108 こっちの野ウサギはすごく大きい
レンジャーが2人というのは、かなり贅沢な布陣なんじゃないかな?
繁みを目標に左右から近づいていく。【忍び足】は基本スキルだし、【気配遮断】を持った私なら、全く気付かれずに接近できるだろう。
だけどこの場合は、私達のレベルをあまり知られたくないからね。
中腰になったところで片手をあげると、アンデルさんが矢を握った手を上げて答えてくれた。
弓に矢をつがえて素早く立ち上がると、藪に向かって矢を放つ。
アンデルさんとほぼ同時に放った感じだ。藪がごそごそと動き出したから、どちらかの矢が当たったみたい。
突然藪から野ウサギが立ち上がり、周囲に視線を向けた。私達に気が付いて藪から出ようとしたところに再び矢を放つ。後はタマモちゃん達がいる方向に向かって一目散に駆けだした。
ちらりと後ろを眺めると、ピョンピョン跳ねながら追いかけてくる。大きいけど動きは敏捷ってことかな。
矢を取り出して素早く後ろに振り返りながら放ったけど、当たらなかったようだ。
【必中】スキルはあるんだけど、当たる確率を上げるスキルのようだからいつも当たるとは限らない。
「出てくればこっちのものね。後ろから援護をお願い!」
チコさんの隣を通り過ぎようとした時、私に声を掛けてくれた。
チコさんの少し後ろには、タマモちゃんが一球入魂を手に前方を見つめている。チコさんがしくじったらすかさず介入しようとしてるのかな?
追い掛けてきた野ウサギに、大盾を構えてエアリーさんが衝撃に備えている。
弾き飛ばされなければ良いんだけど……。
ドン! と大きな音がした。
エアリーさんが1mほど後ろに送られてるけど、転倒も弾かれてもいない。
さすがに重騎士ということね。しっかりと耐えてくれた。
「ヤア!」
気合の籠った声と同時に、チコさんの長剣が野ウサギに叩きつけられる。
左右に駆けだした私とアンデルさんが、チコさんが野ウサギから離れるのを見て矢を射る。
それでも、野ウサギは体を起こそうとしている。
かなり生命力が高いんだろうな。
「トドメー!」
上空から、一球入魂を振りかぶったタマモちゃんが降って来た。
ガツン! と良い音が草原に広がり、野ウサギがバタリと倒れ込む。嬉しそうなタマモちゃんのところに、チコさん達が近寄っていく。
「止めを差すのがバットというところに理不尽さを感じてしまうけど、凄い音がしてたから頭を砕いたのかしら?」
「ヤドカニだって一撃だったんだよ!」
嬉しそうに自慢してるね。
今回は魔導士さん達は出番なしなんだけど、毛皮を焼くと値段が下がってしまう。
「先ずは1匹ということね。次は何かしら?」
「何でも良いけど、獲物が大きいのが問題ね。エアリーが衝撃で1mも後ろに下がったのは初めてよ」
チコさんが野ウサギをしまい込みながらレベルを確認している。ちょっと驚いているのは、本人が思っていたレベルより高いんだろうな。
「レベル8の野ウサギよ。野犬ならレベル9を超えるかもしれないわ」
「そんなに高かったの? 10日も狩りをすれば私達のレベルが10を超えるんじゃなくて?」
チコさんの言葉にイネスさんが驚いている。
私もちょっと驚きだ。フィアナさんの言う通り、1日も街道を進んだら高レベルの獣に出会うことになるんだろうな。
「あっちにもいるわ。次も同じ手で行くの?」
「そうね。魔法をなるべく使わずに狩りましょう。この毛皮なら高く売れそうだもの」
レンジャーのアンデルさんが北の繁みに向かって腕を伸ばしているから、あそこに隠れてるのかな?
再び弓を持って、アンデルさんと先行する。
・
・
・
3匹の野ウサギを狩ったところで、昼食を取る。
遠くで野ウサギが動いているのが見えるけど、チコさんは狩りと食事はきちんと区別しているみたいだ。
「イネスもタマモちゃんみたいなバットを装備したら? 杖で殴ったら返っておこってたみたいよ」
「そうねぇ。マイヤーのようなメイスも良さそうだけど、槍も良さそうかな? と考えてたところなの」
魔法職の人達は斬るという武器を使えないらしい。
メイスやフレイルのような打撃武器が主なんだけど、いまだに初期装備の杖は問題だよね。
杖のように振り回せる長さ2mほどの短槍なら使い勝手も良いだろうし、突っ込んでくる獣には突き差すこともできると考えてんだろうな。
からね。
「槍ねぇ……。まだレベルが低いから、回復魔法に影響はないんだよね?」
「レベル10を超えたなら、また考えるわ。今の魔法で多用してるのは【サフロ】と【デルトン】でしょう。攻撃魔法が1つあるけど威力が低いのが問題よね」
攻撃魔法なら魔導士が遥かに上だ。神官職の使う魔法は回復魔法と付加魔法だからね。槍を持って魔導士の前にいてくれた方が魔導士も心強いんじゃないかな。
「町の戻る前に、もう2匹ほど狩りたいね。モモさん達は本当に頭割で良いの?」
「それで十分です。でも、いくらで売れるんでしょうねぇ」
町の外で狩れるのは野ウサギとヘビみたいだから、買い取りの値段を誰も調べていなかったみたいだ。
トラペットの近くに入る野ウサギの10倍近くあるんだから、同じ金額とは思えないんだけどね。
「さて、狩りを始めるよ。先ずは、あそこで私達をずっと見ている野ウサギを狩るわ!」
「あれね。私も気になってたの」
「これまでの野ウサギより少し大きそうね」
女性ばかりだから、結構騒がしい。それでも野ウサギはこちらをジッと見ているだけだ。
「お姉ちゃん。あの野ウサギだけじゃないみたい。近くに何匹かいるみたいだよ」
「群れてるのかな? もう少し詳しく探れないかしら」
「あの大きな野ウサギの後ろに6匹いるみたい」
「都合7匹ってこと! ちょっと待って。そうなるとエアリーが弾かれかねないわ」
チコさんの言葉にエアリーさんも考え込んでいる。小さく頷いているから、脳内シミュレーションでは弾かれてしまったのかな?
「タマモちゃん。黒鉄を出してくれないかな。数が多いから、無理だと思ったら上位職になって頂戴!」
「モモさん達は上位職に成れるのか? それって、確か……」
NPCですから皆さんのように経験つを得てレベルを上げることができないんです。周囲の状況に応じてレベルを選択できますから、今のレベルで対応できない時に自分で上げられるんですよ。上位になってもスキルは継続しますから影響はないんですが、見た目が変わってしまうんですよねぇ。あまり驚かないでください」
後ろで、パシン! とムチの音がした。皆が振り返った視線の先に、私達の身長の2倍を超える鋼鉄製のゴーレムが現れる。
「タマモちゃんは獣魔使いだったわよね。ゴーレムもその範疇に入るのかしら?」
「その辺は良く分からないんですけど……。かなり強力ですよ。大きな熊でさえ阻止してましたから」
「どっかで見たことがあると思ってたんだけど、お爺ちゃんの部屋に飾ってあるフィギュアにそっくりよ」
「兄貴がネットで落札した時に、自慢げに見せてくれたロボットと同じだわ」
結構人気があるみたい。これが広がったらレムリア世界にやって来るオタクと呼ばれる人達が増えるんじゃないかな。
「私達の前で良いんでしょう?」
「そうねぇ。できればエアリーさんの少し前が良いんじゃないかな? 上手あの大きな野ウサギを捕まえたら、チコさんに止めを差して貰いましょう」
「私とモモさんは取り巻きの駆除ね。とは言っても1矢で倒せないんだよねぇ」
基本は今までと同じだ。あの大きな野ウサギが上手く倒せなかったら、タマモちゃんに枢機卿に変わって貰えば何とかなるんじゃないかな?
「それじゃあ、始めるよ。上手くおびき出して頂戴ね」
チコさんの言葉に片手を上げて答えると、左右に分かれて近づいていく。タマモちゃん達も黒鉄を前にじりじりと近付いているようだ。
急に大きな姿をした黒鉄が現れたから野ウサギの注意はそっちに向いている。30mほどまで近付くと、矢を取り出して弓を満月のように引く。
タン! と弓が鳴ると同時に、大きな野ウサギの背中に深々と矢が突き刺さった。
大きな鳴声を上げて立ち上がった野ウサギが、真っ直ぐに黒鉄に突進していく。その後ろから数匹の野ウサギが飛び出したので、次々と矢を放った。
本当に面倒な獣達だ。左右から矢を放っているんだけど、いまだに倒れる野ウサギがいないんだから……。
面倒だと弓をバッグに収納して、短剣を握る。
ネコ族を凌駕するケットシーの能力と、スキル上昇の魔道具のおかげで、素早く野ウサギに到達すると、短剣を背中に突き差し、えぐるようにして抜く。
6匹の野ウサギに深手を負わせて元の位置に戻ろうとした時だ。鈍い衝突音が聞こえてきた。
左右からエアリーさんとチコさんが剣を腹に突き立てている。
そこに黒鉄を軽く飛び超えたタマモちゃんが、一球入魂で頭をぶん殴っている。
「あれじゃあ、終わりだよね」
「まだまだ油断できないわ。脳震盪を起こしかけてるけど、まだ倒れてないもの。野ウサギをお願い。助太刀に行ってくるわ」
返事も聞かずに、その場で上位職の忍者に姿を変えて荒れ地を駆け抜ける。背中の忍刀を抜くと、駆けてきた勢いを落とさずに腰だめにした刀を大きな野ウサギの背中に突き差した。
えぐるように忍刀を抜くと、再び突き差す。
私の姿に驚いていた2人が、息を合わせるように再び腹に剣を突き差した。
3度目の突きをしようと態勢を整えた時、大きな野ウサギが地面を揺らして倒れ込んだ。
「ふう……。どうにかなった。これで今日の狩りは終わりだね」
元の姿に戻った私は後ろを振り返る。まだ野ウサギが残ってるかもしれないと思ったんだけど、私の目に映ったのは笑みを浮かべながら歩いてくるアンデルさんだった。
まだ日は高いんだけど、小さな焚き火を作ってお茶を頂く。黒鉄を戻したタマモちゃんは私の隣に座っている。
「上位職というのは、すごいものね。レンジャーはニンジャに成れるのかと思うと、明日からの狩りが楽しくなるわ」
「上位職と言ったら、レベル20じゃなかったか? あの一瞬でレベルを上げられる生んだね」
ダイアナの5人組は、色々と考えることがあるようだ。
最近までは攻略組と一緒だったと言ったら、ちょっと驚いてたけどね。
「私達は10次募集で参加したのよ。攻略組はベータ時代からなんでしょう? 既に次の王国に入ってるのかしら?」
「その先まで行ってますよ。3つ目の王国に向かう途中のイベントにだいぶ手こずっていたようですけど、何とかなりましたから」
「やはり、獣魔使いも良いわね。黒鉄さんを手に入れたら、兄貴に自慢できるわ」
そう簡単には行かないんじゃないかな? どちらかというと人形使いになった方が、羨ましがられると思うんだけどね。
お茶をゆっくりと味わったところで、ニネバの町に帰還する。
狩りの成績は満足できるものだった。だけど、この売値が気になるんだよね。宿で一泊も出来ないようなら、もっと数を得るための作戦を考えないと。