表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/46

本能寺の変(中)

 白く冷たい月明かりがほんのりと差し込む部屋の中。

 布団の中で寝返りを打って、障子の向こうに意識を向ける。


 静かな夜。

 これから光秀が襲ってくるなんて、知らなければぐっすり熟睡してしまっていたはず。

 でも、これから起こる本能寺の変への恐怖からか、今夜、私には睡魔も寄り付かない。


 部屋の中に差し込む障子越しの月明かりの位置は、私が布団に入った時から、かなり位置が動いている。

 すでにかなりの時間が過ぎているはず。


 そんな時だった。

 廊下をけたたましく走る足音に気づいた私は、布団から飛び起きた。

 耳を澄ませば、人馬の気配もかすかだけど、感じられる。



「来た!」


 外の月明かりが白い障子紙に縁側を駆けて行く人影を映し出した。


 ふすまを開けて、外の様子をうかがう。

 人馬の気配は一層感じられた。


 周りに目を向けると、縁側に人が増えていき、不穏な気配をみんなが感じ取っているらしい。


 早く信長様のところへ!

 信長様を求めて人が多い場所を目指していると、背後からどたどたと駆け寄ってくる人の気配がした。


 端によって、やり過ごす。

 月明かりが映し出したのは、10代後半と思われる若者。

 茶筅髷の姿は森蘭丸。


 信長様に命じられ、様子を見に行き、報告に戻ってきたに違いない。

 蘭丸の向かう先に信長様がいる。

 蘭丸の後を追って行く。



「上様! 明智光秀、謀反!

 すでに、包囲されておりまする」

「まこと、光秀か?」

「はい。水色桔梗の旗印、しかと見定めてまいりました」

「上様、ここは防ぎまするゆえ、落ちられませ」

「是非に及ばず!

 弓を持て!」

「上様!」

「光秀がぬかると思うか?」



 信長様が言い終えたかどうかの時、庭の先にある壁の向こうから喊声が聞こえてきた。

 目を向けると、壁を兵たちが乗り越えようとし始めていた。


 ほ、ほ、本能寺の変だよぅ。

 ちょっと、足が震え気味。

 ごくりと唾を飲み込んで、ふるえる足で信長様のところへ駆けつける。

 近寄る私に気づいた信長様が驚いた顔つきで言った。



「ねね。何をしておる。

 さっさと落ちよ。

 光秀の事、女子に手出しはせぬ。じゃが、ねねと気付かれぬようにな」


 信長様は一言そう言ったかと思うと、視線を正面に向けなおして、弓を弾き放った。


 びゅっ!


 そんな音に一瞬怯んでしまう。



「ぎゃあ」


 そんな声に視線を向けると、信長様の弓に射られて、壁から一人の兵が落ちた。

 でも、一人倒しても、焼け石に水。

 すでに多くの兵が壁を乗り越えて来ようとしていた。



「わぁー」


 喊声と共に、庭に侵入してきた敵兵に襲い掛かる信長様の警護の者たち。

 目の前で繰り広げられる戦い。

 血しぶきに、悲鳴。

 初めて見る光景に、私が固まってしまっている間にも、信長様は弓矢を放って行く。


 びゅっ!


 信長様の弓に射られたのか、すぐに「ぎゃっ」と言う男の悲鳴が聞こえる。

 目を向けるのも怖い。

 膝はがくがくと震えている。

 止まれ! と命じても止まりやしない。

 思考が停止気味の私はただ立ちすくんでいるだけ。


 びんっ!


 ちょっと違う音と共に、信長様の弓の弦が切れて、テンションから解放された弓の木が真っ直ぐになって、小さな振動を繰り返している。


「ちっ」 そんな表情をして、信長様が弓を捨てた。

 それと引き換えるかのように、敵兵が放った弓が信長様の肩に突き刺さった。

 白い着物を赤く染めていく血。



「上様ぁ」


 事態に気付いた蘭丸が信長様の前に駆け寄ってきて、自らの身を盾にした。

 その蘭丸の声がようやく私の思考回路を動かしはじめた。



「上様。

 抜け道がござりまする」

「まことか?」


 信長様が肩に突き刺さった弓矢をへし折りながら、私に目を向けた。


「は、は、はい。

 このような事もあろうかと、官兵衛が密かに造らせておりました」

「よし。ねね、案内せぇ。

 長益、蘭丸、ついてまいれ」

「こちらです」


 そう言って、ちらりと戦いが繰り広げられている庭に目を向けながら、小走りに移動を始めた。


 次から次へと壁を乗り越えた敵兵が侵入してきていて、その数の差は拡大を続けている。

 今はなんとか、持ちこたえてはいるが、信長様側の戦力には限りがある。

 敗北は時間の問題。

 しかも、敵の中には火矢を放っている者もいて、すでに建物の一部は炎を上げ始めていた。


 歴史通り、本能寺が炎に包まれるのは確実らしい。

 歴史と違うのは、信長様が生き残る事。

 それを実現するため、官兵衛に教えられた場所に向かう。


 正面の部屋の中にも火矢が突き刺さっていて、畳が燃え始めている。

 恐怖なんて感情は、もう麻痺していた。


 その部屋の奥の閉じられたふすまを開いて、さらに奥の部屋を目指す。


 さらにその奥。


 たどり着いた部屋の奥の一段高い板の間。

 花が活けられた壺とその下に敷かれた布をのけると、10cmくらいの幅の板で覆われた床が姿を現した。


 一番奥の板の隅を右手で押えて、体重をかけた。

 手をかけたのとは反対側の板の隅が跳ね上がる。

 その板を取り除いた隙間に右手を突っ込む。


 聞いている話では、残りの床の板は一組のふたに仕上げられていて、壁際のかんぬきで床から動かないように固定されている。

 そのかんぬきを外すと、床は取り外す事ができるらしい。


 手探りで手を動かすと、四角く加工された木が手に触れた。

 これに違いない。

 握りしめて、動かしてみると、容易にずれていく。


 手に握りしめていた木が止めていた何かから外れた感触と共に、重力に引っ張られた。



「外れた」


 私はその木を手放して、起き上がると、床の木の部分を引き上げた。

 容易に床から外れた蓋状の板の先に、土だけでできた階段が現れた。



「明かり」


 信長様の声に、長益と蘭丸がその場を一旦離れて、ろうそくを手に戻ってきた。



「貸してください」


 そう言って、蘭丸から一本のろうそくを受け取る。

 すでに火の手はかかなりまわっていて、隣の部屋にも火がおよび、辺りはオレンジ色の光が闇の暗さに勝り始めていた。


「行きます」


 そう声をかけて、私は真っ先に暗い隠し通路の階段に足を踏み入れた。


 入り口付近の階段は土だけだったが、少し先は石で固められていた。


 この入り口部分は全て土で固められているが、その外側には少量の火薬が仕掛けられていて、爆破により塞がれる構造だと聞いている。



「上様」


 背後から聞こえてきたのは蘭丸の声。

 振り返ると、私の後ろは長益、その後ろが信長様で、一番後ろの蘭丸はまだ部屋にいた。



「この床は私が元に戻しておきます」


 置いてあった布と壺。

 それを残って元に戻すと言う事だろう。


 信長様を助けるためなら、自らの命も棄てる。

 胸の中が熱くなった気がした。



「うむ。蘭丸、頼んだぞ」

「上様、ご武運を」


 そう言い残して、蘭丸が外されていた床の板を元に戻すと、隠し通路の中はさらに暗くなった。

今週、評価とお気に入り入れて下さった方、ありがとうございました。

本能寺の変の続き、更新しました。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ