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さようなら、お市さま

 清洲城では、三法師君が家督を相続した祝宴が開かれる事になった。


 私の知っている歴史では、この機に乗じて勝家がサルの暗殺を謀る。

 三法師君を抱きかかえてきて、自分たちを平伏させた事に怒っての事。


 もちろん、表向きはサルが織田家を乗っ取ろうとしているって事だろうけど。

「暗殺謀ったのって、マジなのかなあ?

 まあ、マジだとしたら、今度は殺されるの私だよぅ!」と、知ったかぶりな私がびくびく声で言う。

 だからぁ、私はサルを連れて、密かに清洲城を出るんでしょ!

 さっさと危ないところからは逃げるが勝ち!



 大きな木の板でできた清洲城の城門。

 サルに小六を引きつれて、近寄って行く。

 特に閉じている必要もないはずなのに、固く閉じられていて、城内側にも門番が控えていた。



「門を開けられよ」


 小六が言ったが、門番は門を開こうとはせず、拒否してきた。


「門を開ける事はできませぬ」

「開けなさい!

 羽柴筑前守秀吉ですよ」


 私が天下人オーラをまとわせながら、ずいっと一歩前へ出て命じた。


「柴田様より、どなた様であろうとも、出入りを許してはならぬと命じられておりまする」


「サルの名前も、私のオーラもだめじゃん」と、頭の中で別の私が突っ込む。


「うーむ」


 私の横で、サルが腕組みして思案顔。


「さて、ねね。

 この問題、どう解決するかじゃが」


 そこまで言って、にんまりとした。

 何か考えがあるのか?


 はっきり言って、サルなら城壁を「キキキッ」と言って、乗り越えれそう。

 そんな答えじゃないよね?

 不安と、不安と、不安と不安。全部、不安じゃん!

 そんな思いでサルを見つめていると、サルが話しはじめた。



「どうして、外に出られぬのかと言うと、城門を通れぬからじゃ。

 どうして、城門を通れぬのかと言うと、城門が閉じられているからじゃ。

 どうして、城門が閉じられているかと言うと、門番が閉じておるからじゃ。

 どうして、門番が閉じているのかと言うと、命令を受けたからじゃ。

 どうして、命令を受けているのかと言うと、勝家が命じたからじゃ。

 ならば、勝家を斬ればいい!」


 思わず、私はサルの頭をひっぱたいた。

 サルの発言と、私の行動に門番たちは目を丸くしている。


「何をするんじゃ、ねね。

 ちゃんと、五回、どうしてを繰り返したではないかぁ」

「あんたねぇ。

 ここで、そんな物騒な事言うんじゃないの!」


 私はもう一度、門番たちに目を向けた。


「柴田殿の命は聞けても、羽柴の命は聞けぬと申すか!」


 私の恫喝に、門番たちは顔色を変えて、ごにょごにょと口の中で、訳の分からぬ事を申しはじめた。



「力で開けさせてもらいますよ!」


 そう言って、小六に命じようと、小六に視線を向けた時、硬い表情で近づいてくる女の人に気付いた。お市さまである。



「お市さま」


 そう言って、私は頭を下げた。



「ねね。久しぶりじゃの」

「はい」


 そう言っている視線の片隅に、リズムを刻むサルが映った。

 視線を向けると、腰を振っている。

 思わず、もう一度サルの頭をはり倒した。



「何するんじゃ、ねねぇぇぇ」

「うっさい! ちょっと黙ってなさい」


 私の言葉にサルが口先を尖らせた。

 その顔は、まるでサル!

 そんなサルは無視して、お市さまに目を向けた。



「ねね。

 私はそなたを買っておったのじゃが、残念な事になってしもうたのう。

 なにゆえ、そなたはそのような者の妻となったのじゃ」

「いくらお市さまでも、それは失礼ですよっ!」


 はい?

 私の口、今、何言った?

 言ったはずの自分の目が点になる。

 お市さまも目を点にして、固まってしまっている。


「す、す、すみません」


 まずは、そう言って頭を下げた。

 私だってなりたくてなった訳じゃないので、お市さまの意見に一票いれたいくらい。それだけに、さっきの言葉は自分でも信じらんない。


「ま、いずれにせよじゃ。

 兄上より天下を盗れと言われたのが、真であったとして、それがそなたであったとしても、そのような事にはさせぬ。

 そなたが天下をとる。

 それはつまり、サルが天下人となると言う事じゃからな。

 私はそれだけは許せぬ。

 なにゆえ、そのような者に兄上の代わりになってもらわねばならぬと言うのか」

「まこと失礼な!」


 また、私の口から勝手に言葉が飛び出した。

 慌てて、右の手のひらを顔の辺りでひらひらさせて、自分の言葉を仕草で否定してみせた。


 どちらかと言うと、私の発言の方が失礼。

 自分でそう思うくらいだけに、お市さまはもっとそう思っているらしい。

 今までに見た事のない睨み付けるような視線を私に向けている。


 一体、私、どうしちゃったの?

「情が移って、私の心の奥でそう思ってるんじゃないかな?」と、冷静な私がフォローした。

 そうなんだぁ。と、情が移っているかも知れない自分の本心を想像して、鳥肌を立てた。


「ねねがそのような事を申すのなら、遠慮する事もいらぬな。

 兄上の果たせなかった夢は、私の手で叶えて見せまする」

「で、で、では、このサルめと共に!」


 そう言うと、サルはハッ、ハッ、ハッと、犬の荒い息のような表情で、お市さまを見つめている。

 空気の読めないサル!


 私が冷たい視線を向けたけど、お市さまに熱い視線を向けていて、私の事に気付いていない。

 まあ、それはいいんだけど。


「兄上の夢を継ぐには、サルには滅んでもらわねばなりませぬ」


 へっ!? と、サルが驚いた顔で、お市さまを見ている。

 嫌われている事も気付いてないの?

 呆れ顔でサルを見ていると、お市さまが私に視線を向けて、きつい口調で話を続けた。


「ねねに気を使っていましたが、それももう不要のよう。

 思う存分、やらせていただきます。

 私は勝家殿に嫁ぎ、勝家殿と共に、天下を目指します」


 歴史通りね。

 浅井長政に嫁ぐと言う話を聞いたあの時、私の心情は複雑だった。

 でも、今は迷いはない。

 力を込めて、頷こうとした私に、情けない声が聞こえて来た。



「お市さまぁぁぁ。」


 サルは今にも倒れそうなくらい、がっくし状態。


「天下を目指す者が、光秀のような汚い手を使っては人はついてきませぬ」


 お市さまはサルの事など見向きもせず、きっぱりとした口調でそう言うと、門番に目を向けた。



「私が命じます。

 門を開け、この者たちを通しなさい」


 さすがは故信長様の妹君。

 その命に門番たちは一礼し、城門の大きなかんぬきを外しはじめた。


 ごとん。そんな音と共に、かんぬきが外れた。

 門番たちが左右の門を開いて行く。



「行くがよい。

 二度と会う事はあるまい」

「お市さま。ありがとうございます」


 そう言って、私は一礼した。

 そして、これがこの人との最後。

 さようなら、お市さま。

 そう心で言って、城門を出た。



「ねねぇぇぇ。どう言う事じゃ?

 なにゆえ、お市さまはわしではなく、勝家を選んだのじゃ?」


 城門を抜けると、サルは取り乱して、私の前に回り込み、私の両肩を掴んで言った。

 その両手をピシッ、ピシッと払いのけてから、少し小さな声で言った。



「だからぁ。

 私はお市さまではなく、お市さまの娘って言ったでしょ」

「しかし、じゃなあ。

 勝家はお市さまを嫁にできるんじゃぞ!

 わしはできぬというに」


 よっぽど、お市さまがいいらしい。

 とは言え、男と言う生き物は、若い方が好きなはず。



「でもねぇ。よく聞きなさいよぅ。

 お市さまはね、お年をめされているんですよぅ。

 しかも、お子を産んでるんですよぅ。

 まっさらさらじゃないんですよぅ。

 お茶々さまは、お市さまよりずぅぅぅぅっと若いんですよぅ。

 それも何も知らない、誰も手を付けていない、まっさらさら、生娘ですよぅ。

 き・む・す・め、お・ちゃ・ちゃ・さ・ま」


と、言うと、目を輝かせて、よだれを垂らしていた。

 全くの変態サル!


 とにかく、新たな呪文、「き・む・す・め、お・ちゃ・ちゃ・さ・ま」で、サルはモチベーションMaxになった。



 清洲を離れた私は、信長様の葬儀を大々的に京で行った。もちろん、サルを前面に打ち立てて。

 骸は無いと、世間には思われていたけど、ちゃんと掘り出して弔った。

 サルは少将に任じられ、晴れ舞台だったけど、信長様を救えなかった私は涙、涙の日だった。



 やがて、勝家とサルは賤ヶ岳で激突し、サルは勝家を破った。

 勝家とお市さまは三人の娘を残し、北ノ庄の城で自害して果てた。


 さようなら、お市さま。


 私は心の中で、そう呟き、手を合わせた。

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