115 東の町が気になる
狩りを終えた私達を、ニネバの北門で待っていたのはキリカさんだった。
やはりPKの話なんだろうな。
「どうやら、事情聴取ということになりそう。今日の分配は辞退しとくね」
「一緒に狩をした獲物だよ?」
「PK犯の報酬もあるからだいじょうぶよ」
納得していない表情だど、「銀貨を手に入れたから十分に見合うよ」と言って押し切った。
チコさん達だって、装備を変えたばかりだから懐は寂しいに違いない。
ありがとうと言って手を振る5人組を見送ったところで、壁に背中を預けていたキリカさんに顔を向けた。
「お待たせしました」
「フィアナが待ってるんだ。警邏事務所にいくよ」
ツンツンと裾を引かれたので下を見ると、タマモちゃんが首を傾げて私を見上げていた。
私1人だったからね。タマモちゃんも興味があるということかな?
歩き出したキリカさんの後ろからタマモちゃんと手を繋いで歩く。キリカさんが警邏の職員だとニネバの住人は知っているのだろう。後ろを歩く私達が迷子だと思ってかわいそうな表情をしてるんだもの。
警邏事務所の扉を潜った時は、正直ほっとした感じだった。
だけど、今度はカウンター越しに職員が別な視線を送って来る。
興味深々な視線ということかな?
ホールから2階に上がって、通路の最初の扉を開くと小さな会議室があった。
ソファーセットにテーブルが1つ。扉の向かい側にはガラス窓があるし、左手のカウンターテーブルの上には花を挿した花瓶があった。
「ちょっとお話したくて、キリカに待機してて貰ったの。どうぞ席に座って、もう直ぐケーキが届くはずよ」
ケーキと聞いてタマモちゃんの目が輝いている。リアル世界で何度か食べたんだろうけど、この世界ではお菓子がそれほど発展していないんだよね。
運ばれてきたケーキを美味しそうにタマモちゃんが食べるのを見てると、自然に笑みがこぼれる。フィアナさんも同じなんだろうな。
キリカさんは1人だけマグカップのコーヒーだ。一緒に運ばれてきたケーキを、スイッとタマモちゃんに差し出したのを見ると甘いものは苦手なのかもしれない。
「PKKができるNPCと話には聞いてたけど、古月流の師範代まで倒せるとは思わなかったわ……」
「やけに落ち着いてたのは、それだけの腕があったってことか? しかも古月流は古武道の1つだぞ」
「いまだに流派を繋いでいるわ。門下生の多くが海外渡航の経験者よ。その半数が返ってこないということを聞いて唖然としたのを覚えてるわ」
「向こうで暮らすのも悪いことじゃない。俺も憧れた時があるからな」
うんうんとキリカさんが頷いている。
日本が一番だと地理の先生が言ってたけど、人それぞれということかな?
「遺骨での帰国よ。武道を究めようとするのは良いけれど、洗脳に近いかもしれないわね。日本では問題を起こさないから今でも続いてるし、政府としても裏の護衛役として雇うほどの連中なの。
今回の件も、直ぐに上からお咎めなしの連絡が入ったわ。その時、リーダーから直訴されたのよ。
あの娘とリアル世界で合わせて欲しいとね。かなりご機嫌だったわよ。『伊賀古流の使い手ならば、我等と共に日本を守るべく説得せねばならん』とまで言ってたわ」
私とキリカさんの目が見開いた。タマモちゃんはケーキを食べるのが忙しそうだ。
「それって!」
「政府の犬ってことか?」
「日本で出来ない対人戦をレムリアに持ち込んだみたいね。門下生を遺骨にすることも無いということで、渡航する者を選抜する手段にしたとも考えられるわ。ある意味政府に公認されたPK集団ということになるのかしら」
それって、かなり問題じゃないのかな。
PKをこの世界で堂々と行ってもペナルティを与えられないとなれば、PK集団が古月流の下に集まりそうだ。
「ゲームバランスを崩すということについては、納得してもらったわ。とりあえず運営上層部と調整することになったようだけど……、ついに公認PKギルドができるんじゃないかしら」
「あまり大手を振ったPKとなると、ゲームを楽しむ連中が他のゲームに流れてしまうんじゃ?」
「年齢制限、状況制約……、色々と締め付けをしとかないとね。それに、向こうだって少しは考えるはずよ。モモちゃんの存在を知ったからには、少なくとも複数の存在を疑うでしょうからね。さらには、アズナブル財団の人形を使ったらしいけど、あの人形の存在もPK犯には厄介でしょうね。召喚獣のレベルが上がればさらに対人PKは向こうに不利に働くわ」
そうなんだろうけど、私は人形の方が問題が大きいんじゃないかと思っている。
現在でも、キュブレムは強力だ。アズナブルさん達はあの西の王国だけで満足できるのかな?
「それで、モモちゃんが得たPKKの報酬なんだけど、向こうは通常通りのPKとして処置して構わないそうよ。ここまでが、彼等と私達都の話。
次は、モモちゃんの番ね。どうやって、古月流の使い手4人を倒したの?」
いよいよ私の番か。隣を見ると、2個目のケーキを食べ始めたモモちゃんが、紅茶を飲んでいた。
バッグからバンダナを取り出してテーブルの上に置く。バンダナを開くと割れた魔石のような物体が現れた。
「たぶん催眠術のようなものに掛かっていたのではないでしょうか? この件の話を警邏さん達にしなかったのは、彼等としても記憶に無かったんじゃないかと思います。
確かに私は4人を相手にしましたが、最初に倒した魔導士だけが本来の彼等なん尾ではないかと……。残りの3人は、1体の怪物に合体したんです」
前後が怪しくなった話を、2人が熱心に聞いてくれた。
話が終わると、2人とも椅子の背もたれに背中を預けて、深いため息を吐いている。
「あの騒ぎの落とし種ということかしら……」
「東の魔獣が急に力を付けた理由も、裏にこんな魔石があると考えれば、納得も出来ますが……」
「その魔石、預からせてもらえない? たぶんプログラム改変の痕跡が残ってる可能性があるわ。もしそのコードが分かればワクチンは簡単かもしれない」
「どうぞ、貰ってください。私が持っていても役立ちません」
「ありがとう。お礼に、宿の支払いは全て面倒を見てあげる」
温くなったコーヒーを飲もうとしたら、止めるようにフィアナさんが手で制した。キリカさんに顔を向けて小さく頷くと、黙ってキリカさんが席を立つ。
やがて、新しいコーヒーカップを乗せたトレイを持ってキリカさんが現れたけど、しっかり躾けられてる感じがする。
リアル世界でも付き合ってるのかな? どんなデートをしてるのか気になる2人なんだよね。
「もしかしたら、東の町へ先行偵察をお願いするかもしれないけど……。もちろん、騎士団の護衛付きだけど」
「2人でも何とかなると思うんですが、ひょっとして移動力を?」
フィアナさんが小さく頷いた。
歩くよりも、馬の方が速いからね。魔獣が出てきても振り切れる速さということかもしれない。
だけど私達にはタマモちゃんのGTOがいる。あの速さは半端じゃない。軍馬が着いてこられるかな?
「ところで、どんな人形を貰ったの? ベータテストの前に一度見せて貰ったんだけど、試作段階だからと、画像で見ただけなの」
「ここで取り出しても床はだいじょうぶでしょうか? かなり重そうな人形なんですけど」
「床荷重は心配ないよ。色々とスペックを変えてるからね」
それじゃあ……、とキュブレムを取り出して私達の後ろに置いたら、キリカさんが走り寄ってきた。
「確かにあの財団の理事長の好みだね。これは誰に?」
「ハモンさんからです。人形師は何人かいるんですか?」
名残惜しそうに何度も人形に視線を向けながら、キリカさんが席に戻る。
ちらりとフィアナさんがキリカさんに視線を向けたけど、その顔には「しょうがない人」と書いてあるように見えてしまう。
「そろそろプラモデルから卒業したら?」
「そうは言ってもだ。まさしくあの大戦で活躍したモデルそのものだぞ。かなり想定と酷似してるな。当然武装もあるようだ」
キリカさんはこの人形を知ってるんだろうか?
小型のカメラまで持ち出して撮影してるけど、画像を取り込むならほかにも手段がありそうな気がする。
「フィアナ。もし東に出掛けるなら僕達も出掛けるべきじゃないかな? 硬く門を閉じているとは言ってるけど、やはりこの目で状況を確かめるべきかもしれない」
「そうね。まったく想定外ばかり起こってるけど、私達の本来の仕事をしないといけないわ」
警邏さんの仕事は、冒険者のお助けマンじゃなかったかな? 治安維持は交番の捕り手の人達の役目だ。
ん? そういえば、冒険者達の動向も探ってるし、不具合が見つかればゲームプログラムの修正まで行うんじゃなかったかな?
私達に同行することで、プロフラムの乱れを実体験しようということかもしれないね。
出掛ける判断は、砕けた魔石の解析が済んでからということになったところで、私達は警邏事務所を出て宿に戻る。
夕食が出てきたけど、さっきケーキを食べたばかりだからねぇ……。とりあえず、パンはバッグに仕舞って、具沢山のスープだけを頂くことにした。
タマモちゃんもちょっと元気がないみたい。大きなケーキを2つも食べてしまったからかな。
「私も、黒鉄を使った方が良いのかな?」
「黒鉄は拠点防衛特化でしょう。GTOで十分だと思うな」
もしも、拠点防衛となるなら迷わず黒鉄を呼んでもらうつもりだ。
鋼のゴーレムを倒せるものがこの近くにいるとは思えないからね。
食事を終えると早めにベッドに入った。今日は何か疲れたな。
明日もダイアナの5人と北に向かおう。チコさんがタマモちゃんのようなバットを欲しがってたけど、金属バットを武器屋で見たことが無いんだよね。