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アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-  作者: 刀矢武士
序章 脱出
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第三話 異形

  ノックの音。


  灰色の扉が開く。


  おう、姫さん。失礼しますぜ。


  無精髭をはやした、灰色の大男。


  ……バゼラン? なに?


  かぁ~。まーたそんな暗い顔。まあいい。今日は姫さんに会わせたいのを連れてきた。


  ……?


  ほれお前ら、挨拶しろ。


  灰色の女の子が二人。


  は、はひ?! え、え、え、は、初めまひて!


  落ち着けマーチル。別に取って食われたりしねーよ。


  うわ~! 本物のお姫様だー!


  ルーミン、お前はむしろ少し緊張しろ。というかまず挨拶をしろ。


  ……誰?


  ああ。この間伝えたでしょう? 今度、姫さんの側付に決まったのを連れてくるって。


  ああ……。その子達が。


  そう。今日から付きっきりで姫さんをサポートする側付の姉妹だ。ほれ、もう一回挨拶しな。


  よ、よ、よ、よ、よろしくお願いひまふ!


  お願いしまーす!


  ……よろしく。





「--ん……」


  ぼんやりと、意識が覚醒する。

  瞳に飛び込んでくるのは、夜のそよ風に揺れる木々の梢と、その隙間から見える満天の星空。

  隣では、マーチルがすやすやと、ルーミンがむにゃむにゃと小さく寝息をたてている。


「眠れないか?」


  声をかけられ、顔を向ける。

  見張りをしている武蔵が焚き火に薪を放りながら、戦いの時とあまり変わらない悪い目付きでこちらを見ていた。

  どうやら生まれつきらしい。顔立ちは整っているのに、その目付きのせいで些か恐い印象を受ける。人間関係色々と損をしていそうだ。


「いえ、大丈夫。ただ、ちょっと懐かしい夢を見たから」

「そうか」


  夢の内容を聞いてくるでもなく、他の話題を振るでもなく。その会話はそこで終わった。

  マーチル、ルーミンと合流してから二日。ガレイル軍の追跡をやり過ごしながらの逃避行。その行軍を一緒に過ごすうちにわかったことだが、この武蔵というひとは、必要以上の会話をしようとしない。話しかければ答えてくれるが、武蔵の方から話しかけてくることは基本的にない。今こちらを気にかけたのも、自分が依頼主だから倒れられたら困る、というドライな理由からだろう。つくづく、人間関係苦労していそうだ。もっとも、単身の旅人なのだから気にする必要はあまりないのかもしれないが。


「問題ないのなら休んでいろ。夜明けまでまだしばらくある」

「……そうするわ」


  見張りを交代する。そう提案しようと一瞬考え、しかし口には出さず、再び横になる。

  「一時的な護衛に過ぎない俺より、今後長く戦うことになる自分達の体調に気を遣え」とは、二日前に言われたこと。

  武蔵との契約内容。それは、南の砦までラピュセルを無事送り届けること。報酬は、彼が知りたがっている情報。すなわち、ガレイル帝国が招いた、同盟国の要人に関する情報の収集だ。

  南の砦には、バゼラン将軍率いる部隊が抵抗を続けている。

  バゼランはアルティアの騎士の中でも随一の豪将として名高く、平和な治世にあって、一日たりとも武術の稽古を欠かしたことはない。彼が率いる部隊も、他の将の部隊より遥かに厳しい調練を受けており、その練度は群を抜いている。加え、バゼラン配下の将に一人、諜報活動に長けた知将がいる。バゼランの部隊が抵抗を続けていられるのは、おそらくその将の働きもあるだろう。

  武蔵への報酬を約束できたのは、その将の存在があればこそだった。


「何かあったら起こしてね」

「心得た」


  再度、落ち葉を敷き詰めた地面に横になる。思いの外疲労が溜まっているのか、眼を閉じるとすぐに眠気が全身を微睡みに誘っていく。


「…………」


  完全なる眠りに落ちる直前、先程見た夢を思い出す。

  マーチルとルーミンに初めて出会った日。深く心に刻まれている、姉妹との思い出の始まりの日。

  なのに、何故。


  私の見る世界は、あんなにもよどんでいたのだろう--



□□□□



  翌日。


「あの洞窟です」


  マーチルが正面を指差した。

  主要な街道から外れているため、ひたすら続いた森の景色。その終わりは、唐突に現れた巨大な崖。その崖に、ぽっかりと開いている巨大な穴が、マーチルが指差した先である。


「確か200年程前に掘られた坑道で、今は廃坑になっている洞窟です。ですが、記録では坑道は貫通していて、アルティア南部のソレイル地方に通じている……はずです」


  最後が曖昧なのは、それがうろ覚えの知識だからか、はたまた中の様子がどうなっているかわからない不安からか。


「ここ以外に、道は無いのよね」

「街道を進めれば、それが一番確実なんですけど」


  この辺り一帯は、既にガレイル軍に制圧されていると見た方がいい。であれば、当然主要な街道は全て封鎖されているだろう。


「坑道がどのくらいの長さかはわかる?」

「いえ、そこまでは」

「そう。でもここを越えれば、ひとまずは安全圏に入れるということね」

「はい。将軍が健在であれば」


  バゼランはラピュセルの剣の師であるが、同時にマーチルの剣の師でもある。マーチルの場合は、剣よりも魔法の修得に割く時間の方が圧倒的に長かったため、剣の腕前は並程度ではあるが。それでも、少ない稽古で他の騎士と同等に戦える程度には鍛えられている。多勢に無勢の戦いならともかく、一対一ならガレイルの兵士相手でも引けは取らないだろう。

  故に、ラピュセルとマーチルのバゼランに対する信頼は深いものがあった。


「バゼランなら大丈夫だと思うけど、急ぐに越したことはないわね」

「はい。それにいくら将軍でも--」

「ねーねー」


  後方でルーミンの声。

  振り向くと、後ろでルーミンが武蔵の黒い服--着物というらしい--の袖を引っ張っている。



「テンマっち、男の人なのに髪の毛切らないのー?」

「……武士は長髪が基本だからな」

「ぶし?」

「お前達で言うところの騎士みたいなものだ」

「へ~。テンマっちの国にも騎士がいるんだ」

「武士だ。騎士というのは例えにすぎん」

「ん~? どう違うの?」



「またあの子は……」


  マーチルが呆れ顔でため息一つ。

  武蔵との経緯を説明してからしばらくした後。ルーミンは、何故か武蔵にやたらと懐いた。なにやら変なあだ名をつけ、武蔵の周りをちょこまか歩き、気になったことがあると何でも質問攻めにする。都度マーチルが迷惑だからと注意するが、その時は止めても、しばらくするとまた同じことを繰り返す。

  武蔵も武蔵で、嫌そうな顔もせず(目付きが悪いせいでわかりづらいが、たぶん迷惑がってはいない)律儀に答えてあげているあたり、やはり根は善人なのだろう。

  変なあだ名についても、初めて呼ばれた時はさすがに「は?」と少し驚いていたものの、特に指摘はせず好きに呼ばせていた……単にやめさせるのが面倒なだけかもしれないが。


「まあ、変にギクシャクするよりはいいんじゃないかしら?」

「それはそうですが……あの子が懐くのなら、悪い人ではないですし」


  ルーミンは16歳になるが、精神的にはまだ少し、もとい、だいぶ子供である。そのためか、向かい合う相手が善人かそうでないかを無意識に見極めることが出来るのだが、その精度が尋常ではない。過去に、そのおかげで危機から未然に救われた経験がラピュセルにはあった。

  姉のマーチルも当然そのことは承知しているため、武蔵が「もしかしたら敵のスパイなのでは」という疑念は、早々に消え失せたようだった。


「ルーミン、テンマ。話は後で。そろそろ行くわよ」

「はーい!」

「すみませんテンマさん。迷惑でしたら遠慮なく仰ってください」

「構わん。別に気にしていない。それより」


  武蔵がラピュセル達より前に歩みでる。左手は刀の鞘の鍔本を掴み、敵あらば即座に抜刀する姿勢を見せた。


「気をつけろ……妙な予感がする」



□□□□



  廃坑というだけあって、中は想像以上に荒れ果てていた。

  剥き出しの岩盤が道のほとんどを塞いでいたり、コウモリが大量に群生していたり、道の真ん中に底が見えない大穴が空いていたり。マーチルが魔法で生み出した光球が辺りを照らしていなければ、洒落にならない怪我をしていたかもしれない。


「それにしても、長いわね……」


  思わずそう漏らす。

  中に入ってから、どれくらいの時間歩き続けただろうか。ゴツゴツとして歩きづらいことこの上ない悪路を延々と進むのは、只でさえ疲れている体にはキツイものがある。


「確かに、ちょっと予想外でしたね……」

「もう脚パンパンだよー……」


  マーチルとルーミンにも疲労の色が濃い。

  敵の気配が無いのは幸いだが、逃避行の最中にこれはよろしくない。できればどこかで休憩を挟みたいところだ。が、


「…………」


  武蔵が一瞬たりとも警戒を解いていない様子なのが、ラピュセルには気がかりだった。

  ここに入る前に「妙な予感」と言っていたが、その予感がまだ続いているのだろうか。


「テンマ、敵の気配はある?」

「いや。今のところは」

「なら、少し休憩しないかしら? もしここを抜けたところで襲われたりしたら、今の状態では危険だわ」

「……それもそう--」


  --ズゥーン


  武蔵の言葉を遮るように、唐突な轟音。同時に地面が、いや、洞窟そのものが一瞬大きく揺れ、小さな砂塵がそこかしこで巻き起こる。


「ふぇっ?!」

「なに、今の!?」

「敵襲ですか!?」


  慌てて身を寄せ、ラピュセル達は武器を構える。


「……いや」


  ただ一人、武蔵だけは冷静だった。視線はまっすぐ前を--進むべき進路をじっと見据えている。


「この道の狭さだ。敵ならば、挟撃するために奇襲を狙うはず」

「そう言われれば……」


  道理である。わざわざ音を立てて、こちらに存在を知らせる理由が無い--本当に敵であるならば。


「なら、今の音と揺れは何なの?」

「わからん。だが--」


  言いながら、武蔵が刀を抜いた。光球の明かりを反射して、片の白刃が鋭く光る。


「この先に何かが、いる」





  何かがいる。

  では何がいる?

  実際に見て確かめなければわからない。

  ならば実際に見て確かめればいい。


  そこまでは自然な流れだろう。正体不明の何かに怯えて疲弊するよりも、さっさと確かめてその芽を摘み取ってしまった方がいい。

  しかし。しかし、である。

  一体、誰が予想できるというのか。

  正体を確かめようと進んだ先で、



  --グルォオオオオオオッッ!!!



  正体不明の巨大な異形バケモノが雄叫びを上げている光景、などというものを。





「な、なっ?!?」


  文字通り、開いた口が塞がらない。

  これまでとは打って変わり、小さな小屋なら丸々収められそうな広い空間。

  その中央に、およそ自然界には存在し得ない、バケモノとしか言いようがない『何か』がいたのだ。


  見た目そのものは、人間に近いものがある。二本脚で立ち、手には武器なのか、棍棒のような物を持つ。

  肌の色は腐ったような緑色で、薄い布を一枚袈裟懸けに纏っている。

  何より特筆すべきは、その巨躯。大人の男三人が、三段重ねの肩車をしても、ここまで高くはならないだろう。腕と脚は木の幹のように太く、目に見えて筋肉が隆起していた。


「こ、これは、一体……」

「……トロルみたい」


  言葉を失うマーチルの隣で、ルーミンが呆然としながらその名を口にした。

  その名前は、アルティア王国に生まれた者なら必ず一度は耳にする名前。お伽噺として広く語られる、アルティア建国神話に登場する巨大なモンスター。


「さすがに想像していなかったな、こいつは」


  そう言いながらも、武蔵に動揺は無かった。

  彼が言っていた「妙な予感」というのは、おそらくこれのこと。


「どうする?」

「どうするって、こんなのどうしようも--」


  --ルルルルルッ!


  バケモノ--トロルと呼ぶ--が、人間と変わらぬ二つの目でこちらを見、唸りを上げる。はっきり感じる、荒々しい敵意。


「……っ。テンマ、やれる?」

「さすがに妖怪あやかしの類と戦ったことはないが……まあ、なんとかしよう」


  堂々と、それでいて油断なく、武蔵はトロルとの間合いを詰める。


「マーチル、魔法は」

「す、すみません。攻撃魔法を使えるほどまだ回復していません」


  先日の撤退戦で、マーチルは身に宿る魔力をほぼ使いきった。それが完全に回復するには、最低でも一週間は必要だという。

  そして今日は、戦いからまだ三日だ。


「わかった。お前はラピュセルを護れ」

「はい!」

「ルーミン、援護は」

「やれるよ!」

「なら頼む」

「うん!」


  武蔵に頼まれたことが嬉しいのか、ルーミンはトロルと遭遇した動揺などすっかり忘れて、しかし戦士の顔で弓を構える。


「--行くぞ」


  武蔵の一言を皮切りに。


  --グルォオオオオオオッッ!!!


  トロルとの戦いが始まった。

今回ちょっと短めです。

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