サルよ、お前もか!
信長と道三の対面はどうやら私の知っている歴史通りの展開で無事終わった。
これで私は役目を果たしたはず。
これで帰れるんだ。
そう信じ、帰れる日を今か、今かと待った。
でも、虚しく日々が流れるだけだった。
狭く、ぼろい家。
ちょっと臭う薄っぺらい布団の中、何度涙を流し、眠れぬ夜を過ごした事か。
今宵も布団を抱きしめながら、眠れぬ夜を過ごしているのは、今嵐がやって来ていて、雨風の音が私の心に不安の目を植え付けているからだけじゃない。
それ以上に、考え事で頭の中が、嵐以上に渦巻いているからだ。
これだけでは私は帰れない。
私にはもっとしなければならない事があるんだ。
それはどこまで?
「それは本能寺の変まででしょ」と、私の中の冷静な私が言う。
「信長には優秀な家臣がいるのよ。そんなところまで必要ないでしょ」と、現実を受け入れたくない別の私が言う。
「だったらさ、弟の信行を暗殺して、織田家を一つにまとめるところまでなんじゃない」と、一番気の早そうな私が言う。
「そうね。私も信行暗殺に一票」と、私は頭の中で結論を出した。
「でも、それっていつよ?」と、私。
「明日にでも、うつけをそそのかしてやっちゃう?」と、自分さえよければいいじゃんかと言う私が言う。
「人の命がかかってるんだよ」と、正義感ぶった私が言う。
「でも、いずれ殺される人だよ。早くてもかまわないんじゃない?」と、自分さえよければいいじゃんかと言う私がしゃしゃり出てくる。
「却下」と、他の私たちが一致団結して、結論を出した。
とにかく、その日を待つ。
それはそんな嵐の夜から数週間ほど経った日の事だった。
もう私は一人でこの街を歩けるようになった。
横に見えるのは清州城。
200m近くに渡って、城壁が崩れている。
嵐で壊れたのだ。
それを大勢の人たちで修復させている。もう数週間続けている作業。だと言うのに、まだ直せていない。
これは藤吉郎 サルのイベントだ。
重臣たちが指揮しているのに進まぬ工事を、藤吉郎が一昼夜で完了させてしまうと言うやつだ。
だるそうにちんたらと作業している人たちを見ていると、進捗は遅そうだ。
サルはまだなのだろうか?
そう思って眺めながら歩いていると、崩れた壁が続く中ほどで立ち止まって、作業を見ているのはサルだ。
サルよ。このちんたらぶりを見て、何を思う?
俺に任せろと思っているのか?
いずれにしても、私には関係なさそうのイベント。
サルとは関わりたくもないので、反転して立ち去る事にした。
その私の視界に馬に乗ってやってくる男の姿が映った。
もう小汚い格好をしていない信長だ。
細面、きりりとした表情に通った鼻筋。
これが歴史通りの信長様だったら、私はいちころなんだけどなぁと、思いながら、大きくため息をついた。
「ねねではないか」
私を見つけたうつけの殿が馬を飛ばしてやって来たかと思うと、私のところで馬を下りた。
「久しいのぅ。こんな所で会うとは」
私は会いたくなんかなかったですぅ。と、心の中で舌を出した。
そうよ。私の大事な信長様のイメージを台無しにしたうつけの殿。
「どうしたのじゃ。
道に迷ったのではあるまいのぅ?」
「迷ってなんかいませんっ!
私はうつけじゃないですからっ!」
ぷんぷんな気分が、強い口調でそう言わせた。
まあ、この世界に来た最初の日は迷ったんだけどね。
「とのぉぉぉ」
その声に振り返ると、サルがうつけの殿を目指して駆け出してきていた。
この二人を見ていると気が滅入る。
そう思いながら、走り寄ってくるサルを見ていると、針路が変。視線の先が変!!
なぜに私にロックオンしている?
背筋に悪寒が走る。
数m先までサルが来た時、ひらりと信長様が連れている馬のお腹の下をくぐり抜け、サルをかわした。
背が低いと便利な事もあるんだぁと、感じつつ馬の鼻先を回って、サルの背後に回った。
「ねね殿。お久しゅうございます」
「うるさい」
背後に回った私に気付き、そう言ったサルを冷たくあしらった。
「信長様はどうされたのですか?」
サルを無視して、うつけの殿に作った笑顔を向けた。
うつけとサル。
どちらも好きじゃないけど、私に下心を抱いているとしか思えないサルよりかは、うつけの方がまし。私の頭の中の全員の意見が一致している。
「うむ。城壁の修理の進み具合を見に来たのじゃ」
へぇぇ。そんな事を気にしたりするんだぁ。うつけのくせに。なんて、思いながらサルを無視して、うつけの殿と話を続ける。
「まだ直っていないですね」
「うむ。ここまで時間がかかるとは思うていなんだ」
その言葉に、頭の中で私が左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いた。
「信長様。きっと、藤吉郎殿なら、一昼夜で片づけてしまいますよ」
「何、それはまことか?」
「はい!」
「うむ。ねねの言う事は信じれるからのう」
道三との対面の一件で、私の信用はかなりあるらしい。こんな小娘を信じるなんてどうよと思わないでもないけど、「見た目は子供、頭脳は高校生」なんだから、まあそれもありよね。
そんな事を思いながら、視線をサルに向けた。
二人の会話にサルの顔は引きつっている。
今にも、「キキキッ!」と言って、どこかの木にでも登って、姿をくらましてしまいそう。
なんで? ここはあなたの出番のはず。
「どうしたの?」
「は、は、ははは」
引き攣った笑みを浮かべるサルの顔色は青ざめてさえいる。私の心によぎる不安。
も、も、もしかして、こいつもうつけ? ただのサル?
サルよ、お前もか! なんて、呑気なフレーズを思い浮かべている場合じゃない。
私の顔も引きつり始めた。
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