おめでとうごさいます
久しぶりの投稿です。
友人からのリクエスト。
いつからだろう。
周りの友達が、クラスメイトや先輩の男子と付き合っていく中で、1人全く違う相手を好きになっていたのは。
「なーつ!おはよう!」
「おはよう」
親友の元気な挨拶に答えつつ、今日も始まる高校生活。部活も入らず、ただ勉強をしに行くためだったこの生活も、今月で1年と3ヶ月。
ただ、この生活にある日変化が起きた。
「あっ!せんせー!おはようございまーす!」
隣から発せられる、親友の大きな声。その声の先には、その変化の原因がいた。
「ん?あぁ、おはよう」
「……おはようございます」
私達の担任の先生が、産休って事で、先月の6月に臨時で入ってきた男の先生。180に届きそうな身長に、細身な身体。そして、眼鏡をかけた優しそうな顔。
「2人はいつも一緒だな」
「私達は親友ですから!」
楽しそうに笑う先生の顔。
私は、私自身が気付いた時にはもう、自然にその笑顔を追っていた。
「俺は職員会議があるから、もう行くな」
「じゃーねー!ほら、夏も一緒に!」
「あ……うん」
手を大きく振る親友の隣で、小さく手を振る。そんな私達に向かって、先生も手を振って返してくれる。
手を振られたから、振り返す。ただそれだけで、何の意味もないと分かってるのに、それだけで嬉しかった。
「夏?ぼーっとしてないで、教室いこ!」
「う、うん」
多分、この気持ちは気付いちゃいけなかったんだと思う。気付かなきゃ、こんな気持ちにはならなかったのに。
「……先生」
私は今、とても苦しいです。
期末テストも終わり、あとは念願の夏休みを待つのみ。まだ、テスト返却という苦行が残ってはいるけれど、今回は調子も良かったので、問題はないと思う。
「ほらー、お前らさっさと座れ」
チャイムと同時に入って来たのは、私の悩みの種である先生。当たり前だが、私の気も知らず、今日もあの笑顔をしていた。
「さて、お待ちかねのテスト返却だ」
周りからは、批難のオンパレード。点数を知らずに、ゆっくりと夏休みを迎えたい。そんな理由の小さな反抗。
「テストいらない奴は、とりあえず黒板に貼っとくからなー」
そう言われちゃ、皆んな渋々テストを受け取りにいく。
私も名前を呼ばれ、先生の前に。
「夏野。今回のテスト、クラスのトップはお前だ」
そう言われ、手にしたテスト用紙。
でも、私の心の中にあったのは、1番を取った喜びではなく
「よくやったな」
先生に褒められたという嬉しさで、一杯だった。
夏休みも半分が終わった。
あの元気な親友と遊ぶ以外に特に予定のない私は、日課になりつつある勉強をするため、今日も学校に来ていた。
「あれ?夏野か?」
勉強場所である図書室へ向かっていると、正面から今日も笑顔の先生がやってきた。
「あっ……おはようございます」
「おはよう」
いつも一緒の、あの元気な親友はいない。それが、余計に私をテンパらせた。
「え、えっと……」
「もしかして、勉強しに来たのか?」
「あ、はい」
偉いな、と先生に褒められた喜びを噛み締めていると、先生が思ってもいなかった提案をしてきた。
「勉強、分からない所とかあるなら見ようか?」
「え……」
先生と2人きりになる機会なんて、普通に学校生活を送っていたら、まずあり得ない。
そんな普通ならあり得ないチャンスが、目の前に。
「あ、はい!お願いしますっ!」
だから、自分でも恥ずかい程に大声で答えてしまった。
先生はいきなり大声を出した私に驚きつつ、笑顔で了解してくれた。
「あ、あぁ。よし、なら先行っててくれ。俺も勉強道具持って来るから」
そう言って、職員室の方へ向かった先生を見送る。廊下には大声を上げた恥ずかしさで、顔を赤くした私が1人ポツンと立っていた。
それから、夏休みが終わるまでの間、学校で会う度に先生は2人きりで勉強を見てくれた。
先生の中では、生徒に勉強を教えてるだけ。頭では分かっていても、私にとってはこの時間がとても幸せな瞬間になっていた。
「夏野は本当に偉いな。夏休みだってのに」
「い、いえ。暇なだけですから……」
私に微笑みかける先生。今この瞬間だけは、私にだけ笑ってくれる。その事実が、ただ嬉しかった。
「テストも全体的に良かったしな」
「ありがとうございます」
私が他の人に自慢出来ることなんて、勉強だけ。今まではそれが悔しかったけど、今はそれに感謝すらする。
でも……神様ってのは残酷で。
「産まれてくる子供も、夏野みたいに、優しくて真面目な子に育ってくれると嬉しいな」
「子供……ですか?」
私の中で、警告が鳴る。それ以上聞いてはならないという、警告が。
「せ、先生って……ご結婚されてましたっけ……」
「ん?あぁ……まだ、結婚はしてないよ」
結婚はしてないと言う言葉。それに救われそうになる一方、「まだ」という言葉に引っかかる。
もう1人の私が止める。聞いてはダメだ。聞いたら……後悔すると。
「まだ……というのは?」
「夏休み明けにな。結婚するんだ」
私は、ただの生徒。教師と生徒。それ以上でもそれ以下でもない。分かってた。
けど、いつも私に構ってくれる先生。だから、例えそれがとても細い糸だとしても……掴んでいたかった。
「夏野?」
でも、掴んでいただけではダメだったのだろう。掴んでいただけでは……現状維持でしかなかった。
いや、そもそも……登った先にゴールはあったのだろうか。
「どうした?夏野?急に黙って」
何がいけなかったのだろうか……。
何が……と言えば、きっと……好きになった事自体がいけない事だったのだろうか。
「ごめんなさい……少し……具合が悪いので、今日は帰ります」
「お、おい。夏野」
先生の呼び掛け。少し前まで、名前を呼ばれるだけで嬉しかったのに、今はとても胸の奥が痛い。
そうして、私の夏休みは終わった。
「なーつ!おはよう!」
「おはよう」
夏休みが終わろうと、何も変わらない私の親友。
その何も変わらない親友が、何の悪気もなく私に尋ねる。
「知ってる?先生、結婚するんだって!」
その先生が誰を指すのか。聞かなくても分かる。
「結婚っていいよねー」
横で、まるで自分のことかのようにはしゃぐ親友。それを横目に、私は気を落としていく。
「夏?どうしたの?」
「あ、ううん。何でもない」
私が先生を好きだってことは、親友にも言っていない。恥ずかしいとか、そーゆ理由じゃなくて……自分で分かってるから。これは、よくない恋だっていうのは。
「やっぱり、具合い悪かったりするの?」
「大丈夫だよ」
気持ちの整理がつかぬまま、こうして2学期が始まった。
放課後。
職員室に用事のあった私は、1人で昇降口へと向かっていた。
「……あ」
今、1番会いたくなかった人が目の前を歩いている。
クラスの中で会えば、私はあくまでクラスの中の1人。でも、こうして廊下で会えば、変わってくる。
「……先生」
「お、夏野か」
夏休みの事を全く気にかけた様子もなく、普通に話しかけてくる先生。
今から帰るためなのか、手には鞄を持ち、いつも上まで締めているネクタイも、少し緩めていた。
「夏野も今帰りか?」
「はい」
そして、もう1つ。勤務外を示す物が。
「先生……その、薬指の」
授業では見た事なかったが、私が指差す先には、指輪があった。
「あ、あぁ。生徒に見られるのは初めてだな」
先生は、恥ずかしそうに頭をかきながら、指輪を愛おしそうに見つめていた。
「結婚式って、いつなんですか…….」
「ん?結婚式か?結婚式はな──」
結婚式という単語を聞き、とても嬉しそうに予定を教えてくれる。
ずっと好きだった笑顔。2人でいる時は、私に向けられていたその笑顔。でも、2人でいるにも関わらず、その笑顔は今ここにはいない最愛の相手に向いている。
「あの……先生」
私の気も知らないで──そんな、八つ当たりに近い言葉が頭をよぎる。
いっそ、私の気持ちを伝えて困らせてやろうか。そんな考えがつい出て来てしまった。
「ん?どうした?」
伝えたら、先生はどんな反応をするだろうか。きっと、困った顔をするだろう。もしかしたら、嫌な顔をするかもしれない。
「あのっ!私……」
でも、結局、私は……
「結婚式見てみたいです」
先生を困らせることなんて、出来なかった。
「ん?結婚式か?うーん……一応聞いてみるか」
先生の結婚式なんて見て、私はどうするのだろう。見たところで……惨めになるだけなのに。
「っと、もうこんな時間か。夏野も早く帰れよ」
そう告げ、私に背を向け歩き出す先生。
「あっ……」
無意識に私は、その背中に手を伸ばしてしまった。もちろん、そこに掴む物はなく、私の手は虚しく空を掴む。
「ん?どうした?」
「いえ……結婚式、楽しみにしてます」
心にも無いそんな言葉。私は、零れ落ちそうな涙を必死に堪え、先生に背を向け、その場を後にした。
「なーつ!こっちー!」
相変わらずな、私の親友。そんな変わらない親友が嬉しくて、つい笑ってしまう。
「なんで笑ったー」
「なんでもないよ」
今日は、先生の結婚式。
結局、自分の気持ちの整理なんてできなくて。
「あ!先生達が出てきたよ!」
親友の言うとおり、教会から大勢の人が出てきた。その中心には先生と……。
「あれが、先生の結婚相手かー。物凄く綺麗だね!」
「うん……」
女の私ですら、一瞬呆けて見つめてしまった。そして、勝てないことが一瞬で分かってしまった。
「あ!先生も見えたよ!」
いつも、学校で見る先生ではなく、髪をセットし、少し化粧もしているのか私の心が一段と激しく動く。
「かっこいい……」
先生はいつも以上に笑顔で、誰が見ても幸せだと分かる。その理由はもちろん隣の人。
「ん?夏?」
先生。とてもかっこいいです。
きっと、私は、先生の人生に何の影響も与えられないほど小さな存在で、数年後には、私のことなんて忘れてしまうのでしょう。それでも……アルバムでもなんでもいいので、私を見つけたら、こんな子がいたな……と思えるぐらいの存在にはなれたでしょか。
先生……言いたい事が沢山あるんです。それを、先生に伝えられる日が来るのかは分かりませんが、今はただ、これだけ言わせて下さい。
「ご結婚……おめでとうございます」
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