おかっぱさん
ミーン ミーンミン ミーン
舗装された道路から発せられる熱気で視界が歪む
うだるような暑さと湿気が同居するような夏の昼下がりに
空しく蝉の音が鳴り響く
200×年8月…
私は夫の仕事の都合で東京から○○県○○市に、5歳になる娘と引っ越す事になった
正直、最初は都会の華やかな生活から田舎の地方都市に都落ちするのは、気が滅入った…
しかし同時に前の狭いアパート暮らしから、中古ではあるが夢の一軒家暮らしになる事を聞いて胸を弾ませていた。
ピンポーン
「はいはい どなたでしょうか?」
「あっ隣に今度引っ越してきた末原と申します
今後ともよろしくお願いします」
「まぁまぁ わざわざご丁寧に挨拶有難うございます
ここは市なんて名ばかりで何も無い田舎だけど水も空気も綺麗だから きっと気に入ると思うわ
これから何か困ったら事あったら何でも相談に乗るわよ
ところで末原さんは、どこら辺にお引越しを?」
「まだ引っ越しの途中なんですけど、あの人通りの少ない公園の横にある中古住宅です…」
「っ… そっそう… 今後ともよろしくね じゃ…」
バタン
「あっあのっ つまらない物ですがこれっ…あ…」
これで5件目 またこのパターンだ…
引越しの挨拶をすると近所の方々は、最初は愛想良く対応してくれるのに、あの中古住宅に住んでる事を話したら
急に態度が余所余所しくなる…
これが噂に聞く村八分なのかなぁ
娘も来月から幼稚園があるし、何か先行きが不安しかないなぁ…
そんな、新生活に対しての一抹の不安を抱えながら帰路につく私の前にいきなり誰かが声をかけてきた。
「おいっ そこの あんたっ」
いきなり人を呼び止めて、あんた呼ばわりの強い口調の70代の老人であった…
一瞬 痴呆気味のお爺さんが知り合いと間違って話しかけてきたと思ったが
目に宿る真剣さからは、特に呆けている訳でも無いと思えた…
「はっはい」
「悪い事は言わん あんた あそこの家はすぐに売り払って引っ越しなさい」
「えっ」
「あんたらっ おかっぱさんに … … …ッ … いやっ…何でもない…」
その老人は、何かを私に言いかけていたが、急に私の背後にある何かに驚いたような素振りを見せて
逃げるように去っていった。
それにしても、あの人は、ここに長く住んでる人なのかな?
そして 何か知ってるのかな?
だから、さっきあの家の事を言おうとしてたのかな?
なのに急に言いよどんで、そっぽ向いて立ち去るとか
何か凄く気になってきたじゃない…
えーと確か他にも あの人何か言ってたよね 確か…「おかっぱさん」って
おかっぱさんって
確か昔日曜日にやってた、低学年の女児向けアニメのタイトルだったわよね?
たしか
祖父の古い蔵から 「おかっぱさん」っていう喋るおかっぱ頭の和風人形を
主人公の女の子が発見して、奇想天外摩訶不思議な事件を起こすって感じの…
当時凄く、あのアニメのマスコットキャラの、おかっぱさんの人形が流行って 私も誕生日に買ってもらったっけ…
でもあれは私の子供の時にやってたアニメだから、もう昭和終り頃の作品の筈…
何であのお爺さんは あんな新しくも無いけど古くも無いアニメの話知ってるんだろ?
何か虫の知らせか モヤモヤが胸を締め付け、脳裏に鈍い警報を鳴らしてきた
どうにも気になって、私はスマートフォンで
「おかっぱさん ○○県○○市」とインターネット検索してみる事にした…
そして、案の定検索TOPに出てきたのは
「○○県○○市女児殺人事件」という、一番見たくなかった見だしだった…
最初にクリックしてみた 実話系の事件サイトには以下のような顛末が書かれていた
何でも198×年の8月に家で、1人留守番をしていた 当時小学2年生のAちゃん(仮名)の首が斬られて
頭の代わりに当時流行していたアニメの おかっぱさん人形の首が置かれている遺体を
仕事から帰ってきた母親のBさん(仮名)によって発見されたのが発端で
それから、近所に住む大学生C(仮名)が容疑者として緊急逮捕されたのだが
結局Cは、Aちゃんを殺した動機、何故あのような猟奇的な殺害方法をしたのか? 消えたAちゃんの頭部の行方など
重要な事は一切黙秘したまま留置所で自殺してしまったというものだ…
元よりその大学生が犯行を行ったとういう明確な証拠はなく
母親が保険金目当てに殺した自作自演説や
また、事件の真犯人は実は別の大学生で、その大学生の父親は政府官僚である為もみ消されたなど
様々な憶測が当時は飛び交った…
しかし現在にいたっても事件は未解決であり
まるで警察の不祥事が明るみに出ないように 全て闇に葬られたままになっている。
私は 被害者の女児の首斬り死体に、サイズが全く合わない にっこり笑みを浮かべたおかっぱさん人形の首が添えられている映像を詳細まで連想してまい 思わず肌が粟立ってしまった…
もう夏まっさかりというのに、鳥肌がたち 体の芯から冷えるような悪寒に襲われる…
そういえば、あの中古住宅って立地条件のわりに凄く安かったし…何故か何度も持ち主が変わってるって主人が言っていた記憶が…
もしかして その事件の現場になった家って?
…
頭の中でどんどん嫌な憶測が湧きあがってしまうのを止められない…
っ…
いけないっ
今引っ越しの挨拶の途中で、娘をあの家に一人で留守番させたままだった…
「なな子ちゃんっ」
それから私は、駆け足で、家に一目散に帰り
まだ荷解きしていないダンボールの山をかき分け娘の名を叫んだ…
「なな子 なな子 いるなら返事なさい」
数時間前までは、新生活の希望からか輝いていた広い家内は、今は不気味な静けさに覆われてる
「なな子 なな子っ」
私は半分焦りながら、一室一室を探した
リビング、トイレ、客間、風呂
最初は広くて感激していた屋内が 今では恨めして仕方ない
ゴソッ
そこで私は 階段の下のスペースを利用されて作られている、階段室の物置の方から物音がしたのに気付いた
「なな子っ」
階段室の物置の扉を開けると、床に450□の点検口があり、その扉が不用心に開けられたままになっていた。
私自身この家に入ったのは下見を含めて数回程度だが、それで部屋の間取りは把握している気のはなっていた…
しかし現実
この家に地下室に通じる点検口がある事を この時初めて知った…
私は恐る恐るその点検口の中を覗く
すると、階段室の照明に照らされてうっすら見える
管理人さんからも聞かされていた無い地下空間が広がっていた…
「なな子っ」
「… ななっ子っ」
「なーに? ママ」
私は一気に全身の力が抜けてしまった。
「もぉーなな子ちゃん ママを心配にさせないでよっ」
それから私は地下空間に通じるハシゴを使って、深重に地下室の床に足をつけてみた
地下には大人が中腰で立てるくらいの、周りがコンクリート打ちっぱなしの空間が広がっていた…
いかにも好奇心旺盛な子供が気にいりそうな秘密の部屋といった雰囲気せある。
そして、次の瞬間
私は先ほどまで悍ましい恐怖に支配されていた事など すっかり彼方に忘れてしまった。
娘は、その地下室の壁面のいたる所で 赤いクレヨンで楽書きをしていたのだ
まったくもう イタズラ盛りで 誰に似たのかしら
ちょうちょや お花 太陽や雲など五歳児らしい芸術がそこに沢山描きこめられていた…
「はぁーちょっとぁ これどうすんのよぉ 今日引っ越してきたばかりなのに…」
私はヘナヘナっと体の力が全て抜け落ちてしまうような虚無感に襲われた…
勘弁してよぉクレヨンって凄く落ちにくいのに…
しかも目立つ赤とか…
そんな私と対照的に 娘は無邪気に自分の描いた絵を自慢げに説明している
だが、そこで私は一つの違和感に気付いた
沢山の落書きの中で一際目を引く大きな絵…
見覚えのある おかっぱ頭の女の子の頭の絵…
あれっ?これ?おかっぱさん?
そこには
ニコニコ顔のおかっぱさんの笑顔の落書きがあり、何故かそれが四方棒状の線の中に入っている構図であった…
「なな子ちゃん これ何?」
娘は急に真顔になり
「…おかっぱさん」
と消え入りそうな声で答えた
私の肌は再び粟立った…
「なな子ちゃん …どうしてこんな絵描いたのかな?」
娘は急に
「おかっぱさんが 出てこないように 周りに けっかいっ を描いたの」
えっ?壁に描かれたおかっぱさんが出てこない為の結界?
「うん ママ だから絶対に消しちゃ駄目だよっ」
そう言うと、娘は真剣な表情で返してきた
…
…
…
…
ぷっ クスクスッ…
もぉ私たらっ何子供のイタズラに本気になってんだろ
ビックリして損しちゃったわ
あんなゴシップ記事なんか真に受けるんじゃなかったわ
「もう良いから なな子ちゃん さっさと上に上がって、お手洗いして、オヤツがあるから食べてなさい あとそろそろアンパンマンやってる時間よ」
「わーい オヤツだぁ アンパンマンだぁ」
娘は飛び出すように地下室から出ていった
ふーやれやれ
あとはこれをどうするかだな…
洗剤を付けた雑巾で落ちるかしら?
私はさっそく、押入れから雑巾をもってきて掃除に取り掛かる事にした
まずは、この一番目を引く ニコニコおかっぱさんの落書きだ
大方、娘はキッズステーションとかのアニメ放送で、おかっぱさんの再放送を見て存在を知ったのであろう。
ゴジゴシ
あれっ?
このおかっぱさん消えないぞ?
ん?
あれ?
…
なんか この おかっぱさんの絵だけなんか他の落書きと違って、何か かなり以前から描かれてあるような感じが?
絵のタッチも他の落書きと比べても 何か明らかに雰囲気が違うような?
…というかこの色 赤いクレヨンというより…
茶色っぽい赤?…血の色?…
… …
ははっ …まさかねっ
まーいいや おかっぱさんは消えないかから
先に けっかいさん から消そうっと
ゴシゴシ
あれ?結界は思いのほかすぐ綺麗に消えたぞ?
刹那
―――――
一瞬だけ点検口から差し込む照明の光消えて、地下室は闇に包まれた
そして、再び視界に明るさが戻った…
うわっビックリしたぁ
階段室の電灯が切れかけなのかな?
今度 新しいのに買いかえとかないと…
私は何気なくその瞬間後ろを向いた…
すると…
「…」
先ほどまで消えないで困っていた おかっぱさんの落書きが跡形もなく消えていた…
えっ?
なんで?私消してない
えっ?
――――――――「おかっぱさんが 出てこないように 周りに けっかいっ を描いたの」――――――――
突如先ほど娘と交わした会話の内容が 強烈に頭の中に浮かんだ…
そして、瞬間
―――――
…
…
また、一階の照明が切れて、点検口から差し込む光は消え失せ
地下室は闇に包まれた
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
私の心臓は、自分でも信じられないような程大きく鼓動した…
ギュっ
次に
ぐいっと闇の中
何も見えない私の左手を… 何か小さな子供の手が引っ張っている感蝕を感じた…
そして瞬間…私は理解した…
何の事はない
これは娘のただのイタズラだという事を理解したのだ…
それしか考えられない…
もう流石に今日は、堪忍袋の緒が切れた オヤツ一週間抜きだ
などと無理矢理自分を落ち着かせる為に考えていると
点検口の向こうから
娘が「アンパンマンは君さー♪」とアニメの歌を歌っているのが微かに聞こえた…
えっ?…
なな子は一階に?
えっ?
じゃ今 …今私の左手を握っているのって誰…?
…
…
…
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
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「ママーアンパンマン終わったよー ママー おやつどこーママー? ママー? どこにいるの?ママー」
ミーン ミーンミン ミーン ミンミーンミン ミーン ミンミーン…
怪談系の転生か学園作品を構想しています
何かアイディアがあればご教授願います。