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管内で惨殺死体が発見された事で、今朝の朝礼は「昼でも1人で出歩かない、必ず2人以上で出退勤すること」などの通達が各所に為された。
そうして、迎えたお昼休みに社食に行くと。
「やあ!ミス・ユキノ!今日は社食なんだね。一緒にどう?」
笑顔で手を振るウィリアムとそのツレの姿があった。
ーーなんでここにいる。アンタらここの所員じゃないでしょーが。
まあ、既に目立ちまくっているのだし仕方がない。ついでに言うべきことを言っておこう。お言葉に甘えて向かいに腰かけると
「その呼び方、やめてくれませんか」
と切り出した。
周りに誤解されるので。
「えーダメなの?」
「咲坂の方で呼んで下さい。ダメとかでなくてそれが普通なので」
「ふうん?そんなもんかなあ…ねぇ?クレイル」
「普通そうだろう。大体なんでお前ミス・サキサカの事だけファーストネームで呼んでるんだ?」
「んー…なんとなく?」
なにその理由。他の女子所員にあらぬ誤解と嫉妬を受けるので本気でやめて下さい。
クレイルも同じ結論に達したようでため息を吐いたが私の方をまじまじとみて
「顔色は悪くないようだな」
「?!」
傍目に見ても私の顔は強張っていたと思う。だって、その時のクレイルの言い方はー…
「いや…近くであんな事件があったのだからもっと動揺しているかと思ったのだがー…落ち着いてるようで安心した」
「ーーそれはどうも」
それだけ答えるのが精一杯だった。
この時のクレイルの表情と声はまるでーー聖女として無茶をやってた頃の私に向けたものとまるで同じだったから。
だが、ここで下手を打つ訳にも行かない。ひと息ついて、私は話題を変えた。
「防衛省では、どう考えているんですか?今回の事件を」
「んー…それはちょっとここでは言えないなあ、悪いけど」
「ならいいです」
私は速攻で話を打ち切った。場所を変えて、などという方向に話を持ってかれたら面倒だからだ。
ならなんでわざわざここに食べにきてんだ、という突っ込みはつかえたまま だが…、
「ここのメニュー気に入っちゃってさー?制覇したくなっちゃったんだよねぇ」
なんだろう、クレイルと全く違うタイプなのに"この人は要注意"ランプが点灯したままだ。
色々見透かされているようで落ち着かない。
それに、その隣にいるクレイルも、何というかー…"ツキナ"と混同してるわけではなさそう なのだがーー
ウィリアムは彼女が気に入ったらしい。確かに、秋波を送ってきたり連絡先の交換だけでも という女性たちと違い、俺たちには興味がなさそう、というより迷惑そう なのだがー…何だろう、ウィルのセリフではないが彼女をみていると妙な既視感がはしる。
ー素知らぬ顔をしていても、クレイルには前科がある。この男は、私が"聖女"だと勘付いたあとも何くわぬ顔で身辺を探り、証拠集めをしていたのだ。そうしてあの場に私を引きずり出した。
ーーああ そうか。このぶっきらぼうで人から一線を引いた話し方は、ツキナに似てるのだ。それに合点が行き、すっきりしたものの心配でもあった。ツキナと同じタイプだとしたらー…おそらく彼女は周りに弱みを見せないのだろう。近くでこんな事件が起きれば、誰だって言い知れぬ恐怖を感じるだろうに。
ーそして、この男がこちらにいる事の説明は、何となく だがついてしまう。あの時、最後に私が見た光景。他でもない私をこちらに送り返す為の魔法陣を描いていたこの男は魔法陣の内側にいた。わざと なのか それとも偶発的なもの なのかはわからないが、あの最後にみた光が発動の合図だったとしたら。それに巻き込まれてこちらに来てしまっても、おかしくはない。
推測でしかないが、おそらく外れてはいないと思う。
だが、もしそうだとしたらー…クレイルにこちらでの戸籍などない筈だ。それが防衛省の職員に納まっているということは。
そういった事情込みで超法規的措置とでも言える受け皿がこの国にあると言う事。だとしたらそれはー…
そのままこの国でも聖女を探すなんて事が起きないとは言えない、という証になる。
暖かい日差しの中、私は身震いした。
そしてそんな私の願いも虚しく、事態は急速に動き出した。




