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アブエリータ

 ローマ時代の残滓漂う旧市街の片隅、赤茶けた煉瓦作りのありふれた住宅マンション。


 そのワンフロアを占有する家族経営の安宿に逗留して、数週間が過ぎた。



 素泊まりは日本円に換算して千円強。欧州圏内では物価が比較的安いこの国においても、最安値に近い。


 宿の利用者の多くは、大きなバックパックを背負った若い旅行者。数日間滞在したかと思うと、渡り鳥の様に次の街へと旅立っていく。



 そんな彼らから「アブエリータ(おばあちゃん)」と親しまれる女性がいた。


 女系家族のイメージが強いラテン民族の例に漏れず、一家の中心としてこの宿を切り盛りしているのも彼女だった。



 夕刻、宿に戻って彼女の姿を探すと、シャワールームで大量のタオルと格闘している背中を見付けた。


 二の腕に巻かれた分厚い脂肪が、誇らしげに白く揺れている。モザイクタイルに包まれた青碧色の空間に、洗濯石鹸の香りが蒸していた。



「アブエリータ、今夜発つよ」


「おや、そうかい。次はどこへ行くんだい?」



 短期滞在者の背を無数に見送ってきた彼女の口調は、見渡す限り山脈と荒野しかないこの地方の空気と同じように湿度が低い。



「ポルトガル。ちょっと海が見たくて」


「今夜の夜行列車かい? 何時頃に出るんだい」


「中央駅、0時12分発」


「それまで部屋は使ってくれて良いよ。お代は要らないからね。また、おいで」


「グラシアス、アブエリータ」



 小柄な彼女と抱擁を交わす為に少し屈み込んで、大きく開かれた両腕に身を委ねる。



 部屋に戻ったオレのニットから、アブエリータがいつもつけている柑橘系の香水がしばらく漂っていた。

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