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姫ゴト。  作者: 月下香
chapter 2.
6/11

01

ときおりかたんと揺れる馬車の中、あたしは虚ろな目で流れる景色をぼんやりと眺めていた。


「まだ夢を見ているようです。貴女が私の求婚を受け入れて、こうして腕の中にいてくださるなんて」


うっとりとした甘い響きの低音ボイスが耳元で炸裂している。

こんな状態で抵抗できる女がいるだろうか。いたとしたら相当な肉食系に違いないとあたしはぐったりとした自分を正当化する。


「エセルバート様…わかりましたから耳元で囁くのやめてもらえませんか」


あたしの背中を後ろから抱き抱えるがっしりとした腕を振りほどく元気もなくぼそぼそと訴えた次の瞬間、ひょいと体を持ち上げられる感触がした。

くるりと向きが変えられたかと思うといつの間にかあたしはエセルバート様の膝の上に横向きで座らされている。小さくもないお尻が王子様の膝の上に乗っかってるとかいたたまれない。

この移動中、事あるごとに抱き抱えられてるので今さら驚かないし言うだけ無駄なのはわかっているが一応言う。


「エセルバート様…あの…重いでしょうから降ろしていただけませ…」

「重くなどないですよ、愛しいイーニド。貴女はまるで小鳥のように軽くて、こうしていないと私の腕から飛んで行ってしまいそうで不安で仕方がないのです」

「はあ」


確かに身長こそないけどひいき目に見ても中肉中背なあたしが小鳥とか何の冗談だろう。どう見てもガチョウやアヒルやウズラの類が関の山なんだけど。あれウズラって空飛ぶんだっけ?

そんな現実逃避しているあたしを腕の中にがっちりと収めた王子様は満足そうに溜息をついた。


厨房で衝撃の生臭い求婚をお断りしてから約1ヶ月。

あの日以来、王宮にも戻らず街近くの離宮から海月亭に通いつめる王子様は小さな街の格好のニュースになった。

毎朝、朝市で買い込んだ食材と花束を持ち込んで仕込みを手伝いつつあたしを口説き続ける王子様を一目見ようと押し掛けてきた客のおかげで我が家は連日超満員。

最初こそお父ちゃんは大喜びしてたけど、さすがに騒ぎが1ヶ月近くも続くとうんざりしてあたしに「とっとと嫁に行け」と言うようになった。

面白がって見てたギャラリー…もとい常連さんの視線までが「いい加減頷けよ」という刺さるようなものに変わってきた時はこの世に神はいないのかと思った。

そうして精魂尽き果てたあたしが根負けして頷いたのは昨日の営業終了後のこと。

だって満員の客の前でプロポーズ受けるとかどんな羞恥プレイなのよ!って思ったんだもん。

喜んだ王子様が洗い物途中のびっしょびしょの手であたしを抱きしめて「気が変わらないうちに」とその足で王宮へ連れてかれそうになったのを家族総出で止め、なんとか街のみんなにお別れの挨拶をするだけの時間を下さいとお願いした。

一応快諾はしてもらえたはずなのだが、今朝コートニーのうちに行って挨拶してる最中にさくっと拉致られ馬上の人となり今に至る。街どころか1件のお宅すらまともに訪問できていないんですが。

王子様どんだけせっかちなのよ。今までのんびり口説かれてたのが嘘のようだ。


「父上と母上には先触れを出しましたから、きっと今頃は喜んで貴女を迎える準備をしていると思います。母上を悲しませないためにもどうか逃げないでくださいね」


あたしが王妃様に弱いのを知ってて痛いところを突いてくる。

だいたいプロポーズのダメ押しですら「私と共に暮らせば四六時中母上の顔を見て過ごせますよ」だった。汚い、王子様汚い。

その台詞にぐらりと傾いた自分もけっこう酷いけどそこは見なかった事にしてもらおう。

それに何よりあたしにはまだ合法的に逃げられる勝算があった。

そう、王子様と町娘の恋物語には必ず障害があると決まってるじゃないか!

生まれた時からお妃候補として育てられてた貴族のお嬢様とか、外国からの縁談だとか、身分違いを渋る宰相様とか、そーゆーのが絶対にあるはずだ。むしろないと困る。

そもそも王様と王妃様だってあたしが本気でやって来るなんて思ってもなかったはず。

王宮についたらマジで来たの?的な扱いで早々に親許に追い返されるに違いない。

という確固たる信念のもと、あたしは王宮に着くまでの旅路を楽しむ事にした。

タダで都観光と王宮見学して帰れるんだもん、ラッキーじゃない?

ちょっと残念なイケメンがいるけど細かい所に目をつぶれば目と耳の保養だ、なんてことはない。

都についたら王宮と街でおいしいものいっぱい食べてレシピ仕入れて、みんなのお土産も買って帰らないとね!

という壮大な下心はひとまず押し隠して王子様(スポンサー)の機嫌を取ることにした。


「王妃様にまたお会いできるなんて夢のようです。修道院や街にいらっしゃる時は気を使われて質素なお召し物でしたけど、王宮だときっと素晴らしいお召し物なんでしょうね!盛装の王妃様に一度でいいからお目にかかってみたかったんです!」

「母上は普段からあんな感じですよ?」

「えっ」

「王妃らしい事を何もしてないのに着飾るのは心苦しいと仰って、布地だけはいいものをと父上が気を使ってるようですがデザインはいつもシンプルなものです。よほど大きな催し物などがあればそれなりに装いますが」


…王族って普段からちゃらちゃら着飾ってるのかと思ってたら違うのか。


「そ、そうなんですか。モーニングジュエリーとかモーニングコートとか聞くからてっきり朝晩お召替えのドレスコードとかがあるものだと…」

モーニング(morning)コートの意味合いは正装で合っていますがモーニング(mourning)ジュエリーは服喪用ですね」


やばい、無知がバレた。

いや王妃に相応しくないと思われるにはバカのフリした方がいいんじゃないかな?

フリじゃなくて素でバカな自分がちょっと悲しいけど。


「…可愛い」

「えっ」

「貴女はなんて可愛らしい事を仰るのでしょう。まるで穢れを知らぬ幼子のよう…そんな純粋な貴女をすぐにでも私のものにしたいと願う罪深い私を許してくれますか」

「えっぐえっ」


返事をする間もなくきつく抱きしめられて肺から空気が出て行った。


「貴女が神に愛されすぎて天に戻ってしまわないよう一日でも早く私のものにしたいというのに、まだこれから婚約の公示や挙式などの邪魔が山積みだなんて…自分の身分がこれほど煩わしいと思う日が来るとは思ってもみませんでした」


いや今天に召されるとしたら神様のご希望じゃなくて100%王子様のせいだと思うんで、ちょっと腕の力を緩めてもらえませんかねえ?

必死で腕を動かして王子様の胸を押し返すとすかさず手を掴まれて指先に口づけを落とされる。

女の子らしくもない、爪を短く切られた節くれだって短い指。数あるコンプレックスの中でも上位に食い込んでるあたしの手をなぜか王子様は気に入っているらしく、大事そうに両手で包み込んで呟く。


「ああ、私の掌にすっぽりと収まってしまうこの小さくて柔らかな手のなんと愛しい事…どう表せば貴女に伝わるのでしょう。イーニド、貴女を満足に称える事すらできぬ不調法な私をどうか許して下さい」

「いやその…称えるとか言われましても荒れてガサガサしてる手ですし…生活感満載でなんかもうほんとすいません…」


お互いにぺこぺこと謝りながらだんだんと精神と体力を消耗して来たあたしがぐったりと体を預けると、王子様は上機嫌なオーラ全開であたしの頭をなでなでしている。もう逆らうのもめんどくさい。

なんでこの人こうなのよ…見た目は王妃様そっくりなのに性格はどっちにも似てなすぎる。

国王夫妻はわりと淡々とされてるようにお見受けしたけど、どうやったらこんなに砂糖が口から出そうなセリフを吐く子供が育つんだろう。

もー家帰って寝たい。2日くらい寝込んだら夢オチで片づかないかな、これ。

そう思っていると王子様があたしの髪に口づけしながら囁いた。


「外をご覧になりませんかイーニド。今夜の宿が見えてきましたよ」


ぼんやりと窓の外を見ると夕焼けをバックにした丘の上にでっかいお屋敷が見えてきた。


「あそこはお祖母様の実家…つまり私の大伯父であるシュルーズ侯爵の館です。先触れを出しておきましたので再従姉妹(またいとこ)たちもきっと待ち構えている事でしょう」


来た来た来ました第一関門!ここで見切られれば早くも家に帰れるって事ですよね!

『わたしおおきくなったらエセルのおよめさんになるの』的な再従姉妹がいたりするはずだ。いやむしろ是非いてくださいお願いします。

自然と笑顔になるあたしを見て王子様も笑顔になる。

違う思惑でにこにこと微笑みを交わすあたしたちを乗せた馬車はゆっくりとお屋敷の門へと吸い込まれていった。





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