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アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-  作者: 刀矢武士
第一章 抵抗戦
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第十話 策謀②

「なんだ!?」


  戦場に突如鳴り響いた轟音。

  バゼランのみならず、その戦場の誰もが反射的にその轟音の方へ振り返る。


「あそこは……!?」


  マーチルの声音は悲鳴に近い。

  さもありなん。

  轟音の出所は北側の山間。やや奥まった場所から、もうもうと煙と砂埃が立ち込めているのだ。まるで爆発でもしたかのように。

  あの場所は、恐らく今奇襲部隊がーーラピュセルがいるはずの場所。


「ーー全軍反転! 撤退だ!」


  こちらの策は読まれていた。

  バゼランはそう判断すると、即座に命令を下す。


「えっ?! し、しかし!」

「急げ! 何もかも手遅れになるぞ!」

「は、はっ! 全軍反転! 砦まで撤退する!」


  狼狽するウィルを叱咤し、命令を復唱させる。

  命令を受けたアルティア軍は、動揺しつつその迅速な判断に忠実に従い、撤退を開始した。


「殿は俺がやる! ルーミン、後退しながらでいい、援護しろ! マーチルは全軍の撤退支援!」

「は、はい!」

「わかった!」


  敵の追撃の動きを見てとり、声を張り上げる。

  ルーミンの弓兵隊が後退しつつもガレイル軍目掛けて矢を放ち続け、マーチルの魔導士隊は味方に防御の魔法をかける。


(姫さんを頼むぞ、ムサシ)


  もう一度山を見上げ、ラピュセルの護衛に着いている若武者の顔を思い浮かべながら、バゼランは斧槍を大きく一振り。


「さあて。帰る前に一暴れといくか!」


  未だ撤退仕切れずにいる味方を援護するべく、バゼランは馬を駆って戦場へと飛び込んだ。



 □□□□□



「……う……ん……」


  ゆっくりと、瞼が開く。

  ぼんやりとした意識と真っ暗な視界の中、ラピュセルはのろのろと身を起こした。


「一体、何が……」


  額に手を当て、記憶を反芻する。

  奇襲のためにこの坑道に入り、あともう少しという所で……。


「気がついたか?」

「! ムサシ!」


  暗くてよく見えないが、すぐ隣からムサシの声。


「ケガは?」

「ケガは……大丈夫。所々ヒリヒリするくらい」

「そうか……」


  心底安堵したかのような、武蔵の深いため息。

  暗いせいか、普段は聞こえない小さな息遣いまでよく聞こえる。


「ねえ、一体何があったの? それに、他の兵たちは……?」


  何となく察しながらも、ラピュセルは武蔵に問いかける。

  わずかな沈黙の後。


「どうやら、策に嵌められたのは俺たちの方だったらしい」


  重々しく、語りだした。


  粉塵が立ち込める広場と、不自然に置かれていた魔導具。

  兵がその魔導具を拾い上げた瞬間、爆発が起きた。

  粉塵爆発である。

  あの魔導具は、人が触れた瞬間に火を放つ魔法が封じられていたようだ。


「爆発……じゃあ、生き残ったのは……」

「少なくとも、広場にいた中で生き残ったのは俺たちだけのようだ……」


  暗闇に目が慣れてきたのか、辺りの様子も少しだけわかるようになってきた。

  天井が一部崩落したのか、そこかしこに大きな岩の残骸が転がっている。

  爆発から生き残っても、あれらの岩の下敷きになっているとしたら……生存は絶望的だ。

  ラピュセルは瞼を閉じ、僅かな時間、落命した兵士たちに祈りを捧げる。


「まだ広場に入っていなかった者は無事だろうが、どうも崩落で道が塞がれたみたいでな……」

「そこからの助けは期待できないってことね……」

(あれ? ムサシの息、少し荒いような)


  ふと気がつく。

  言葉の合間に聞こえてくる呼吸音のリズムがやや不規則で、少し大きなものになっていた。


「だが脱出は可能だ。さっき手探りで調べたが、道の一つは崩落で塞がるのを免れていた」

「そうなの? じゃあ、すぐにそこから出た方がいいわね」


  こちらの動向は読まれていた。ならば、第二、第三の手を打ってくる可能性は高い。ぐずぐずしていては、状況はより悪化するばかりだろう。

  手足がきちんと動くことを確認し、ラピュセルはその場に立ち上がる。


「行きましょう。まずは味方と合流しないと」

「ああ……」

「……? どうしたの?」


  衣擦れの音と気配から、武蔵も立ち上がろうとしているのはわかる。わかるのだが、どうにも挙動がゆったりとし過ぎていた。

  日頃から所作に無駄がない武蔵らしくない。


「いや、なんでも……なーー」


  ドサッ、と。

  言いながら立ち上がった武蔵は、しかしすぐに、力無く地面に倒れ伏す。


「っ!? ムサシ!」


  慌てて助け起こそうと武蔵の体に手を伸ばし、その背に触れた瞬間、手の平にぬるりとした感触。

  血だ。それも、かなりの量であることが察せられた。


「まさか……」


  よく考えれば不自然だ。

  閉鎖された空間で、至近距離の爆発に巻き込まれておきながら、ラピュセルの体には大きな傷など無い。暗闇でよく見えないとはいえ、体の調子くらいはわかる。

  精々擦り傷がそこかしこにできているくらいだろう。

  少し考えれば、あり得ない程の軽傷である。

  では、何故その程度で済んでいるのか。

  その答えが恐らく、今の武蔵。


「すまない……すぐに」

「無理しないで。肩を」


  また立ち上がろうとする武蔵を一度制し、その左腕を取って自身の肩に回す。

  どのみちここに留まっていては、応急処置すらできない。


「大義でした」


  ゆっくり立ち上がりながら、一言だけ武蔵に贈る。

  彼は護衛としての役目を最大限に果たしてくれた。

  ならば主君として言うべきことは、護ってくれたことへの礼でも、大怪我をさせてしまったことへの謝罪でもない。

  それは、武蔵もわかっているはず。


「……勿体ないお言葉」


  果たして武蔵は、ラピュセルの予想通りの言葉を返してくれたのだった。



 □□□□□



  この坑道を通ることが決まったとき、ラピュセルには一つ気掛かりがあった。

  あの異形(バケモノ)のことだ。

  およそこの世の生物とは思えなかったアレが、もしかしたらまだいるかもしれないと。

  あんなのとまた遭遇したら、武蔵はともかく兵士たちにとっては脅威だっただろう。

  だが幸い、またあの異形と遭遇することはなかった。


「! 出口だわ!」


  武蔵を支えながら、暗闇の中の悪路を歩き続けることしばし。

  前方に見えた外からの光は、間違いなく坑道の出口の証だ。


「頑張って、もう少しよ!」

「ああ……」


  体力の消耗が激しいのか、歩くうちに武蔵の呼吸はどんどん荒くなっていた。

  坑道を抜けさえすれば、少なくたも地面は多少なり柔らかくなり、歩きやすくなる。

  戦場で戦っているであろう味方の様子も気になるが、今はまず武蔵を早く治療させなければならない。

  とはいえそのために無理をさせるわけにもいかないので、歩調は変えず、あくまで武蔵のペースに合わせて一歩一歩進んでいく。

  そして、遂に出口にたどり着いた。

  まだ高い日の光が、暗闇に慣れた瞳に痛い程突き刺さる。

  思わず空いていた右手で目を庇いーー


「ーーきゃっ?!」


  突如、武蔵が動いた。

  支えていたラピュセルの手を半ば強引に離し、そのまま半歩前に出たのだ。まるで敵から庇うように。

  ーーそしてそれは、例えではなく事実そうだったことをすぐに知る。


「あの爆発で生き残るか。なかなかの悪運だな」


  正面に、あの騎士ーー前回は兜で顔は見えなかったが、その声は間違いなくーーブライスと、その部隊が待ち構えていたことで。


「あなたは……!?」

「…………」


  初めて見る、意外に若く見える精悍な顔つきの敵。ラピュセルは咄嗟に剣を抜き、武蔵もいつでも抜刀できる姿勢をとる。

  だが、実際に抜けるかは疑問だった。

  明るい場所に出たことで、武蔵の背中の傷がはっきり見える。

  正直、何故今立っていられるのかわからない程の重傷だ。

  わずか見える横顔からも、血の気が失せているのが見てとれた。


「なるほど。身を挺して主を庇ったか」


  敵将ブライスも、ラピュセルと武蔵の様子からそれを察したらしい。

  だがその声音には嘲りや侮蔑の色は無く、どころか敬意すら感じられた。


「良い主従だ……だからこそ、貴公らをここで見過ごす訳にはいかん」


  ブライスが言うと、背後に控えていたガレイル兵が五人、剣を抜いて前に出てくる。


「おとなしく投降せよ。悪いようにはせぬ」

「っ……」


  その降伏勧告に、ラピュセルは言葉に窮した。

  確かにこのブライスという騎士ならば、素直に投降すれば人道的な扱いをしてくれるだろう。言葉の端々からそれは感じ取れる。

  だがラピュセルの命運は、即ちアルティア王国の命運。そんな簡単に敵に降ることなどできる訳がない。

  しかし、今目の前に展開されている敵の数は、一人二人ではない。

  正面の、やや荒れてはいるが整備された道はもちろん、左側の獣道ですら多数の敵が配置されている。

  唯一右側に敵の姿が無いのは、そこが崖になっているため。

  逃げ道は……無い。


「万全の状態ならばともかく、その有り様ではこの包囲を抜け出すことなどできんぞ」


  一番の問題は、まさしくそれ。

  頼りの綱である武蔵が重症を負ったこと。それが、ラピュセルを迷わせる。

  武蔵が万全の状態なら、あるいはどこか一点を突破できたかもしれない。しかし、恐らく立っているのがやっとの今の武蔵では、それを望むのは難しい。


「迷うな」


  だが、その言葉は当の武蔵。


「君はただ命じてくれ。さすれば、俺は君の刀となれる」

「……!」


  まさに、目が覚めるような衝撃。

  彼は、武蔵は、重症を負ってなお、自身の役目をまっとうしようとしている。

  それこそ迷わず、真っ直ぐに。


「……ムサシ」


  ならば、主君たる自分が迷いを断てずにどうするのか。


「道を拓きなさい!」

「心得た」


  我が意を得たりと、武蔵は地を蹴る。

  前に出て、じりじりと距離を詰めていた五人の敵兵は突然のことに動揺し、慌てて剣を構えた。

  だが遅い。武蔵は怪我の影響などまるで感じさせない速さで瞬く間に敵に肉薄。


「ぐがっ?!」

「ぎゃああ!」


  抜刀術から流れるような連続の斬撃。

  悲鳴を上げながら、五人の敵兵は全員倒れ伏した。


「そうか、それが返答か」

「ええ」


  今度ははっきりと、抵抗の意志を示す。

  そもそもとして、迷う方がどうかしていた。

  ここで降伏したとして、確かにブライスは不当な扱いはしないかもしれない。だが、それより『上』はどうかわからないのだから。

  自身や武蔵はもちろん、共に戦う兵士たちや 避難民たちも。


「いいだろう」


  ブライスが言うと同時、ガレイル兵たちが一斉に剣を抜いた。

  迎え撃つべく、ラピュセルも剣を構え直しーー


「待て」


  だが、殺気立つ兵たちを制したのは他ならぬブライスだった。

  上官の予想外の言葉に、兵士たちは困惑しつつも動きを止める。


「まだ二度目の出会いに過ぎないが、貴公らの覚悟には正直感服している。故に」


  ブライスが紅のマントをバサリと払うと、腰の剣を抜き放った。


「ここは一つ、()()との一騎討ちを所望する」

「え……?」

「ーーラピュセル!」


  その言葉の違和感を口にする前に、ラピュセルの体を武蔵が横っ飛びに抱き抱え、地面に伏せる。

  直後、轟音。

  急ぎ起き上がって振り返ると、たった今までラピュセルが立っていた場所の地面が大きく抉り取られていた。


「ふぅん。魔法で気配は遮断していたんだけど、いい勘してるじゃない」


  聞き慣れない女性の声。

  いつの間にそこにいたのか、ブライスの隣に妙齢の女性が立っていた。


「初めまして。ブライスの妻のレイサよ。短い付き合いだと思うけどよろしくね、お姫様」


  女性ーーレイサは名乗りながら、皮肉っぽく笑みを浮かべる。


「魔導士か……」


  恐らくは無意識の武蔵の呟き。

  確かに想定してはいた。今回の戦い、敵も魔導士を差し向けてくると。

  だがよりによって、こんな状況で相対することになるとは。

  一人だけとはいえ、最悪と言える。


「不意打ちはごめんなさいね。でも、そっちの彼も部下を不意打ち気味に斬ってくれたんだから、これでおあいこ」

「……さて」


  静観していたブライスが、仕切り直しとばかりに一歩前に出る。視線の先には、刀を杖代わりにして立ち上がる武蔵。


「ヒノモトの武士よ。私の相手をしてもらおうか」

「…………」


  武蔵はわずか、ラピュセルに視線を送る。

  ほんの僅かな思考の後、ラピュセルは頷いた。


「……いいだろう」


  承諾の返答をし、そのまま武蔵とブライスは睨み合う。互いに剣を構え、じりじりと間合いを測っていた。


「それじゃ、こっちは女同士ということで」

「……そうね」


  こちらもただ見守っている訳にはいかない。

  不敵に笑うレイサを睨むと、ラピュセルも剣を構えた。



 □□□□□



  レイサが呪文の詠唱を開始する。そしてそれが、戦闘開始の合図となった。


(魔法は使わせない!)


  魔導士の強さは、言うまでもなく魔法。魔法の種類にもよるが、その絶大な破壊力でどんな敵でも叩き潰す。

  だがその魔法を発動するためには、呪文を最後まで詠唱する必要がある。

  ならば、採るべき手はただ一つ。ラピュセルは左手の剣を掲げ、走り出した。


「はっ!」


  詠唱を終える前に肉薄し、白兵戦で一気に勝負をかける。

  気合いと共に、掲げた剣を真っ直ぐに振り下ろしーー弾かれる。


「っ!?」


  レイサの体はほぼ全然が漆黒のローブに包まれている。だが今、そのローブからは彼女のほっそりとした右腕が伸びており、その手に握られているのはショートソード。


(しまった……!)


  失念していた。

  マーチルがそうであるように、レイサもまた、恐らく騎士なのだ。ならば、剣の心得もあって当然。

  こちらの焦りを見てとったのか、レイサの口の端がわずかつり上がる。

  そして、ラピュセルが二撃目を打ち込む前に、レイサの詠唱が終わった。


「【氷針穿孔(グラス・アグイーユ)】!」


  レイサの頭上に無数の小さな氷の針が出現し、それらが一斉に解き放たれてラピュセルに降りかかる。


「うくっ!?」


  必死に走る。後ろではなく、飛び来る針から直角に。

  しかし回避し切れず、頬に、腕に、脚に、いくつもの切り傷が刻まれた。

  だが、致命傷には程遠い。

  次の呪文の詠唱を開始するレイサに、ラピュセルは再び突進する。


「やぁっ!」


  先ほどよりも大きな気合いを吐き、横薙ぎに斬りかかる。

  またも防がれるが、今度は続けざまに二撃、三撃と打ち込んでいく。

  だが、当たらない。ことごとく防がれ、あるいは回避されてしまう。


(この人、強い!)


  魔法だけではない。剣の技量も相当なものだ。

  ラピュセルとて、バゼランから散々剣を仕込まれているのだ。本気になれば雑兵程度、一人で複数人を同時に打ち倒すことも可能だし、できるという自負もある。

  だが、このレイサという魔導士にして騎士は、そのラピュセルの剣を鮮やかに防いでみせている。それも詠唱を続けたままで。


「【雷鳴螺旋(トネル・シュピラーレ)】!」


  一撃を入れられないまま、次の魔法が放たれた。

  レイサが突き出した手の平に淡く輝く紋様が浮かび、その紋様から蔓の如く伸びる、渦巻く電撃。


「っーー!」


  横っ飛びで辛うじて回避する。マントの端を電撃が掠り、それだけで凄まじい破裂音。

  わざと大きく転がって少し距離を取りつつ立ち上がる。見ると、マントの右端が弾け飛び、その周囲が黒く焦げている。


(まずい……)


  いよいよ焦りがラピュセルの思考を支配しはじめる。

  魔法の使えないラピュセルでは、距離を離せば一方的にやられてしまう。かといって白兵戦でも堅い守りに阻まれて、決定打はおろか、かすり傷すら負わせられない。

  そうこうしているうちに、レイサは三度詠唱を開始。


「はあああっ!」


  どのみち、自分には剣しか戦う術はない。

  勝機を見いだせないままに、ラピュセルは再度駆け出した。



 □□□□□



「「おおおおおお!!」」


  武蔵とブライス。

  二人の気合いと刃が交錯し、激しく火花を散らす。

  ブライスの上段からの一撃を受け流し、返しの右切り上げは後方に跳ばれて回避され。

  武蔵が追撃の逆袈裟斬りを放てば真っ向から受けられ、弾かれる。

  すかさずブライスからの追撃が来るが、弾かれた勢いを利用して大きく後ろに跳んで回避しつつ間合いを離す。

  二人の実力は伯仲していた。

  一騎討ちが始まって、もう何合打ち合ったのかわからない。このままでは決着がつかないのではないかと思われた。

  しかし。


「はあ……はあ……はあ……」


  肩で息をし、武蔵はその場で片膝をつく。

  爆発による負傷は、武蔵から体力と気力を着実に奪っていた。何より、一歩動く度に失われる血液と、それによる集中力の低下が武蔵を苦しめる。


「その傷でよくやる。だが、そろそろ限界だろう」

「…………」


  その指摘は事実である。

  ブライスの剣に食らいついてはいるものの、圧され始めるのは時間の問題だ。


「もう一度言う。おとなしく投降しろ。さすれば傷の手当てもーー」

「断る」


  だが、それでも当然簡単に負ける気はなく、そして降伏することもありえない。


「俺を降伏させたいのなら、まず俺の主君を降伏させてみせることだ」


  掠れ気味の声で、力強くそう告げる。

  主君が諦めず戦っているというのに、その横で臣下から先に降伏するなど不忠の極みだ。それだけは絶対にできない。


「あくまで忠義を貫くか……真っ直ぐだな、貴公は」

「なに?」


  何かを懐かしむように、ブライスは寂しげに僅か笑った。

  だがその笑みはすぐに鳴りを潜める。


「だが貴公の主は、もう追い詰められているぞ?」

「!?」


  反射的に背後ーーそちらで戦っているラピュセルの方を振り返る。

  飛び込んできた光景。

  それは、木にもたれ掛かるように座り込み、レイサに剣の切っ先を突き付けられたラピュセルの姿だった。



 □□□□□



「う……く……」

「チェックメイトよ、お姫様」


  背中から木に叩きつけられ、全身から力が抜ける。そうして立ち上がれずにいるところで、眼前に剣を突き付けられた。

  レイサの言う通り、詰みである。


「驚いたかしら? まさか、最後はただの当て身にやられるなんて思わなかったでしょ?」


  三度目の詠唱のとき、ラピュセルはそれまでと同じように突進した。そして、急に詠唱を止めてこちらに向かってきたレイサに虚を突かれ、その当て身をまともに受けたのだ。

  そのまま背後の木に背中を強打しーー今に至る。


「さ、どうする?」

「…………」


  ラピュセルは歯を食い縛った。

  まだ剣は握っている。だがそれでレイサの剣を弾くより、自分の頭を貫かれる方が早いだろう。

  まさに、万事休すである。


「こちらとしては、おとなしく降伏してもらえたらありがたいのだけど。それがブライスの望みでもーー」


  不意にレイサは言葉を切った。

  突如として響き渡った轟音が、彼女の注意を逸らした為に。


「な、なに?!」

「何事だ!」

「っ!」


  その爆発のような轟音が何かはわからない。

  だがレイサだけでなく、背後からはブライスの大声も聞こえた……今しかない。


「はっ!」


  なんとか全身に力を入れ、突き付けられていたレイサの剣を弾く。


「なっ!?」

「はああっ!」


  そのままの勢いで、当て身を肩からぶつけた。先程のお返しとばかりに、全力で。


「かはっ……?!」


  息を吐き出し、レイサの体が地に倒れた。


「ムサシ!」


  敵全体が動揺している今しか、逃げ出すチャンスはない。

  ラピュセルは急ぎそちらに駆け出すと、武蔵もそれを察してこちらに走り出していた。


「しまった、待て!」


  武蔵の後方でブライスが焦りの声を上げるも、二人の距離はもう目前でーー衝撃が、きた。


(……え……?)


  まるで、横から巨大な岩を叩きつけられたかのような衝撃に、ラピュセルの体が宙を舞う。

  その瞬間、目に写る光景が全てスローになった。

  武蔵の驚愕、ブライスの焦り、上半身を起こしたレイサの困惑、周囲の兵士たちの混乱。全てがくっきりと見えた。

  そして、その周囲の兵士たちの後方に、それがいた。

  全身を黒いローブで包んだ、魔導士と思しき一団が。魔導士は彼女だけではなかったのだ。

  その中の一人が、こちらに向けて両手を突き出しているのも、妙にはっきりと見える。

  そして、自分の体が投げ出されーー崖から落下しようとしているのも。


「ラピュセルーーーー!!」


  武蔵の絶叫と同時、スローだった光景が元に戻り。自分の体が奈落へと墜ちる感覚。


(ああ……)


  ここで、終わる。

  ラピュセルの意識は、そこで闇の中へと沈んでいった。

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