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アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-  作者: 刀矢武士
第一章 抵抗戦
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第十三話 敵中突破③

  アルティア軍の中に裏切り者がいる。

  武蔵がそれを疑ったのは、先の奇襲時。

  敵の罠は、ピンポイントで部隊の集結場所に仕掛けられていた。

  あの廃坑自体は記録などから知られていた可能性は確かにあり、それからあの奇襲を予想することは、聡い者ならばできただろう。

  だが、その中のどこを通るのかまでを的中させることは難しい。なにせあの廃坑の中は、多数の坑道が複雑に絡まり合っているのだ。

  なのにあの粉塵と魔導具は、あの場所でしか確認されなかった。

  こちらの奇襲が敵にとってあくまで予想の範疇であったのなら、粉塵も魔導具も他の様々な場所で確認できなければおかしい。それこそ、あの場所を通るという確信がない限り。


(……なんだ、ここは?)


  ソレイル城塞の東西南北、すべての砦を回っていた武蔵は、北の砦のある場所に違和感を覚えていた。

  四つの砦の内部構造は、全て同じになっていると説明を受けている。

  事実東西南の砦は内装こそ違うものの、造りや部屋の位置、間取りは全て同一に統一されていた。合理性を追及した結果だろう。

  しかし、今武蔵が訪れている北砦は、一点、他の三つの砦と異なる場所があった。

  北砦三階、北側最奥のホールスペース。他の砦の同じスペースは、おしなべて物置場所として使用されていた。

  ここもその例に漏れず、大小の木箱や麻袋などが雑多に並べられ、積み重ねられている。

  違うのは、奥の壁。

  他の砦はただ壁があるだけ。だが、ここには一ヶ所、他とは決定的な違いがあった。

  扉があるのだ。

  それも、中に様々ある部屋の木製のそれらと比べて遥かに新しい、金縁の赤い扉が。


(…………)


  よくよく見てみれば、他では乱雑に置かれていた種々の荷物が、ここだけ妙に整頓されている。恐らく、部屋へと入る者が通りやすいように。

  その荷物の隙間、人一人がちょうど歩けるスペースを武蔵は進み、扉の前で立ち止まる。ドアノブを掴んで降ろそうと力を入れーー動かない。


(壊れている……いや)


  そうではない。もしそうなら、金属が引っかかる感触があるはずだ。だがそんな感触はなく、まるで溶接されているかのような固さだった。


(ふむ)


  しばしの黙考の後、おもむろに刀を抜いて扉に振るう。

  だが、硬い感触。()()()()()刀が弾かれ、斬ることができない。

  間違いなく魔法の力だ。


(ますます妙だな)


  そもそも、武蔵は何故各砦を回っていたのか。

  それは、ある人物を探すためである。

  軍関係者が詰めている東西南の砦には、その姿は見当たらなかった。少数残った守備兵に尋ねても、その行方を知る者は無く。

  ならばと民の避難所である北砦にも出向き、民たちにもその人物の特徴を伝えて尋ねるが、やはり見た者はいない。

  半ば諦めかけていたところでの、魔法で護られたこの怪しい扉の発見。

  この扉ーー正確には、この扉の向こうに、一体何があるというのか。


「えーっと、確かあれが入った荷物はーーっと、これはテンマ殿!」


  武蔵が扉を眺めながら考え込んでいた時、背後から名を呼ばれた。

  北砦の守備兵のようだ。荷物を取りに来たようだが、武蔵に気がつくと姿勢を正して敬礼した。


「このような所で、いかがされましたか?」

「ああ、いや」


  敬礼されることにむず痒さを覚えつつも、件の人物の行方を尋ねようと口を開き。


「つかぬことを尋ねるが、ここは何の部屋なんだ?」

「部屋?」


  直前で、質問を変えた。

  兵は武蔵の背後の扉に視線を送り。


「……さあ。なんの部屋でしょうね……」

(ん?)


  兵の双眸から、急激に光が消えていた。

  しかし、次の瞬間にはまた生気が宿る。


「あ、申し訳ありません。急ぎの用事ゆえ、失礼いたします!」

「……ああ」


  再び敬礼すると、兵は急ぎ目当ての麻袋から荷物を取り出し、慌ただしく去っていく。

  その背を見送ってから、武蔵は再度背後の扉を眺め。


(直接関係あるかはわからないが……調べてみるか)


  武蔵の勘は、そこが当たりだと告げている。

  ならばあとは、行動するだけだ。



 □□□□□



  武蔵がルーミンに渡した記述によれば、蜂矢(ほうし)の陣というらしい。

  矢印形に陣形を組み、大将を後方に配置。その形から特に敵陣を突破する際に威力を発揮する。


「おらおらおらおらぁ!」


  先頭を駆けるバゼランが、巨大な斧槍(ハルバード)を自在に振り回す。

  その度に敵兵は鎧を砕かれ、あるいはもろとも斬られ突かれ。迂闊に近づいた者は、その全てが返り討ちにあっていた。

  無論、ウィルを始め他の兵たちも懸命にそれぞれ武器を振るって戦っているが、バゼランの武は群を抜いていた。


「敵後方、魔導士隊と弓兵隊新手確認! 弓兵隊は右翼に展開!」

「マーチル! 正面と右側面防御! 正面はキツイのが来るぞ! 矢は特に右後方を広くカバーさせろ!」

「はい!」


  ウィルの報告に、バゼランは即座に新たな指示をマーチルに下す。

  マーチルもすぐに応じ、魔導士隊に防御魔法を詠唱、展開させた。

  直後、正面から初手より更に多く、より強大な魔法の炎が飛んでくる。


「くぅー! あっちぃなおい!」


  だが、より上位の防御魔法を展開していたことにより、無事に切り抜けた。


「弓矢、来ます!」

「構わねえ、駆け抜けろ!」


  もはや味方の弓矢の援護は届かない所まで進んでいた。だからこそ、立ち止まるわけにはいかない。止まればその瞬間に包囲される。

  直後に降り来た矢の雨は、こちらも同様に展開された防御魔法により、そのほとんどを弾き返す。

  しかし、そちらはやはり全てとはいかず。防御魔法の隙間を縫った矢を運悪く受けた兵たちが続々と落馬していく。

  弓矢だけではない。騎馬での戦いに慣れていない一部の兵は、敵にまとわりつかれると弱く、あっけなく脱落してしまっていた。

  彼我の戦力差を考慮すれば、それは仕方のない犠牲ではある。


「マーチル、姫さんは!」

「無事です!」

「なら進むぞ!」


  後方のラピュセルが無事であることを確認すると、バゼランは進軍続行を命じる。

  矢の防御を後方に広くさせた理由は、無論ラピュセルがそこにいるためである。

  そのため、カバーしきれない前方と中央部に被害が出た。

  だが、バゼランはそれも折り込み済みで命令を下したのだ。

  まずはラピュセルを絶対に護りつつ、全速力で目標を目指すために。


「野郎ども! あと少しだ、気張れ!」

「「おおっ!!」」


  バゼランの激に、兵たちは高らかに応えた。



 □□□□□



  蜂矢の陣は前方への突撃に特化した陣形故に、先頭を進む者は勇猛かつ冷静な将であることが必須。

  その二つを備えたバゼランをここに配したのは、無論武蔵。

  また、陣形の弱点ーー前方攻撃特化故に、側面と後方に回られたら脆いーーを敵が見抜くことを計算した上で、その対策として弓兵隊の援護と魔法の防御特化使用も、武蔵の献策である。


(やっぱり、すごいわね)


  馬でひた走りながら、ラピュセルは改めて彼の思慮深さに感心した。

  いや、彼だけではない。

  今も先頭を駆け斧槍を振るい、敵を蹴散らしながら適宜指示を出すバゼランも。

  それを補佐し、敵の動向を素早く正確に把握するウィルも。

  魔導士隊と共に、魔法で多くの味方を守るマーチルも。

  皆が、己の持つ力を最大限に発揮して戦っていた。


「ラピュセルさま! あれ!」

「ええ」


  護衛としてすぐ隣を駆けるルーミンが、前方を指差した。当然、ラピュセルにも見えている。

  高々と掲げられている、盾を貫く剣の紋様が描かれたガレイル帝国の旗。

  その旗の元、騎乗してこちらを悠然と見やる一人の騎士。


「いたわね、ブライス」


  ついに、最大の目標である敵大将、ブライスを視認した。

  ここまで来たら、後は最後の仕上げのみ。


「ランバード将軍とマーチルたちに伝言を。『信じている』と」

「はっ!」


  すぐ近くの兵にそう言付けると、ラピュセルはブライスへと視線を戻した。

  この戦の正念場は、ここから始まる。

  鍵はバゼランと、そしてマーチル。


「……信じているわ」


  自分にできることは二人を信じて、見守ること。

  それしかない……それだけしかない。

  無力感に苛まれ、ラピュセルは無意識に手綱を強く握りしめた。

 


 □□□□□



「来たわよ。ブライス」

「ああ」


  レイサに言われるまでもなく承知している。

  開戦時は遥か遠くだった敵軍勢は、今や目前まで迫っていた。それこそ、敵兵一人一人の顔がはっきり見える程に。

  阻む味方を蹴散らし、土煙を上げ猛然と突き進んでくるその威圧感が間近に迫ると、周囲の配下たちが慌ただしく武器を取っていた。


「ブライス様、お下がりを!」

「ここは我らが!」


  側近の兵たちが迫る敵を討つべく打って出る。

  しかし。


「どけえっ!」


  敵の先頭を走る将、バゼラン・ランバードの振るった一撃に、あえなく弾き飛ばされる。

  近くで見て、改めて知る。彼だけが何故、圧倒的な力を持つガレイル軍に対抗できたのか、その理由の一端を。

  そして。


「進軍停止!」

「進軍、停止!」


  バゼランが命じ、隣の若い騎士が復唱。

  敵軍は徐々に速度を落とし、そして完全に停止した時。

  先頭のバゼランは、今やブライスと言葉を交わせる距離にまで近づいていた。


「素顔で貴公と見えるのは初めてだったか」

「ああ。そういやガレスの時は兜被ってやがったな」


  一時互いの攻撃が止まった流れでブライスがそう話しかけると、バゼランは思いの外あっさりとその会話に応じた。

  問答無用とならないあたりに、その冷静さと度量がうかがえる。


「改めて名乗ろう。私はブライス。ガレイル帝国軍東征将軍、ブライス・マクミアン」

「アルティア王国軍大将軍、バゼラン・ランバードだ」


  ブライスが名乗り、バゼランが名乗り返す。

  ここに至るまでにブライスが戦ってきたアルティア軍の将は、こちらが名乗りを上げても狼狽するか、無視して攻撃する、あるいは情けなく逃げ帰る者しかいなかった。

  なるほど。確かに、彼は『アルティア王国唯一の将』だ。


「さて。ブライス・マクミアン将軍」


  言いながら馬を降りるバゼラン。

  続くであろう言葉を予想し、ブライスも馬を降りる。


「貴殿に、一騎討ちを申し込む」


  予想通りの申し出。

  はっきり言って、受ける意味は無い。

  きっぱり断り、今すぐ全軍に攻撃を命じればそれで勝負は決まるだろう。


「受けて立とう」

「ブライス!?」


  だが、誇りある騎士からの申し出を断るなど、ブライスの騎士としての矜持が許さない。

  果たすべき大望はあれど、そのために己が筋は曲げられない。たとえそれが、愚かな選択であったとしても。

  隣でレイサが非難の声を上げるのを片手で制し、剣を抜いた。


「手加減はしない。貴公も全力で参られよ」

「言われるまでもない」


  陽気な、されど獰猛な笑みを浮かべ、バゼランは巨大な斧槍を豪快に一振り。


「大将同士の一騎討ちなんざ、そうそうできるもんじゃねえしな」

「なるほど。確かに」


  つられて思わず苦笑する。

  なるほど。確かに、この男は根っからの武人だと。そう思わせるに足る笑みだった。

  ガレスに限らずとも、油断や慢心がある者ではこの男には勝てまい。


「皆は手を出すな」

「お前らもだ。横槍入れやがったら後でぶん殴る」


  互いに兵たちを下がらせる。

  ガレイル軍の兵たちは困惑しつつ、アルティア軍の兵たちは示し合わせていたかのように迅速に。


(あるいは、この状況も奴の狙い通りか)


  その様子に、この場にいないヒノモトの若武者の顔を思い浮かべる。

  ガレスとの戦いで、彼はガレスの性格を利用した策を用いていた。

  もし今回も、先日相対した際の自身の言動から性格や思考を分析され、利用されていたのだとしたら。


「……大した策士だな」

「だろ?」


  無意識に呟くと、バゼランがいたずらっぽく笑いながら頷く。

  先ほどより深く、ブライスは苦笑した。

  兵たちが下がり、一騎討ちに十分なスペースが空けられる。


「準備は整ったようだ」

「ああ。そんじゃあまあ、始めようか!」


  ブライスが剣を構え、バゼランが斧槍を上段に掲げ。


「いざーー」

「ーー勝負!」


  二人の大将が雌雄を決すべく、まったく同時に地を蹴った。

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