116 東の町に向かおう
女性5人組のダイアナと一緒になって狩りを1週間ほど続けたところで、私達はダイアナと別れることにした。
フィアナさんの依頼を受けて東の町へと向かうことにしたのだが、さすがにチコさん達のレベルでは問題がありそうだ。
シグ達がいたなら一緒に行ってもらうんだけど、今頃は北の帝国だからねぇ……。
「さすがに2人ではねぇ。騎士団がシドンの町に増援を出すと言ってたから、貴方達のことをお願いしといたわ。明日の朝、東門の広場に増援部隊が集合するから、チロル分隊長を訪ねてくれない?」
私達だけでは不安ということなんだろうね。
タマモちゃんと顔を見合わせて小さく頷いたところで、了解を伝えた。
「カメに乗ると聞いたんだけど、騎士団の軍馬についていける? 何も無ければ歩くでしょうけど、いざとなれば長時間駆けることもあるわ」
「だいじょうぶですよ。タマモちゃんのGTOはそれ以上の能力を持ってます。明日の朝、お弁当を持って行けば良いですよね」
フィアナさんが頷いたところで、私達は席を立った。
準備は出来てるから、今夜は早めに休むことにしよう。
宿に戻ると、小母さんに明日のお弁当を頼んでいつもの席に着く。
ネコ族のお姉さんが直ぐに料理を乗せたトレイを持って来てくれた。
「チコさん達は北の浜で狩りを続けるのかな?」
「結構な経験値を稼げるし、市場に高値で売れるから続けるみたい。大きな斧を手に入れたから、一球入魂までは行かなくてもかなりのダメージを与えられるんじゃないかな」
皆に可愛がって貰ったから、タマモちゃんとしてはもう少し一緒に狩をしたかったのかな?
「魔族の大陸に渡るルートはこっちの方が近いらしいから、魔獣のレベルが少し高いと警邏さんが教えてくれたの。たぶん、シドンの町周辺はレベル15前後の魔獣になるんじゃないかしら」
「ポメラの町より少し高め?」
タマモちゃんに顔を向けて頷いた。
ポメラの町よりは少し高め何だろうけど、それぐらいに考えておいて間違いはないだろう。
レベル13以上だったかな。まだレベルが9になったばかりのチコさん達では辿りつくことさえできないだろう。
しばらくは、この町でレベルを上げた方が良いに決まってる。少なくともレベル12は欲しいところだよね。
「何が出るのかな?」
「さあ……。でも、明日はGTOをお願いね。騎士団の人達は馬に乗って行くはずだから、かなり早く着くんじゃないかな」
歩いて2日と言ってたから、距離的には50kmというところだろう。
GTOが全力で走れば1時間という感じなんだけど、それは平地で魔獣がいないという前提になる。
ニネバとの交易の害となる魔獣が多いということだから、街道に近い場所で見つけた魔獣を狩りながら進むに違いない。そうなると早くて明日の夕刻、場合によっては途中で野営になるかもしれないな。
気になるのは騎士団員のレベルだけど、拠点周辺の魔獣のレベルを超えるのは間違いないはずだ。
だけど、あの事件でかなり魔獣達のレベルが高くなってるようにも思えるし、置き土産の魔石がどんな影響を今でも与え続けているか分からないんだよね。
部屋に戻ったところで、明日の準備をしておく。
必要なものを見に付けておけば、収納バッグから取り出す手間もいらない。
とは言っても大物を持つのも考えものだ。
GTOでの移動ということで、ゴーグル付きの革の帽子を出しておく。軍馬が移動するんだから埃も上がるに違いない。バンダナのようなハンカチを取り出して首に巻いておこう。
タマモちゃんは自分の背丈ほどの杖を使うようだ。
魔導士の杖の派生武器だから、魔法の威力が少しは上がるんだろうけど、レベル16での職種は魔獣使いだからねぇ。あまり威力のある魔法が使えないようだ。
「お姉ちゃんは弓で良いの?」
「一応、短剣も持ってるよ。矢は使い捨てができるようにたっぷり持ってるから、これで十分じゃないかな」
矢筒には12本。バッグの収納枠には60本が入っている。
魔獣があまりに多いようなら、迷わず人形を使えば良い。地上を滑るように滑空するからまるでローラーブレードを履いている感じがする。
早めにベッドに入り明日に備える。
レムリア世界に住む私達はこのままベッドで朝を迎えるんだけど、ケーナ達異人さんはリアル世界に戻っていくらしい。
たまにリアル世界とレムリア世界で時間のズレがあると言ってたけど、ささいなことに違いない。
あまり大きくなってしまうと、『セーフティエリア内で野営したら、次の日にはいなかった』なんてことにもなりかねない。
ケーナ達にはリアル世界の暮らしがある以上、そっちを大事にしてほしいな。
この世界に来れば私に会えるぐらいに思ってくれれば十分だ。
でも……。付き合う相手ができたなら一度は連れてきて欲しい。その前にシグ達がいるんだけど、他の2人は何とか相手を見付けられても、シグにはちゃんとした相手が見つかるんだろうか?
どんなに想像を巡らしても、その情景が思い浮かばないんだよね……。
翌日。いつもより早めに起きて、裏の井戸で顔を洗う。
汚れることは無いんだけど、習慣というのは恐ろしいと思うな。タマモちゃんも一緒に顔を洗ったところで食堂に行くと小母さんが美味しそうな匂いを立てながらスープ鍋の火加減を見ていた。
「あら、早いねぇ。ちょっと待って頂戴ね。直ぐにできるから」
私達が「おはようございます」と挨拶したら、そんな言葉が返って来た。
小母さんの直ぐは本当に直ぐなんだよね。まだお姉さんが来てないから、小母さんが朝食の乗ったトレイを運んできた。
熱々のスープにパンを浸して食べる。
この食堂の食事もしばらくお預けになってしまう。ところで、どこの食事が一番なんだろうな。
メリダさんの食事も美味しいし、ハリセンボンの小母さんのスープは絶品だ。
ひょっとして、レムリア世界の食堂はどれも美味しいってことなんだろうか? リアル世界でこの味が楽しめるなら、たちまちメタボになりそうなんだよね。
「はいよ。これがお弁当。2人分だからね。それと、シドンに行くんだったね。いくつか獲物の買取所があるけど、ギルド以外に卸すなら、『メリルの短刀』にしてくれるとありがたいね。私の実家なんだけど兄さんが後を継いでるの。公平な兄さんだから適正価格で引き取ってくれるよ」
「ありがとうございます。友人達にも教えときますね」
レムリア世界の標準価格はあるんだけど、案外守られていないんだよね。数軒ある買い取りもできる道具屋の買取値が異なることはよくある話らしい。その辺りは冒険者同士の情報網を信じるしかないんだけど、1割程度の上下を巡って、店の主人と腹の探り合いを楽しむこともできるということなんだろうね。
私達は宿の小母さんや軽rさん達の情報で売買してるんだけど、宿の小母さんの実家なら案外、獲物の売買以外の情報だって手に入るかもしれないな。
長くお世話になったから、小母さんに礼を言って宿を出た。
東門は宿の直ぐ南にある十字路を東に進めばすぐに見えてくる。すれ違う冒険者には片手をあげての御挨拶。町の住人には軽く頭を下げておく。
たまに「おはよう」と声を掛けてくれるお爺さん達には、タマモちゃんと一緒に声を出して進んでいった。
「あれかな?」
「大きな馬だね。それに鎧まで着てる」
軍馬は普通の馬よりも逞しく見える。背に分厚い布を掛けてその上に鞍を乗せている。騎士達はまだ馬には乗らずに城壁の一角に集まってパイプを楽しんでいるようだ。
チロルさんだったかな。皆同じような鎧姿だから、誰がチロルさんなのかまったく分からない。
こんな時にはたずねてみるのが一番。
「あのう……、チロル分隊長を探してるんですけど」
「チロル分隊長なら、あそこだ。もう直ぐ、出発だから直ぐに行った方が良いぞ」
数人の男女が集まっているところで聞いてみたんだけど、その中で一番若そうな男性が教えてくれた。
腕を伸ばして教えてくれた先にはトラ族の女性騎士が腕を組んで広場を見渡している。
タマモちゃんと一緒に歩き出す後ろでは、仲間にからかわれている先ほどの男性の声が聞こえてきた。
どうやら、私に声を掛けたのがからかわれる原因のようだ。リアル世界に彼女はいないんだろうな。
「あのう……。チロルさんですか?」
「ああ、私がチロルだ。君達は?」
「一緒にシドンに向かうモモとタマモです。警邏のフィアナさんからチロルさんのところに向かう様にと」
フィアナさんの名前を聞いたところで、壁から背を離して私達を足元から頭までゆっくりと確認する様に頭を動かしている。
「フィアナから若いとは聞いていたが……。それで、レベルは?」
「今は16です」
私の返事に、眉がピクリと動く。
どうやら、10以下と見てたようだ。騎士団のレベルが気になるけど、レベル12は超えているんじゃないかな。
「助っ人として十分ということだな。私達の平均レベルは14になる。シドン周辺の魔獣のレベルは12だから、本来はそれで十分なのだ。何度か偵察部隊を出したが、いずれもシドンに到着する前に死に戻りしている」
「どんな魔獣なんですか?」
「牛の体にトラの上半身らしい。レベルの確認はできなかった」
苦々しい口調でチロルさんが教えてくれた。
あのキメラと同じなのかな? そうなるとかなりレベルが高いということになりそうだ。
あの時のPK犯はリアル世界でも名のある武道家だったらしいけど、魔獣がキメラ化した時はどれぐらいレベルが上がるんだろう?
場合によっては私達のレベルをさらに上げなければ対応も難しいんじゃないかな。
「ん! どうやら荷馬車がやってきたぞ。我等の任務はあの荷をシドンに届けることでもある。……カリス! 騎乗を振れて回れ。我等の用心棒も到着している。見掛けは非力だがレベルは遥かに上だ」
近くで車座になっていた騎士の1人が立ち上がって、チロルさんに答礼をすると、広場の中を駆けていく。
「さて、まさか軍馬を持ってはいまい。あの荷車に乗れるんじゃないか?」
「軍馬は持ってませんけど、カメを持ってます。城門を出たところで召喚しますから、私達はそれに乗って行きます」
「それで、付いてこれるのか?」
「軍馬を凌ぎますよ。イノシシぐらいなら跳ね飛ばせます」
首を傾げているチロルさんに教えてあげると、タマモちゃんもうんうんと頷いている。
だけど、チロルさんはますます首を傾けて考えているようだ。
やはりカメは遅いと思っているんだろうな。