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118 ディオコーン


 闘牛場に出てくるような雄牛の額から1本の角が延びている。50cmはあるんじゃないかな。

 その雄牛の名前が『一角獣』とあるんだけど、一角獣って馬の姿じゃなかった?

 その上、体重が1t近い。こんな走る凶器にどうやって対抗しろと!


「ああ、それは余り出てきませんよ。クマが良いところですね」


 副官さんが、タマモちゃんが作った仮想スクリーンの画像を覗き込んで教えてくれた。

 思わずほっとしたけれど、クマだって問題じゃないかな?


「これで1発! 問題ない」

 

 タマモちゃんが一球入魂を取り出している。

 私は、ニンジャで戦おうかな。忍刀で突き差せば何とかなるだろう。


 ガラガラと荷馬車の音だけが森中に消えていく。

 騎士乗る軍馬のひずめの音とGTOが石畳を踏む爪の音が、やけに大きく聞こえてくる。


「来た!」

 

 タマモちゃんの言葉に、私だけでなく副官さんもタマモちゃんに顔を向ける。


「左前方300m。相手は……10頭を越えてる。クマでないのも1頭いるみたい」

「指揮官付きですか……。そこまで獣が組織立つ訳はありませんから、外部からの干渉とみるべきでしょうね」


 副官さんがチロル隊長に向かって言葉を掛ける。

 

「その指揮官クラスが問題ということになりそうだ。荷馬車を下げて突撃体制を取れ」

「了解です!」


 チロル隊長はぶっきら棒なもの言いなんだけど、女性なんだよね。ナナイさんと同じぐらいに見えるんだけど、何時もきりっとした表情で前を見ている。


「いつでも突撃出来ます!」

「姿を見せたと同時に、街道を東に突撃する。500m程で再度反転攻撃」

「了解です。2騎を荷馬車の護衛に付けました」


 副官さんの言葉に小さく頷いているから、あらかじめ運用を考えていたのかもしれないな。


「タマモちゃんは準備OKかな?」

「これで一撃! 変なのが出てきたらすぐに黒鉄くろがねを出す」


 すでに枢機卿の姿になってるんだけど、一球入魂は杖ではなくバットのままだ。

 GTOの甲羅の上で仁王立ちしてるから、騎士団の騎士達が興味深げに見ているんだよねぇ。

 私もレベルを上げてニンジャに姿を変える。

 これでレベルが20に上がってるんだけど、相手によっては更にレベルを5つ上がることができる。

 

「まだ見えんな?」

「距離は200mを切っている。もう直ぐ、街道に出て来るよ!」


 タマモちゃんが、チロル隊長の呟きに答えた時だ。

 前方に数頭のクマが現れた。

 やはり大きいんじゃないかな? ラディス町の東で戦ったクマと同じぐらいに見える。あの時は前足が2本だったけど、前方にいるクマの前足は4本だ。


「行くぞ! モモさん達は私達の後ろに付いてくれ」

「抜刀! 突撃!!」


 10頭近くの騎馬が街道を駆け抜ける。

 すれ違いざまに長剣でクマを切りつける戦法らしい。槍で突いた方が簡単に見えるけど、すでに始まっている。

 私達も30mほどの距離を開けて、進もうとした時だった。

 のそりと森から現れたのは、2本の鋭い角を前に出した雄牛だった。


「一角獣じゃなくて、二角獣?」


 タマモちゃんが首を傾げているけど、ディオコーンとでも呼ぶのかしら?

 こっちを見て、前足で街道の石畳をひっかいている。狙ってるってことだよね。


「急いで黒鉄を!」


 私の言葉が終わらない内に、目の前に丸い光のカーテンが出現して中から黒鉄が姿を現した。


「止めて、ポカリで行くよ!」

「ダメなら私が牽制するからね」


 黒鉄が前傾姿勢で腕を伸ばそうとする前に、ディオコーンが突進してきた。

 ガチン! と大きな音がするかと思ってたんだけど、聞こえてきたのはドン! という鈍い音だった。

 がっちりと押さえている黒鉄の頭に、タマモちゃんが飛び乗って、一球入魂をディオコーンの頭に叩きつける。


 鈍い音が聞こえてきたけど、あれで終わりじゃないと思うんだよね。

 再度タマモちゃんが一球入魂を叩きこんで、その反動を利用して空に飛びあがる。

 タマモちゃんが光に包まれ、薙刀を振り下ろして後ろに下がった。


 黒鉄に抑え込まれたディオコーンの頭を残して、胴体が後ろに下がっていった。

 相変わらずの切れ味だ。これで胴体が横倒しになれば終わりになるんだけど……。

 期待は得てして裏切られる。

 首からの出血が無いことが気になったんだけど、その傷口からブクブクと泡が噴き出して、何かが胴体から現れてきた。


「姉様、今の内に!」


 タマモちゃんの言葉に、はっと自分を取り戻す。

 急いでキュブレムを取り出し、中に入った。


「たぶん侵入者でしょう。でもあの上半身は見たことがありません」

「トラ……、少し模様がちがうかな? 後で調べましょう。とりあえずは、倒すことに!」


 タマモちゃんが上空から火炎弾で攻撃する。まるで散弾のように打ち出すから、いくつかは胴体に命中しているようだ。その都度体を震わせている。

 魔法攻撃のわずかな隙を狙って、私はヒット・エンド・ランを繰り返し、長剣を振るった。


 満身地で染まっていても、キュブレムの攻撃にカウンターを返そうと太い腕が迫ってくる。太い爪が空を切る音がするんだから、当たったらキュブレムも無傷という訳にも行かないだろう。


「姉様、下がって!」


 タマモちゃんの声に、滑るように後退する。

 さっきまで切り結んでいた位置に突然大きな火球が広がっていく。

 街道の敷石が溶けていくのが分かるほどだ。


 のそり……、とディオコーンが姿を現す。

 全身を焼かれて炭みたいになっているんだけど、その黄色に光る眼光は私を捉えたままだ。


 一気にディオコーンに迫り、長剣を振り下ろすと体が前に流れる。その場からジャンプするようにして首を横なぎにした。


 数m先に着地した私の後ろから、鈍い音が聞こえてくる。

 振り返ると、トラみたいな頭が街道に転がっていた。

 シューっと小さな音を立てて、ディオコーンの姿が光の粒に変化していく。

 どうやら、終わったみたいだ。

 上空のタマモちゃんと顔を合わせると互いに頷く。

 あまり、この体でいるのも問題だろう。

 普段の姿に変わったところで街道のキメラに視線を移すと、すでに何も残っていない。

 いや、小さな魔石が残っているけど、これってあの時潰した物と一緒に見える。

 近くの石を打ち付けてヒビを入れたところで、バッグに仕舞いこんだ。


「お姉ちゃん。黒鉄が!」


 タマモちゃんの大声に振り返ると、ディオコーンの頭を抱えた姿勢で黒鉄が停止している。

 その胸元には……、穴が2カ所開いていた。

 黒鉄の胸部装甲を突き通したってこと!


「とんでもないキメラね。治るのかしら?」

「たぶん治ると思う。次はもっと強くなる!」


 進化するってことなんだろうか?

 最初は蛇腹の腕や足だったけど、直ぐにこの形になったんだよね。

 次はどんな形になるんだろう?


「こっちも終わったのか?」

「どうにかです。かなりの相手ですよ。レベル20では返り討ちになりそうです」


「クマも面倒だった。やはりレベル15はあるに違いない。2人犠牲になったが、我等は死に戻りができるからな」

「これでしばらくは出てこないでしょうが、そろそろ出発しましょう」


 副官さんの言葉にチロルさんが頷いている。

 再び荷馬車を護衛しながら街道を進むことになった。


 1時間も進むと森が消えた。

 今度は草原が広がっている。これなら大型の獣や魔族の接近は直ぐに分かるだろう。


「見えてきたよ!」


 タマモちゃんが私に振り返りながら教えてくれた。

 ずっと双眼鏡であちこち見てたからね。探し当てて嬉しそうな顔になっている。


「ここからなら30分程度でしょう。周囲を頑丈な丸太の柵で囲ってありますから、住民の被害は余り無いと思うのですが」

「農作業中に襲われるということは?」

「明るい内は、結界で囲まれているはずです。夜間は住居区画だけですけどね」


 NPCには安全だけど、プレイヤーには厳しい町ということになるのかな?

 宿を取れなかったプレイヤーはどうなるんだろう?

 

「ハハハ……、宿にあぶれても、ギルドや酒場で夜を過ごせば問題はありません。それに柵を乗り越えてくるような獣が現れれば我等の分遣隊が退治します」

「でも、かなり危険ですね。セーフティ・エリアは近くに無いんですか?」


「町の周囲に数カ所あったはずです。荷馬車の荷物の中には、セーフティ・エリアの復活用の品もあるんですよ」


 単なる補給物資という訳ではなかったようだ。

 そうなると、町で一泊した後は周辺の偵察ということになるんだろうな。


 副官さんの言う通り、30分ほど街道を進むとシドンの町に入ることができた。

 小さな町かな? と思っていたんだけどトランバー並の大きさがありそうだ。


「御苦労だった。ここから我等の屯所に向かうが、モモさん達は?」

「警邏事務所とギルドに行きます。ご縁があったら、また……」


 騎士団の人達に深々と頭を下げると、騎士の人達がピシ! と甲冑の胸に手を合わせる。

 決まってるなぁ……、さすがは現役の自衛隊の人達だ。


 もう1度頭を下げたところで、通りを歩いて行く。

 大通りを真っすぐ北に進めばギルドと警邏事務所が身とを挟んで建っているらしい。その辺りはどの町も似た感じだ。

 通りの人通りは多いんだけど、全てNPCのようだ。たまに警邏さんや運営サイドの人がいるようだけど、プレイヤーは皆無なんだよね。


「先ずはギルドかな?」

「到着報告だね。依頼もするの?」

「依頼書だけでも見てみようか!」


 タマモちゃんと話しながらギルドの扉を開く。

 カウンターのお姉さんは1人だけだ。がらんとしたギルドのホールが賑わうには、もう少し時間が必要なんだろうな。


「あら! 初めての冒険者かしら?」

「冒険者には違いないですが……、NPCなんです。ちょっと訳ありで警邏さんのお手伝いをしてるので騎士団と一緒にやってきました」

「そう、ご苦労様。到着報告ってことね。これに記載すれば終わりよ。カードを見せてくれない?」


 タマモちゃんと一緒にカウンターにカードを並べる。

 お姉さんが手続きをしている間に、依頼掲示板の依頼書を眺める。

 色々あるんだな……。


「これって、簡単そうだけど」

「どれどれ。ふ~ん、織クモの繭ねぇ……。報酬が10個で100デジットだから、簡単とも思えないわよ。推奨レベルが12というぐらいだから、かなり大きくて攻撃的なんじゃないかしら」


 タマモちゃんが図鑑を調べている。どうにか探し当てたところには大きさが3m近いクモのようだ。

 トラのような爪を足の先に持ち、牙は短剣より鋭いと書かれていた。


「ほらね。やはり危険な獲物でしょう」

「そうだね。群れるとも書かれてる」


 数匹が向かってきたら、全速力で逃げ出さないといけないんじゃないかな?

 カウンターのお姉さんが、手続きを終えたと教えてくれた。

 カードを受け取って、しっかりと首に下げておく。


「貴方達が来れたということは、近々プレイヤーの人達もやってきそうね」

「街道が物騒なんです。今日、1頭倒したんですが、1頭だけとは限りませんからね」

「そうなんだ。あまり長く待たされると飽きてきちゃうのよね」


 そんなことを言ってお姉さんが笑みを浮かべている。

 確かに待たさせるかもしれないな。でも、ここまで待ったんだからもう少しは待てるんじゃないかな?


「それじゃあ!」と互いに手を振って、私達はギルドを出る。

 次は通りの向こうの警邏事務所に行かないとね。


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