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鳴かぬなら、殺してしまえ、ほととぎす

 サルを表に立てた天下は一段と近づいていた。


 サルは大坂に巨大な城を築き、関白に任じられると共に、豊臣姓を朝廷から賜った。

 そして、私はと言えば、北政所の称号を許された。


 とは言え、まだ日本を平定した訳ではない。

 九州では島津がサルの命に従わず、暴れ回っている。


 まずは九州を歴史通り平定しなければならないけど、信長様の草履取りで満足できる男が、自ら全国平定など行う訳はない。


 サルを背後で操る呪文は「き・む・す・め、お・ちゃ・ちゃ・さ・ま」である。

 今、サルを動かしているのは、その茶々が欲しいと言う欲望だけである。


 今や関白となったサルである。無理やりと言う手もあるだろうに、そう言う事はしない。

 それは私に対しても。そこには、もしかするとサルの男としてのプライドがあるのかも知れない。


 無理やり力でなんてのは卑しい男のする事、自分に靡くまで頑張ってみる。

「鳴かぬなら、鳴かせてみようほととぎす」だねと、頭の中で別の私が言った。


「でも、それって、女の人を相手にした時だけじやない?」と、冷静な私が言った。

 確かに、そんな気も。



 さて、そんなサルを立てながら、さっさと九州平定をしなければならない。

 そのために必要な事は、徳川家康を屈服させる事。


 異父妹を家康に嫁がせ、母の大政所まで人質にだし、ようやく大坂まで家康がやって来た。

 私の知っている歴史では、そこにサルが乗り込む事になっている。



「さあ、行くわよ!」


 家康の宿所となっている秀長の屋敷の前で、サルに言う。



「しかしじゃなぁ、ねねぇぇぇ。

 ねねとわしでは、何かあっても、どうしようもできないではないか」


 切り殺されないかと心配して、少し震え気味。



「何言ってるんですかっ!

 これを乗り切れば、本当の天下人に近づくんですよ。

 お茶々さま、要らないんですかぁ?」

「死んでは元も子もないではないかっ!

 茶々を抱く前に死んでは何にもならんではないか!」

「はぁぁぁぁ」


 大きくため息をつくと、サルに顔を嫌々近づけながら言った。


「私が言ったとおりにしてたら、大丈夫。

 今までも、そうだったでしょ。

 行きますよ!」


 そう言って、しぶしぶサルの手を掴んで引っ張った瞬間、胸の奥がきゅんとした気がして、慌ててその手を振り払った。


「どうしたんじゃ、ねね?」


 サルの言葉に答えず、一度大きく息を吸い込んで、気分を落ち着かせる。

 今のは何?

「間違いなく、キュン! だったよ」と、冷静な私が言う。

 マジで情が移ってきてるの?

「情だったら、キュンてしないと思うんだけど」

 だったら、何だって言うのよ!

 こ、こ、恋だって言うの?

 ひぇぇぇぇ。私の頭は混乱気味。


 このまま、サルをほって一人逃げ帰りたい気分。

 首を何度か振って、そんな気分を頭の中から振り落とす。

 キュン! な気分も、もちろん振り落とす。

「振り落とすも何も、無いはずなんだけどねぇ」と、冷静な私が言う。

 うん、うん。と頭の中で頷くと、もう一度、大きく息を吸い込んで、心を落ち着かせた。



「秀吉殿、行きますよ」


 しっかりとした視線で、サルを見つめる。

 さっきの動転した私の様子に戸惑っていたサルは家康の事を忘れたかのように、うんうんと勢いよく二回頷いた。


 家康の宿舎にあてた秀長の屋敷。

 門の向こうには、いくつもの焚かれたかがり火が無数の武者たちの姿を浮かび上がらせていた。

 完全にサルの奇襲に備えている雰囲気がありあり。

 そんな警戒心いっぱいで、気が立っている兵たちの中に乗り込んで行く。



「何者!」


 そう言って、私たちに気付いた兵たちが駆けよって来る。

 とは言え、彼らにとって、侵入者はたったの二人。それも一人は女子とあっては、警戒オーラをびんびんに放っていても、殺気は感じられない。

 しかも、鳥かごを左手に持っている私の姿に、戸惑いも見られる。

 そんな兵たちに囲まれながら、サルの前に一歩踏み出し、大きな声で言った。



「こちらは関白 秀吉さまぞ!

 粗相があっては許しはしませぬよ」


 家康の兵たちは一瞬怯んで、一歩引き下がり、顔を見合わせている。



「何事じゃ」


 家康の武将らしき者たちも駆けつけてきた。


「関白様と名乗る方がいらしているのです」


 兵の答えに、ずいっと、一人の武将が進み出てきた。


「これは」


 そこまで言って、固まっているところから言って、サルを知っている者らしい。


「だれ?」


 私の問いかけに、サルが小首を傾げた。

 がっくしと体勢を崩しそうな私。気を取り直して、その武将に目を戻した。

 ぞくぞくと駆け寄ってくる兵と武将たち。


 昭和の時代の月曜夜8時45分。たぶん。

 そんな気分で、声を張り上げる。


「控えおろぅ。このお方をどなたと心得る。

 恐れ多くも、現関白殿下、豊臣秀吉さまなるぞ。

 頭が高ぁぁぁい!」


 私の勢いに押され、また私たちを取り囲む者たちが一歩下がった。

 が、ひれ伏してはいない。

 ここは雑魚相手にしても仕方ない。

 一番偉そうな武将を探す。


 とは言っても、分からない。とりあえず、近場にたっている武将から。

 ずいっと、進み出て、その者の肩に右手を置くと、目線を合わせる。

 残念なことに、私の身長の方が低く、見下ろせず、見上げる体勢だけど。



「あちらは関白殿下、私は北政所 ねねである」


 声に力、視線にも力、手にも力を入れて、押さえつける。

 一瞬、抵抗を見せはしたものの、跪いた。


 その光景にどよめきが起きたが、私の目の前の武将以外はまだ立っている。

 次に近い武将のところに近寄り、同じように右手で肩を押えると、跪いた。

 さすがに兵たちは慌てて跪き、他の武将たちも次々に跪いた。

 そんな時だった、新たな一団が現れた。



「こ、こ、これは」


 新たに現れた集団の真ん中にいるのは恰幅がよく、顔も丸まるとした雰囲気のある男。

 こいつが狸おやじ、家康かぁ。

 私の直感はそう言った。



「家康殿か?」

「いかにも、徳川家康でござる」

「関白殿下が徳川殿とは懐かしいので、早く会いたいと申して止まらないので、連れてまいりました」

「お二人で?」

「そうです。それが何か?」

「いやはや」


 そう言うと、汗でも浮かばせていたのか、家康はおでこを拭き始めた。


「上がらせていただきたいのですが」


 そう言って、ぐいっと一歩を踏み出す。


「ささ、こちらへ」


 家康がそう言って、手でどうぞと言う仕草をした。


「うむ」


 私の背後でサルの声がした。

 振り返ると、「キキキッ」と言って、駆け出しそうなくらいの笑み。

 万事うまく行きそうな気配を感じ取って、自信をもったに違いない。


「野生の勘ね」と、頭の中で別の私が言う。

「頭の中をのぞいたら、きっと、茶々さまに何している妄想で満たされてるんじゃない?」と、サル嫌いの私が言う。

 それ、ありかも。そんな事を思いながら、視線を家康に戻した。




 家康との対面。

 部屋の奥には私とサルが陣取り、序列を明確にする。



「家康殿、久しいですな」


 サルの声は落ち着いている。マジで全てがうまく行くと自信を抱いているらしい。


「関白殿下とは、色々ござりましたなぁ」


 家康も落ち着いた声で、そう言って笑いはじめた。

 二人の会話はそれなりの雰囲気で進み始めた。


 とは言え、きっと部屋の外では、「事あらば!」と、家康の家臣たちが構えているに違いない。

 そんな中、家康が私が持ってきた鳥かごに話を向けた。



「ところで、北政所さま、その鳥かごは?」

「徳川殿にプレゼントです」

「ぷれぜんと?」

「あ、すみません。贈り物です。

 ほととぎす」


 そう言って、ほととぎすの入った鳥かごを家康に差し出した。



「ほほぉ。

 そう言って、受け取ると、鳥かごの中のほととぎすを見つめた」

「ほととぎすと言えば、鳴き声が特徴的ですね」

「左様で」


 家康が私を見て、にんまりとした。

 私の意図が分からず、私の腹の中を探りたそうな顔つき。



「ところがです。

 もしも、目の前に鳴かないほととぎすがいて、一句となれば、どうされますか?」


 小首を傾げて、聞いてみた。


「さて?」


 家康はまだ私の意図を読もうとしているのか、答えずに小首を傾げてみせているだけで、答えようとしない。


「関白殿下なら、鳴かぬなら、鳴かせてみようほととぎすと、詠まれました」


 はっきり言って、嘘なだけに、サルが私を驚いた顔つきで見た。

 そんなサルににこりと返して、家康に視線を戻すと、にやにや気味の笑顔を浮かべていた。


「関白殿下であらせられれば、如何にもな句でござりまするなぁ。

 しかし、なかなかご威光にも、努力にも従わぬほととぎすもいるやも知れませぬ」


 そう言うと、思案顔を作ってみせた。

 わしはなかなか従わぬぞと言いたいに違いない。

 そして、そんなわしをどう料理するのか、考えてみろと言う挑発と、私は感じた。



「さようですね。

 そのような場合、家康殿には、鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ほととぎすがお似合いかと」

「鳴くまで待とうでございまするか?」


 そう言って、目を瞑った。


「鳴くまで、待つ」


 家康がぽそりと言った。

 私の言葉の意味を読み解こうとしているに違いない。


 思うようにならぬのは、そなたもじゃ。

 そなたにある手は、時を待つだけ。つまり、今は時ではない。


 暗に示した私の意味を、読み取ったのか、目を開けるとにんまりとした表情で言った。


「なるほど、鳴くまで待つですなぁ」

「そうです。

 私なら、鳴かぬなら、殺してしまえ、ほととぎすですから」


 そう言って、きっつい視線を家康に向けた。

 どうよ! 威圧感を放ちながら、家康を見る。

 一瞬、驚いた顔をしてから、笑いはじめた。


「はっ、はっ、は。

 これは参りましたなぁ。

 私も殺されたくはありませぬ故、関白殿下と北政所様のお役に立てまするよう、精進いたしまする」


 そう言って、家康が平伏した。

 これで、家康との関係は決した。

 サルもそう感じ取ったらしく、その姿を見て満足げに、大きく何度も頷いている。


「さて、それでは徳川殿、殿下になり代わり、戦陣では指揮を執っていただくこともあろうかと思われます」


 私の言葉に家康が面を上げて、私を見つめた。


「おそらく、明日の対面に際し、殿下は陣羽織を羽織っておられると思われます」


 そう言って、サルに目を向けると、サルはなんで? そんな視線を私に向けた。

 サルの疑問そうな顔には答えず、家康に視線を戻して、言葉を付けくわえた。


「徳川殿が、関白殿下のために働かれると申されるのでしたら、その陣羽織を自ら賜りたいと申されるのが、よろしかろう」

「なるほど、それはぜひに」


 家康が納得顔で数回大きく頷いた。



 そして、徳川家康は大坂城でのサルとの対面に際し、陣羽織を賜り、忠誠を誓ってみせた。

 時が来るまでは。そう言う事だけど。

今週、お気に入り入れて下さった方、ありがとうございました。


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