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姫ゴト。  作者: 月下香
chapter.1
2/11

02

完結分5話まで連続投稿します。

ここにいきなり飛んでこられた方は最初までお戻り下さい。

「ああ、ここは本当に天国に一番近い場所よねえ」


うっとりとコートニーが小さく呟く。その意味を正確に受け取って、あたしは大きく頷いた。

ただでさえ美形の修道僧様がたくさん歩いておられる修道院に、今日はさらに警備として美麗な騎士様方がわんさかいらっしゃるのだ。

バスケットの中身を調べに来られた騎士様達があんまり優しく微笑んでくださるものだから、あたしとコートニーはそろって真っ赤になってしまった。

中身を改め終わると騎士様は丁寧にお礼を言われ、手間を取らせたお詫びに重いバスケットを厨房まで運ぶと仰って下さった。


「そんなっ、お手間を取らせて申し訳ないのはこちらの方です!自分で持てますからお気づかいなく!」


慌ててバスケットに手を伸ばすと、騎士様の大きな手があたしの手の上に被さってしまった。


「これは失礼を。ですがレディのお手伝いをするのも騎士の仕事のひとつです。どうぞご遠慮なくお任せ下さい」


そう言いながら微笑む赤毛の騎士様のお顔の麗しさに思わずぽーっとしてしまう。仕方ないじゃない、うちの街には逆立ちしたってこんな美形は落ちてないもん。

しかもバスケットの柄を掴む指の細さと長さといったら文句のつけようがないほどあたしの好みど真ん中なんですけど!すいませんね手フェチで!いいじゃない、人間って自分にないものを相手に求めるっていうでしょ!

日頃は剣を握って戦われるこの大きな手があたしの頬にそっと当てられ、瞳を見つめながら愛の言葉を囁かれるお姿を想像するともう…っと暴走しかけたところで我に返った。騎士様の前でヨダレを垂らす事だけは全力で避けたい。

騎士様の細くて美しい指に比べて、小さい頃からずっとうちの手伝いをしてたあたしの手はお世辞にも綺麗じゃない。節くれだって短くてカサカサしてて、包丁や箒がお似合いの家事向きの手だ。

そんな手をお見せしたくなくて思わず引っ込めてしまったけど、騎士様は手が触れたことを恥ずかしがってると勘違いされたらしくて優しい笑顔が一層優しくなった。


「おいおいエルドレッド、神の家で女性を口説き落とす気か?」


これまたバカでかい、コートニー特製スイーツがみっしり詰まったバスケットを抱えた金髪の騎士様がにやにやと笑いながら声をかけてきた。

その横にはうっとりとした表情のコートニーがいる。王子様の事はもう完全に頭にないようだ。さすがは商売人の娘、切り替えの早さが素晴らしい。


「うるさいよオーウェン。俺を追い抜いて真っ先にそちらのレディのとこに走り寄ったお前に言われたくないな」

「男は麗しい女性に弱いものだ、仕方ないだろう?」


オーウェンと呼ばれた騎士様は悪びれもせずニコニコ微笑まれている。

確かにコートニーはこんな田舎にいるのはもったいないほどの美貌の持ち主だ。騎士様と並んでもなんの遜色もない。

その青い瞳にやられた男達が毎日コートニーの店に通い詰め、お菓子で甘ったるくなった口をうちの酒とつまみで口直しして行くおかげで我が家もかなり恩恵に預かっている。できればずっと独身でいてもらいたいと言ったらグーで殴られた。扉の件といい、実はなかなかに乱暴な子なんだけどまだ化けの皮は剥がれてないらしい。


「もちろんあなたも十分お美しいですよレディ。エルドレッドが僕に耳打ちをして牽制するくらいにね。さあ、それでは厨房へ向かいましょう。いつまでもレディたちを独占…もとい、陛下をお待たせするわけにはいかないからね」


お世辞とはわかってるけど、美形にそんな事言われて舞い上がらない女なんていないわよね。

剣のかわりにバスケットを掴んだ騎士様達にエスコートされて厨房への廊下を進む足はふわふわと浮いているようだった。

こんな出会いがあるならやっぱりもうちょっとかわいいドレスで来るべきだったかなあと、ちょっぴり後悔をしながら歩いているとあっという間に厨房に着いてしまった。


「ご無沙汰しておりますシミオン様。お手伝いに参りました」

「やあイーニド、それにコートニー。来てくれたのですね、ありがとうございます。お呼び立てして申し訳ありませんでした」


シミオン様はこの厨房の責任者の方だ。若い頃はさぞかしモテたであろうその美貌は60を超えてもなお健在で、お会いするたびにクラクラしてしまう。

『あんないい男が修道僧なんかになるからあたしのとこに回ってこないのよねえ』とはコートニーの談だけど激しく同意せざるを得ない。


オーウェン様とエルドレッド様はバスケットを厨房のテーブルに置くと、眩い笑顔を残して警備に戻っていかれた。もっとお時間があればポットパイご馳走したかったなー。胃袋さえ掴めれば玉の輿…って事はないよね。せいぜい料理人にスカウトされるくらいが関の山だわ。

まだ余韻に浸っているコートニーは放っておいて、あたしはシミオン様と二人でさっそくポットパイの準備にかかった。


「自分でもがんばってはみたんですけどやはり海月亭の味は出せませんでしたので諦めてお呼びすることにしました」


笑いながら仰るシミオン様の笑顔が眩しくて思わず白状しそうになるけれど、そこは秘伝のレシピなのでがんばって持ちこたえる。


「うふふ、このレシピはあたしとあたしの旦那様になる人にしか教えられないってお母ちゃんがいつも言ってます」

「おや、イーニドは私に還俗してプロポーズしろと勧めているのですか?」

「んもう、シミオン様ったら!もちろん私はいつでも大歓迎ですよ?」

「それは魅力的なお誘いですね」


笑いながら話してるけどシミオン様に本気で口説かれたら絶対断れないわよねえと不要な心配をしながらも手だけはちゃっちゃと動いている。身についた習性って恐ろしい。

割ったら何か月分のお小遣いが飛ぶのか想像したくもないお高そうな器に温めたシチューを入れ、手早く伸ばしたパイ皮で蓋をする。

本当はそれで終わりなんだけど、今日は特別に薄く伸ばしたパイ皮で王妃様のお印である百合の紋章を作って蓋にそっと乗せてみた。

こんな些細な飾りなんて普段召し上がっていらっしゃる食事に比べたら子供の遊びのようなものなんだろうけど、それでも大好きな王妃様に何かして差し上げたくて馬車の中で必死で考えたあたしのささやかな気持ちだ。

喜んで頂けたらいいんだけど。

そう思いながらオーブンに入れようとすると、それまで横でぼーっとしてたコートニーから待ったがかかった。

コートニーは余ったパイ皮にナイフを入れて細切りを作ると、紋章のまわりを囲むように器のふちを綺麗にデコレーションしてくれた。


「まったく、ここまで綺麗に紋章作れるってーのに最後の詰めが甘いのよあんたは」

「凄いわねコートニー!あたしだったらそこまで思いつかないわ。さっすがパティシエ様よねえ」

「あんたの大好きな王妃様のためなんでしょ?だったらやれるだけやんなきゃね」


これだからあたしはコートニーが大好きなんだ。

こんなに優しいのに、なんであたしとつるんで売れ残ってるんだろう。


「ちょっと!思った事が全部口に出てるわよ失礼ね!」

「あ、ごめん」


怒ったコートニーにこんこんとお説教をされている間にポットパイは焼けた。

パイ皮は焦げもせず割れもせず、つやつやとおいしそうに膨らんで、コートニーが囲ってくれた箇所がまるで額縁のように王妃様のお印を美しく飾っている。

その出来栄えに思わず歓声をあげてしまった。


「これなら宮廷の晩餐会に出したって遜色ないと思うわよ。あんたが作ったシチューだもん、味だって絶対負けやしないわよ」


ふふんと鼻を鳴らすコートニーの気持ちがうれしくてたまらない。

あたしたちのやり取りを微笑みながら見守っていたシミオン様が熱々のポットパイをワゴンに載せて厨房を出て行かれるのを二人で手を取り合って見送った。


「ねえ、お駄賃にあたしにもポットパイ頂戴よ」

「もちろん!おかわり用にたっぷり持ってきたからあんたのも十分あるわよ。でも器は安いのでいいよね?」


厨房にあった小さな器を借りてポットパイを作る。

ああでもないこうでもないと残ったパイ皮でおバカな細工をしたポットパイをげらげら笑いながら平らげていると、頬を紅潮させたシミオン様が厨房に駆け込んできた。


「イーニド、王妃様がポットパイを作った方にお会いしたいと仰られてあなたをお呼びですよ」






「…はいぃ?」


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