104 乗船できた
「こんなに獲って来たのかい?」
「ちょっと、調子に乗り過ぎました。明日は防波堤でのんびり釣りでもして過ごします」
台所の桶に私達が獲物を取り出した数に、ハリセンボンの小母さんが驚いていた。
ヤドカリが5匹にヤドカニが3匹だからね。漁師さん達も今夜は満足してくれるに違いない。
「魔法の袋に入れとけば明日も使えるけど、他の食堂から恨まれそうだねぇ」
「あまりヤドカリは出回ってないと?」
「冒険者のレベルが低すぎるとギルドの娘が嘆いてたよ。まぁ、トランバー全体で1日数匹というところだったからねぇ」
それを聞いていたなら、2匹ぐらいで止めとけば良かったけど、既に獲ってきたからねぇ。やはり料理に使ってもらおう。
料理の下準備はお姉さんと2人で十分だと、台所を追い出されたからタマモちゃんと一緒に港に出て、屋台のジュースを頂くことにした。
屋台の串焼きも魅力だけど、ハリセンボンの小母さんの夕食が待っているからね。お腹は空かしたままでいよう。
港にいくつもあるベンチに腰を掛けて、帰ってくる漁船を眺める。今頃帰ってくる漁船は何を獲ってきたのかな? 後で近くに入って見てみよう。
「おや? 今日は狩りに出掛けなかったのかい」
声の主を確かめようと後ろを振り返ったら、警邏のハヤタさん達が立っていた。
「今日の狩りを終えて帰って来たんです。北の渚に行ったんですけど、トランバー周辺は冒険者達が多いですね」
「レベル上げを頑張っているようだ。ヤドカリはレベル6前後の獲物だからね。レベル7まで上げるには、数を狩らねばならないからなぁ」
ということは……。
「PKもあると?」
「2つのパーティにペナルティを科した。リアル世界で2週間のゲーム立ち入り禁止にしたよ。PK相手には経験値とデジットを2割増しで戻してある」
やはり、ねぇ。
アップデートでの戦闘空間の表示は無くなったけど、PK犯に対する表示は残っているらしい。
町の門番さんや警邏さん、それに騎士団の人達なら直ぐに分かるとのことだ。
私達には確認できるのだろうか? あれからPK犯には会ってないんだよね。
「今も活動してるんでしょうか?」
「とりあえずは、問題ない。警邏でペナルティを科したパーティ名は冒険者ギルドに表示しているからね。彼等だって後ろ指は指されたくないんじゃないかな」
再びレムリア世界にやってきたとしても、別の町ということかな?
始まりの町は、3つの王国に1つずつだから、あまりレベルが高くないとプレイする世界が小さくなりそうだ。
それに、警告という手段ではなく実刑としているからには、PKの方法が目に余るということに違いない。
出来れば、この世界に来て欲しくないけどねぇ。
「今日、2つのパーティがレベル7になった。残り12人だな」
「案外、早いということですか?」
「3日後には確実だな。となると、出発は早ければ4日後だ」
準備しといた方が良いということなんだろう。携帯食料はたっぷりあるから、不足していると言えば、矢の予備ぐらいかなぁ……。
夕暮れ眺めて、タマモちゃんと食堂に戻る。
既に漁師の小父さん達がテーブルやカウンターに座っていた。
「帰って来たね。あんた達の席は、ちゃんと用意してあるからね」
小母さんが指さした一番奥のテーブルには誰も座っていない。わざわざ空けといてくれたことに感謝だね。
パエリア鍋が私達の前に置かれた。上にヤドカニのハサミが2つ乗っている。
思わずタマモちゃんと顔を見合わせて、笑みを浮かべたのは仕方のないことだろう。
「「頂きます!」」
「残しても良いんだぞ。俺達が食べちゃうからな」
カウンターの小父さんがそう言って、周りの小父さん達と笑い声を上げた。
でも残るかなぁ? 美味しいから、どんどんお腹に入るんだよね。
「なんだ、全部食ってしまったのか?」
私達のテーブルを見た小父さんが残念そうな口調で嘆いている。
でも仕方がないよねぇ。それだけ美味しかったんだから。食後のワインとジュースを飲みながら、伯父さん達に微笑みかける。
「明日は、狩りませんよ。堤防で釣りをするんですから」
「釣りだと? それなら頑張ってほしいな。小魚の唐揚げは酒に合うんだぞ」
周囲の漁師の小父さん達も頷いているから、明日も頑張ることになるんだろうか?
でも、漁師の小父さんや小母さん達は皆、気心が良い人ばかりだからね。この宿にいる間は頑張ってみよう。
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トランバーにやってきて、3日目のことだ。
いつものように、港のベンチで猟師の小父さん達の仕事ぶりを眺めていると、ポンと肩を叩かれた。
こんなことをするのは? と後ろを振り返ると、アキコさんが笑みを浮かべている。
「先ほど、レベル7の冒険者の数が50人を越えたわ。出発は明日の昼になるらしいけど、準備は出来てるのかしら?」
「準備と言っても、矢が不足していただけですから。そう言えば、船旅は1日半でしたよね。東の港に着くのは翌日の夕暮れ時ですね」
「船着き場にニネバの町の警邏が待ってるはずよ。フィアナという女性だけど、リアルでは格闘戦のプロなの」
ボクシングかな? それとも空手家とか……。
タマモちゃんが心配そうな表情をしてるから、頭をグリグリと撫でてあげた。「もう!」なんて言いながらイヤイヤと首を振っている。
「リアルでも付き合いがあるとか?」
「私の姉なのよ。困った姉だけど、頼りにはなるわよ」
ハヤタさんも苦労すんだろうな。「私の妹に!」なんて言われて凄まれたらどうするんだろう?
「分かりました。向こうに着いたら探してみます」
「たぶん、姉の方が貴方達を探してくれると思うわ。モモちゃん達の画像は警邏事務所の間で共有されてるの」
その反対は出来ないんだろうか?
ある意味、私達は要注意人物ということになるんだろうな。
「向こうでも、がんばってね!」と言い残して、アキコさんは人混みの中に入って行った。
それにしても、いきなりだよね。
もう少し、トランバーでのんびりできると思ってたんだけど。
「そうかい。残念だけど、仕方がないねぇ。乗船が昼前らしいから、お弁当を作ってあげるよ。船では3食が出ると言ってたからね」
小母さんの言葉に改めて頭を下げる。
この町にいるのは、客船が出るまでと最初に断っておいたけど、改めて今まで泊めて貰ったお礼を言った。
「良いんだよ。猟師の連中だって喜んでくれたからねぇ。向こうに行っても、魚が食べたくなったら帰って来るんだよ。いつでも大歓迎だからね」
その夜は、、漁師の小父さんも交えての大宴会になってしまった。
あまり飲まされないように心がけたおかげで、翌日は気持ちよく目が覚めた。
泊まっていた部屋をタマモちゃんと掃除をして、食堂に下りる。
簡単な朝食を食べていると、小母さんが大きな包みを渡してくれた。
「お弁当だよ」と言ってたけれど、タマモちゃんの頭よりも大きな包みだ。とても2人分とは思えないんだよね。
私達が食堂を出ると、小母さんとお姉さんが戸口まで出てきて見送りをしてくれた。タマモちゃんが2人に手を振ると、近くの漁師さん達も一緒になって手を振っている。となれば、私も……。
東と西で手を振りながら少しずつ距離が広がる。やがて人混みで見えなくなったところで、私達は港を西に向かって歩き出した。
「あれかな?」
最初に来た時は閉めてあった客船の桟橋の出入り口に、大勢の冒険者が集まっていた。
確か50人と聞いたんだけど、100人以上いるみたい。
何かあったのだろうか? と考えながらも桟橋の入り口に足を運んだ。
「ほらほら、乗船券にギルドの印鑑が無ければ入れないんだ。向こうの獣のレベルはかなり高いと聞いたぞ。ギルドの親心に感謝しとくんだな!」
「やってみないと、分からねぇじゃないか! 自分の責任は自分達でとるからさあ」
そういうことか。
でも、警邏事務所と冒険者ギルドの取り決めは絶対だからね。お目こぼししたりなんかしたら、運営側の信用にも関わるからねぇ……。
「これで通してくれる?」
乗客の整理をしていた船員さんが、私達が獲りだした乗船券を一目見て、驚いたような表情で私達を眺めている。
「ああ、問題ねぇ。しかし、驚いたなぁ」
私達を通してくれた船員さんに、再び冒険者達が詰め寄っている。
見掛けで判断すれば、私達は乗れないんだろうね。それを通してくれたんだから、冒険者達が文句を言うのも少しは分かるけどね。
桟橋に歩いていくと、白く塗装された木造船が停泊していた。
帆柱が無いんだけど、どうやって進むんだろう? スクリューがあるとは思えないし、舷側からオールが突き出ているわけでもない。
「あのハシゴを上るんでしょう?」
タマモちゃんが指さした先にあったのは、ハシゴではなく階段じゃないのかな?
その袂に船員さんがバインダーを持って、私達を見ている。
乗船名簿なんだろうか? 船員さんのところに向かって、乗って良いのかどうかを確認してみた。
「ギルドカードを見せてくれませんか? モモさんとタマモさんですね。どうぞ、乗船ください。部屋は相部屋ですけど、女性達のパーティですから安心できますよ。これがカギになります」
ガチャガチャとカギの入った袋を探して、私にカギを渡してくれた。
改めて船を見ると、50mほどの舷側に丸い窓がたくさん付いている。窓が上下にあるから少なくとも2つの階層があるのだろう。
タマモちゃんと階段を上がり、甲板に出る。甲板にいた船員さんが階段の位置を教えてくれた。
とりあえず部屋に行ってみるか。
相部屋と言ってたけど、ベッドがいくつあるか気になるところだ。
まさか、2つということは無いだろうと思いながらも、階段を下りて直ぐ下の通路を歩きながら、部屋番号とカギの番号を見比べる。