ねね
恫喝するような発言を、国の支配者に向かって投げると言う事は、布教を禁止される可能性がある事くらい想像できるはず。
多くの宣教師たちは純粋に布教のため、自らの命をかけて、世界に散らばっている。
でも、中には自分たちに優越感を持ち、恫喝すれば何とでもなると見下している者もいるらしい。
「殿下、伴天連たちの布教はどのように?」
私がさっき言ったでしょ! と、サルに再度確認しようとする三成を睨み付ける。
「ねねの申したとおりで、いいであろう」
「では、守らぬ場合は?」
「そうねぇ」
三成の問いに、そう言った瞬間、「伴天連追放」の文字が頭に浮かんだ。
そっかぁ。そろそろ伴天連追放だ。
そう思った瞬間、私の口から大きな声が出た。
「私の言う事が聞けなければ、伴天連どもは追放してしまえばよろしかろう」
はい?
確かに頭の中に浮かんだ言葉だったけど、こんな大声で言う気は無かった。
「今の声の大きさじゃあ、大村や伴天連たちにも聞こえたんじゃない?」と、冷静な私が言うけど、今はそれどころじゃない。
私、どうなっちゃったの?
本能寺の変で頭を打ってから、ちょっと変。
私の中に別の私がいるみたいな感じ。
「うむ。ねねの言う通りでいいじゃろう」
「かしこまりました」
サルと光秀の声が聞こえて来たけど、思考回路の手前で遮断。
一人、小首を傾げてみる。
「ねね。どうしたんじゃ?
肩でもこっておるのか?」
「そうじゃないんだけどね」
サルが気遣ってくれたので、とりあえず笑みで返す。
「風呂でも入ったら、どうじゃ?
ねねは毎日お風呂に入るのが好きじゃからなぁ」
そうね。お風呂に入って、ゆっくりと考えてみますか。
そんな気になった。
今や私は、お風呂を毎日入れるようになっていた。
私が入るお風呂。
それは庭のような広い一角に板で囲われた空間に五右衛門風呂を用意させ、その外側に着替える空間を設けたもの。
移動する先々にこのお風呂場を造るのだから、私が毎日お風呂に入ると言うのは知らない者もないと言えるくらい有名になっている。
このお風呂のおかげで体や着物から臭いがぷんぷんなんて事はない。
シャワーやシャンプーなんかも無いと言う事もあるけど、それでも毎日お風呂に入れる幸せ。
「じゃあ、そうさせてもらいます」
そう言って、立ち上がり、お風呂をこしらえている庭に向かう。
縁側の廊下をしずしずと歩いて行く。
私に従う侍女は一人。
視界の先に、風呂場が見えてきた。
木の板で囲った湯船がある空間から、湯気がほのかに立ち上っている。
いつもの光景。
でも、今日は少し違っていた。
いつもなら、扉の前に侍女がいるけど、今日はいない。
トイレにでも行っているのか?
まあ、困る事などない。
「マジでぇ? 先回りしたサルが向こうに潜んでいるかもよぅ?」なんて、頭の中で別の私が言う。
「サルは若い子好きだからね」と、冷静な私。
悪かったわね!
そりゃあ、もう私も若くないですよっ!
と、頭の中でいじけてみる。
でもまあ、何かの間違いで、誰かがいると言う事も。
お風呂の扉に手をかけて、ゆっくりと開ける。
その向こうの脱衣所から、温かい空気と湿気が伝わってくる。
中には誰もいない。
まあ、当然。
「じゃあ」
侍女にそう言って、扉を閉める。
お風呂はやっぱ一人でしょ。と言う訳で、いつも侍女は外で待たせている。
打掛を脱ぎ、帯もほどいて、脱いでいく。
すっぽんぽんになると、湯船に続く扉に手をかける。
湯船の部屋は熱気に包まれている事が、扉を開ける前から感じられる。
ゆっくりと扉を開く。
木の板で囲われた空間に大きな鉄製の湯船が置かれていて、湯気が立っている。
湯船の前に置かれた踏み台に足をかけ、身を湯船に沈める。
私が足を踏み入れると、湯船の中に浮かんでた木の板が沈んで行く。
「ふぅぅぅ。暖かぁぁぁ。幸せ」
肩までつかろうとした時だった。背後に人の気配を感じた。
誰? サル? 侍女?
警戒感よりも、誰かと言う事の方に比重が置かれていた。
きっと、平和ボケ。
その瞬間、私は頭を押えられ、湯船に沈められた。
な、な、何?
私を殺そうとしているの?
だ、だ、誰よ?
必死に抗い、手をバタバタさせる。
足と背中の筋肉を使って、顔を上げようとする。
「ぷはぁ」
とりあえず、顔を上げられたけど、すぐにまた強い力で押えつけられた。
「関白殿下のおそばに、あなたのような誤った考えを吹き込む危険な者がいては困るのです」
もがく私の耳に届いた。
だ、だ、誰?
とにかく、私に対する殺意がある事だけは分かった。
誰かに気付いてもらう必要がある。
思いっきり手足をばたつかせて音を立てる。
疲れと酸素切れから、意識が遠のく気がする。
意識も真っ暗な闇に吸い込まれて行く。
私、死ぬのかなぁ。
信長様に天下を言われたのに!
そんな思いに至った時、頭の中で別の声がした。
「秀吉殿の天下は私が引き継ぎます」
だ、だ、誰よ?
「私はあなた。
あなたは私」
はい?
混乱する頭の中で、意味不明な声がこだました。
その声は混乱する私の思考回路とは関係なく、落ち着いた声で話し続けた。
「でも、同じ時代にいる存在じゃない。
この体は今の私のもの。
あなたの居場所は、はるか未来。
今の私の体から出て行って!」
ね、ね、ねねなの?
そう思った瞬間、意識はくらくらとした眩暈感と共に、暗い闇の中に引きずり込まれて行った。
この後の、こちらの世界の事は「なんで俺がサルになんなきゃいけないんだよ!」の方に描かれています。
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