117 森は危険?
GTOの背中に乗った私達は、町を出る時には列の後ろに着いてたんだけど、40人の騎士達が軍馬で移動するから埃が酷い。
ゴーグルを掛けて、バンダナでマスク代わりに顔を覆っていたんだけど、とうとう列から離れて、先頭を進むチロルさん達と並行して進むことにした。
少し離れて進む私達を騎士団の人が眺めてるけど、特に何も言ってこないからこのまま進んでいこう。
ニネバの町を囲む城壁が見えなくなると、チロルさんが片手を上げた。
何かの合図なんだろう。直ぐに列の中から、2人の騎士が馬を進めて列から前に進んでいく。
先行偵察ということだろう。
どうにか視認できる距離を取って軍馬の歩みを緩めている。
「この辺りから、何が出てくるか分からないってことかな?」
「そうなんじゃない。あの2人が襲われたら急いで駆けつけるんでしょうね。荷馬車が一緒だから、軍馬の疲労もあまりなさそうだし」
先を行く騎士だってど素人ではないはずだ。リアル世界の自衛隊さんだし、戦闘訓練だってしているだろう。チロルさんとその左右に軍馬を並べる副官さん達に心配そうな表情も見られない。
騎士団の行軍は何時もこんな感じなんだろうな。
「お姉さんと狩りをすると、すぐに獲物を見付けられるんだけど……」
タマモちゃんが退屈になったのか、オペラグラスで周囲を眺めている。
これだけの人数だからねぇ……。獣も逃げちゃうんじゃないかな。
「隠れてるのよ。遠くなら、こっちを見てるかもしれないよ」
私の言葉に顔を上げたところを見ると、かなり遠くに視線を変えたんだろう。直ぐに笑みを浮かべたところを見ると、何か見付けたのかな?
「オオカミかな? 20以上の群れがこっちを見てる。荒れ地だとオオカミが一番危険なんでしょう?」
「群れるからね。20匹は多いんじゃないかな? 優秀なリーダーがいるのかもしれないよ」
群れを統率するリーダーは一回り大きいから直ぐに分かるんだけど、タマモちゃんの報告ではそれらしいのは見つからないようだ。だとすれば、かなり大きな群れなんだろう。
だけど、オオカミの群れに襲われても騎士が全滅することは無いんじゃないかな。
偵察隊というからには数人の騎士を送っているはず。大きな群れに遭遇したとしても全速力で逃走するなら、軍馬を駆る騎士なら何とか逃げ切れると思うんだけどね。
魔獣達は私達から1km以上の距離を取って見守っているようだ。
そんな魔獣達の様子をタマモちゃんが報告してくれるんだけど、種類としては目新しいものはない。大きさはそうでもないんだけどね。
歩いて2日の距離にあるシドンの町の間の魔獣は、レベル7の冒険者達が少し苦労すれば十分に到達できる設定になっていたんだろう。
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チロルさんの声が聞こえたので、騎士団の方に目を向けた。
チロルさんの左右にいた副官に1人が後方に馬を走らせて何かを告げているようだ。
後方に回り込んだところで、今度は私達の方に走って来る。
「この先のセーフティエリアで昼食を取るぞ。本来なら安全なんだが、現在は安全機能が喪失している。馬車の後に付いてエリアに入ってくれ」
「了解です。今のところは何も出ませんね?」
「今のところはね。これから灌木が多くなるから見通しが悪いんだ。注意するんだよ」
私達に片手を上げて去っていく。
残った私達は顔を見合わせることになったけど、お互いに頷いてしまったところを見ると、私とタマモちゃんの思いは同じようだ。
とりあえずは現状維持。騎士団の人達と行動を共にすれば良い。
東に向っていた街道が前方で大きく曲がっているのが分かる。
先を進んでいた騎士さんが街道を離れてそのまま進んでいったから、セーフティエリアは曲がり角の奥にあるんだろう。
騎士さんに告げられた通り、荷馬車の後ろに移動して車列に合わせて進んでいくと、運動場の半分ぐらいの大きさの空き地があった。
軍馬が一カ所に集められているから、私達もGTOを帰して手招きしているチロルさんのところに向かった。
元々は整備されたせーふぃてぃエリアだったに違いない。石を加工したベンチがいくつもあるし、その中の1つは炉を囲むような配置になっていた。
「そこに座るが良い。もう直ぐお茶も出来るはずだ」
チロルさんが指さしたベンチには毛皮まで敷いてある。これならお尻が冷たくならないよね。
ちょこんとタマモちゃんと一緒に座ったところで、周囲を眺めてみた。
2人一組の騎士が周囲を探知している。不思議と東側には行かないんだよね。何かあるのかな?
「この場所は池の西側になるんだ。ちょっとした岸壁が東にあるから、東は安全ということになる。池にも水棲魔獣はいるのだがさすがに数mの岸壁を上ることはできないようだな」
「ここで半分ということですか?」
「そうなる。実際にはシドンの町に近いのだが、さほどの差は無いようだ。ここまでの脅威は無かったが、これから先はそうもいくまい。レベル16の実力を見せて貰うぞ」
小さな焚き火を囲む騎士の人達も頷いているところを見ると、レベル差が大きいということなんだろうな。
でも、チロルさんに言ったレベル16は戦闘時になればすぐにレベル18に跳ね上がる。それでも対応できない時には上位職に変えれば何とかなると思うけど、騎士団の全員を守ることができるかどうかは分からない。
「現在は……、と言ったはずです。敵対する相手に応じて私達のレベルは変化するんですが、皆さんを守ることができるかどうか……」
「レベルが変化する! ……都合の良い話だな。警邏達の隠し玉ということか」
隣の副官さんと確認する様に相槌を打ったところで、再び私達に顔を向ける。
「我等の事は気にするな。だが敵対する魔獣であるなら、全力で潰してくれ」
焚き火を囲む騎士達がチロルさんの言葉に頷いている。
さすがは自衛隊の皆さんだ。この世界を守ることに誇りを持っているんだろう。
温かいお茶をカップに注いで貰って、小母さんから頂いたお弁当を食べる。
暖かな夕食が食べられるかどうかは、無事にシドンの町に到着することができるかどうかに掛かっているけど、ここで半分ということはこの先に大きな脅威があるとも思えないんだよね。
私の【探知】範囲内にはまるで脅威となる魔獣が察知できない。
騎士さん達が交代で食事を取るから、少し長めの休息になる。
食事を終えた私達は東の断崖を見に行った。
なるほど、絶壁がある。近づくと落ちそうだから、柵でも作れば良いと思うのは私だけなんだろうか?
「お姉ちゃん。向こう岸が見えるよ。向こうは森なんだね」
「池に映ってるから綺麗だよね。シグ達に見せてあげたいな」
「だいじょうぶ。画像を撮ってケーナ姉さんに送るから」
ケーナと仲が良いのは嬉しいんだけど、リアルで妹を欲しがりそうだ。
タマモちゃんの御両親にタマモちゃんの画像を見せたらしいけど、私と一緒に映っている姿を見て、私の両親共々驚いたそうだ。
さすがにこの世界に来ることは無いだろうけど、ケーナに度々画像を送ってくれるよう頼んでいるみたいなんだよね。
「タマモちゃん。そこに立ってみて!」
きれいな風景をバックに映してあげれば、後はケーナがやってくれるだろう」
「今度は、お姉ちゃんだよ!」
私達の姿を、騎士団の人達が笑みを浮かべて見ている。
リアル世界を思い出しているのかもしれないな。
突然、笛が鳴った。
足早に出発の準備が始まる。いよいよ、自分達の技量が試されるのだという思いが固く口を結んだ表情から伝わってくるようだ。
「出発!」
副官さんの通る声で、再び騎士団が街道を進んでいく。
セーフティエリアを抜けると直ぐに周囲の景色が一変した。
灌木が荒れ地のあちこちに繁みを作っているのだ。ずっと先に視線を向けると池の向こう岸から続いているような森まで見える。
魔獣がどこから襲ってくるか、皆目見当が付かない。
「タマモちゃん。周囲に注意してね」
「だいじょうぶ。でも、こういう時に回りを見てくれる魔獣が欲しいね」
確かにそうだけど、思わず笑い声を上げそうになってしまった。
タマモちゃんの通常の職業は魔獣使い。普通の冒険者なら、鳥を使うことができるんじゃないかな。
私達はイザナギさんの加護があるから、そんなところが抜けてるんだよね。さすがに
ロブネスを使おうとまでは考えていないようだ。
あんなのを度々出したら、運営さんが黙っていないだろうしね。
副官さんが手招きしているので傍に寄ったら、すぐ後ろに着くようにと指示を出してくれた。
昼食前と違って、街道のすぐ近くまで灌木が迫っている。
ありがたく後ろに着くとタマモちゃんが甲羅に立ち上がって、オペラグラスであちこちを眺め始めた。
たぶん周辺監視をしているつもりなんだろうけど、私の【探知】には脅威となる存在は今のところ感知されていない。
1時間も進んでいくと、街道の周囲が林のように植物が茂ってきた。見通しが良いから、森と呼ぶにはもう少し掛かりそうに思える。
「この先はだんだんと緑が深くなって森になるんです。とはいえ、すぐに開けますけどね。東に2つの山が重なって見える出でしょう? あの間にある隘路を抜けると、再び荒れ地ですよ」
「この先が、一番の難所ということですか?」
「通常でも強敵が現れますよ」
副官さんが教えてくれたけど、強敵と聞いてタマモちゃんが警邏のデータベースをあさっている。
私も気になるから、タマモちゃんの調べを待っていたんだけど、「これかな?」と言って見せてくれた画像に映っていたのは、4本腕のクマだった。
「ラディスの町にいたクマと同じってこと?」
「こっちの方が小さい。でも前足が4本だから抱え込まれたら問題」
問題どころではなくて終わりだと思うけど。
小さいと聞いて気が付いたのは胸に着いた三日月マークだ。
ツキノワグマってことなんだろうか? グリズリーよりは小型で温厚とは聞いたけど、あくまで比較上での話に過ぎない。
クマは猛獣であって、モフモフ対象ではないのだ。
「ちょっと待って、次の画像もあるんじゃない?」
画像の上『に要注意魔獣その1』とあるんだから、『その2』もあるはずだ。
タマモちゃんがちょいちょいと指先を躍らせたところで現れた画像は……真っ黒な雄牛だった。大きな角が前方に伸びている。