初めての清洲城
そんなこんなの日々を過ごしている内に、事件は起きた。
道三の嫡男 義龍が謀反を起こした。
それを知ったうつけの殿は劣勢の道三を救うべく、美濃との国境に向かった。
そして、歴史通り、道三を救う事はできず尾張に引き上げてきた。
その話を私はねねの家の縁側で聞いた。
歴史通り。私が関わらなくても、歴史どおりじゃん。
そう思った私の頭の中に、冷静な私が余計な事を言った。
「負け戦みたいなもんだからねぇ~」
「って、どう言う事よ?」と、私が頭の中で冷静な私に問うた。
「分かってるくせにぃ。私が関わらないといけないのは、勝ち戦。関わらなければ負け戦。そう言う事よ」
「待ってよ。だったら、私はいつまでこの世界にいなければならないのよ?」
「分かってるくせにぃ。サルもあれなんだよ。秀吉が天下をとるまでなんじゃないの?」
今までの最悪の予想、本能寺の変よりも延びちゃってるじゃんかぁ。
あまりの衝撃に、声が出てしまった。
「ひぇぇぇぇ~」
そんな冷静な私の言葉を裏切る事件が起きた。
うつけの殿が弟の信行を暗殺したのだ!
歴史通り。
そして、これは私は何もしていない。
何もしなくても、やる時はやってくれるらしい。
一度は信行が殺されれば、私は元の世界に戻れるんじゃない? と言う期待もしたけど、それはどうも期待外れ。
いえ、サルがサルである、いえ、もとい、サルがうつけであると分かった時に心の底では覚悟ていたんだけど、私は元の世界に戻れそうな気配がない。
でも、何かが変わった気がした。いえ、そう思いたかった。
なので、私はうつけの殿をお城までたずねた。
城門は閉ざされ、城門の前には二人の門番が立っていた。
私はすたすたと門近くまで歩み寄ると、門番たちに軽く一礼した。
「私は家中の浅野長勝が娘、ねね。信長様に会いに来ました」
私の言葉に、一瞬戸惑ったような表情を浮かべた後、門番の一人が私を手で追い払うような仕草をしながら言う。
「何を申して居る。ここは子供が来るところではないわ」
子供とは失礼なと言う気もするけど、確かに今のねねは子供。仕方がない。
とは言え、諦めて引き下がる訳にはいかない。
右手の人差し指を突き出して、ちょっとのけぞって、威張り気味に言ってみた。
「さては信長様と私の仲を知らぬな」
「いくら物好きでも、信長様は童女には手は出さぬわ」
「おうよ。その小さな体では、殿のあの大きななには入るまいて」
そう言って、げたげたと笑い始めた。
?? 何の事?? 一瞬、意味が分からなかった。
でも、すぐにおませな私が答えを導き出した。
「なにとはなによ。あのうつけの殿の背中に描かれていた」
「ああ、マツタケね」と、白々しい私がそれを受けた。
顔中が真っ赤になった気がした。
「なんじゃあ。顔が真っ赤じゃ。意味が分かったのかいのう?」
「こんな子供に分かる訳あるまいて」
ひぇぇぇ。私は駆け出して、その場を逃れた。
セクハラよ。セクハラ。と言っても、そんな言葉も概念もある訳ない。
城壁に沿って、いやらしい門番たちから逃れた私の目の前に、真新しい城壁が現れた。
サルが差配して修繕した城壁。
そうよ。サル。サルを呼べばいいのよ。
「嫌いなサルを呼ぶのね?」と、頭の中の曲がった事が嫌いな私が言う。
当り前じゃん。使える者はなんだって使うのよ。
そうよ。決まってるじゃん。
私は大声で城の中に呼びかけながら、城壁に沿って歩いた。
「藤吉郎殿ぉ~」
私のイメージの中では、私の声を聞きつけたサルが「キキキッ!」と言って、城壁を乗り越えて現れる。
「まさかね」そう言って、くすっと笑った瞬間、目の前に城壁から本当にサルが飛び降りてきた。
マジ?
さすがに「キキキッ!」とは言わなかったはずだけど、私の頭の中では、目の前のサルの姿に「キキキッ!」と言う猿の鳴き声が合成されていた。
「ねね殿、どうなされました?」
「藤吉郎殿。私は信長様にお会いしたいのです」
「殿にですか」
そう言ったサルは少し気落ちした表情。きっと、自分に会いに来たのではない事にがっくししているのかも。
「藤吉郎殿のお力を借りたいのですよ」
目を煌めかせながら言ってみた。
なんと単純な男なのか、サルの表情も煌めき始めた。
「お安い御用で。このサルめにお任せ下されませ。
ささ、こちらへ」
私は城門を目指すものばかりと思っていたが、サルは城壁を差している。
「どう言う事ですか?」
「後ろから、お尻を押して城壁の上へ押し上げて差し上げます」
そう言って、差し出している両手はそのまま私のお尻をさすりだしそうな気配。
ち、ち、ち、痴漢!
「このサルがぁぁぁぁ!」
そう言って、ビンタをサルの頬に飛ばそうとした。
小柄なサルとは言え、ねねの体も小さい。
思いっきり伸ばして振り放ったビンタはサルにあっさりかわされ、虚しく空を切った。
「城壁を越えるのをお助けしようとしただけでございます」
「分かってるわよ。でも、お尻触られたくないの!」
そう。この体は私のお尻じゃないにしても、触られた感触は今の私に伝わってくるんだから!
「では、自分でお登りに?」
本当にうつけかぁ!!!
「どうしたら、私が登れるのよ。
私の体見てみなさいよ!」
言った後で、ちょっと不安になった。その不安は的中した。
サルの視線は私の頭のてっぺんから、足のつま先まで舐めるような視線でスキャンして行った。
マジでこんな子供の体でもいいんかい!
「あんたはロリか!」
「ろり?」
「気にしないでいいから。城門から入ればいいでしょ」
そう言って、城門目指して歩いて行く。
振り返ると、とりあえずサルはついて来ている。
キビ団子はやっていなし、キジも犬もいないけど。
「そこ開けて」
もう一度門番に威張って言ってみた。
「信長様がお会いになるんじゃ」
私の背後でサルが言った。
「さっきの話はまことの事であったか」
「そうよ。さっさと開けてよね」
門番たちが城門を開くように、城内に告げると、大きな木でできた城門が開いて行った。
「いつでも、言ってくれ。わしらも開いてやるでの」
城門を通り過ぎようとする私に、にへにへ顔で門番の一人が言った。
何? 少し小首を傾げながら通ろうとする背後で、サルが怒鳴った。
「何を申すか。ねね殿はわしのものになるんじゃからな」
「誰がサルのものになんかなるものか!」と、私が頭の中で言った。
「いやあ、でも、ねねはサルと結婚する訳だしぃ」と、冷静な私が言った。
「それよりさ、あの門番の言った意味理解してる?」と、おませな私が言った。
「はっ!」意味を理解した私の顔がまた赤くなった。
も、も、もしかして、この城は痴漢と変態の巣窟?
中には変態がうじゃうじゃ?
思わず、城内に踏み入れた足が後ずさりしてしまう。
「でも、後ろも変態二人組。いや、サルもいるしぃ」と、からかい気味の私が頭の中で言った。
「前門の虎、肛門の狼ね」と、冷静な私が言う。
「あなたもちょっと染まって来てんじゃない?」と、おませな私が言った。
もとい、後門よ、後門。
それに意味ちょっとずれてるし。と、私が訂正した。
そして、私はサルに案内させて、初めて清洲城の中に入って行った。
お気に入り入れて下さった方、ありがとうございました。
予定通りの水曜7時の更新です。
よろしくお願いします。