102 トランバーの冒険者達
トランバーにやってきたら、やっぱりヤドカニのスープだよね。焼いたカニの足まで一緒に出てきたときは、周りの漁師さん達が騒ぎ出したほどだ。
でも2匹だから、足は奪い合いになってしまう。最終的に、今日の漁果で3人に分配されたけど、明日も獲ってきてくれと懇願されてしまった。
でも、果たして獲れるかどうか……。冒険者達の様子を見て邪魔にならないように少し数を増やして獲ることになるのかな。
「モモちゃん達が帰ってくれば、またいろんな物が食べられるなぁ。ずっといてくれるとありがたいんだが」
「おいおい、俺も同じ思いだがモモちゃんにだって都合があるんだろうよ。だけど、たまには顔を見せて欲しいぞ」
漁師の小父さん達の話に、笑みを浮かべて頷いておく。
既にだいぶ飲んでいるから、酔っ払いには愛想笑いぐらいが丁度良いんじゃないかな。
台所から顔を出した小母さんも頷いているくらいだ。
「客船が動くらしいぞ。だいぶ時間が掛かったが、また岩に船底をぶつけねば良いんだが」
「早く動いてくれねぇと、港が騒がしくてしょうがない。若い連中が多いのは結構なんだが、ケンカが多いと嫁が言ってたぞ」
私達も1騒動あったぐらいだ。
ケンカはPVPに近いらしいから、警邏さん達も大目に見てるのかもしれないな。それでも、弱い者いじめに見える場合は介入してくれるみたいだ。
「ところで、今度は長くいてくれるのかい?」
おばさんが私達にお茶を運んでくれたところで、タマモちゃんの隣の席に座った。
しっかりとマイカップを持参してるんだよね。
「客船が動き出すと聞いてやってきました。やはり海の向こうは憧れですから」
「なら数日はここにいることになるねぇ。乗ろうとする連中は多いらしいけど、レベルが足りないと船員が嘆いてたよ」
レベル5の連中もいたからねぇ。でも、そうなると乗船資格を得られる冒険者は北に向かって再び戻ってきた連中ということになるのだろうか?
そのまま、帝国に向かって行きそうにも思えるけど。
「トラペットからやって来る冒険者の多くはレベル5辺りなんだけど、乗船するにはレベル7が最低条件らしいよ。もっとも、モモ達なら問題は無いんだろうけどね」
途端に店の中に笑いが起きる。漁師さん達には私のレベルが分からないと思うんだけどなぁ。
「ヤドカニを手土産に出来るんだから、レベル7は軽く超えてるんだろうよ。レベル6では少し苦労するだろうから、市場に運ぶはずだ。気軽にハリセンボンに持ってくるとなればおおよそのレベルは分かるってことだな」
私達に向かって、カップの酒をかざした漁師さんが疑問に答えてくれた。
そういうふうにも捉えられるか。確かに簡単に狩れるんだよね。
「ヤドカニやヤドカリは浜には結構いるらしいぞ。だが、狩れる連中が少ないんだ。やはり東の大陸に客船が向かうにはしばらく掛かるんじゃねぇのかな」
そういうことなら、冒険者ギルドはさぞかし賑わっているに違いない。
それと、PKもあるってことかな?
あのアップデートの後は、少しは減ったらしいけど修正を掛けたことで再び増えたらしい。でもアップデート前の発生率より格段に減ったと警邏さん達は満足しているみたいだ。
明日からは、客船の乗船場の様子を見ながら狩りを続けることになるのかな?
お姉さんから部屋のカギを受け取って、港に面した部屋に向かう。
港の朝は早いからね。猟師の小父さん達の騒ぎで起こされそうだ。
翌日。外の喧騒で目が覚めた。
まだ薄暗いんだけど、タマモちゃんが窓を開けて港を見ている。それで、うるさくて起こされたんだろうね。
「おもしろいものがあった?」
「お姉ちゃん起きたんだ。おはよう!」
嬉しそうな表情で私に振り返ると挨拶をしてくれた。私も「おはよう!」と答えたところで、部屋の奥で衣服を整える。
いくら何でも窓際ではねぇ……。タマモちゃんは? と見ると、既に着替えを終えている。
朝寝坊ができない体質なんかなぁ? あの年頃なら、起こしても起きないと思うんだけど。
「港に行ってみようか!」
私の提案に「うん!」と元気よく答えてくれた。開けてあった窓を閉じて食堂に下りて行くと、小母さんが朝食の準備を始めている。
裏庭に出て顔を洗って戻ってきたら、お姉さんがお茶を用意してくれていた。
「相変わらず早いのね。朝食はまだだから港でも散歩してきなさい」
「そうします。なんか、前よりも漁師さんが多くなってませんか?」
「トラペットからやって来た旅人が漁師見習いになったかしら? あまり気にはならなかったけど、確かに増えたわよねぇ」
「おかげで大忙しさ。昨日はそうでもなかったけど、今夜は遠出した漁船が帰ってくるだろうから、この店も賑わうことだろうね」
ここで暮らしてたから、それほど気にはならなかったようだ。でも、前にいた頃より、確実に3割は増えてるんじゃないかな。
職人になりたいプレイヤーもたくさんいたから、漁師さんになりたいプレイヤーだっているんだろう。案外、現役の漁師さんだったりしてね。
お茶を頂いたところで、タマモちゃんと手を繋ぎ港を散歩する。
漁船にあまり近づくと、漁師さん達の出航の邪魔をしそうだから少し離れて歩く。
「おや? 確か、ハリセンボンに泊まってた娘さんだったよね?」
貫禄のある小母さんが、私達に向かって笑みを浮かべた。
「そうです。また戻ってきました。客船に乗ろうとしてるんですが、まだまだ時間が掛かりそうなんです」
「そうかい。それはご苦労様。……ということは、また獲物を持ち込んでくるのかい?」
「獲物を持ってくれば、宿代が助かりますからね。今日も出掛けるつもりですから、御贔屓にしてください」
小母さんが笑みを絶やさずに、うんうんと頷いている。期待してるってことだよね。今日は頑張らなくちゃ!
漁船を見て回ってると、あちこちから声を掛けてくれる。まだ私達を覚えてくれているのが嬉しくなってしまう。
「ヤドカリも獲って来なくちゃ!」
タマモちゃんもやる気を出しているくらいだ。
西に向かって歩き、再びハリセンボンに戻ろうと歩き始めると、漁船が次々と出航していく。
漁船で手を振っているのは家族に対してなんだろうけど、私達も手を振って大漁を祈ってあげる。
漁船が出航すると、今度はおばさん達のおしゃべりがあちこちで始まる。井戸端会議に近い物なんだろうね。
漁師の旦那さんを持つ共通点もあるから、話が弾むんじゃないかな。
私達と同じ方向に向かって歩く、小母さん達の目的地はハリセンボンに違いない。これから朝食ということになるのかな?
漁師の小母さん達と相席で朝食を頂く。魚介類たっぷりのスープは昨日のヤドカニの出汁を使ったに違いない。
「おや? ヤドカニだね。あんた達がいなくなってからは滅多に出てくることは無かったんだよ」
「期待してるからね。この町にいる冒険者達には、どうにか狩れるってところだから、数が出ないんだよ。高価だから、市場に流れてしまうのはいつものことだね」
「頑張って狩ってきます!」
私の言葉に、食堂中が笑いに包まれる。
タマモちゃんはキョトンとした目で小母さん達を見てるから、小母さんが手を伸ばして頭を撫でている。
「まったく、ルデルは運が良いよ。こんな娘さん達を店に置けるんだからね」
「褒めても何も出ないよ。それで、漁の方はどうなんだい?」
台所から小母さんが出てきて、漁師の小母さん達と話を始めた。
さて、私達はそろそろ出掛けようかな。期待されてるし、ある程度数を揃えないといけないかもしれない。たくさん狩れたなら市場に下ろせば良い。
「出掛けてきます!」
私達が立ち上あると、小母さんが台所からお弁当を持って来てくれた。
「無理するんじゃないよ。南の浜は冒険者が多いと聞いたよ」
「ありがとうございます。そうすると来たが狙い目ですね。前にはヤドカリがたくさんいましたけど」
私の言葉を聞いて、小母さん達の目が輝く。これは1匹だけとはいかないだろうね。
小母さん達に手を振って食堂を出ると、港には冒険者達がたむろしている。
こんな場所で油を売っていないで、さっさと狩りに出掛けるべきじゃないのかな?
「お前らは2人だけなのか? 何なら俺達のパーティに入れてやってもいいぞ」
つかつかとやってきた男性がいきなり私の手を取ろうとした。
軽く体を横にして、失礼な男を睨んでやった。
「仲間に入れてやると言ってるんだ。港はそんな連中が大勢だ。女の子2人ではこの辺りで狩りするなんて無謀も良いところだぞ!」
「御心配には及びませんよ。2人で十分にやっていけます。それにしつこい勧誘は、ペナルティになると思いますけど?」
私の言葉に、顔を赤くした。
やはり、自分の行為を問題だと思ったに違いない。
「こっちは親切心で言ってるんだ。それで警邏を呼ぶことになったら、お前達こそペナルティになるぞ」
「だいじょうぶです。その警邏さんにPK犯人を捜すように頼まれているぐらいですから」
男がちょっとたじろいだけど、いきなり長剣を振りかざした。
「そんなわけ、ねえだろう!」
「そこまでだ! 朝早くから長剣を振りかざすとはだいぶ元気が良いな。モモちゃん、知り合いなのかい?」
「いきなり、勧誘してきたんです。レベル上げに付き合うと他にも色々と現れそうですし」
「そうだろうね。お前も、相手を見て長剣を抜くんだな。切り掛かれば瞬殺されるぞ」
男が渋々後ろに下がった。
これからハヤタさんのお説教が始まるのかな? ちょっと聞いてみたい気もするけど、今日は色々とやることがあるからね。