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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者代理なんだけど

勇者代理なんだけど仲間からはぶられて辛い

作者: ジガー

4/29 加筆修正。



(―――――ああ、また朝が来やがった)


サモネリア聖王国の、良く晴れた朝。

猪狩 大吾はいつもの通り、神殿内の廊下をたった一人で歩いていた。

前任の勇者が病に倒れてからは、転送部屋に続く廊下を利用しているのは大吾一人のはずだ。

本来なら彼が使うことはないのだが、やむを得ない事情というものがあるのだ。

最近ではようやくそれを受け入れることができたので、大吾は溜息をつかなくなった。


身に纏う装備は何時も通り。

猪の頭蓋に似た形状をした蛮騎士の兜。

軍事国家であるイクサ帝国が作った戦闘用ジャケット。

先日の冒険で手に入れた、身に着けるだけで力が上昇する籠手、ゴライアスアーム。

特殊な効果はないものの、丈夫で使いやすいクライミングブーツ。

腰に佩くのは、夜刀イツトリと闇斧パズトリ。どちらも黒い刃が特徴で、敵を倒せば倒すほど使い手は活力を得る。

ズボンと、腰に巻いたベルトには革のポーチをつけて、中には様々な種類のポーションを入れてある。

こうした装備が、今の大吾の全てだ。


ふと、廊下の窓から中庭を見る。

テーブルを囲んで談笑する、三人の男女がいた。

赤い髪をポニーテールにしたマント姿の少女は、《紅炎の魔法使い》フレア・クリムゾン。

純白の僧服に身を包む眼鏡をかけた女性は、《慈雨の呼び手》ベアトリクス・レーゲン

眼帯と口に咥えた楊枝が特徴の男、《貪狼》ジュウベエ。

本来ならば、大吾の頼りになる仲間となる、魔王討伐の勇士たちだ。

しかし彼らは、廊下にいる大吾に気付くやいなや、それまで浮かべていた笑みを侮蔑や嫌悪で塗り替えた。


「………ああしてれば、同情して誰かついてくと思ってんのかしらね」


「愚かですね。我々が力を貸すのは、勇者様だけだというのに」


「ハッ。惨めだねぇ」


再び沸き起こる笑声は、真っ黒な嘲りに満ちていた。

大吾がこの神殿にやってきてから、幾度となく浴びせされたものだ。


(わかってるよ、あんたたちが僕のことを嫌いだってことはさ。わかったからほっといてくれ)


悔しさに、ぎゅっと拳を握りしめる。慣れてはきたが、何も感じないわけではない。

だが言い返したところで何の意味もなく、相談できる相手もいないのだから、腹の奥で噛み殺す以外になかった。

可能な限り平静を保ったつもりでその場を後にしたが、その様子はさらなる嘲笑を誘っただけだった。


転送部屋は広く、そして薄暗い。窓の無い部屋の光源は、四隅にある小さな魔法の照明だけだ。

別に書き物などをする場所ではないから、大して困ることはない。この部屋に来てやることはたった一つだ。

大吾は、入ってすぐに出くわす天使像の前に立った。

女性とも男性ともつかぬ、石膏に似た物質で出来た、腕の部分に翼を生やした天使。

その無機質な瞳に光が灯り、動かない唇が言葉を発する。


「ごきげんよう、勇者代理殿。今日の君はどこへ行きたいのだね?」


この神殿において、大吾に穏やかな声をかけてくれるのはこの天使像くらいなものだ。

反吐が出そうな事実を飲み込んで、大吾は行き先を告げた。


「グレイブヒルへ。侵攻中の死霊騎士団を叩きに行く」


短く、ただ目的だけ。罵倒してこないとはいえ、特別親しいわけではない。

楽しいおしゃべりなど持ちかけても、黙殺されるだけだ。


「――――よし、準備ができた。魔法陣の中に入りたまえ」


特に返事もせず、大吾は床に刻まれた転送魔法陣の真ん中に立った。

息を吐き、体から力を抜こうとする。何度経験しても、転送の瞬間は緊張した。

一番最初の時、転送酔いに陥ってしばらく立つことすらできなかったのだ。

そのせいで一方的に敵に嬲られ、本当に死にかけた。

思い出せば蘇る痛み。今は寝室で覚めない夢にまどろんでいる勇者は、きっと感じたことなどないだろう。

足下の魔法陣から光が溢れ、大吾は瞼を閉じた。




日本の、平凡な高校生として平和ながら退屈な生活を送る大吾の前に、女神が現れた。

優美だがどこか儚い美貌。憂いを湛えた瞳に、困惑する少年を映す。


「どうか、お願いします。勇者となって戦士たちを率い、我々の世界を救ってください……」


降って湧いた非日常。アニメや漫画が現実に。

特別誇りに思える何かもなく、日々を漫然と生きてきた大吾は、すぐさま困惑を興奮に変えた。

自分の人生はここから始まるのだと、疑いもなく信じていた。


けれど。

新たな世界に来てから、大吾は常に後悔していた。

自分がどんな選択をしてしまったのか、嫌というほど思い知ったからだ。

その結果として、大吾は今も地獄の中でもがき続けている。





グレイブヒル。

サモネリア聖王国とイクサ帝国の国境に位置するその丘は、数百年前に行われた人間同士の戦争において、最も凄惨な戦いが繰り広げられた場所だ。

何千人という兵士が斃れ、大地に染み込んだ血は、怨念のように草木を枯らした。

多くの遺体は回収が間に合わず放置され、足元に転がっているのが小石なのが頭骨の欠片なのかも分かりはしない。

雑草すら生えない荒地に、粗末な墓石が乱立しているという忌まわしき地。

普段は誰もが避けて通るグレイブヒルは、今日は久方ぶりの喧騒に包まれていた。

紫の毒々しい爆炎が花開き、土塊を散らし、墓石を粉砕する。

黒煙を纏わりつかせながら、乾いた大地を転がる、人影が一つ。

空を舞う、手袋と擦り切れたフード付きローブの魔物・ファントムクロークが放った鬼火弾によって、大吾は身を焼かれていた。


「うぐっ……」


魔力の炎は装備越しに高熱を伝えて、大吾を苦しめる。

直撃は避けられたが、爆発の衝撃は全身を打ちのめし、平衡感覚を狂わせる。

どこが痛いのかわからないくらい痛くて、吐き気がする。

それでも大吾はすぐに身を起こし、剣と斧を握り直した。

ここには、大吾を回復してくれる術士はいない。背中を守ってくれる戦士はいない。がんばれと励ましてくれる仲間がいたことは、一度もない。


すぐ後ろから、不安定な足音。がちゃがちゃと鎧の装甲が音を立てている。

ここにいるのは、敵だけだ。大吾は振り返りざまに、左手のパズトリを振るった。

迫ってきていたのは、兵隊姿のゾンビ・死霊兵。刃が欠けた長剣を掲げた姿勢のまま、上半身が地面に落ちる。


「さっさと地獄に落ちろ! 死ね!」


それだけで死ぬ―――滅びる手合いではない。大吾は、腕で体を引きずって動く死霊兵の頭を、兜ごと踏み潰す。

生ける屍が機能を失い、それに安心する間もなく、大吾は飛び退った。


一瞬遅れて今まで立っていた地面が爆発し、紫の炎が舞う。

ファントムクロークがふわふわと宙に浮かびながら、次の鬼火弾の発射準備をしていた。

大吾は、ポーチから試験管のような細い瓶を取り出し、投擲。瓶はファントムクロークに当たった瞬間、激しい光を放って破裂した。

魂も凍るような悲鳴の後に光は消え、ファントムクロークも消滅していた。

すべての魔物の創造主である、《常闇の魔王》オスクロルド。瓶の中に入っていたのは、その敵対者である《輝きの女神》サンルーチェの加護を持つ聖水だ。

ほとんど実体のない亡霊にとって、それは致命的な毒となる。他の魔物に対しては、怯ませるくらいの効果しかないが。


腕その物が弓に変形している骸骨・骨矢弓兵たちが、その名の通り骨で出来た矢を放ってくる。

音速に達する死の使者を、大吾は走りながらかわし、あるいは叩き落とした。

先ほどパズトリで死霊兵を斬ったおかげで、大吾のダメージはいくらか回復していた。

まったく痛まないわけではないが、無視できる………この世界に来て戦い始めてから体得したものだ。

ひと昔前は、指先をわずかに切っただけで騒いでいたのが、今では肋骨が折れていても戦うことができる。


「――――豹戦士の、爪!」


右手のイツトリが妖しく光る。

骨矢弓兵の列に肉薄した大吾が縦に振るえば、一瞬の後に骨の魔物たちが砕け散り、大地に四本の巨大な爪跡が刻まれた。

大吾は魔法使いではないから、自力で魔法を構築することはできない。

しかし特殊な武器の中には魔法が込められている物があり、それは魔法使いでなくても発動が可能だった。

寄せ手を斬り払い、叩き潰し、古戦場を新たなる死で満たす。


最後の死霊兵を滅ぼした大吾は、迫りくる重々しい足音を聞いた。

そうして現れたのは、見上げるような巨体。振り下ろされた刃は、刀身が目算で三メートルを越えていた。

まともに受けるべきではない。大吾が横に飛べば、縦の斬撃は大きく大地を削り、骨片や砕けた岩を巻き上げた。

大吾は、侵攻部隊を束ねる隊長格の魔物と向き合った。

巨大な全身甲冑。

兜の隙間から覗き見る空間に、顔はない。顔だけではなく、鎧の中身そのものが存在しない。


ゴーストアーマー。《呪怨公》ナラクミロクの配下。

悪霊が憑依した鎧の魔物は、右手で軽々と持った大剣を、大吾に向けた。


「このところ噂になっている、《孤独の勇者》。それが貴様だな」


「……誰だ、そんな風に呼んでる奴は」


当然、ゴーストアーマーに表情はなく、声も無機質そのものだ。

しかしその時、鎧の魔物は明らかに大吾を哀れんでいた。


「戦いを勇士に任せて神殿に籠っているはずの勇者が、たった一人で戦場に出ているのだ。噂にならない筈がなかろう」


大吾は奥歯を噛み締めた。

そう。本来ならば、女神に召喚された勇者の役割は、魔物と直接戦うことではない。




――――この地で生まれし者には、傷つけること叶わず。




それが、オスクロルドが配下の魔物にかけた秘術だった。

この世界の住人が、いくら剣術を駆使しようと魔法を放とうとも、魔物達を滅ぼすことはできない。

女神サンルーチェの加護を持つ武器や道具ならいくらかの抵抗はできたが、対抗には至らない。

魔物の爪牙に傷つけられる人々の願いを受けて、女神は考えた。


自分は、オスクロルドと戦わなければならない。

魔王から目を離せば、世界は瞬く間に闇で覆われよう。


この世界の住人に魔物は殺せない。

では、他の世界の者ならば?


力の大部分を魔王との戦いに使いながらも、サンルーチェは時空を超えて思念を飛ばした。

それを受信し、求めに応じた者たちをこの世界に導いた。


勇者。

そう女神が呼ぶ彼らは、期待通り魔物を傷つけることができたが、別の問題があった。

呼び出された勇者は、平和な時代を生きてきた若い男女が多く、当然戦う術を持たない。

そのままただ魔物にぶつけても、死体が増えるだけだ。


サンルーチェはもう一仕事することにした。

神の力により、『この地で生まれた者ではない』という特性を加護とし、他の者にも与えられるように。

己を奉る国々に神殿を建てさせ、そこに勇者を置き、戦う意思のある勇士達を集めた。

勇者が神殿にいれば、そこに所属する勇士には加護が与えられ、魔物達を滅ぼす力を得る。

こうして、人間は魔王の軍勢に対抗することができるようになったのだ。

今も各地で、勇者率いる勇士団が、魔物達と戦っている。


大吾が代理をしている勇者、日向 光一の勇士団も、その中の一つ―――だった。


「どこぞの勇者の一人が病に倒れ、その代理が立てられた。そんな話を聞いたな」


「……くだらないおしゃべりをしに来たのか? さっさとかかってこいよ、錆の浮いたガラクタが」


黒い刃の剣と斧を交差させながら、大吾は言い放った。

ほんの少し前まで、もっとも弱いゼリーボールにも怯えてた自分がよく言ったものと、と内心で笑う。

その言葉が引き金となって、戦いが始まった。

ゴーストアーマーの大剣が青い炎を帯びる。大吾は大きく後ろに跳んだ。

ぶうん、と大剣が空間を薙ぎ払う。すると青い炎は扇状に広がって、広く地面を焼いた。


鬼火剣。

威力はさほど高くないが、効果範囲が広い。相手が集団でも一度にダメージを与えることができるのが強みだ。

一人で戦っている大吾に二つ目は関係ないが、横や後ろに逃げにくい技なのは厄介だ。火傷も無視できない。

大吾は、着地と同時に疾走。鋼色の風となってゴーストアーマーに肉薄する。

迎撃として振り落ちる刃は、直前で右に折れて回避。横をすり抜けるとともに、イツトリでゴーストアーマーの足を斬りつける。


火花が散り、僅かな傷がつく。成果はそれだけで、後は大吾の腕に痺れが走っただけだ。

イツトリも、この程度では活力を吸収しない。


巨大なゴーストアーマーは見た目に違わず鈍重だが、それを補って余りある防御力がある。

ちまちまと攻めていては、いずれ人間の有限なスタミナが底を尽きるだろう。


敵の背後に回り込み、大吾は跳躍した。

ほぼ垂直跳びで、約三メートル。地球にいた時には考えられない脚力だ。

両手の武器はゴーストアーマーの首を狙っていた。しかしそれを予見していたのだろう、鎧の魔物の裏拳。

当然、空中では避けられない。大吾は奥歯を食いしばって、直後襲ってきた衝撃に耐えた。

イツトリとパズトリが盾となり、直撃はしなかったが、大吾は蠅のように叩き落とされた。


「がっ……は……っ」


受け身を取り損ね、大吾は背中を強かに打ちつけた。信じがたい苦痛に、一瞬呼吸が止まる。

覚悟はしていた。だからといって、痛くないわけではない。

肺は酸素を取り入れるのをやめてしまったようで、手足が言うことを聞かない。

それでも、大吾は無理やり体を動かし、ごろごろと転がる。追撃の鬼火剣が背中を炙るのを感じた。

ゴーストアーマーが近付く足音を聞きながら、仰向けになった大吾は兜のバイザーを上げた。

震える手でポーチから回復ポーションの瓶を出し、一気に飲み込む。

苦くて青臭くて変に甘くて反吐が出るような味だが、痛みはいくらか軽減した。


大吾は瓶を投げ捨てて立ち上がり、武器を構えて突進する。

ゴーストアーマーの装甲を僅かに削り、そしてまた跳び上がっての攻撃。


突進、跳躍。突進、跳躍。突進、跳躍。

同じことを何度も繰り返し……そのパターンに、敵を慣らしておく。


「うっとおしい奴め……いい加減諦めろ!」


何度目かの突進を受け流し、焦れたゴーストアーマーが声を上げる。

振り上げた大剣は、跳んできた勇者を断ち割る構え。

果たして、大吾はパターンの通りに跳躍し、刃に身を晒す………ことはなかった。

跳んだと見せかけ姿勢を低くし、イツトリに力を込めて、魔法を開放する。


「豹戦士の爪!」


本来、広範囲を薙ぎ払う魔力の爪を一点に集め、ゴーストアーマーの左足に叩きつけた。

ばぎん、と硬質な音。鎧の破片が飛び散る。


「おおうっ!?」


ゴーストアーマーが動揺の声を上げた。

左足が半ばから断たれたのだ。巨体の姿勢は左に崩れ、倒れ掛かる。

最初から大技を繰り出したところで、敵も警戒していて、防がれるか避けられる。

以前、すばしっこいマーダーラビットと戦った時は、どう足止めして技を叩きこむかに苦心したものだ。

今回は効かない攻撃を繰り返し、ゴーストアーマーが警戒を解いたところで攻めのパターンを変え、虚を突いた。

当然二度も通じる手ではない。ここからは一気呵成だ。

大吾はイツトリを鞘に納め、ゴーストアーマーの背中に回り、駆け上る。

正面に比べれば、背中側は装甲が弱く、破壊しやすい。相手もそれを知っているから、平時はまともには攻撃させてくれない。

ゴーストアーマーの背中に乗った大吾は、パズトリの柄を両手で握り、大きく振り上げた。


ゴライアスアームの特性で強化した全身の筋肉を駆動させる。

パズトリの漆黒の刃が、大吾の意思によって紫の光を纏い、強化される。


「破魂………斬!」


パズトリに込められた魔法。

イツトリのように広範囲の敵を薙ぎ払う類のものではなく、一撃の破壊力を大幅に増加させる。

強力だが放つまでに時間が必要で、何も考えずに真正面の敵に使うのは自殺行為だ。

混乱から立ち直ったゴーストアーマーが、左腕でどうにか体を支え、右腕を伸ばして大吾を掴もうとする。


そして、それよりも早く。

流星のように振り落ちた斧の刃が、ゴーストアーマーの上半身を粉砕した。






勇者代理。

それが、この世界に来た大吾に与えられた役目だ。

彼と同じく、日本人の少年である勇者・日向光一が病に倒れ、昏睡状態に陥ったことが、元々の始まりだった。

勇者の状態が健全であり、意識のある状態でなければ加護はその力を発揮しない。

光一が倒れたことで、その神殿に所属する勇士団は、魔物と戦うことができなくなってしまったのだ。


そうなった場合の道は二つ。

新しい勇者を入れるか、神殿を解体するかだが、その勇士団はどちらも拒んだ。

全員が光一に心酔していたし、長い間生き死にを共にしてきた仲間と別れるのも受け入れがたい。

それまで務めを果たしていたこと、また勇者が病に倒れるという前代未聞もあり、勇士たちの願いは聞き届けられた。


そうして用意されたのが、勇者代理。

光一が目覚めるまでの代用品として、大吾が選ばれた。


大吾は、努力するつもりでいた。

光一が目覚めるまでの代わり、という条件に思うところがなかったとは言えない。

それでも自分を呼んだ女神のため、必要としてくれる勇士団のため、勇者代理として精一杯努力するつもりでいた。

だが。


「何故我々が、お前などの言うことを聞かなければならないのだ?」


最古参である《流れの女剣士》マリカは、そう言って大吾に剣を突き付けてきた。

勇士団は皆、光一に心酔している。そこに代理とはいえ、他の勇者を受け入れるはずがない。

大吾はただの邪魔ものでしかなく、どれだけ懇願しようと、誰一人として戦場に赴いてくれる者はいなかった。

それどころか殴られ蹴られ、魔法で脅された。悶絶しているところに、唾や罵声が吐きかけられる。

挙句の果て、嘲笑交じりに返された言葉が、


「そんなに戦いたいのなら、お前が自分でやれ」


大吾は、ただの高校生だ。喧嘩もろくにしたことがない。

光一もそう変わらないだろう。この世界でも、戦場に出たことは無いはずだ。

それはつまり「死んでこい」という意味に他ならず、大吾は、あまりの仕打ちに愕然とした。

これが、勇士と呼ばれる人間なのか。


逃げ出したくても他に行きなどない。女神は姿を見せず、全神殿の管理を務めるサモネリア聖王国からは、「関係の改善をするように」とだけ。

倉庫から使い古しの剣と防具を持ち出し、敵がもっとも弱いファーストプレインという戦場に行ったのは、ほとんど自棄になっての行動だった。

運が良いのか悪いのか、どうにか生き延びた大吾は、傷つきながらも戦い方を学び、装備を増やし、今日まで戦い続けている。





「ガル。おまえ、そこでとまれ」


ゴーストアーマーを倒し、グレイブヒルから戻った大吾を迎えたのは、一人の少女。

褐色の肌と緑の髪、僅かな布で胸や下半身を隠している。

《ジャングルの王女》タラリアだ。他の者と同じく友好的でない視線を、大吾にぶつけている。


「………疲れてるんだけど」


「おまえが、とくべつなくすりをもってないか、しらべる」


勇者代理の訴えなど耳に入れる価値すら無いとばかりに、タラリアは大吾に近づき、匂いを嗅ぎ始めた。

魔王軍との戦いで、戦利品……特に、光一を目覚めさせるためのアイテムを持ち帰っていないかチェックしているのだ。

大吾は溜息をついた。これが初めてではない。

以前、イツトリとパズトリを持ち帰った時は「宝の持ち腐れだな」と吐き捨てられたことがある。

大吾が何も持っていないことが分かると、タラリアはすぐに離れ、眉間に皺を寄せた。


「やくたたず」


その僅か数文字がどれだけ相手の心を抉るか、少女はわかっているのだろうか。

大吾は、フルフェイスの兜を被っていてよかったと思った。


「用事が済んだなら、もう行くよ」


「おまえはボスじゃない。ここのボスはコーイチ。いつかおいだしてやる」


ああ、はやくそうなればいいのにな。

大吾は小さく呟きながら、睨みつけてくるタラリアから離れた。

自分の部屋に行くため、廊下を渡る。食堂に差し掛かったところで、空き瓶が飛んできた。

反射的にキャッチしたそれは、漂う匂いからして酒瓶だろう。

見れば、食堂の出入り口に女が立っていた。黒い髪を後ろに纏めた和装の女。

大分酔っているらしく、顔は真っ赤。乱れた胸元から豊かなものが覗いている。


《酒乱槍》バイラン。酔えば酔うほど強くなる酒仙槍術を使うらしいが、その槍捌きを見たことはない。

槍を支えにようやく立っている、というのが今の女の姿勢である。


「ちぇ~、つまんないの。最近は簡単にふせいじゃうんだもんなあ、ナマイキ~」


へらへらとバイランが笑う。防げなかった頃、酒瓶で額を割られて呻いたことを思い出す。

大吾は唸るように言った。


「もう酒が切れたのか」


「そうだよぉ~、お酒がたんないのさぁ。光一ちゃんだったら、あたしが言う前にちゃーんと買ってきてくれたのにさ~。君は使えないねぇ」


神殿の運営資金は、基本的に魔物の討伐による報酬で賄われている。

現在戦場に出ているのは大吾だけのため、彼がこの神殿を支えているといっても過言ではない。

勇士団はもはや名ばかりで、食費や遊興費を食い潰すだけの存在だ。

あくまで代理である大吾には勇士を解雇したり、新たに戦ってくれる勇士を呼び出す権限もなかった。

酒抜きだと言って騒がれるのも面倒だ。大吾が「注文しておく」というと、バイランは礼も言わずに食堂に引っ込んだ。

どいつもこいつも、クソばっかりだ。大吾は黙々と足を進めた。


それから、他の勇士達と心荒む触れ合いを経て、大吾は勇者の部屋を通りかかった。

もちろん大吾の部屋などではない。この神殿の本来の勇者、日向光一の部屋だ。

ドアが僅かに開いていて、声が聞こえる。大吾は何となしに、隙間から中を覗いてみた。


立派なベッドで眠っている、端正な顔立ちをした日本人の少年。地球でも人気者だったかもしれない。

その傍で寝顔を見守っているのは、短い金髪の女性。《流れの女剣士》マリカだ。


「なあ、みんな寂しがっているんだ。はやく起きて、声を聞かせてくれ、光一……」


大吾には決して見せないだろう優しげな表情で、光一の頬を撫でている。

反吐が出そうな光景だ。


「お前が戻ってくるまで、私がこの場所を守るからな……」


思わず、大吾は笑い出しそうになった。

自分を心身ともに痛めつけることが、どうして守ることに繋がるのか、是非とも教えてほしいものだ!

それから、マリカが光一にキスをし始めたので、本当に嘔吐する前に大吾はその場を後にした。

どっと疲れが増したような気がする。


大吾に許された寝床は、使われていない物置だけだった。

いくら掃除しても黴臭い、薄暗い部屋。外した装備を置けば、満足に手足も伸ばせない。

固いチーズとパンを水で流し込んで栄養補給。食堂は立ち入りさえ禁止されていた。

大吾は毛布を体に巻き、膝を抱えて寝転んだ。戦闘の疲労が、全身の痛みさえ凌駕して睡魔を呼ぶ。


明日も、今日と変わらない。

一人で戦って、蔑まれて、傷ついた体で夜を過ごす。

きっと死ぬまで終わることのないそんな日々は、生きたまま堕ちた地獄だ。


「助けて、神様……」


神が実在する世界で呟かれたその言葉は、しかし誰にも届かない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 文章が中途半端。 短編なら短編らしくオチつけて。
[良い点] 文章は引き込まれる上手い語りをしていたと思います [気になる点] 起承転結の起と承しかない 物語として破綻している [一言] 意識不明の勇者が本当に身も心も勇者だったなら、起きて事情を知っ…
[一言] これ魔物のほうが勇者代理に同情するケースなんじゃあ?
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