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誤算

 オレの認識が、甘かった。


 向かい側の座席、オレとは対角線上に座る祖母と思しき小太りの女性。


 微笑を浮かべたその口許は、柔和な寝顔におそよ似つかわしくない甲高い歯ぎしりを奏で、オレの頭蓋をキリキリと刺し貫く。



 この一家にとっては毎夜聞き慣れた音色なのだろうか。


 まったく意に介さず眠り込んでいる彼らに賞賛混じりの溜め息を漏らしていると、車掌が改札に現れた。


 オレが差し出したチケットに手際良く改札鋏かいさつきょうでパチンと穴を開けて返却しながら、小声でパスポートの提示を求められる。


 この夜行列車はスペインとポルトガル間の国境を越える。


 うっかりしていたのだが、当時はユーロ圏もまだ発足準備段階にあって、加盟国内を国境検査なしで自由に移動できる「シェンゲン協定」も有効ではなかった。



 慌ててジャケットの内ポケットを探り、パスポートを取り出す。チラリと視線を走らせた車掌は、それを無言で持って行ってしまった。


 相手は国鉄職員だし、査証に必要なので仕方がないとはいえ、自国から遠く離れた地でパスポートを手放すことにはやはり一抹の不安を覚える。


 そして、途切れ途切れながらも甲高く響く、歯ぎしりの音色。



 ジャケットの内ポケットを探った時に煙草が手に触れたこともあって、オレは車掌に続いて廊下に出ることにした。


 天井からの抑制された照明に、廊下が淡黄色に長く延びている。乗降扉付近までゆっくり進むと、壁面に金属製の灰皿が鈍く輝いていた。



 白地に真紅のツートンパッケージから一本抜き取って唇に咥え、色褪せたジーンズのコインポケットから銀色のライターを取り出した。


Fortunaフォルトゥーナ」と言う名のスペインの紙巻煙草。


 喉に刺さる苦みを車窓に向かって吐き出すと、ガラスに阻まれた白煙が薄膜となって拡散していく。


 その向こうに浮かぶ乾いた暗闇に、朧な灯りが一筋流れた。こんな荒野のただ中に、農家だろうか。



 背後で扉が開く音がして、隣の車両から誰かが入ってきた。

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