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姫ゴト。  作者: 月下香
chapter 2.
7/11

02

お屋敷の敷地は広かった。門から玄関まで馬車で何分かかるのかってくらい広かった。

ちょっと不安になり始めた頃にようやく見えたお屋敷の窓という窓にはすべて灯りがついていた。

ていうかここほんとにお城じゃないの?お屋敷ってレベル超えてない?


「あの…殿下…これは一体…」

「ほら、また呼び方が戻っていますよイーニド。そんな他人行儀ではなくエセルと呼んで下さいと言ったでしょう?」

「うう…エセルバート様、今日こちらでは夜会でも開催されてるんですか?」

「いいえ、内々でとお願いしておいたので大伯父の一家以外はいないはずですが。どうかされましたか?」

「それにしてはこの灯りは一体…」

「大伯父はお祭り事が好きですからきっと私達への歓迎のつもりなんでしょうね。ああ、早く私の愛しい貴女を紹介したいものです。きっと貴女は皆に気に入られるに違いありませんから」


嘘だ。きっと一族郎党が集まって親族会議してどこの馬の骨ともわからん女を追い出す算段をしていたに違いない。

さっさと帰るのはやぶさかでないんだけどお手柔らかにしてくれないかなーとびびりながら王子様に手を取られて馬車を降りた。

馬車寄せから玄関まで無駄に距離があるなあと思ってたらいきなり目の前のドアが開いて中から誰か出てきたけど逆光でまったく見えない。


「エセル、よく来た!おお、そちらが例のお嬢さんか?ようこそレディ、我が家へ立ち寄ってくれてありがとう。遠路はるばる疲れただろう、さあどうぞ中でくつろいでくれたまえ」


よく見えない人が一気にまくしたてながらあたしの手を取って家の中へ連れて行こうとするのを王子様が全力で妨害している。大人げないな!

おそらくこれが噂の大伯父様なんだろうと思わしき人に腕を掴まれて半ば引きずられるようにお屋敷の中にお邪魔する。

連れ込まれた玄関ホールはシャンデリアやらキャンドルやらで昼より明るい。有り体に言うと眩しい。

しぱしぱと瞬きをするとようやく目が慣れてきた。

改めて目の前を見ると、シミオン様と同い年くらいの初老の方がにこにこと微笑んでこっちを見つめている。

えーっと、王子様のお祖母様のお兄様にあたるのが大伯父様で、その孫がはとこで、あれ中間の人なんてんだっけ?


「イーニド、こちらがアーネスト大伯父様です。大伯父様ご無沙汰しております」


…と言われてもどう見ても60ちょいにしか見えないんですが?

王子様の年よく知らないけど仮に25として、王様が25の時の子と考えたら最低でもプラス20はいってるはずだから、えっと…いやそんな事よりもまずは挨拶だ。


「はじめてお目にかかりますシュルーズ侯爵様。イーニド=ブレナンと申します」


接客業で培った営業スマイルを引っ張り出してなんとかお辞儀をする。

顔を上げるとにこにこと、かつじろじろとあたしを見つめている大伯父様の視線が痛い。

ヤバい、そういえば侯爵家にお邪魔できるような恰好じゃないじゃん!

いちおう一張羅のかわいいドレスを用意してたけど着替える間もなく拉致られたから普段よりちょっといい服レベルのドレスしか着ていない事に今さらながら気がついて青ざめる。

身分はともかく礼儀知らずと思われるのは地味に辛いけどこの際致し方ない。

何しでかしてくださりやがりましたかと王子様を涙目で睨んでみたけど王子様も大伯父様もなぜか超いい笑顔をなさっている。

あと視線がなんか微妙に下に向いてる気がするんですが…。


「なかなか結婚を決めないとは思っていたが…なるほど遊んでいたのではなく選びに選んでいたという訳か。よい伴侶を選んだなエセル坊」

「イーニドをお褒め頂いて光栄です大伯父様。ですが坊はやめてくださいとあれほど申し上げたでしょう」

「嫁をもらって子をなすまでは坊で十分だ。無事レディ・イーニドに逃げられなかったら考えてやる」


なんか展開が予想と違う。こんなみすぼらしい服で侯爵家に出入りするなど嫁失格!って場面じゃないのかここ。


「どうぞイーニドとお呼び捨て下さい侯爵様。あの…申し訳ございません、こんな恰好でお目通りなど…」


もしかして目に入ってないのかとさりげなくアピールを試みる。


「いや、その清楚なドレスは貴女によく似合っている。いかに王族と言えど普段からきらきらしく着飾って税金の無駄遣いをする必要はないとわしは常に思っているのだ。その様子では貴女は坊に何も強請っておられぬのだろう?」


お強請り…しいていえば『お別れの挨拶の時間下さい』くらいか。めっちゃ切り上げられたけどね!

黙って頷くと大伯父様は満足そうに笑顔で頷かれた。


「それでよい。貴女はドレスだの宝石だのに現を抜かす事なくちゃんと両足を地につけておられる。ジークも坊も実によい伴侶に恵まれたものだ。今頃きっとイヴも喜んでいる事だろう…っと、これは失礼。お疲れの女性をこれほど長時間立たせたままにするなど我ながら気の利かぬ事よ。イーニド、ささやかだが食事を用意させておる。どうかこの年寄と一緒に召し上がってはくださらんかね?」

「お気づかいありがとうございます侯爵様」

「もう家督は息子に譲った隠居の身だ。そんな堅苦しい呼び方はいらん。ただのアーネストで構わんよ」

「でも…」

「ではお祖父様でどうかね?坊も貴女もわしにとっては孫のようなものだ」


この方は本当にあたしが来たのを喜んでいるんだろう。とても優しい目であたしに微笑んでくださっている。

あっさり受け入れられちゃったのは想定外だったけど何となく嬉しくてあたしは頷いた。


「はい、お祖父様」


にっこりと微笑んでそうお答えした途端、あたしの視界が何かで埋まった。


「大伯父様、いつまで二人で世界を作…もといイーニドの手を持っているのですか。エスコートは私に任せてどうぞ大伯父様はお先に食堂へお入りになって下さい」

「なんじゃ、老い先短い年寄の楽しみを奪う気か。お前はこれから嫌という程一緒にいる時間があるだろうに」

「嫌になる事なんてありませんから無用の心配です。さあどうぞお先に」


なにこの大人げない人達。

目に見えない火花が散ってるような空気を破るようにぱたぱたと階段を駆け下りて来る足音が聞こえてきた。

思わず振り向くと美しい金髪の巻き毛を揺らしながらこっちに向かって走って来る美女が見えて思わず心の中でガッツポーズをした。

これはきっと幼い頃に結婚を誓った美貌の幼馴染(またいとこ)ですね、わかります。

だってほら顔が完全に怒ってるもん。

コートニーもそうだったけど美人が怒ると迫力半端ないなーなんて思いながら見ていると、息を切らせた美女があたしの目の前で立ち止まった。


「エセル…貴方という人は…これが貴方の選んだ女ですの!?信じられない、どうしてこんな女を!」


来たーーーーーーー!お嬢さんその調子です、頑張って!

心の中で旗を振りながら応援してたあたしの顎がいきなりぐわしと掴まれた。

突然の事に呆然としたまま口をぽかんと開けた状態で固定され、かなり間抜けな顔になっていると予想できる。

ていうか痛い痛い、お嬢さんこれちょっといやかなり痛いから!


「イーニドから手を離しなさいダニエラ。貴女は本当にいつも手が早すぎますよ」


王子様の呆れたような声が響く。


「なんてこと…ああ、何故よりによってこんな…エセル、わたくしは嫌ですわ!こんな事が許されるとでも思って!?」

「落ち着きなさいダニエラ」

「これをご覧なさい!思った通り、虫歯の一本もないじゃないの!どうしてこんな健康優良児なんかをお選びになったんですの!」

「はへ?」


口が開いたままなので間抜けな声しか出せない。ていうかそろそろ手を離してもらわないと顎外れる。つーか虫歯とか健康優良児ってどういう言いがかり?

顎の痛みにわりと真剣に涙目になったあたしからやっと手をどけてくれた美女はまだ何やら訳のわからない事をやんやんとわめいている。

笑いが止まらないお祖父様がお嬢さんをなだめ、痛む顎をさすりながらあやしてくれる王子様に連れられてようやくあたしたちは晩餐の席へと向かう事ができた。






あたしはお嬢さんを恨んだ。

何故ならば顎が痛くて口があんまり開かず、目の前のごちそうを平らげられそうになかったからだ。

お嬢さんのお母様の出身である東国の珍しい料理が並べられてるというのに何の拷問よ!

こうなったら詫び状のかわりに意地でもレシピもらって帰ってやると恨みがましい目で料理の乗った皿を見つめるあたしにお祖父様が笑いながら説明してくれたおかげでようやく状況が少し呑み込めた。


「…つまり、ダニエラ様はお医者様なのですか」


お嬢さんの母方の親戚はお医者様の家系なんだそうだ。

母方の祖父は王子様の祖母の主治医で、お母様がシルヴェイン様の主治医らしい。

その影響でお嬢さんも東国まで医者の勉強をしに行っていらっしゃったそうだ。貴族なのに。


「そうよ!お母様もお祖父様も縁故ではなく実力で主治医の地位を勝ち取られたのよ!わたくしだって未来の王妃の主治医になるべく今日まで血の滲むような努力をしてきたというのに貴女ときたらなんですの!?殺しても死ななそうな健康体で、おまけに虫歯の一本すらないときている。これでは王妃付きの主治医になったところでわたくしに回って来るのはせいぜい産婆の仕事くらいしか…ああもうどうしてこんな…」


お嬢さんのほっそりした白い両手がテーブルナプキンをくしゃくしゃに掴んでいる。あんたどんだけ悔しいんですか。


「つまり風が吹いたら折れそうなひ弱な王妃様ならもっと活躍できたのに、と」

「そうよ!貴族の姫にありがちな痩せすぎによる生理不順でも懐妊できる体質改善なんかも学んできたと言うのに、貴女ときたらすぐにでも孕みそうな体型で、しかも超安産体型ではないの!せめて持病なりと持っててくれたら臨床実験したい事がいっぱいあったのに!」


王妃様で人体実験するつもりだったのかお嬢さん…。

ていうかこれでお祖父様が初対面の時に下半身を見てた理由がわかった。

尻がでかいと認識されてたって事ですよね。うん、そろそろ泣いていいかな?


「ご期待に添えず申し訳ございません…」

「イーニドが謝る事ではないですよ」


なんとなく雰囲気で謝ってしまったあたしを王子様が優しく慰めてくれる。今やられるとうっかりほだされそうになるから正直勘弁してほしい。でもちょっぴり嬉しい自分が悲しい。


「そんなに病弱な姫君の主治医がいいなら紹介しましょうか。確かベケット子爵の娘が体が弱く引きこもりがちだと聞いていますが」

「冗談ではありませんわ。わたくしがこのくらいの事で長年の夢を諦めるなどとお思いにならないで。王妃付きの主治医の座はどなたにも譲る気はございません。王宮へ出立される際はわたくしも同行させていただきます」


もちろんベケット子爵令嬢の診察もさせていただきますけれども、と言いながらお嬢さんがワイングラスに残ったワインを一気に空にした。

そういうところはちゃんとしてるんだなあ。うん、お嬢さんはいいお医者様になりそうだ。


「アーデルトラウト様にイーニドの主治医もお願いしようと思っていましたが、ダニエラがなってくれるのなら安心できますね」

「まあ、まだ決まったわけではありませんわ。正式に選抜試験を経てからでないと、お母様がシルヴェイン様の主治医だったから世襲したなどと言われるのはわたくしのプライドが許しませんもの。ジーク様にも公正にお選びくださるようくれぐれもお願いしてくださいねエセル」


お嬢さんってコートニーにそっくりだ。

自分の腕に誇りを持ってて、その道を自力で切り開こうとしている。

いつまで一緒にいられるかわからないけどこの人と仲良くなれたらいいな。なれるかな。

ちょっぴり不安に思いながらお嬢さんを見ていると王子様が『大丈夫ですよ』と言いたげにあたしを見て微笑んだ。




調べてみたところ祖父母の兄は大伯父、弟は大叔父、その子供はいとこちがいで孫がはとこ(またいとこ)なんだそうです。

何なのいとこちがいって。馴染みがない…

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