106 ニネバに到着
船室で警邏さん達の使う掲示板を眺めて時間を潰す。
タマモちゃんはケーナに送るメールを書いているようだ。シグ達は無事に帝国に着いたんだろうか?
タマモちゃんのメールの返信が来れば、状況が分かるだろうな。
「ん? これって!」
「どうかしたの。お姉ちゃん?」
私の呟きに、タマモちゃんが首を傾げている。ちょっと声が大きかったかな。
「警邏さん達の配置転換があるみたいなの。冒険者の数が増えたことや、新たな町や王国に冒険者が移動しているからなんでしょうね」
「アキコさんやアンヌさん達もなの?」
「たぶんね。思いがけない場所で合うこともあるんじゃないかな?」
きっとダンさんやハヤタさんも一緒に移動するのだろう。時期は分からないけど、書き込みが多いから近日中ということになるのかな?
どうなるんだろう? と考えていると甲板の方から歓声が聞こえてきた。
思わずタマモちゃんと顔を見合わせる。
「行ってみようか?」
私の言葉に大きく頷いたタマモちゃんが、ベッドの上から飛び降りた。
ちょっとお転婆過ぎないかな?
お淑やかにするには、どうすれば? と考え込む私の手を握ってタマモちゃんが船室の扉を開いた。
甲板に出ると冒険者達が船首に集まっている。主に男性達だけど、女性も混じっているようだ。
「まったく、男勝りなんだから……」
ぼやく女性の声に振り返ると、イネスさんが立っていた。
「チコさん達はあの中ですか?」
「そうなのよ。小さいころからガキ大将だったの。いじめっ子を見付けてはケンカばかりしてたのよ」
義侠心が高いってことなんだろうね。
たまに、そんな女性がいることも確かだ。シグとは良い友人に成れるんじゃないかな?
「お姉ちゃん! ずっと向こうに島が見えるよ」
タマモちゃんの大きな声に後ろを振り返ると、船員さんに担ぎ上げられたタマモちゃんが船首方向を指差していた。
とりあえず、船員さんに「申し訳ありません」と謝っておく。
笑みを浮かべてた船員さんがタマモちゃんを下ろして頭を撫でているから、小さな妹さんがいるのかもしれないな。
「これぐらいに見えたよ」
タマモちゃんが両手で大きさを教えてくれたんだけど、10cmほどの大きさがどれぐらいの距離を示しているかは全く分からない。
「そう。良かったね。でも、船員さんも仕事があるんだから、無理なお願いはしない方が良いのよ」
「船員さんが、見せてあげるって言ったんだよ」
「やさしい船員だったんですね。きっと小さな妹さんがいるんじゃないですか」
イネスさんも笑みを浮かべている。同じことを考えてたみたいだ。
「イネス、3時間も掛からずに到着するぞ。ん? モモさん達も来てたのか」
「モモさん達は、チコみたいに騒ぐことはないのよ。でも、早ければ夕暮れ前に獣を狩る冒険者も出てくるのね」
「そうだな。だけど、私達は明日からだ。見知らぬ土地で夕暮れに狩をするのは私達には少し早すぎる」
ダイアナのパーティは人間族だからね。
能力は平均的だから、とびぬけた能力を持つことも無いが、欠点もない。ある意味、万能種族でもあるのだ。
多くの冒険者が人間族を選ぶ理由は、その適正からなのだろう。ある程度、ゲームに長じた連中が、特化した能力を得るために種族を変えるのかもしれない。
「モモさん達なら夜の狩りも出来るんだろう?」
「一応、【夜目】のようなスキルを持ってますから。でも真っ暗闇では無理ですよ」
ケットシーの固有スキルに【猫の目】がある。星明り程度の明かりがあれば、遠くまで見えるんだよね。
「やはり、トラ族を選ぶべきだったな。身体能力、敏捷性は魅力だったんだが……」
「知力があまり高くないですからね。後々苦労すると思いますよ。信頼できるパーティの物理攻撃担当なら十分でしょうけど」
チコさんが、私の言葉に頷いている。
魔法はどうにか使えるだろうけど、使用回数が少なくて威力もあまり強くできないんだよね。
とはいえ、せっかくの5人パーティなんだから、種族変更が可能なレベル10に到達した時に、再度皆で話し合ってみるべきだろう。
「昼食が済んだら、荷物を纏めないといけないわ。モモさん達は準備できてるみたいだけど」
「そうだな。アンデルを先行させて宿を見付けて貰おう。それまでは港待ってた方が良さそうだ。ギルドへの到着報告は明日でも十分だろう」
「そうですね。私も先ずは警邏事務所を訪ねますから、明日の朝にギルドで合流ということでよろしいですか?」
チコさんが大きく頷いて片手を差し出してきた。
了承ということだろう。握手をしたところでタマモちゃんを連れて舷側の擁壁に体を預けて進行方向に顔を向けた。
遠くに島のような姿が見える。あれが東の大陸ということになるのだろう。
トーストに焼いた魚の半身が挟んであるサンドイッチモドキと魚のスープが昼食だ。
私達は魚好きだから、美味しく頂ける。
冒険者の中には、食欲よりも新たな冒険に興味が移って、食事抜きという人もいるようだ。
しっかり食べておかないと、体力のパラメータに変化があるんじゃないかな?
昼食を終えて配られたお茶を頂いている内に、かなり大陸に近付いたようだ。
今では、目的地である西の港町ニネバの高い建物までが見えてきた。
ニネバから東に2日歩けばシドンの町とアキコさんが教えてくれたけど、しばらくはシドンの町で様子を見た方が良いのかもしれない。
船尾の舷側で港に到着するのを心待ちにしていると、ダイアナの連中もいつの間にか集まって来た。
「もう直ぐ接岸だ。アンデル、頼んだよ!」
「任せて頂戴。チコ達は港の出口付近で待っててくれれば良いわ」
港町なんだから、何軒かの宿はあるんだろうけどね。
それでも早く見つければ、それだけ良い部屋が確保できるということなんだろう。
やがて、桟橋にゆっくりと客船が接岸して停泊用のロープが桟橋に投げられる。
舷側の柵の一部を船員が取り外すと、桟橋から乗降用の木製の階段が延びてきた。いよいよ東の大陸での冒険が始まるのだ。
「では行ってくるね!」
アンデルさんが舷側からひらりと宙に舞うと、桟橋にきれいに着地した。レベル7のレンジャーの身体能力にしては異常なんじゃないかな?
「驚いたかな? アンデルはリアル世界で、国体の体操選手なの。そんな特技がるからレンジャーになったのよ」
そういうことか。リアル世界での能力は、レムリア世界でも能力の初期値に反映されるし、リアル世界で出来ることはそれ以上のことがレムリア世界で出来るんだよね。
私がカポエラをリアル世界以上に使えるのもそんな裏能力のせいなんだろう。
「チコさんが軽戦士なのも?」
「フェンシングを習っているからねぇ。こっちではサーベルになるようだけど、長剣よりは使いやすいんだ」
ケーナと似たところがあるようだ。もっとも、ケーナの方は剣道なんだけどね。
「さて、そろそろ私達も下りないと」
「だいぶ冒険者が下りて行きましたね。残ってるのは私達の外にもう1パーティですよ」
ほとんどラストかな?
タマモちゃんの手を握って階段を下りて桟橋に降り立った。
「それじゃあ、明日の朝にギルドでお会いしましょう!」
「ああ、待ってるからね!」
互いに手を振って、その場で分かれると、桟橋の出口に向かって歩いていく。
桟橋の出口に机を持ち出して数人の男女がいるのは、この王国の入国管理になるのかな?
「冒険者ですね。ギルドカードを見せてくれなせんか?」
お姉さんの指示に従って首から下げたギルドカードを服の内側から取り出して、タマモちゃんのカードと一緒に机の上に並べた。
「モモさんとタマモさんですね。レベルは……? 済みませんが、これは間違いではないんですよね?」
「一応、合っていると思います。西の大陸ではそのカードでいくつかの王国を巡ってきましたから」
お姉さんが隣の男性に顔を向けて、ギルドカードを見せている。
男性がちょっと驚いているようだけど、すぐに納得したようだ。
「警邏事務所から連絡があった2人で間違いは無さそうだ。2人には申し訳ないが、港町に向かう前に、あそこで船を見ている2人を訪ねてくれないかい」
「入国は許可して頂けると?」
「問題ないよ。私達はギルドの職員だ。ギルドの到着報告もここでの確認で兼ねているから【転移】も可能だよ」
返してくれたギルドカードを首に下げたところで頭を下げると、教えられた2人に向かって歩いていく。
2人でタバコを楽しんでいるようだ。女性でもタバコを吸うなんて、ちょっと信じられないんだけどね。
「あのう……。ギルドの人から、ここに向かう様に言われたんですけど?」
テーブルと2つのベンチが合体した様なベンチに座っている2人に声を掛けると、2人の顔が私達に向いた。
「獣人族の若い女性が2人……。貴方達が、モモちゃんとタマモちゃんなのかしら?」
「はい。トランバーのアキコさんから、ニネバに行ったら、フィアナさんを訪ねるように言われてたので、早く向かいたいんですけど……」
私の話を聞いて、女性がニコリと笑みを浮かべた。
「私がフィアナよ。先ずは座って頂戴。キリカ、飲み物の調達をお願い!」
「俺がリーダーだぞ。まあ、行ってくるけど……」
とりあえず、フィアナさんの言う通りにテーブル越しのベンチに腰を下ろす。
「アキコから聞いてはいたけど、本当に若いのね。それで侵入者の対応をしていたとは信じられないけど、本部に集まる報告書でも確認できたから間違いはないのでしょうけど……。レベルは20を超えてると書かれていたわ。本当なの?」
「上位種に姿を変えられます。2段階まで上げられました」
2段階と聞いて、フィアナさんの目が丸くなった。
「ほら、調達してきたぞ。こっちはモモさん達の分だ」
軽く頭を下げて頂くことにした。
さっぱりした味の武道ジュースのようだけど、2人方はどう見てもビールなんだよね。
「どうした?」
「えっ! ああ、そうね。ちょっと驚いたから」
「らしくもないな。確かにモモさん達は俺達に協力してくれてる冒険者ではあるんだが」
「私達2人でも、タマモちゃんに適わないかもしれないわ。それぐらいの能力を持ってるの。上位種に2段階変化できるということは、レベル50を超えるのよ」
「何だと!」
改めて、2人が私達に視線を向けてきた。
「あの信じられない報告は実際にあったということか? となると北部の町が2つ壊滅した原因も理解できるな」
「シドンの町に駐留している騎士団も、北にある小さな村を守ることが精一杯。良いところに来てくれたわ」
ここでは、まだ侵入者の影響が残っておるということなんだろうか?
侵入者自体は、侵入経路を断たれたことで強制排除ができたらしいけど、その影響を既存の魔族や獣が受けた場合はこの世界に影響を受けたままで留まれるだろうし、さらに繁殖することだって考えられる。
「シドンの町は歩いて2日の距離だけど、獣のレベルがどんどん上がるの。歩いて半日程度でレベルが1、2上がると思えば良いわ。冒険者達がシドンの町に向かう頃合いを見て、ニネバから移動してくれないかしら?」
元々そのつもりでいました。そうなるとシドンに向かう街道さえも危険ということなんでしょうか?」
「危険よ。途中に2つほどセーフティエリアがあるんだけどね。結界の杭が引き抜かれてたの」
それでは、セーフティエリアの役目が立たないんじゃない。ギルドでしっかりと説明を聞かないと、死に戻りする冒険者が続出しそうだ。
「しばらくはニネバで狩りをしようと思ってます。できれば宿を紹介してくださると助かるんですが?」
「警邏事務所の隣に宿があるの。警邏事務所で3部屋押さえてあるから、私の名前を出して借りれば良いわ。事務所には私から報告するから、格安で泊まれるわよ」
格安と聞いて私達が笑みを浮かべるのを見て、フィアナさん達も顔が崩れていく。
「本当にNPCなの? 話をしてても、妹の友人と変わりがないんだけど?」
「NPCですよ。私達にはリアル世界の暮らしがありません。この世界で私達は暮らしてますからね」
世間話になったところで、ジュースのお礼を言って宿に向かうことにした。
「期待してるからね!」
背中に掛けられた声に、軽く手を振って答えておく。
それにしても、この大陸には凶悪なキメラがまだ残っているのだろうか……。