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アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-  作者: 刀矢武士
第一章 抵抗戦
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第十一話 逃避行

「今魔法を使った者は誰だ!」


  ブライスの怒声に、思わずといった風に数人の兵が、一人の魔導兵へと顔を向けた。

  そこには、ローブとフードで全身をすっぽりと覆った魔導兵が、何やら泡を食ったように狼狽している姿。


「ち、違うんですブライス様!」

「何が違うと言うのかしら?」


  レイサもブライスと並び、その魔導兵への糾弾に加わる。

  トップの二人に同時に睨まれて、魔導兵はますます慌てて弁明した。


「わ、私にもわからないのです! あの時、急に体の自由が効かなくなって、気がついたら勝手に呪文を!」

「嘘をつくのなら、もっとマシな嘘になさい。誰がそんな与太話をーー」

「いや」


  苦し過ぎる弁明を一蹴するレイサとは対照的に、ブライスは何事かを考え出す。


「ブライス?」

「よもやとは思いますが、貴方の仕業ではありますまいな……司令」

[ほう。よう気がついたな]


  答えたのは魔導兵。ただし、声が別人の、しわがれたものに変わっていた。

  自身の体に何が起こっているのかわからずあたふたする魔導兵。だが、その口だけは別人の言葉を喋り続ける。


[お主は勘も洞察力も鋭いのはいいのだが、如何せん敵への情けが過ぎる]

「それは……しかし」

[そんなことで、お主の望みを果たせると本気で思うておるのか?]

「…………」

[我らガレイル帝国で、望みを叶える方法はただ一つ]

「は……」

[弱き者には死、あるのみ。強き者には全てが与えられる……くっくっくっ。お主には骨身に染みていよう?]


  声音に、なぶるような笑いが混じりだす。

  ブライスの小さな歯軋りに気づいているのかいないのか、魔導兵の口はなおも閉じない。


[まあ良い。王女と護衛の若造もさすがに無事ではいまいが、保険は必要だ]

「……()()を差し向けると?」

[死んでおれば、死体の回収もできよう。生きておればトドメも刺せる]

「…………」

[戦に情けなど、ただ邪魔なだけよ。努々忘れないことだ。のう? 『奴隷将軍』や。くっくっくっ……はっはっはっはっはっはっ!]


  高笑いを残して、しわがれた声が徐々に小さく、いや、『遠く』なっていく。


「……あ、あ、あ……あれ?」


  口の動きと声が戻ったことに、魔導兵は間の抜けた顔でブライスを見る。

  今のは一体何だったのか、と。


「総員、撤収する。本隊にも後退するよう伝令を送れ」


  しわがれた声の主ーー司令に体を利用された魔導兵の肩をポンと叩き、ブライスは部隊に命令を発した。

  ただ呆然と成り行きを見守っていた兵士たちが一様にはっとして、一斉に動き出す。


「……砦の方はいいの?」

「捨て置く。王女がいなければ何もできまい」

「そう。わかったわ」

「ああ。それと、先程の爆発音の正体も調べさせておいてくれ」

「え? あれも司令の仕業なんじゃ」

「かもしれんが……念のためにな」


  言い終えると、ブライスはまだ抜いたままだった剣を鞘に納め、その剣を握っていた右手を見つめる。


「奴隷将軍、か……」


  強き者が全てを手に入れる。

  元は奴隷だったブライスが今の地位に就いているのも、まさしくそのため。


(わかっているさ。我が大望を果たすため、討たせてもらうぞ。アルティアの王女)


  その右手を拳にし、ブライスは強く前を向いた。



 □□□□□



  様々な虫の鳴き声に、パチパチと火の粉の爆ぜる音。

  夜の森の中、その二種の音だけが辺りに静かに響いていた。


「……ここ、は……?」

「わからん」


  目を覚まし、怠い体をノロノロと起こしながら呟くラピュセルに、すぐ隣で倒木に腰かけていた武蔵が肩を竦めて答える。


「あの時、確か……」


  ラピュセルは意識を失う前の記憶を探り、程なくして思い出した。

  敵の魔導士が撃ったと思しき魔法により、自分は崖から落ちたのだ。

  思い出したと同時に、二つの疑問が浮かぶ。

  一つ。どうやって自分は助かったのか。

  二つ。何故、ここに武蔵がいるのか。


「まさかあなた……」

「それが俺の務めだ」


  二つの疑問は、紐付ければ簡単に解けた。

  落ちた自分を助けようと武蔵も崖から飛び降り、どうにかして自分を掴まえたあと、何らかの要因によっては二人とも無事でいたのだ。

  ……簡単に解けた割りにアバウトなのは、情報が足りないので仕方がないと思っておくことにする。

  ふと思い立ち、腰に手を回す。幸い、くくりつけていた麻袋とその中身は失われていなかった。


「ムサシ、背中こっちに向けて」

「ん?」

「傷。手当てしないと」

「ああ……それならさっき自分で」

「背中よ? 自分でできる範囲なんてたかが知れてるじゃない。いいから、ほら」

「…………」


  主君に手当てさせることに抵抗があるのかもしれないが、そこは聞いてもらわないと困る。

  やや強めに促すと、武蔵も観念したのか、おとなしくこちらに背中を向けた。


「なーにが自分で、よ。こんなのただ包帯巻いただけじゃない」


  言葉ではそう叱りつつ、手つきは優しく、慎重に巻かれていた包帯を取っていく。


「……改めて近くで見ると、本当にひどい怪我ね」


  火傷に裂傷、何かの破片が突き刺さったかのような傷もある。出血は治まりつつあるようだが、やはりまだ完全には止まっていない。普段ならば、思わず目を背けている程の重傷。

  だが、これらは全て自分を護って刻まれた傷だ。


「薬を塗るわ。たぶん相当染みると思うけど、我慢して」

「ああ」


  一言伝えてから、ラピュセルは麻袋から小振りの丸い木箱を取り出した。この中に塗り薬が入っている。

  これだけでは応急処置になるかすら怪しいが、何もしないよりはマシなはずだ。

  指だけでは足りない。手の平に薬をたっぷりつける。


「っ……!」


  傷に塗り始めた瞬間、武蔵の体が一瞬びくりと震えた。だが構わず、乱暴にならないよう注意しながら背中全体に薬を伸ばしていく。


「……よし」


  薬を塗った後、新しい包帯をしっかりと巻き付ける。

  少なくとも、これで見た目はだいぶ良くなってはずだ。


「終わったわ。どう?」

「だいぶ楽になった。かたじけない」


  そう言う武蔵の顔色は、先程よりも幾分か良い。その言葉に嘘は無いようだ。


「良かった。ひとまずはこれで動けるわね」

「ああ。だが、動くのは夜が明けてからだ」

「わかってる」


  砦の様子は気にはなる。が、だからといって夜の森を無闇に動くのはまずい。


「追っ手、来るかしら?」

「何とも言えないな。崖から落ちたら普通は死んだものと考えるはずだが、用心深い人間ならば、あるいは」

「そっか……」


  さすがの武蔵もどちらかに断言はできないようだ。

  とはいえ、用心は必要だろう。念のために腰の剣を半分程抜き、状態を確かめる。


「私たち、どうやって助かったの?」


  剣に問題は無いことを確認すると、ずっと気になっていた疑問を口にする。

  あの場所は、鉱山の中腹あたりに位置していたはず。さして高い山ではないとはいえ、人が落ちて無事で済む高さでもない。


「正直、俺にもよくわからん」

「え?」


  落ちた先が運良く深い川だった、という回答かとなんとなく予想していたーーというより、それくらいしか思い当たらなかったーーが、違うどころの話では無いようだ。


「落下しながら、なんとか君の体を掴まえたまではよかった。だが、さすがに俺もそこが限界でな。あとはもう落着するのを待つだけだったんだが……」


  そこで一度、武蔵は言葉を切った。

  言葉を選んでいるのか、真剣な表情で何かを考えている。

  答えを急かさず、ラピュセルは黙って次の言葉を待っていた。


「なんと言えばいいか……突然、俺たちの体が『浮いた』んだ」

「浮いた?」

「急に落下速度が落ちたんだよ。抜けた葉っぱが舞い落ちる程度の速さにまで」

「何それ。まるで魔法じゃない」

「よくわからないと言ったろ」


  二人揃って釈然としない顔を向け合う。

  そもそも武蔵が嘘をつくなど考えていないので、事実だろう。

  だとすれば、何者かが魔法を使って、二人を助けてくれたとしか思えない。

  しかしそのような魔法は聞いたことがないし、そもそも一体誰が助けてくれたのか。


「何だか、わからないことだらけね」

「ああ。考えても詮無いことだ。今は……」

「? どうかしーー」


  突然、武蔵がラピュセルを抱き締めた。

  あまりに急なその行動に、一瞬理解が追い付かない。だが。


「ぐっ!」


  耳元で聞こえた、武蔵の呻き声。

  なんとか視線を巡らせると……武蔵の左腕に、短い矢が突き刺さっていた。

  そこは、一瞬前までラピュセルの首があったところ。

  武蔵が気づかなければ、ラピュセルの喉は後ろから貫かれていた。


「! ムサシ!」

「大丈夫だ……構えろ」


  抱き締めた腕が緩められる。

  すぐに治療したいのは山々だが、今はそれどころではない。


「追っ手……!」


  立ち上がり剣を抜きながら、周囲を睨む。

  武蔵も刀の柄に手を掛けながらゆっくりと腰を浮かせていた。

  自然、二人は背中合わせになり。


「右だ!」


  ラピュセルが反射的に右を向くのと同時、武蔵が抜刀した。

  再び飛びきた矢が、武蔵の刀によって斬り飛ばされる。

  直後、茂みが激しく音を立て、暗闇から何かが飛び出してきた。

  武蔵が迎撃するべく前に出る。

  たき火に照らされて露になったその姿は、漆黒の鎧を纏うガレイル兵が二人。

  やはり追っ手だ。


「下がっていろ」

「いえ。私も戦う」


  右手で刀の切っ先を敵に向けつつ左手はこちらを庇うように伸ばす武蔵に、ラピュセルはそれは無用と前に出る。

  応急処置はしたとはいえ、武蔵は重度の怪我人だ。相手は恐らく雑兵だが、だからと言ってこれ以上無理はさせたくない。


「一般兵程度の相手なら私だって」

「いや……こいつら、様子がおかしい」

「え?」


  言われ、改めてガレイル兵を見る。

  そして気づく。

  一人は鎧の所々が欠け落ち、手にした剣は刃こぼれだらけ。

  もう一人の鎧も同様ボロボロで、手にする短弓はささくれが酷い。背負った矢筒から見える矢の羽根もすかすかに抜け落ちている。

  だが何より異様なのは、その顔。

  瞳は虚ろで焦点が定まらず、開きっ放しの口からは涎が絶えず流れ出て、時折低い呻き声すら聞かれた。


「な、なに、こいつら……」

「わからん。だがーー来るぞ!」


  その気色悪さに思わず一歩後退り。

  まるでそれが合図であったかのように、不気味なガレイル兵たちが動き出した。


「ガアアアアアッ!」


  まるで肉食動物のような咆哮を上げ、剣を持った兵士が駆け出しーー武蔵との間合いを、一瞬のうちに詰めてきた。


「っ!」


  ガレイル兵の剣と武蔵の刀がぶつかる。

  予想外の速さに驚愕しつつも、武蔵は決して取り乱さず、冷静に敵と対峙していた。

  ならば自分の役割は一つのみ。


「あんたの相手はこっちよ!」


  弓を引き絞り武蔵を狙っていたもう一人のガレイル弓兵に向かって、ラピュセルは走り出した。

  その動きに気づいた弓兵が狙いを変え、肉薄するラピュセルへと矢を放つ。

  走る軌道を変えつつ、首を捻って辛うじてその矢を回避。


「はぁっ!」


  すれ違い様、渾身の一撃をその首に叩き込む。

  たき火に照らされてできた大きな影に、はげしく吹き出る血飛沫が写し出された。

  まずは一人。

  見た目の不気味さと俊敏な動きに騙されかけたが、さほど強い相手ではない。

  そうとわかれば、武蔵に加勢してひとまずここからーー


「ーー?!」


  自身の体を大きな影が包み込む。咄嗟に背後に振り向き様に剣を振るうと、硬い感触。

  今しがた斬った弓兵が、首筋から血を流したまま、どこかに隠し持っていたらしきダガーでこちらの剣を受け止めていた。

  思わず息を飲む。

  どう見ても致命傷であるにも関わらず、倒れるどころか苦しむ素振りすら見せず、こちらに向かってきたのだ。


「ムサシ、こいつら……!」

「わかってる!」


  やはり武蔵も気がついていたらしい。

  背後では武蔵が鍔迫り合いから敵の腹部へ蹴りを見舞い、距離を放すとすぐにこちらへと駆け寄ってきた。

  その動きに合わせ、ラピュセルも同じように全力で目の前の敵を蹴り飛ばす。


「撒くぞ!」

「ええ!」


  頷き合い、並んで暗い森へと飛び込む。

  死なない敵とこのまま戦っていても不毛なだけだ。背後から追ってくる敵の気配を感じつつ、二人は木々と茂みの合間を駆けた。



 □□□□□



「なんとか、撒けたようね……」


  乱れた呼吸を整えながら背後を振り返り、敵の姿が見当たらないことを確認すると、ラピュセルは思わずその場に両膝を着いた。

  なにせ、武蔵が驚愕するほどの速さを見せつけた相手だ。そう簡単に振りきれるはずなどなく、相当な時間を走り続けていたのだ。疲労困憊である。


「ムサシ、怪我は大丈夫? 痛みはない?」

「ああ……」


  隣で同じように呼吸を整えている武蔵に問いかけると、俯いたまま返事を返してきた。

  木々の隙間から漏れる月明かりだけでは、その顔色までうかがい知ることはできない。


「いつまでもここにいたらまた見つかるわね……どこかに隠れられそうな場所は……」


  何かないかと周りをきょろきょろと見回し、ふと気がつく。

  武蔵の呼吸がなかなか整わない、どころか徐々に荒く、早くなっていることに。


「ムサシ、本当に大丈夫なの? やっぱり傷が悪化したんじゃ」

「いや……傷は問題ない……ただ」

「?」

「……迂闊だった……よう、だーー」

「ムサシ!?」


  ガクリと、片膝をついた姿勢のまま左肩からくず折れてしまった。

  急ぎ抱え起こしーー


「! すごい熱……」


  その体は、通常ではあり得ない高熱を宿していた。

  額には玉の汗がびっしりと浮き出て、口は絶えず激しい呼吸を繰り返している。


「ぐ……ごほっ!」

「っ!?」


  咳き込んだ武蔵が咳と共に吐き出したのは、決して少なくない量の血。


「まさか!」


  武蔵の右腕の袖をまくる。

  それは先程受けた矢傷。その矢傷周囲の皮膚が紫に変色していた。


(毒矢……!)


  自身の歯軋りの音が聞こえた。

  あの矢は、武蔵が自分を庇って受けたもの。遡れば、廃坑での爆発で受けた傷もそうだ。

  自分だけ血を流さない訳にはいかない。そう言って奇襲部隊を、反対を押しきってまで率いて出陣した。

  だが今、血を流して苦しんでいるのは自分ではない。


「私は……!」


  なんて情けない。

  民のためだと、それが覚悟だと大層な理想を口にしながら。

  蓋を開ければ全てが武蔵におんぶに抱っこで、自分は一体何をしたというのか。


  ガアアアアアーーーー!!


「!?」


  遠くから聞こえた咆哮が、自己嫌悪に沈んだラピュセルの思考を引き戻す。


「……絶対に、死なせない」


  それだけは、何としても果たさなければならない。

  武蔵の腕を肩に回すと、隠れられる場所を探すべく歩を進めた。



 □□□□□



「ここは……」


  どのくらい歩き続けたのか。

  全身から汗が吹き出し、両膝が笑いをこらえだした矢先。不意に視界が開けた場所に出た。

  足元には土ではなく、古いが整備された石畳の道がまっすぐ左右に延びている。

  間違いない。人工の道だ。

  ラピュセルは空を見上げた。

  現在の正確な場所はわからない。だが、少なくとも方角さえわかれば。


「あっちに行けば……!」


  月と星の角度から、東がどちらかを割り出す。幸運なことに、道は東西に敷かれていた。

  昔学んだ星見の知識が、こんなところで役に立つとは。

  勤勉な昔の自分に感謝しつつ、気を抜けば膝から折れそうになる脚に力を込め、東に、ソレイル城塞がある方角へと歩を進めーー


「シャアアアアッ!」


  その方角から響く絶望。

  石畳の道の上、ラピュセルたちの正面に、三人のガレイル兵が待ち構えていた。


「増えて……!?」

「ガアアアアアッ!」


  今度は背後からも咆哮が轟く。

  振り返ると、凄い速さで追い縋ってくる二人のガレイル兵。先程襲ってきた連中である。


(仲間がいた!?)


  まずい。

  二人だけでも追い付かれたらもう逃げ切れない。だというのに、正面にも新たに三人。

  焦りが全身を支配し、ラピュセルの動きを一瞬止めてしまった。


「シャアアアアッ!」


  それを見透かしたかのように、正面にいた三人の内一人が槍を構え、突進してきた。


「くっ?!」


  咄嗟に剣を抜こうにも、武蔵を支えているために追い付かない。

  突き出された槍を回避しようと右に跳ぼうとするも、脚をもつれさせて転倒してしまった。

  結果的に、その一撃は回避できた。しかし。


(囲まれた!?)


  それは致命的な隙だった。

  ラピュセルが上半身を起こすと、既に五人の敵はラピュセルと武蔵の周りを完全に包囲していた。

  この状況で、ラピュセルと動けない武蔵、二人共に助かる道は、無い。


「……ごめん、なさい」


  それを悟ると、ラピュセルは武蔵の頭を抱え起こし、そっと抱き締めた。

  不甲斐ない主で、ごめんなさいと。


「ありがとう……!」


  こんな主をここまで助けてくれて、ありがとうと。

  ありったけの想いを込めて、武蔵の耳元で囁いた。

  知らず流していた涙が頬を伝い、武蔵の額へと流れ落ちる。


「ガアアアアアッ!」

「シャアアアアッ!」


  そして五人の敵は雄叫びを上げ、一斉にラピュセルたちへと飛び掛かりーー


「【落葉舞刃(フォイオ・ブレイド)】!」


  懐かしい声が、呪文を解き放つ。

  宙を漂い、地面に落ちた無数の枯葉が突如として舞い上がって刃と化し、逆巻く風を道標にガレイル兵へと襲いかかった。


「ギャアアアアッ!?」


  剣で斬られてと平然としていた敵が、魔法による攻撃では悲鳴を上げて倒れ、のたうち回る。

  枯葉の刃はなおも敵を刻み続け、遂に敵は全滅した。


「ラピュセル様!」

「ラピュセルさまー!」


  そして、東から馬を駈りこちらへと近づいてくる、頼もしいその姿。


「マーチル! ルーミン!」


  数人の兵を率いて駆けつけてくれた姉妹の名を、ラピュセルは安堵の笑みと共に叫んだ。



 □□□□□



「まったく、やれやれね」


  一際高い木の上から、その様子を眺める影、二つ。


「まさか一日中飛び回る羽目になるなんて思わなかったわ。世話が焼けるんだから」

「おや。そんなこと言ってる割には、随分と嬉しそうじゃないかい?」


  一つは漆黒の翼をその背に生やし、一つはきらびやかな真紅のドレスをその身に纏う。


「ほっとしてるだけですぅ。散々骨折ったんだから、無駄にならなくて良かったってだけよ」

「爆発音で逃げる隙を作ってやったり、崖から落ちたところを魔法で助けてやったり?」

「あの子の味方に、二人の居場所を教えたりもしたし。それに今もよ。あの剣士の毒、ちょっとずつ中和してあげてるんだから」

「へえ? 随分とサービスしてやってるじゃないか」

「ま、おかげで()の尻尾は掴めたし? 死なれたら困るからね」

「……やっぱり、そうなのかい?」

「ええ。あの子、確実に()()()()()わ」

「そうかい。なら、もうしばらくは見守る必要があるね」

「そゆこと……中和終わり。これであの剣士も大丈夫だし、一度戻りましょ」

「そうだね。今日のところは、さすがにもう大丈夫だろうし」


  ドレスの影が下を見下ろす。

  金髪の娘と黒髪の剣士は味方によって救出され、今まさに出発しようとしていた。


「さて。奴め、今度は何を企んでいるのやら」

「どうせまたくっだらない事だと思うけどねー。さ、行くわよ」


  二つの影の正面に、渦巻く影が出現する。その影から黒い霧のようなものが延び、それはすぐに道となった。

  二つの影はその道を躊躇なく進み、影へとその身を滑り込ませ。

  そして、後には静寂だけが残った。

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