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姫ゴト。  作者: 月下香
chapter.1
5/11

05

あたしは営業用スマイルも忘れてフリーズした。

目の前には眩く微笑む銀色の王子様。漂うは磯の香り。

ん?なんで磯?普通王子様ってバラの花束持って迎えに来てくれるんじゃ?

よく見ると銀色の王子様はぴちぴちとエビが跳ねる海産物満載のバスケットを抱えて立っていた。


「突然失礼致します。こちらはエマ=ブレナン様のお宅でお間違いないでしょうか」


どこまでも優雅に微笑む王子様。と跳ねるエビ。


「はっ、はいっ!そうです!」

「よかった、間違っていなかった。母上、こちらですよ」


振り向いてそう仰った王子様の後ろからまるで村娘のような恰好の王妃様がひょっこりと顔を出された。


「ご機嫌ようイーニド。こんなに朝早くからお邪魔してごめんなさい。お母様はいらっしゃるかしら?」


これまた手には食材の詰まったバスケットを抱えていらっしゃる。一体何が起こってるんだろう。


「おばさん、早く早く!」

「何だね一体…おや、お客さんかい?」


頭の整理がつかなくておろおろしてるあたしの代わりに正気を取り戻したコートニーが厨房の奥からお母ちゃんを引っ張ってきてくれたらしい。助かった!


「エミィ!」


バスケットをあたしに押しつけて、王妃様が一直線にお母ちゃんに向かって飛びついていく。


「エミィ、会いたかった!」

「シル?シルなのかい?」

「そうよ!よかった、ほんとにエミィが無事でよかった…」

「当たり前じゃない。あんたは相変わらず泣き虫なんだねえ」

「だって…」


お母ちゃんの首根っこにかじりついてぐすぐすと泣く王妃様。

あまりの事に呆然と見ていると腰が抜けそうな低音ボイスが聴こえてきた。


「当たり前だろう。屋敷の人間にまで何かしたと思ってたのかお前は」


呆れたような声がしたと思ったら、王子様の後ろにこれまた非常にラフな格好をした王様が苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。






どうしてこうなったんだろう。

あたしはオーブンの前でひたすら痛む頭を抱えていた。

目の前ではあたしのおニューのエプロンを奪い取ってお母ちゃんと一緒にきゃあきゃあと調理を楽しむ王妃様と、昼間っからお父ちゃんと酒を酌み交わしている王様がいる。


「さっさと世代交代して隠居したいものだが、肝心の息子が『理想の女性が現れない』とかなんとか言い張って縁談にまったく見向きもしなくてな…」

「王様も苦労してんだなあ。うちの娘も贅沢ばっかりいいやがっていつまでたっても嫁に行きゃしなくてよお…」


いたたまれない。すごくいたたまれない。

なんで王様がナチュラルにうちのお父ちゃんに愚痴こぼしてるんだろう。


「レディ、こちらの処理は終わりました。このエビの殻も一緒に捨てておきますね?」


当の本人はどこ吹く風でムダに王子様スマイルを撒き散らしている。

だからなんで王子様が魚のアラ持ってニコニコしてんですか。


「あ、殻は捨てないんです。布袋に入れて茹でて出汁を取るので…」

「なるほど、そんな使い方があるのですね!ありがとうございます、よい勉強になりました。母上、魚の下ごしらえは終わりましたよ」

「ありがとうエセル。ああ、こんな新鮮なお魚で調理できるなんていつぶりかしら!美味しいブイヤベースをご馳走しますからもう少し待っていて下さいね」

「楽しみにしていますよ母上。他には何かお手伝いする事が?」

「もう十分ですよ、ゆっくり休んでいて頂戴」


朝市で新鮮食材を見た王妃様にスイッチが入り思いっきり料理をしたいと仰ったとやらで、我が家は今国王一家が持ち込んだ食材の処理にてんやわんやになっている。

ちなみに作った料理は警護の騎士様達に振舞われるらしい。仕事中なのにいいのかと思ったけど騎士様で満載の店を襲ってくる馬鹿はいねえだろとお父ちゃんに言われた。ごもっとも。


そしてあたしの横にはなぜか満面の笑みの王子様がいる。

魚をさばいたりローストチキンのスタッフィング用の野菜を小器用に剥いたり刻んだりと、およそ王子様のしそうにない事をやってのけては「褒めて」と言わんばかりにあたしの横に舞い戻り、顔をじっと見つめてひたすらニコニコと微笑んでいるのだ。

ちなみにコートニーはと言えば、王妃様からデザートの要請を受けて鼻息も荒く店に帰って行ったので王子様の面倒はあたしが一手に引き受けるハメになっている。肝心な時に使えない。


「あっ、あのっ、王子様はよく王妃様とご一緒に料理をなさるんですか?すごく手馴れていらっしゃいましたけどっ!」


沈黙のスマイル攻撃に耐えきれなくなって話を振ると、嬉しそうな王子様がニコニコと話し出す。


「どうぞエセルとお呼び下さいレディ・イーニド。これでも軍人のはしくれですので野営などがあれば料理も致しますが、とても貴女のお腕前にかなう程ではありません」


そう言うと王子様はいきなりあたしの手を取って指先にキスを落としてきた。

荒れた、節くれだった手を握られてあたしはパニックになる。しかも今あたしの手って確実にエビとタマネギくさいんですけど!なんの羞恥プレイなのこれ!


「おおおおお王子様!?」

「エセルと」

「エっ、エセルバート様!やめてください、こんな荒れた手をお見せするなんて恥ずかしっ…!」

「どうしてですか?美味しいものを生み出される美しい手ではないですか。称賛されこそすれ、卑下される事などありませんよ」


あたしの手を掴む王子様の両手に力がこもる。試しに引っ張ってみたけど離れる様子がない。背中に嫌な汗がつたわって来る。


「いやっ、あのっ、美しいっていうのは王妃様やエセルバート様みたいな方の事を言うんですよ!?特に王妃様はずっとあたしの憧れの女性で、あたしずっとあの肖像画を見て憧れて育って!エセルバート様って王妃様によく似ていらっしゃいますよね!」


もはや自分でも言ってることが支離滅裂だが王子様は全く動じず相変わらず極上スマイルのままだ。怖い。


「という事はレディは私の顔はお嫌いではないという事ですね。私は母に似た事を生まれて初めて神に感謝しましたよ」

「ひゃいっ!?」


また指先にキスを落とされ驚きすぎて噛んだ。

待って待って、あたしこの人の横でエビの背ワタ取ったくらいしか記憶にないんだけど気に入られるような事なんかした?それともこれが社交辞令ってやつなの?社交界怖い!


「ああああのっ、この王妃様の肖像画ってほんとにお美しいですよね!実際の王妃様も全然お変わりなくってっていうか絵なんか勝てないほどお美しくて、やっぱりエセルバート様のお好みも王妃様みたいな黒い瞳の美しい女性なんでしょうねっ!」


確かコートニーがそんな事を言ってた気がする。

あたしは必死に記憶を辿り、なんとかこの予測不能な事態から脱出しようとあがいた。


「そうですね、そう思っていました。――ここで貴女にお会いするまでは」

「…はい?」


今なんつったよ王子様。


「貴女にお目にかかった時に私には解ったのです。黒い髪に銀色の瞳…私と対の色を持つ貴女こそが私の魂の片割れだと」


対の色って、ああ王子様が銀髪に黒目だからか。なかなかうまい事言う…ってはいィ!?

銀色って何だ銀色って!あたしの目は灰色だ、は・い・い・ろ!


「私はきっと貴女と巡り合うために今日まで生きてきたのです。レディ・イーニド、どうか私の花嫁となって頂けませんか」

「はああああああああああああああ!?」


腹の底から声が出た。


「じょっ、冗談にもほどが…」

「冗談でこのような事は申しません。私は本気で貴女の愛を乞うているのですよレディ」


王子様は跪いてあたしの手を取っている。いやここ厨房ですから!膝汚れるから立ってー!

あたしは泣きそうになって周りを見渡すと、にやにやと笑っている王様と目があった。

その横ではお父ちゃんが呆然としてあたしたちを見つめてる。


「王様…あんたの息子大丈夫か?まだ一杯も飲ませてないよな?」

「あれは至って本気だな」

「いや止めろよ、息子が目の前でトチ狂ってるんだからよ」

「無理だな。うちは代々一目惚れの血筋だし」

「しれっとのろけてんじゃねえよ。だからっつってこんな田舎の娘に手ェ出さなくたって…アレだよ、家柄とか何とかうるさいのがあるんじゃねえの?王様なんだからちったあその辺気にしろよ」

「気にしてたら今頃シルはここにいないだろう」

「だからのろけてんじゃねえよ!親のひいき目だけど、そりゃこいつだって性格も器量もまあまあだと思うが、いっくらなんでも料理しかできねえ女が未来の王妃じゃダメだろう」

「どうとでもなる、問題ない。あの朴念仁が初めて求婚したんだ。このチャンスを逃したら次がいつになるかわからんからな。お前も早く娘を嫁に出したいんだろう?」

「そうだけどよお、つっても身分っつーもんが…」


お父ちゃんがちらっと王妃様の方を見る。平民出身の王妃様に気兼ねしたんだろう。

当の王妃様と言えば、これまたニコニコしながらこっちを見ているが鍋をかき混ぜる手は止まってない。冷静だな!


「わたしに務まっているのだからイーニドなら大丈夫ですよ。ああ嬉しい、これでやっと安心できます。結婚式が終わったらわたしここで雇ってもらおうかしら」

「それもいいな。隠居して二人でこの街で暮らすか」


…あかん、この人たち二人でラブラブ隠居生活しか考えてない。現実見てよ!


「いやちょっと待って、ダメですよ!わたしは海月亭を継ぐのが小さい頃からの夢なんですから、他あたって下さいすいません!」

「私と結婚してもお店は継げるでしょう?」

「…はい?」

「すぐにとは言いませんが、貴女と私の子が成人して王位を継承してくれさえすれば、二人でこのお店をやっていけますよ。子を沢山もうけて、その中の一人に継がせてもかまいませんし」

「それはちょっとフリーダムすぎるでしょう!王子様王女様が料亭継ぐとか訳わかんないですし!」

「でしたら老後の楽しみにしてもいいですね。先ほどご覧いただいた通り、これでも料理は下手ではないつもりなのですが。私を海月亭の婿としていかがでしょうか、レディ?」




外堀を完全に埋められたあたしは一か月の間エセルバート様に口説かれ続けて陥落した。

好みどストライクの王妃様フェイスと王様ボイス相手によく善戦したと、あたしは自分で自分を褒めてやりたいと思う。







それから1年後。

海月亭に王宮から王子夫妻の真新しい肖像画が贈られ、国王夫妻の肖像画の横に並べて飾られた。

二つの肖像画の間には野太い字でこう書かれた張り紙があったという。



『姫はじめました』




ここまでがムーンで公開していたパートになります。

今後後日談的な話を書いていく予定です。

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