨の入った革袋を渡してくれた。
「始める時にはギルドでモモちゃんが手続きをして欲しいな。こっちから連絡しておくから依頼報酬を2割増しにしてあげる」
「喜んでくれるはずですよ。プレイヤーさん達は皆金欠ですから」
「それではお願いするよ。ニネバへの馬車は必要かな?」
「だいじょうぶです。始める前に警邏事務所に知らせます。それとちゃんとギルドに連絡しといてくださいね」
私の言葉に笑みを浮かべて頷いてくれた。
交渉成立! さっさと移動しよう。
席を立って、タマモちゃんと一緒に頭を下げると警邏事務所を後にする。
町の通りを歩いてニネバへの街道に出たところでGTOに乗り込んだ。
2時間も掛からないから、夕食は海鮮料理が食べられそうだ。
「イネスお姉ちゃん達は頑張ってるかな?」
「そろそろシドンに移動するような話もしてたんだけど、報酬が報酬だから協力してくれるんじゃないかな?」
「またイソギンチャクを狩るの?」
「北に移動しながら狩りをすれば、依頼の範囲になるかもね。その辺りも話し合うことになりそうね」
ニネバの城門が見えてきたところで、GTOを下りる。街道を歩くことになるけど、30分ほどで到着するはずだ。
ニネバの城門の門番さんにご挨拶をして町に入る。
先ずはギルドに向かう。早めにチコさん達を探さないといけない。
ギルドの扉を開けると、皆が一斉に私達に視線を向ける。慣れてきたけど、タマモちゃんは私の後ろに隠れてしまった。
だいぶ人が集まっている。何かあったのかな?
「モモ、こっちだ!」
声の主に視線を向けると、チコさん達が手を振っていた。思わず胸をなでおろす。向こうから見付けてくれたから最初の問題は解決ってことになる。
「どうかしたの? こんなに大勢集まって」
「モモ達にも関係あるかもしれないな。とりあえず座って欲しい」
ベンチだから皆が少しづつ詰めてくれた。空いた場所に私達が腰を下ろすと、イネスさんがタマモちゃんの頭を撫でている。
「昼過ぎに騎士団が負傷者を連れて帰ってきた。人数が少ないのは死に戻りということだろう。その後にギルドにやってきた冒険者の話では、急に魔獣のレベルが下がったらしい。その原因は? ということで集まっているのだが、ギルドからの通知がないんんだ」
「外で話さない? できれば、個室が良いんだけど」
「そろそろ夕食でしょう? 早めに食堂に向かえば空いてるんじゃないかしら?」
「個室があったな。そこなら丁度良さそうだ。早めに食べて早めに寝る。早めにギルドに来れば良い報酬の依頼も期待できそうだ」
私には出来そうも無いことをリオさんが言って席を立つ。
場所が分からないから、私達は後を付いて行こう。ギルドの冒険者は少しずつ増えているようだ。
やはり気になる出来事だし、運営サイドからも何かしらのお知らせが必要じゃないかな。