であるか
信長様、本当にうつけ説!
私の心の奥底に芽生え始めたこの疑惑を振り払いたい。
でも、疑惑が確信に変わるのが怖い。
何かその確率の方が高そうな。
でも、はっきりさせない訳にはいかない。
このまま信長様を道三と対面させれば、私が知っている歴史は崩れ去ってしまう。
その衝撃は私の元の世界にどれだけの変化を及ぼすのか?
私は馬上の信長様を見上げながら、恐る恐る聞いてみた。
「あのう。斎藤道三が蝮の道三と言われているのはご存じですよね?」
「なんじゃ、本当は蝮なのか?」
会話がかみ合わない気が。
これも世を偽っているの?
「濃姫って、才女って噂じゃん。
濃姫がどう言っているか聞いてみたら?」と、知ったかぶりの私が頭の中で言った。
「そうね。蝮との対決。どう読んでいるのか。それを聞けば、信長様の器量もつかめるかもね」と、冷静な私が言う。
「濃姫は今日の事はなんと?」
そうたずねた私の心臓はバクバク状態。悪い方に転んだら、もう私は生きていけないかも知れない。
「お濃か。あやつはわしの事をうつけじゃ言うて、嫌うておるからのう。
早よう会って来いとだけ申しておったわ」
「は、は、ははは」
「やっぱ、この男、だめなんじゃない」と、笑って誤魔化している私の頭の中で、冷静な私が言った。
やっぱ、マジでうつけなの?
実は鉄砲も持っていないとか?
引きつり笑いを終えた私はきいてみた。
「あのう、鉄砲、たくさんお持ちなんですよね?」
「種子島か。あるぞ。城に300はある」
信長様はきっぱり言ってのけた。やっぱ、信長様なのである。
「うつけなんかじゃないんだよ」と、言ったのは、頭の中の信長様を信じたい私、信長様大好きな私、そして現実から目を背けたい私。
「じゃあ、一度鉄砲の使い方をどう考えているか、聞いてみたら」現実をきちんと見るべきだと言う冷静な私が、頭の中で提案した。
何と言っても、武田の騎馬隊を壊滅させた三段撃ち。
その発想を聞きたい。けど、まだそこまで考えられていないにしても、考えあって集めているはず。
そこに先見の明が!
期待と不安に、不安に、不安。不安の方が多いよぅ~。
そんな気持ちをごくりと唾と共に飲み込んで、聞いてみた。
「そんなにたくさんの鉄砲は、どう使われるんですかぁ?」
「珍しいし、かっこいいから集めておるだけじゃ。
皆が申すには種子島は戦には役に立たぬそうじゃ」
「はい? マジで?」
やっぱ目が点になってしまわずにいられない。
「まじとは何じゃ?」
「あ、ああ。本当にそうお考えなのですか?」
「皆がそう申すのだから、そうであろう。
違うのか?」
「は、は、ははは」
どうやら、歴史とは大違いなのかも知れない。これは本当のおおうつけ。
私ががっくりと肩を落として、地面に視線を落とした時、あの時の言葉が甦ってきた。
「この子はあの時代で何かをしなければならないのかも知れない」
私はもしかして、信長様、いいえ、この大うつけと蝮を正しく対面させるために、ここに来たの?
だったら、さっさと終らせて帰ろう!
でも、どうやって?
頭の中でひらめいた。
頭の中で私が左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いた。
「信長様。道三の目を点にさせてみたくないですか?」
「何? 舅殿の目が点になるのか?
それはまことか?」
な、な、何か誤解している気がしないではないけど、食いついてくれたんだから、それでいい。
「もちろん、まことですよ」
「で、どうすればよいのじゃ?」
「それはですねぇ」
私は持っている知識の全てをこの大うつけの殿に語った。
率いて行く部隊の威容。そして、対面の時には肩衣に長袴に変化すること。
どうやら、このうつけの殿にはそれが受けたようで、馬上で大笑いした。
「この格好を見せつけておきながら、寺の中で、こっそり着替えるのか。それは舅殿も驚くであろうのう。
で、目が点にまでなってしまうのじゃな。
うーん、人の目が点になるとは奇妙な事よのう」
やっぱ、目が点は通じていない。
きっと、この時代はそう言う表現しないに違いない。
「では、早速城に戻って、みなを集めて出直そうぞ」
そう言うと、馬首を反転させた。それに従うサル。
「ねね殿。それではまた」
サルが見せた笑顔に悪寒が走る。
あー、嫌、嫌。
それも、これで終わり。きっと、私はこれで帰れるはず。
自分の都合のいい考えを信じようとする私。
「んな訳ないでしょ」と、冷静な私が言う。
「そうそう。あなたの言うとおり、このままではだめね。
一つ忘れちゃってた」私がそう頭の中で、冷静な私に言いかえすと、うつけの殿とサルを追って駆け出した。
「信長様ぁ、お待ちください」
「なんじゃ」
立ち止まって振り返るうつけの殿。
この人に勝手にしゃべらせたら、うつけだと言う事がばれてしまう。
「いいですか!」
小さな体のねねである私が、馬上のうつけの殿を見上げ、右手の人差し指を軽く振って諭しながら言った。
「たぶん、対面の時、こちらが道三殿です的な事を言われると思うんですけど、その時には“であるか”とだけ言えばいいです。
他は何も喋らず、ずぅぅぅぅぅっと、黙っていてください。
これで、蝮もいちころですから」
「”であるか”、であるか」
うつけの殿はそう言って大笑いしながら、城に戻って行った。
はい? 今の洒落?
遠ざかる馬上のおちん○んを見ながら、私は肩を落とした。
もはや歴史にも伝わる道三との対面に向かう信長の勇姿を見る気も失せていた私は、そのまま肩をがっくりと落とし、とぼとぼとねねの家に帰って行った。
道三との対面の成果は上々だったらしい。
うつけの殿は対面を終えて戻って来るなり、私の家、正確にはねねの家にやって来た。
「ねね! そちの言うとおりであったわ。
舅殿は驚いておったぞ。ただ、残念なことに目は点にならなんだ」
「はぁ」
大体、目が点になるなんて事を信じている段階で、うつけ者よ。
「しかも舅殿はわしに美濃をくれると申しておったわ。
いつくれるかのう」
「くれる訳ないでしょ」
小さな体で、びしっと言ってやった。
「なぜじゃ?
舅殿はわしに嘘を申したのか?」
「じゃなくて、頭使いなさいよ。
道三には息子がいるでしょ。斎藤義龍が黙って美濃を渡すとでも思ってるの?」
「そうなのか。それは残念な」
いえ。私の方が残念な気分。
憧れの信長様が本当にただのうつけだったなんて。
「でも、これで帰れるんだよね」そう信じ込もうとする私。
「んな訳ないでしょ」そう切り返す冷静な私。
そして、時は無情に流れさり、私は戦国時代から帰れる事は無かった。
軍配は冷静な私に上がってしまった。
昨日、お気に入り(ブックマーク登録って、今は言うんですね!)入れて下った方、ありがとうございます。
このペースで更新すると、パソコンの中の私の原稿に、すぐに追いついちゃいそうで……。
と、不安にかられながらも、今日も更新しちゃいました。
よろしくお願いします。