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姫ゴト。  作者: 月下香
chapter.1
3/11

03

完結分5話まで連続投稿します。

ここにいきなり飛んでこられた方は最初までお戻り下さい。

「いやっ、そんなのムリですって!あたし王妃様の前に出られるような格好してませんし!」

「大丈夫、あなたはそのままで十分魅力的ですよ」


ニコニコと微笑むシミオン様の笑顔が憎い。この笑顔に今まで勝てた試しがないんだもん。


「じゃ、じゃあせめてコートニーも一緒に!飾りつけを手伝ってくれたんだし!」

「イヤよ、あんた1人で行って来なさいよ」


今日は王妃様と国王様しかおいでになってないとわかった瞬間コートニーの興味は削げたらしい。


「あんた日頃からあれだけ王妃様王妃様ってわめいてんだから本望でしょ?とっとと行きなさいよお待たせしてんじゃないわよ」

「そうですよ。イーニドが王妃様の大ファンで、今日は特別にパイを飾りつけたお話をしましたら王妃様は大変喜んでおられましたよ」


原因はそれかー!シミオン様、さらっと余計な事をしてくださったのですね!

そりゃあ王妃様にお会いできるなんてもう二度とないチャンスだけど、それにしたってこんな田舎の料理女丸出しの格好じゃ辛過ぎる。

あーなんであたし一番の晴れ着でこなかったんだろ…。


「コートニー、そのドレス…」

「ムリ。ウエストはともかく胸余るでしょ」


そうだった。

菓子屋の娘のくせに華奢なコートニーは折れそうな腰にはちきれんばかりの豊満な胸で、対するあたしときたらウエストも胸もごく人並みだ。

いやでもお腹ひっこめて余ったパイ皮をコルセットに詰め込めば胸くらい…。


「さあ、あまりお待たせしては失礼にあたります。イーニド、参りましょう」


必死の現実逃避を遮ってニコニコと微笑むシミオン様に半ば引きずられるようにしてあたしは厨房から出て行くハメになった。




「最初にパイをお出しした時、王妃様はことのほかお喜びになって食べるのがもったいないと仰ったのです。しばらく鑑賞なさってから召し上がられたのですが、とても懐かしい味がすると仰られ、あなたに会いたいと願われたのですよ。国王ご夫妻がここにおいでになることは珍しくありませんが、調理人に面会を求められるほどお食事を気に入ってくださったのは初めてです。私も鼻が高いですよ」


自分が作ったって言えばいいのになんで正直にバラしちゃうかなあ…。あ、そうだったこの方修道僧様だもんウソはつけないか。

それにしたってこんな格好で憧れのあの方にお会いするなんて辛過ぎる。シミオン様もうちょっと乙女心を理解してー!と言いたかったけど清貧を美徳とする世俗を離れた方にそれは無理な話よねぇ。

ため息をいくつもついている間に不本意ながらもあたしたちは豪奢な扉の前までたどり着いてしまった。


「失礼致します。イーニドを連れて参りました」


嬉しそうなシミオン様の声とは裏腹にあたしの気分は落ち込んでいったけれどここまで来たらもう腹をくくるしかない。

憧れの王妃様にお会いできるんだ!せめて失礼のないようにちゃんと振舞おう!

そう思ったあたしの決意は5秒で霧散した。


「無理を言って申し訳ありませんシミオン様。こちらがイーニド嬢なのですね?思った通り可愛らしい方ですこと」


そう語る王妃様は、あの肖像画そのまま、いやそれ以上にお美しかった。

ご成婚当初の絵姿となんら変わらない若々しさと、絵では表現できていなかったお優しそうな柔らかな雰囲気。

あたしの乏しい表現力ではこれ以上言い表せないけど、とにかく想像以上のお美しさにあたしはバカみたいにぽかんと口を開けたまま絶句してた。


「イーニド、ご挨拶なさい。申し訳ございません王妃様、憧れの貴女様にお会いできて感動でものも言えないようですよ」


くすくすと笑うシミオン様の言葉にようやく我に返ると、慌てて腰を折り深くお辞儀をした。


「しっ、失礼致しました!改めまして、イーニドと申します。こっ、この度は過分なお誉めの言葉をいただきまして…」

「そのような堅苦しい挨拶は無用ですよ。お楽になさって、イーニド嬢。それにしても、陛下ではなくてわたくしに見とれてくださるお嬢様に初めてお会いしましたわ。なかなか嬉しいものですわね、陛下」


可笑しそうに微笑まれる王妃様にまたバカみたいに見とれてしまう。

陛下?陛下って…ああそうだ国王夫妻なんだから陛下もいらっしゃるのか。

慌てて周りを見渡すと王妃様の横で苦笑する銀髪の中年の男性(イケメン)と目が合った。


「本当に王妃以外眼中にないのだな。相手が女では妬くこともできん。今頃になってなかなか手強いライバルが出てきたものだ」

「かっ、重ねて失礼致しました!国王陛下には…」

「ああ、よい。無理を言ってすまなかったな、余からも礼を言う。なにしろこれは滅多に余に願い事をしてくれないので、たまの願いくらい叶えてやりたかったのだ」


おお、陛下が王妃様を溺愛なさってるって噂は本当だったのか。

それにしても陛下はなんていい声をなさってるんだろう。低くて甘い響きをもつそれはあたしの好みどストライクだ。

あの甘い声で名前を呼ばれて恥じらう王妃様のお姿を想像して興奮してしまったあたしはやっぱりどこかヤバいのかもしれない。


「イーニド嬢、もっとこちらへ。ああ、やっぱりよく似ているわ。エマは…お母様はお元気かしら?」


想定外の言葉にあたしのアゴは外れそうになった。

なんで王妃様の口からお母ちゃんの名前が出てくるの?!

びっくりして口もきけないあたしに王妃様は懐かしそうに微笑みながら話を続けてくださった。


「わたくしとエマ…あなたのお母様は昔同じお屋敷で働いていたのですよ」

「おっ、王妃様っ?!」


そりゃあ王妃様が平民の出だってことは知られてるけどそんな話を人前でして大丈夫なんですかー!

慌てて陛下の方を見たけど陛下はデレデレと微笑みながら王妃様を見てらっしゃって止めようともされない。ダメだこの人。


「わたくしたちはキッチンメイドとして働いていたのですけど、ホワイトソースがどうしてもうまく作れなくて困っていたのです。ほら、うまくやらないとどうしてもダマになってしまうでしょう?」

「さ、左様でございますね」


なんであたし王妃様とお料理談義なんかしてるんだろう。

話し方こそ丁寧だけど、話の内容は近所のおばちゃんにされる相談となんら変わりがない。


「それで試行錯誤しているうちに思いついたのがこのソースの作り方だったのですよ。ダマを作らないための苦肉の策だったのですけど、普通に作るよりも美味しかったものだからお仕えしていたお嬢様にもお気に召していただけて2人で大喜びしたものです」

「あっ」


お母ちゃん秘伝のレシピは実はホワイトソースにあるのだ。

普通は溶かしたバターに小麦粉を入れるところを、たっぷりのバターで薄くスライスした玉ねぎを飴色になるまで炒め、小麦粉を徐々に振って玉ねぎに馴染ませる。そこに牛乳を少しずつ入れてのばしていけば特製ソースの完成だ。

溶かしバターに直接小麦粉を入れるよりずっとダマになりにくいしなにより炒めたタマネギの風味が加わってとても美味しくできる。

…のだけれど、それを知ってるのはあたしとお母ちゃんとお父ちゃんだけのはず。ってことはお母ちゃんと王妃様って本当に知り合いだったのか!


「だって…そんな…お母ちゃ…いえ母は1度もそんな事…」

「わたくしとの事を何も言わなかったのね?エマらしいわ」


ふふ、と微笑まれるその表情にクラクラと目眩がしてきた。

最近とみに貫禄の出てきたお母ちゃんと王妃様が知り合いだったなんて到底信じられない。


「あ、で、でも、王妃様と陛下のご婚礼の絵はずっとうちの店に飾ってあるんです!母が父と結婚する時に婚約指輪がわりに強請ったって、それでっ、あたし、ずっとそれを眺めて育って!」


全然脈絡のない話を突然始めたあたしを笑うこともなく王妃様はニコニコと聞いてくださった。


「よかった、少なくともわたくしはエマに忘れられてはいないのですね」

「お前に友達がいたとは初耳だな」

「失礼ですわ、お嬢様のお屋敷にいた時にはそれなりにいましてよ?どなたかのせいで二度と会えないと諦めていましたけれど」


そう仰りながら陛下を優しく睨まれる様もお美しい。王様ちょっと変わって欲しいと思ってしまうあたしは本気で病気かもしれない。

王妃様の言葉に気まずそうな表情になった陛下は慌ててご機嫌取りに走られた。


「それは確かにすまないと思っている。詫びといってはなんだがそのエマとやらに会ってきてはどうだ?今日はもう遅いゆえ、後日日を改めて、だが」

「まあ、よろしいんですの?」

「無論だ。お前がエマと会っている間に街の視察でもしていよう。ゆっくり旧交をあたためて来るといい」

「ありがとうございます陛下」


嬉しそうに微笑まれる王妃様を見つめる陛下はデレッデレだ。人前でこんなに好き好きオーラ全開な人がうちの王様なのか…。

ちょっと残念な気もするけど相手が王妃様だしそれも仕方ないだろうと納得する。

それにしても結婚して何十年にもなるのにまだラブラブだなんて羨ましい。別に焦ってたわけじゃないけど幸せそうなお二人にあてられてちょっぴり結婚もいいかなと思ってしまった。

そうこうしてるうちにノックの音がして、メインディッシュが運ばれてきた。

そうだ、まだお食事の最中だったんだ。

あたしは慌てて辞去のご挨拶を述べる。


「今日はありがとうございました。イーニド嬢、また近いうちにお会いしましょうね」

「ありがとうございます。きっと母も喜びます。必ず申し伝えます」




コートニーの待つ厨房にどうやって帰ったか記憶にない。

厨房の懐かしい匂いに囲まれた瞬間腰が抜けて立ち上がれなくなったあたしはそのままの状態でコートニーから嵐のような質問責めにあうことになった。

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