010 大イノシシを倒しに行こう
「どうやら、東の街道を閉鎖してるのは大きなイノシシらしいよ」
「それで、私に相談ですか?」
歓迎の広場のベンチに腰を下ろしていた私の腕を、いきなり掴んだのはシグだった。そのまま私を拉致するようにして、木陰で休んでいた仲間のところに運ばれてきた。
まったく、いつも通りなんだから……。
とりあえず、芝生に広げられた毛皮のシートの上に腰を下ろして、妹が渡してくれたお茶のカップを受け取った。
「L8のパーティが2組で討伐に出掛けたんだが、死に戻りする結果だったらしいよ。なんでも、エリアボスの取り巻きにやられたらしいの」
詳しく話を聞くと、エリアボスのHPを1割ほどは削ることができたらしい。問題は取り巻きのほうで、次々と群れを呼ぶということだった。
「最初は少し強めのイノシシで、次が野犬の群れ、最後はオオカミが出てきたと聞いたわ」
「数は?」
「数えることもできないって言ってた」
最初のレイドボスになるのかな?
さすがに私がボス戦に参加することはできないのだろうけど、取り巻きと戦うぐらいなら良いんじゃないかな?
「今日は4つのパーティが出掛けているわ。西のエリアボス討伐も盛んらしいから、戦力が分散してる感じなのよね」
「西は盗賊なんでしょう?」
「何でも総力戦に近いらしいよ。数百対数百になってるみたい。こちらの人数によって出てくる盗賊の数が変わるらしいの」
いよいよ東西の封鎖が解かれるのは、時間の問題になってきた感じだね。
私はこの町のNPCみたいだけど、町に所属しているわけではなさそうだ。せっかく自由なレンジャーという職種についているんだから、封鎖が解けたら町を出てみようかな?
「それでシグ達は東を目指すと?」
「次の封鎖突破作戦にエントリーしてるんだけど、今度は5つのパーティよ。モモが参加してくれると嬉しいんだけどなぁ」
「う~ん、だいじょうぶだと思うんだけど、用意するものはあるの?」
「私達で用意するよ。でも、野宿だからマントぐらいは持ってくるのよ」
何となく嬉しくなって顔がほころぶ。
でも、今日出掛けたパーティたちでエリアボスを倒せるかもしれないんだよね。そうしたら、そのまま東の町に行けるのかな? 港町と聞いたけどどんな町なんだろう。
「明日出掛けるパーティ達でもダメな時は、ギルドで緊急招集を掛けるらしいよ。L6以上の冒険者は全員参加みたい」
「NPCの冒険者も参加するってことか……。総力戦だよね」
「西があるから実質は半分だろうって言ってたけどね。でもかなりの数よ」
どう考えても1万を越えそうだ。
峠道に入れない冒険者だって出てきそうだけど、人海戦術で突破することを考えたのかな。
明日の朝に、歓迎の広場で待ち合わせということで、友人達と別れる。
これでこの町から離れることになるんだろうか?
短い間だったけど、花屋の食堂暮らしは楽しい思い出ばかりだ。
最後に、お世話になったんだから野ウサギを狩って帰ろうかな。
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「そうかい。異人さん達も頑張ってるんだねぇ。中々封鎖が解けなけりゃ、あんたも出掛けるしかないだろうね」
「急な話で申し訳ありません。異人さん達に頼まれてしまい、ギルドの指示より先に向かうことになったんです」
夕食のスープを仕込みながら、メルダさんに東に向かうことを告げた。
最初は驚いていたけど、私がレンジャーであることを思い浮かべたようだ。冒険者は、定住しない。新たな冒険を求めて世界を旅するのだ。
「それでも、モモはこの町の住人だからね。いつでも帰ってきて良いんだよ。屋根裏部屋はライムに使わせたいけど、モモが戻って来た時の為に簡易ベッドを用意しておくよ」
ライムちゃんもお年頃ということなんだろう。あの部屋を他のプレイヤーが使うのかと思っていたんだけど、ライムちゃんならきれいに使ってくれるだろうし、私がやって来た時も隣に眠らせてくれるに違いない。
夕食を食べに来た近所の職人さん達も、東西の封鎖が解けるかもしれないと期待を持った話をしている。
今回最後のプレイヤーがやって来るのは5日後らしいから、それまでに何とかしないとトラペットの町がプレイヤーで溢れてしまいそうだ。
最後は総力戦でというギルドの選択は、運営の息が掛かっているのだろうが、かなりギリギリなんじゃないかな?
この『レムリア』が始まって間もないから、色々と問題があるのかもしれない。それにしても、総力戦を仕掛けようなんて考えをこの段階から考えないといけないなんて、運営さんのシナリオ作成能力が問われるんじゃないかな。
翌日。いつもの朝食を終えたところで、席を立った。
テーブル越しに、メリダさんとライムちゃんにしばしの別れを告げる。
ちょっと、ライムちゃんが涙ぐんでくれたのが嬉しいな。でも、私までも涙声になってしまいそうだ。
「どこに行っても、ここがあんたの家だからね。辛くなったらいつでも帰っておいで」
「ありがとうございます。メルダさん達もお元気で。近所の職人さん達にもよろしく伝えといてください。そして、ライムちゃん。お母さんと頑張るのよ!」
ライムちゃんは泣き顔だったけど、小さく頷いてくれた。
私にとっては十数日間の経験なんだけど、設定では半年を過ごしたことになってるんだよね。
こんなに凝る必要もないと思うんだけど、NPCだってこの世界では生きているということなんだろうな。
最後に、大きな包みを渡してくれた。どうやらお弁当の包らしいけど、何人分になるのかな?
そのまま、バッグにしまい込んだら、10という数字が出てきた。10人分ってこと?
戸口の前に立って私を見送ってくれる2人に、何度も振り返って手を振る。後ろを振り返る度に、人が増えていく感じだ。最後の角を曲がる時には通り一杯に人が立っていた。
少し足を速めて、通りを歩き始めた。
最初と違って、人通りが多いのはそれだけプレイヤーが増えているのだろう。やはり街道の封鎖を解くのは急務ということになりそうだ。
歓迎の広場に出ると、いつものベンチに腰を下ろす。
元々レンジャー設定だったから、必要な装備一式は揃えてる。食料だって昨夜確認したら携帯食料が20個も入っていた。これならちょっとしたダンジョンにだって潜れるんじゃないかな。
「お~い!」
噴水付近で大声を上げながら手を振っているのはシグのようだ。隣で妹が恥ずかし気に手を振っている。
私も、手を振って、腰を上げる。直ぐにいかないとシグに文句を言われそうだ。
「待たせちゃったね。かなりラフな姿だけど、それで良いの?」
「レンジャーは身軽さが命なの。へ~、皆の武器が変わったのね?」
「防具は1つ上げただけだけど、武器は2つ上げたのよ。リーゼでさえ、スライムは杖で一撃よ」
L8にもなれば、さすがに非力な魔法使いでさえも、STR(攻撃力)は6を超えるんじゃないかな? それに最初に持っていた「杖」から「魔法使いの杖」に代わっている。杖の持つ攻撃力だって上がっているはずだ。
「話は、道中でもできるでしょう? そろそろ出発するよ。東門の外に集合になってるんだから」
レナの言葉に、私達は広場から東に向かう大通りに向かう。
いつの間にか、私の横にケーナが歩いていた。今年で中3の筈なんだけど、受験はだいじょうぶなんだろうか?
この大通りは赤い街道だから、昔から多くの人達が行き来していた話が作られているようだ。
それだから通りに何本かの轍ができているのかな? 何度か足を取られそうになったけど、ここまで再現しなくても良いように思えるんだけどなぁ。
東門の門番さん達に挨拶して外に出ると、オォォ! たくさんのプレイヤーが集まっている。シグが私達から離れて何人かが焚き火を囲んでいる場所に向かっていった。
私達は、石壁の近くの草むらに足を延ばしてシグを待つことにしたのだが、戦士風の男女が何人も剣を振るっている。
今から出発しても、エリアボス戦は明日の昼頃だよね? 何とも、熱血プレイヤーが多いことか……。
やがて相談が纏まったらしく、シグが帰って来た。
私達の前に、両手を腰に沿えて立つ。
「出発だそうだ。NPCの冒険者が一緒だと聞いて驚いてたけど、フィールドでは何人かのNPC冒険者にあったことがあるから、案外交渉次第で一時的な仲間になってくれるんじゃないかと言ってたよ。でも、パーティには登録できないみたいなんだよね」
シグが仮想スクリーンを開いて、自分達のパーティを確認している。ついでだからと、パーティの名を聞いてみたら、『銀の斧+1』とのことだった。昔からの仲良し4人組のパーティ名なんだけど斧を持った人物は1人もいないし、+1は私が参戦したからなんだろうな。
「モモは支援ということになるのかな?」
「遊撃隊と言って欲しいな。これでも結構な戦力なんだぞ」
力こぶを作ってみても、皆は冷ややかな目で見ているだけだ。
とりあえず弓と矢を取り出して、自分の戦闘スタイルを見せることにした。
「後方支援に決定ね。レナ達魔法使いを守ってくれそうね」
「矢も余分に持ったからね。でも最後はこれになるのかなぁ」
腰に差した短剣をポンと叩いた。
片手剣よりも短い刀身だから、皆ががっかりした表情を見せてくれるんだけど、これも余り使わないで済むんじゃないかな。『体術』スキルがこれほど使えるとは思ってなかったからね。
「さて、私達が最後のようね。出掛けましょう!」
麗奈の声に、私達は腰をあげる。
東に向かって進む今回の討伐隊は30人を越えてるんじゃないかな。
まだ、私達の前に出掛けた第2次討伐隊の成果が判明しないけど、上手く攻略できたなら、討伐隊はこのまま東の港町に向かうことになる。
しばらくは帰ってこれないのだろうか?
たまに振り返ると、トラペットの町がそのたびに小さくなっている。