100 ナンパなのかな?
イベント参加者がラディス町の一番大きな食堂に集まって宴会を始めた。イベントボスを倒したお祝いということで、報酬で得た350デジットから20デジットを皆が出し合っての宴会だ。
普段の夕食なら4日分だから、土地の名産が次々と出てくる。飲み放題のワインも普段より味が良いし、タマモちゃんもブドウジュースを美味しそうに飲んでいる。グラスが同じだから、本人はワインのつもりで飲んでる。皆の生温かな視線は気が付いてないみたいだね。
「あれだけの騒ぎだから、森の獣にも動きがあったみたいだな。幸いにも町までやって来なかったようだけど、町で待機していた連中は森の途中まで出掛けてみたいだ」
「少しは実入りがあった、ということ?」
「そんな感じだな。別の店で祝っていると聞いたよ。攻略組の有志がカンパしているからそれなりに楽しんでいるに違いない」
レベル的に参加を見合わせた連中に、イベントボスを倒せたお祝いを届けたということかな?
自分達だけでイベントボスを倒せたと天狗になるようではねぇ。私も参加したかったけど、すでに届けてるなら追加というのも考えてしまうな。
「私達は、予定通りに帝国に向かうつもりだ。例の約束を忘れないで欲しいな」
「だいじょうぶ。新しい街に着いたら、必ず武器屋を覗くよ。結果はタマモちゃんが知らせてくれると思う」
「ケーナも楽しみにしているよ。季節は秋だから、北に向かうのは気も引けるけど……」
シグは案外寒がりなんだよね。北の帝国に行って3月も経ったら着ぶくれするんじゃないかな?
一夜が明けて、目が覚めた時には既に日が高く昇っていた。
しばらく会えない妹に友人達と朝食を取ったところで、宿の玄関先で通りを左右に分かれて歩き出した。
ちょっと歩いたところで立ち止まり後ろを振り返ると、シグ達が私達に手を振っている。
軽く手を振って再び歩き出した。
【転移】はどこからでも行えるんだけど、シグ達の姿が見えなくなってからにしよう。
「この辺で良いかな?」
私の言葉にタマモちゃんが周囲を見渡して頷いてくれた。
小さな公園の木の陰だからねぇ。子供達が遊びに来るのはもう少し経ってからなんだろう。
タマモちゃんが私に寄り添って、上着の裾をしっかりと握った。
【転移】スキルを発動した本人を中心に1.5mの範囲の人物も一緒に【転移】するんだけど、タマモちゃんは万が一離れ離れになるのを嫌がったのかな。
でも、タマモちゃんだって【転移】が使えるし、行先はトランバーの皆と町なんだから別れ別れになることはないと思うんだけどなぁ。
「【転移】!」
大きく言葉を放つ。言葉がキーとなって私達を光のカーテンが包み込み、やがてカーテンは開け離れるように薄くなって消えた。
先ほどの景色と同じような簡素な公園だ。だけど決定的な違いがある。直ぐ近くに小さな教会があることだ。
「【転移】成功ね。最初は……、警邏さんのところに行ってみる?」
「アキコさんとハヤタさん?」
タモちゃんの言葉に笑みを浮かべて頷いた。
この町を出てからだいぶ時間が経っている。状況の変化を教えて欲しいところだけど、それなら顔見知りのハヤタさん達が適任だ。
その後で、ハリセンボンに行ってみよう。先客がいたら、小母さんに宿を紹介して貰えるに違いないし。
教会の敷地内だから、あまり足音を立てないように静かに通りへと進む。
通りの石畳を歩く時は何時もの通りだ。タマモちゃんが足取りも軽やかにスキップをしている。
職人さんが住んでいるのだろう。小さな家並みのどこからか軽く木づちを打つ音が聞こえてきた。
かつて知ったる町だから、道に迷うことも無い。変わった点があるとすれば、冒険者が増えたことだろう。大通りを歩いている私達の前にも、数組の冒険者が仲間と話しながら歩いている。
ゲーム世界だから、道の真ん中で話していても通行の邪魔になるだけなんだけど、リアル世界でそんなことをしたら交通事故に遭ってしまいそうだ。
「おっ! 彼女、見掛けないなあ。今日やって来たのかい。俺達が案内してやろうか?」
数人の少年が私達を囲む。
ナンパ? ってことかな。思わず笑みが浮かんでくる。今度シグに自慢できそうだ。
「ちょっと先を急ぐので……」
「おいおい、そんなことを言って良いのか? 俺達はレベル10だぜ。そろそろ次の町に向かうつもりなんだけどその前に、案内してやるって言ってんだけどなぁ」
最初なら、笑い話で済ませたんだけど、この手の連中は痛い目に会わせないとダメらしい。
どうしようかと考えてると、少年達の1人がいきなり肩に手を掛けてきた。
「さて、先ずは食堂だな!」
「酒ってことか? そうだな。それで良いんじゃないか」
周囲の少年達も頷いている。まったく、この世界を何だと思ってるんだろう?
「おっと、あんまり駄々をこねると、小さい方が困るんじゃないか?」
そう言って、少年達の1人がナイフを抜きかけた。
「痛てぇ!」
ナイフを落として、片足を少年が抱え込んだ。
ふふん! と笑みを浮かべて胸を反らしているタマモちゃんだけど、どうやら足を踏んずけたらしい。
正当防衛ってことかな。とりあえず問題なし。
「やるってのか?」
「そうねぇ、相手になっても良いよ!」
売り言葉に買い言葉。
少年達が長剣を抜き、少し後ろに下がった少年は魔導士の杖を私に向かって掲げた。
これで、死に戻りさせても文句は言えないはずだ。
少年の1人が長剣を振りかぶって、私に向かって一歩足を踏み出した。
先手を取らせてあげたけど、これではねぇ……。レベル10と言ってたけど、実際はレベル5もないんじゃないのかな?
体を半身に反らして長剣をやり過ごしたところで、少年の足元目がけて飛び込むように両手を着いて体を捩じる。
開いた両足の右足が彼の首筋に食い込んだ。崩れ落ちる頭に左足踵が追い打ちをかける。
両腕をバネに立ち上がった私に、少年達が距離を取り始めた。
「殺したのか?」
「さあ、まだ死んではいないみたいだけど?」
「あれって、カポエラだろう? そんな【体術スキル】はないから、リアルでやってたってことか?」
「お前だって空手を習ったんだろう? 何度か相手を倒してるじゃないか!」
「直線と曲線の違いだ。それに、腕のリーチと足では格段に足が上だ」
「【火炎弾】!」
下がった少年の1人が、私に向かって紅蓮の火球を放ってきた。
だけど……、まるで初心者のようだ。子供が投げるボールほどの勢いもない。簡単に避けられると思って右足を引き体を回転させて気が付いた。
いつの間にか私達の周囲にたくさんの人が集まっている。
このまま受けるしかないか……。そう覚悟を決めた時だ。
ピシッ! 空気を切り裂く音がして、火球が4つに分かれて消えて行った。
タマモちゃんに視線を移すと、ムチを持って少年達を睨んでいる。かなり怒っているみたいなんだけど……。
「止めろ、止めろ! トランバーの大通りだぞ。そんなことだから、町の住人に嫌われるんだ」
警邏さんが大声を上げながら、私達を囲んでいる人垣を掻き分けて近づいてきた。
聞き覚えのある声にやって来た警邏さんを見ると、ハヤタさん達だ。
構えを解いた私に、タマモちゃんが傍にやって来る。少年達は集まって何事か相談を始めたけど、その前に通りで寝ている少年を何とかしてあげた方が良いんじゃないかな?
「やはりお前達か、今度の相手は? モモちゃん達だったのか! こりゃ、災難だったな」
「その女がいきなり仲間を後ろから蹴り飛ばしたんだ。まだ、死んではいないけど、綺麗に決まってたから時間の問題だ。この場合は、補償ということになるんだろう?」
よくも言えたものだけど、状況を見るとそのまま信じてしまいかねない。
「で、本当は?」
「しつこいナンパなんです。ナイフを抜いたんでタマモちゃんが足を踏んだんですが、長剣を抜いて私に振り下ろしたところで殺意有りと判断しました」
「おいおい、俺達の方が人数が多いんだ。新参者の言うことを真に受けるのか?」
「ああ、お前達よりは遥かに信用できる。何せ、PK狩りの専門家だからね。俺達の仲間さ」
「本当に見境が無いのね。私達が来なければ全員死に戻りしてたかもしれないわよ。レベル的には攻略組トップを越えてるんだから」
「ということで、今回はお説教では済みそうもないな。幸い、モモちゃん達の戦闘記録は自動的に吸い上げられている。その場面を見ながらお前達の先ほどの話を振り返ってみようか?」
少年達が顔を見合わせている。小さく頷くとともに群衆を掻き分けて逃げ出したけど、すぐに別の警邏さんに掴まってしまった。
罪を重ねたら、余計に罰則が重くなるんだろうけど、逃げおおせると思ってたんだろうか?
警邏さんに囲まれて、少年達が俯きながら通りを歩き始めた。さて、どうなるのかな?
しばらくはこの界隈に現れなければ良いんだけどね。
「とんだ災難だったね。来てくれて助かるよ」
「丁度、ハヤタさん達に会いに行こうと思ってたんです。よろしければ情報交換をしませんか?」
「願ってもないことね。となると……、シュガーリッチで良いかしら。もちろんハヤタが奢ってくれるはずよ」
砂糖たっぷりという名前になるんじゃないかな?
ハヤタさんがイヤイヤと首を振っているのは何度か付き合ったことがあるってことなんだろう。アキコさんは甘党ということなんだろうけど、私が見ても美人なんだから、それぐらいは我慢しないといけないと思うな。