信長様っ!
私の言葉に、伴天連たちが驚いた顔を向けた。
「地球が中心なのではなく、太陽が中心なんです」
どうせ誰にも分からない言葉なんだから、大声だっていいはずなんだけど、気分的に小声になってしまうのか、それとも信長様(仮)に遠慮してなのか、私の言葉に、伴天連たちが顔を近づけ小声で会話を始めた。
その雰囲気を信長様(仮)がじっと眺めているのは、きっと伴天連たちが反論してくると感じ取っているからだろう。
やがて、真っ赤な顔で異国人の伴天連が否定した。
「そう言う考えを持つ者はいるにはいますが、その考えは誤っております」
「なぜ、そう思う?」
「ここは神が造られた人間が住む特別な世界だからです」
「答えになっておらぬが、まあよい。
ねね、どうしてじゃ?」
「説明をできるだけの知識なんて持ってないしぃ」
この時代の人に、一般人が説明できっこない事だけに、口先を尖らせながら言った。
「見よ。説明できないではないか!」
異国人の伴天連が、怒鳴り気味の大声で私に向かって言った。
「それはあんたもじゃん!」
負けないくらいの勢いで言い返す。それに、きっつい視線を付けちゃう。
「何を言うか。
我々は説明したではないか」
「あんなの説明じゃないし。
これはね。宗教じゃないのっ!
科学的根拠が必要なのっ!」
「かがくてきこんきょとは何か?」
「そんな事説明できませんっ!」
「説明できなければ、我らの勝ちである」
「あんたは子供かっ!」
「待てぃ」
ちょっと険悪な雰囲気になりかけたところに、信長様(仮)が割って入った。
「この話、どちらが正しいかは決められぬようじゃ。
わしを納得させるだけの話ができるようになったら来い。
言っておくが、わたしはデウスの教えを広める事は許可したが、わしが信じた訳ではない。
よって、デウスを根拠にする事はまかりならぬからな」
私がそう言っても引き下がらず、逆に食って掛かって来ただろうけど、信長様(仮)の威厳には逆らえないらしい。
伴天連たちは大人しく頭を下げた。
「下がってよい」
その言葉に、伴天連たちが引き下がって行く。
後で聞いた話では、二人は名をフロイスとロレンソと言うらしかった。
私に背を向け、さっきまでいた部屋に引き上げていく信長様(仮)。
そろそろ(仮)をとっていい頃かもしれない。
そんな威厳を私も感じずにいられない。
「信長様、お教えくださいませぬか」
信長様(仮)が、私の言葉に足を止めて、振り返った。
「なんじゃ?」
「失礼ながら、道三殿とのご対面の日、どうして藤吉と二人だけで、しかもあのような格好で対面に臨まれようとされたのですか?」
「うん?」
信長様(仮)は少し怪訝そうな顔をした後、にやりとした。
「ねねだけに、教えてやろう。
相手は道三じゃ。ただの対面ではすむまいと思うてな。
度肝を抜く事が必要と考えたまでじゃ。
あの格好に、二人っきり。道三の度肝を抜けるかと思うたまでじゃ。
じゃが、ねねはもっと面白い話を聞かせてくれたでな、考えを改めたまでじゃ。
まあ、子供ゆえ、ねねは目が点とか訳の分からぬ事を申したが」
また言われちゃったよぅ。
一度焼きついちゃった人の印象はとれないみたい。
「じゃあ、その後は?
桶狭間の時もですし、天下布武の時も、うつけっぽかったのはどうしてですか?」
「は、ははははは」
信長様(仮)は大笑いを始めた。
なんだか、笑いにも威厳を感じてしまう。
(仮)を外せる答えが! と、高まる期待。
「何度も、裏切られてるのに、懲りないねぇ」と、別の私が予防線を張った。
高まる期待と、期待と、期待に不安。やったぁ! 期待の方が大きいよぅ!
「それはの」
語り始めた信長様(仮)のくちびるに視線と意識を集中させる。
「わしは世を欺くためと、うつけの方が気楽ゆえ、ふりをしていた訳じゃ。
それに周りは強敵ばかりじゃでな。油断させておかねば、全力で攻めて来られては勝ち目もない」
「では、あの時のエロい発言も?」
「えろいとは?」
そ、そ、そんな事、口に出せないよぅ~。
でも、言わなければ話通じないしぃ。
勇気を振り絞って口にした。
「そ、そ、その中に入れるとか、な、な、中に出すとか」
口はどもるし、きっと顔も真っ赤に違いない。
「おお。あれか。
あれはねねを試したかったので、試したまでじゃ。
ねねはいつぞや、清州の城の門番にからかわれておったのを覚えておるか?」
その言葉を思い出して、さらに真っ赤になりながら、頷いた。
「マジで、子供のねねが、そんな事を知っておるのか試してみたくなったのじゃ」
ひぇぇぇぇ。完全に私がからかわれてたって訳?
衝撃の私にかまわず、信長様(仮)は言葉を続けていた。
「じゃが、義元を討った後は止めたのじゃ」
「えっ?」
でも、天下布武って、私が教えた時も、それからもずっとうつけだったじゃない。
私の顔に浮かぶ疑問。
それを読み取ったのか、信長様(仮)がその答えを語った。
「その後は、ねねの前でだけ、うつけを続けておったのじゃ。
なぜだか分かるか?」
質問され、立場逆転の気分。
目の前の信長様(仮)が切れ者で、私が教えを乞う立場。
私が首を横に振ると、その答えをゆっくりとした口調で語ってくれた。
「それはの。
その方がねねもわしに話しやすいじゃろうと思うての事じゃ。
わしはねねの話を聞きたかったしの。
実際、ねねはわしに好き勝手言うておったではないか。
気兼ねなく話せたのであろうが」
マジですかっ!
私はお釈迦様の手のひらの上で暴れている孫悟空だったんですかっ!
マジ、信長様です。仮とらせていただきますっ!
信長様の真の姿を読めずに、うつけと信じていた私の方がなんだかうつけじゃない。
「もっと、早く言ってくださいよっ!」
ちょっと、口先を尖らせながら言ってみた。
もっと早くこの人がうつけの殿ではなく、信長様と分かっていたら、この世界の景色も変わっていたかも知れない。
なんだか、ぷんぷん気分で時間を損した気分じゃない!
「でも、信長様に好きですっ! なんて、言えないんだからね」と、冷静な私が熱を帯びてきた私に水を差す。
「じゃが、ねね。これまで通り、そちの面白い話を聞かせくれ」
りりしさと優しさが混じりあった笑顔で、信長様が私に言う。
「もちろん。喜んで!」
私も目いっぱいの笑顔で答えた。
この世界に来て、一番の笑顔のような気がした。
評価にお気に入り、入れて下さった方、ありがとうございます。
水曜の定期更新です。
よろしくお願いします。




