ファースト・コンタクト お市さま
サルがすたすたと城内を歩いて行く。
と言っても、城の中の道ばかり。
時々、建物の中に通じる階段があっても、近づくこともない。
その後を数m遅れてついていく。
もしかして、サルの身分では上がれない?
これでうつけの殿に会う事できるの?
そんな不安を抱きながらも、ついて行くしかない。
そんな時だった。背後から、女の人の声がした。
「サル、こんな所で何をしておる」
怒気が含まれている事を感じた私は、ちょっとびくっとしてすくみあがりそうになった。
叱られた!
サルは「キキキッ!」と言って、逃げ出してしまうんじゃないかと思ったけど、予想は裏切られた。
その声に振り返ったサルの顔はくちゃくちゃの笑顔だった。
怖っ! 私の正直な感想。
サルはその笑顔で、「キキキッ!」と鳴きながら、いえ、鳴いたのは嘘だけど、素早く私の横を通り抜けていった。
振り返ると、廊下に二人の侍女を従えたきれいな女の人が立っていた。
細面で通った鼻筋。
きれいなその顔立ちはうつけの殿に似ているけど、この人には知性がある気がした。
身に付けている服も、その顔立ちに似合うほどのきれいさだ。
時代劇の中のお姫様。そんな感じだ。
思わず、自分が着ているちょっとぼろい服と見比べてしまった。
悲しいよぅ~。
「お市さまぁぁぁ」
サルはそう言った。
なるほど、この人がうつけの殿の妹 お市さまだったのか。
ならば、顔立ちも身なりも納得である。
「近寄るでない!
何をしているのかと聞いておるのじゃ」
悪い事をしたサルを叱っていると言うより、嫌いなサルに怒っている。そんな感じだ。
その事はお市さまの睨み付けるような表情が物語っている。
「だよねぇ。サルはお市さまが好きだけど、向こうはサルを毛嫌いしてるんだよねぇ」と、知ったかぶりの私が頭の中で言った。
「いえいえ、サルを毛嫌いなら、私だって!」と、私が言う。
「でも、利用しちゃうんだぁ」と、また曲がった事は嫌い! と言う私が非難気味に言う。
「何言ってんのよ。結婚しちゃうんでしょ?」と、冷静な私が言う。
その瞬間、私の全身に鳥肌が立った。
「ひぇぇぇぇ~」
心の中で叫び、ぶるぶるっと震えた。
「浅野のねね殿が、殿にお会いしたいと言うので、連れてまいった次第で」
私の名前なんか、出さないでよぅぅぅ~。
叱られて、名前まで覚えられたらいやじゃんかぁ!
心の中で叫びながら、ぴしっと直立して、緊張した面持ちでお市さまを見た。
「ねねじゃと?」
お市さまが私の方に視線を向けた。
怒られる。そう思いながら、立ったまま頭を下げた。
「違うでしょ。こんな時は平伏でしょ」と、知ったかぶりな私が言う。
「平伏しなかったからって、お手打ちにあったら、どうすんのよ」と、小心者の私が言う。
「ひぇぇぇ」そんな声を上げて、地面にひれ伏した。
「こんな経験するなんて、思ってなかったよぅ」と、私が頭の中で言う。
「いやいや、戦国時代なんて経験自体が異常でしょ」と、冷静な私が言う。
「ねね。顔を上げよ。そちの話は聞いておる」
「は、はははぁぁ」
そう言いながら、頭を上げた。
よく分からないけど? こんな感じ?
「ねね。こちらに」
そう言って、お市さまが手招きした。
さっきまでサルに見せていた表情とは打って変わって、優しげである。
へ? なんで?
「ささ、早う」
優しげな表情。温和な口調で、そう言いながら、手招きした。
「はい。失礼いたします」
よく分かんないけど、そう言って、お市さまが立っている前に向かう事にした。
一直線で向かうと、サルのすぐ横を通る事になる。
サルに近づいたところで、一瞬躊躇した。
そのため、私の体が戸惑うような仕草を見せた。
お市さまはそれを見逃さなかった。
「サル、お前はもういい。とっととあっちに下がりなさい」
そう言って、サルを追い払うような仕草と、私の進路ではない場所を指さしてみせた。
サルは寂しげな表情で、離れて行く。ちょっとかわいそうな気もするけど。
私は廊下の上に立つ、お市さまの前に来た。
どうしたらいいの?
そう思っていたら、お市さまが廊下につながる木でできた階段を指さした。
「あそこから、上がってきなさい」
「いいのですか?」
私の問いに、にこりとした笑顔でお市さまは答えてくれた。
よく分かんないまま、私はその階段を使って、お城の中に入って行った。
通された部屋はきれいな部屋で、畳が敷かれていた。
きっと元の世界の田舎にある木造づくりの家と比べても、遜色などないんじゃないかと感じた。
羨ましいぃぃ。
そう思った時、頭の中で冷静な私が言った。
「いずれは大阪城住まいかもよぅぅ」
「ひぃぃぃぃ」
冷静な私の言葉に、サルと暮らす姿を思い浮かべ、鳥肌を立てながら、情けない声を上げた。
「ねね。どうしたのじゃ?」
「は。いえ、ご無礼いたしました」
そう言って、また平伏した。
さっきと違い、畳の上。
平伏もさっきに比べれば気楽。すり減る私のプライドも、ほんのちょっと。
「ところで、そなたは兄上に、面白い知恵を授けたそうじゃのう」
「へっ? 道三殿との対面の話ですか?」
顔を素早く上げて、お市さまの問いに答えた。
「さようじゃ。
子供の発想とは面白いものじゃ。
何しろ、目が点になると思うておったのであろう?」
「は、は、ははは」
笑って返すしかない。
目が点なんて、本当になるとは思っていませんよ。
それはたとえですぅ。と、心の中でイーだをしてみた。
「とは言え、結局、美濃の道三殿を兄上の虜にしてしまったのじゃから、大したものよ」
そう言って、口元を押えて「ほほほほ」と笑いはじめた。
優雅な笑顔。女の私もいいなぁと思わずにいられない。
「ところでじゃ、ねね」
この人の表情は一瞬で変わるらしい。今は真剣な表情になっている。
「はい。なんでございましょうか?」
「子供の目は純粋ゆえ、曇った見方はせぬと思う。
しかも、そなたは目が点になると思うておったところは子供過ぎるが、兄上に授けた作戦はなかなかのものであり、知恵者であると思っておる。
それゆえ、たずねたいのじゃが」
そこまで言って、言葉を止め、私をじっと見つめてきた。
目が点ばかり言われるのは気に入らないけど、どうやらお市さまにはそれなりの評価を私はいただいているらしい。
何をたずねてくるのか? 緊張感が私を包む。
「うつけの殿の妹だよ。そこから想像してみたら?」と、いい加減な私が言う。
「いえいえ。この知性にあふれた顔つき。鋭い質問かも」と、冷静な私。
気にしても仕方ないでしょと、私は結論を出して、お市さまの話を待った。
「兄上をどう思う?」
へっ? それって、どう言う意味?
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