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姫ゴト。  作者: 月下香
chapter 2.
8/11

03

翌日、晴天。

お屋敷の料理長から無理矢理もぎとったレシピ集を握りしめたあたしは、天気とは逆のどんよりとした気分で馬車に揺られていた。

市場へ売られていく子牛の歌が脳内をエンドレスで流れている。

王子様は相変わらず上機嫌であたしを膝の上に抱えてるけど、自分の昨夜の痴態を思い出すととてもじゃないけど顔を上げられない。


「あんな事されて、あたしもうお嫁に行けない…」


今まで読んだ王子様との恋物語のどれにもこんな事するなんて書かれてなかったよ!

知ってたら求婚なんて絶対受けなかったのに…。

涙目で睨むあたしを愛おしそうに見つめる王子様はあたしの頬をなでながら上機嫌で語りかける。


「貴女の嫁ぎ先はもう決まっているでしょう?そんな事を心配なさらずともよいのですよ愛しいイーニド。最初は抵抗があるでしょうがそのうちに慣れてきます」

「いえもう金輪際ご遠慮する方向で」


昨夜、お食事会後の入浴中に事件は起こった。

侯爵家のだだっ広い浴槽でまったりしてたところをお嬢さんに突入され、検査と称してそれはもうありとあらゆるところを微に入り細に入り触られ、体重・身長・スリーサイズ諸々を測られ、挙句の果てに血まで抜かれた。

やっと解放されてトイレに逃げ込もうとしたらガラスのコップを持ったお嬢さんがにじり寄ってきて今まで生きてきた中で一番恥ずかしい行為を強いられた。

そんなもんで何するんじゃー!と思ったけれど、朝になってお嬢さんが異常がなかったと忌々しそうに舌打ちをしていたので何かしらはわかるんだろう。

でもできれば思い出させてほしくなかった。特にコンソメスープの出される朝食の席上では。

ちなみに王子様も異常なしと言われてたので知らない間に一緒に餌食になっていたらしい。


「…エセルバート様はご不快ではないんですか?」

「慣れておりますのでもう何とも思いませんね。どちらかというと検査をする側が気の毒だとは思いますが」


言われてみたら確かにそうだ。

あんなもん、自分のですら見たくも触りたくもないのにお医者様って大変なんだなあ。

慣れっこになってる王子様も気の毒だけど。

でもできれば知り合いには検査されたくないという乙女心はお嬢さんには解ってもらえないだろうなあ。

なにしろあちらにしてみれば完全に仕事の延長なんだろうから羞恥心なんてないんだろうし。


「健康でいる事も王族の仕事のひとつですので」


そりゃそうか、王様が倒れたりしたらどれほどの人が困るか見当もつかない。

そう考えると王妃様や王子様が自ら料理をなさるのも健康管理の一環なんだろうか?


「その通りです。豪華な料理は美しく美味しいですが、味が濃かったり油が多かったりで健康にはあまりよろしくないのはご存じですよね?」


もちろん存じております。

肉や魚のこってりした料理ばっかり食べたがる常連客のために油分を減らして野菜を増やしたヘルシーメニューをお母ちゃんと苦心惨憺して研究してたんだから。


「賓客との会食などでそういったメニューが続くと、母上が私や父上に気を遣って体に優しい食事を作って下さるのです」


そういって王子様は意外なお話をしてくださった。


「先代の王妃様もですが、母上もあまりご健康ではないのです。母上は今でも食が細くあれ以上太れないので父上は人一倍心配されていて、母上がちょっと体調を崩そうものならそれはもう大変な騒ぎでして」


確かに王妃様は風が吹いたら折れそうなか細さだ。そりゃあ王様もご心配だよね。


「それを見かねた元御典医のジェームズ様が母上に厨房に立たれてみてはとお勧めになられたのです。自分で好きなものを作れば食も進むでしょうし、調理は適度な運動にもなりますしね」


一人二人分ならそうかもなあ。何十人分ものスープの大鍋とか運動通り越して筋トレだけど。

あたしはさりげなく自分の二の腕を隠しながら適当な相づちを打った。


「母上はときおり城内の厨房で楽しそうに調理をしておられました。私が賓客を見送った後まっすぐ厨房に行くと、母上が手作りのお菓子を焼いて待っていてくださいます。焼きたてのそれを平らげてから二人で夕餐の支度をし、熱々の料理を父上にお届けするのです。父上がいつも嬉しそうに召し上がって下さるのを見るのが私と母上のなによりの楽しみだったのですよ」


たまに店に寄る船乗りのお客さんが東方には『男子厨房ニ入ラズ』という諺があるとかないとか言ってたけど、王様って息子が平民よろしく調理人の真似事しても怒らなかったのか。しかも妻と息子の作った料理を楽しみにしてるとかなんてほのぼのファミリーなんだ。

黙ってればあんなにクールに見えるのに愛妻家に加えて親バ…げふんげふんいや子煩悩でもあったとは意外だった。


「それでエセルバート様はあんなに料理がお上手だったんですね。包丁さばきとか思わず見とれてしまいましたし」

「プロである貴女にそう言って頂けるとは…これでは私は母上にどれだけ感謝しても足りませんね」


王子様は極上の微笑みを浮かべてあたしの頬に唇をあててくる。

しまったせっかくおとなしくしてる所にこの話題はヤブヘビだった。

でも。


「…こと料理に関してはウソついたりヨイショしたりはしませんよ。実際あんなにムダがない三枚おろしができる男の人を初めて見ましたもん。厨房に入る事をまったく躊躇されなかったのもそんな理由だったんですねえ」

「躊躇がないと言えば嘘になりますね。私にとって幸せそうな母上がいらっしゃる厨房は一種の聖域のようなものでしたので」

「そんな湿っぽくて油じみた聖域なんかイヤですよ…」


思わず本音が漏れてしまった。いくら王妃様がいたとしても聖域はちょっと…。

まあ価値観は人それぞれだけど、そんな風に思ってるならそりゃあためらいもなく跪くのも当たり前…なのか?あれなんか洗脳されかけてる?危ない危ない。


「私には聖域以外の何物でもないと思えるのですよ、愛しいイーニド。なにしろ私は聖域に住むユニコーンさながらに清らかな貴女を手に入れる事ができたのですから」


街の食堂が聖域ならさしずめネズミがユニコーンか…うわあ全然ありがたみがない。

我ながら発想の貧困さに情けなくなるなあ。

つーかお嬢さんめ、あたしが()女だってバラしたな!

『わたくしはすでに汚れております、貴方にふさわしい乙女ではございません』戦法で離脱するつもりだったのにまたひとつ逃げ道を塞がれた事に頭が痛くなる。

この年まで浮いた話もなくキヨラカでいてすいませんねええええええ!(逆ギレ)

こんな行き遅れの女なんか厨房に落ちてたエビの頭を拾ったくらいの認識でゴミ箱にでも放り込んでくれたらありがたかったんですけどね!

だいたいプロポーズしてる最中の相手の指が生臭いとか百年の恋も冷めるわ。

それなのになんで王子様は懲りもせず嫌いもせず、あんなに幸せそうに何度も求婚して下さったんだろう。

ていうか、そもそもエセルバート様はあたしのどこがそんなにお気に召したのだろう?

そんな肝心な事を今まで考えもしなかった自分のバカさ加減に愕然とする。

今後の婚活に生かすためにもこれだけはぜひ聞いておかねば!

あたしは意を決しておそるおそる王子様に話しかける。


「あの…エセルバート様…」

「イーニドにも見えたのですか?あそこに見える尖塔が王城ですよ。あともう少しで父上と母上にお会いできますね」


くすくすと笑う王子様はあたしをひょいと抱え直すと窓際に寄って外を見せてくれた。

揃いの色の屋根が並ぶ綺麗な町並みの向こうに美しいお城が見えてきた。

お城の周りを湖が囲み、その後ろにある豊かな森の緑が水面を濃緑に染めている。

その景色を見てあたしは自分のバカさを改めて呪った。

あたし何考えてこんな所までのこのこ来ちゃったんだろう。

あんなお城に暮らしている人の中にあたしなんかが入れる訳がない。

ちょっと冷静に考えたら子どもにだってわかる事だったのに。

王子様や王妃様達があんまり気さくに接してくださってたから今の今まで気づかなかったなんてどれだけ身の程知らずなんだろう。

王子様に見られないよう、あたしは下を向いて唇を噛み締める。


「どうされたのですイーニド?小鹿のように体を震わせて…ああ、まさか緊張されているのですか?なんと可愛らしい私のイーニド!ですが心配される事など何ひとつありませんよ。貴女に求婚をしている間も『まだ承諾してもらえないのかこの愚図』と毎日激励の手紙が来るほどお二人とも貴女の事をとても気に入っていらっしゃるのですから。到着を待ちきれなくて今頃きっと王城の入り口で待ち構えているかもしれませんよ?」


王子様それ激励じゃなくて罵…いや督促だから。

あと『待ち構えてる』って何の冗談なの。

王様がド平民を迎えにわざわざ出てこられるなんてありえないから!

この第二の衝撃であたしはちょっと平常心を取り戻した。

当初の目的はこの縁談を速やかにぶち壊してうちに戻る事だったんじゃない。

不釣り合い上等!何を心配する事があるの?

そんな事よりもう二度と入れないであろうお城の中が楽しみよね!

あたしは握りしめすぎてくちゃくちゃになったレシピの皺を伸ばし、持ってきた小さなトランクにしまい込みながらお城を眺めてわくわくしていた。

相変わらずあたしを膝の上から降ろそうとしない王子様があたしを抱き抱えて馬車を降り、待ち構えていた王様ににやにやされ、王妃様と出迎えのみなさんに生暖かく迎えられるという悲劇的な出来事がこの後に控えているとも知らず。




すっかり更新が遅くなって申し訳ありません。

ひたすら甘いだけの話を書きたいのにどうしてこう色気が出ないんだろう…

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