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アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-  作者: 刀矢武士
第一章 抵抗戦
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第十三話 敵中突破②

「あれ、兄さんじゃん」


  武蔵が馬屋を訪れると、幾人かの世話役と掃除をしていたイシトが気づき、両手に大きな箒を持ったまま駆け寄ってきた。


「もう起きて大丈夫なのかい? なかなか大怪我だったみたいだけど」

「ああ。歩く分にはもう問題はない」


  歩く分には、と付けたのは、まだ体に倦怠感がまとわりついているためだ。

  体力の消耗は殊のほか大きかったらしく、腰に差した二本差しの刀すら重く感じてしまう。


「守備兵から聞いた。あの時、お前も来てくれたそうだな。礼を言う」

「いんや、それには及ばないさ。なにせ」


  ちらりと、イシトは右の方へと顔を向けた。

  そちらに視線を転じて、武蔵もその訳を知る。


「あいつが、兄さんのとこに行きたがってたからさ」

「……そうか」


  馬一頭ずつのスペースで区切られた柵。その中に、その馬はいた。あの黒毛馬である。

  そちらに歩み寄っていくと、餌を食べていた黒毛馬の耳がぴくんと立ち、顔を上げた。


「お前のお陰で助かった。ありがとうな」


  言いながらその頬に手を伸ばす。

  正式にラピュセルの臣下となってから、武蔵は暇を見てはこの黒毛馬を乗りこなすべく走らせている。

  その度にこの馬はやんちゃを発揮して、武蔵を振り落とそうとしてくるのだが、まだ落馬をしたことはない。

  それが悔しいのか、その後で毛並みの手入れをしている最中に顔をなでようとしても、決してそうさせてはくれなかった。

  だが今、黒毛馬は初めて武蔵にそれを許した。


「へー。こいつが素直にねぇ」


  イシトの感心した声。

  周りでは、イシトのみならず他の者たちまで、興味深そうにこちらを眺めていた。

  どうやらこいつのじゃじゃ馬ぶりを知らない者はいないらしい。


「たぶん、もう大丈夫だろ。これで本当に、兄さんがこいつの主人さ」


  イシトの言葉に応じるかのように、黒毛馬が息をぶるんと吐き出す。


「名前、考えといてやりなよ」

「ああ。次に乗る時までにな……邪魔をした」


  最後にそっとその頬を撫でると、武蔵はその場から離れて歩き出す。


「戻って休むのかい?」

「いや。主君が戦場にいるというのに、一人で休む気にはなれん」

「まさか兄さん、行く気じゃあ……?」

「そうしたいのは山々なんだがな」


  イシトの瞳が強く「やめておけ」と訴えていて、思わず苦笑する。

  日頃飄々としていても、心根は善い人間なのだ。

  無論のこと、本当なら今すぐにでもラピュセルの元へ馳せ参じたい。

  だが拭えない倦怠感と、刀すら重いと感じてしまう今の調子では、行ったところでかえって足手まといだろう。あのブライスが相手とあれば尚更だ。

  しかし、ならば今は


「そちらは仲間を信じるとして、こちらは内憂を断つことにする」

「内憂?」

「ああ。確証は無いが、確信はあってな」


  こんな状態の自分でも、できることをするべきだ。


「どこかにいる、裏切り者の尻尾を探す」



 □□□□□



「うわー! いっぱい来たよラピュセルさまー!」


  隣で今一緊張感に欠けるルーミンの言葉通り。

  街道の向こうから整然とやってくるガレイル軍。

  その威容、その威圧感は、ガレスのそれとはまるで違う。


「ルーミン、準備はいい?」

「いつでも!」


  彼女にしては珍しい不敵な笑み。

  戦場に在りながらここまで緊張している素振りをルーミンが見せないのは、きった勝利を疑っていないからだろう。

  今回は、彼女が懐いている武蔵の策での戦いなのだから。


「敵軍、停止!」


  近くの兵の報告。

  顔を戻せば、敵は整った隊列をわずかも乱さずぴたりと進軍を停止していた。

  それだけでも、練度の高さがうかがい知れる。

  しばしの間、両軍ともに静寂のまま睨み合いが続き。


「敵、戦闘態勢!」


  報告を聞くまでもなく、ラピュセルもしっかりと見ていた。

  敵の兵たちが一斉に剣を抜き、槍を構えるその瞬間を。

  視線をわずか手前に転じる。

  そこは自軍の最前列。まさしく自軍の切っ先として先頭にいるのは、バゼランだ。すぐ後ろにはマーチルとウィルが控える。

  その三人が、こちらを見ていた。

  ラピュセルはそれに頷きで応じると、左手で剣を抜き、高く掲げる。


「全軍、抜剣!」


  バゼランの命令に、周りから剣の鞘走る音、構えられた槍の風切り音が響く。

  再びわずかの静寂。どうやら、敵から動く気配は無い。

  それでも構わない。

  ラピュセルは剣を振るい、その切っ先を敵軍に向けた。


「全軍ーー吶喊(とっかん)!」

「「おおおおおお!!」」


  バゼランの命令に鬨の声を上げ、アルティア軍は突撃を開始した。



 □□□□□



「敵軍、正面から突っ込んできます!」

「ふむ。随分と思い切ったな」


  鬨の声を上げ、土煙を巻き上げながら突撃してくるアルティア軍。

  その様子を、ブライスは隊の中心から冷静に見ていた。

  なだらかだが起伏があるこの街道は、少し距離があっても彼我の高低差が噛み合うと互いが良く見える。今がまさにその状態である。


「あら。あちら、みんな騎兵じゃない?」

「そのようだ」


  隣に並ぶレイサの呟きに頷く。

  アルティア軍の構成は、その全てが騎兵だった。

  周囲に随伴の歩兵は無く、また後方に残る者も見当たらない。

  しかし、ブライスが最も気になる点は別にあった。


「あの陣形は……」

「陣形?」


  アルティア軍の陣形ーー矢印のような形ーーは、ブライスの知らないものだ。

  レイサはピンときていない様子だが、アルティア軍の思い切った突撃は、恐らくこの陣形を活かすためのもの。

  そして敵の先頭を走るのは、バゼラン・ランバード将軍。


「正面は槍兵隊を前面にし防御に専念。魔導士隊に援護させろ。両翼の部隊は左右に展開。敵側面に回り込み、これを包囲。弓兵隊も随行せよ」

「はっ!」


  ブライスの知らない陣形ということは、これも恐らくあのヒノモトの武士による知恵のはず。

  であれば、数だけを頼りにした正攻法でばか正直に戦うのは愚策だ。

  そう考え、ブライスは指示を出す。

  察するに、あの陣形はその機動力と突破力で敵陣を蹂躙し、一気に大将まで迫るためのもの。

  であれば、まず先端を魔法で潰して勢いを殺し、側面からの弓矢で周りを削ぎ落としてしまえば、陣はたちまち瓦解するはず。

  敵にも魔導士隊はいるようだが、報告では数は三十人程度。対してこちらはその倍の人数がいる。

  先日の作戦で王女を待ち受けた際に率いていたのは極一部に過ぎない。


「さて、どうする? 幸運……あるいは悪運も、そう長く続くものではないぞ」


  アルティアの王女が帰還した。

  その報告を受けたとき、ブライスは確かに驚愕した。だが同時に、妙に納得もしていたのだ。

  あの程度で終わる相手ではないだろうと。

  だが、それもこの一戦で終わらせる。己の抱く大望のために。

  ブライスは馬上から敵陣後方にいるラピュセル視認すると、不敵に笑いながら語りかけた。



 □□□□□



「敵両翼、左右に展開!」

「敵正面、守備態勢!」

「敵後方に魔導士を確認!」

「ルーミン! 合図を!」

「はーい!」


  矢継ぎ早に繰り出される報告を受け、ラピュセルはルーミンに指示を出す。

  ルーミンが背中の矢筒から一本の矢を取り、空に向けて高々と射た。

  刹那、空中でその矢が弾けて赤い光を撒き散らす。信号球である。

  数瞬の間の後、人気の無いはずの背後から、多数の弦音が響き渡った。弓矢である。

  背後ーー森の中から放たれた矢の雨が、左右に展開して、恐らくこちらを包囲せんとしていた敵の両翼に突き立った。聞こえてくる敵兵の悲鳴。


「魔法、来るぞ!」


  ウィルの叫び声。

  先頭を走るバゼランがあとわずかで敵と接触しようというタイミング。

  そのタイミングで、正面から飛び来たのは魔法の火球。それも、十や二十ではない。その倍以上の数のそれが、全てバゼラン以下最前列を走る兵たちに放たれた。

  だが。


「「【魔断障壁(フィザー・プロテクス)】!」」


  マーチル以下数人の魔導士が、予め詠唱を終えていた防御魔法を解く。

  火球が着弾する直前、味方の前面に淡く発光する薄蒼色の魔法の障壁が広く展開され、それが火球の尽くを弾き、無効化した。

  予想外だったのだろう。敵の間に動揺が走るのがはっきりと見て取れた。


「バゼラン!」

「応さ!」


  ラピュセルの激に、バゼランが得物の巨大な斧槍を振りかぶり。


「行くぞてめえら! 食い破れ!」

「「おおっ!!」」


  敵の先頭にいた兵をバゼランが豪快な一振りで屠りながら駆け抜けて。

  その勢いのまま、アルティア軍は敵陣へと突入した。



 □□□□□



「正面第一中隊、突破されました!」

「両翼の部隊、敵の弓矢に阻まれて展開が遅れています!」

「第三魔導士隊、壊滅!」


  次々届けられる悪い報告を受けながら、ブライスは真剣な眼差しで正面の戦闘を眺めていた。

  互いの初手は、全てアルティア軍が持っていったのだ。その兵の動揺は、すなわち全ての兵たちの動揺である。


「その場で即座に対応した……いや」


  森の中に伏せられた弓兵。

  発動が早すぎる防御魔法。

  こちらの動きを読まれていた、と見るべきだ。


「後方の魔導士隊を投入。間断無く魔法を浴びせよ。弓兵もだ。とにかく矢を放ち、足を止めるのだ」

「はっ!」


  命令を出しながら、ブライスは思考を巡らせ戦闘の推移を見守る。

  率直に、手強い。

  まず、後ろの森から放たれる敵の矢。

  これが絶え間なく撃ち込まれるために、両翼の部隊が左右に展開できず、敵本隊を包囲できずにいる。

  こちらも弓矢で応戦しようにも、森の木々に阻まれて狙えず、また同じく木々が敵の盾となり、効果を望めない。

  ならばと両翼に回す部隊を増やそうにも、そうすれば正面の守りが手薄になる。

  次に、敵の魔導士隊。


「放てぇー!」


  部隊の副官が、弓兵隊に攻撃を命じる。

  正面から放たれた多数の矢は、弧を描きながら敵の頭上に降り注ぎーー魔法の壁に弾かれる。

  なおも矢を放ち続けるが、結果は同様。

  敵の魔導士隊は、その全てが魔法を攻撃ではなく防御に使用しているのだ。

  その鉄壁の守備のために、弓矢では歯が立たない。

  もちろん、魔法には魔法。初手では防がれたが、それがわかればより強力な魔法でその防壁を撃ち壊す。

後方の魔導士隊が準備でき次第やらせればいい。それはわかっているーーのだが。


「うおおらあっ!」


  まだ距離はあるはずにも関わらず、その豪快な気合いはここまで聞こえた。

  敵将、バゼランである。

  彼が先頭を駆けていることが、何よりも厄介だった。

  彼が馬上でその斧槍を振るう度に、味方の歩兵が一度に数人ふっ飛ばされるのだ。それでも歩兵たちは果敢に挑んでいくが、その足を止めることはおろか、速度を落とすことすらできていない。

  両翼に部隊を今以上に回せない理由がこれである。

  正面の守備が薄くなると、バゼランの武は下級の兵ではいよいよ手が付けられなくなるだろう。

  こちらの騎兵隊も投入したが、尽くが返り討ちにされた。

  大した暴れっぷりである。


「レイサ、あの森を焼くことはできるか?」

「できるけど……この風向きだと、こっちまで敵ごとこんがりね」


  肩をすくめるレイサだが、その答えも予想通りではあった。

  今戦場に吹いている風は東の風。つまり、こちらが風下なのだ。

  故にこちらの矢の効果はなお薄れ、反対に敵の矢は勢いを増す。

  ならばと敵弓兵が潜む森を焼こうとしても、草原と隣接したこの場所、この風向きでは、敵もろともこちらも火に巻かれてしまう。


「侮ったつもりはなかったが……油断していたようだ」


  攻撃としては、確かにただの突撃に過ぎない。

  だがこちらの思考と戦術、それに対して敵が取りうる対策を最大限に活かした、的確な用兵。

  確信した。間違いなく、あのヒノモトの武士の知恵だ。

  一度は確かに追い詰めた。

  その事実が、無意識に己の中に油断を生じさせていたようだ。

  先の、敵の奇襲部隊への逆の奇襲。

  それも、()()()()()()()()を受けたからこそ成功したに過ぎないというのに。


「ただの突進かと思いきや、ね。どうする?」

「…………」


  徐々に、しかし確実に迫り来る敵軍。

  レイサの問いに、ブライスはすぐに答えを返すことができなかった。

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