信長様(仮)!
しばらくすると、長秀が二十人ほどの鉄砲を持った兵たちと共に現れた。
長秀がうつけの殿の前の地面に片膝ついて、頭を下げた。
「上様、お呼びでございまするか」
そう言って、顔を上げてうつけの殿を見た。
「成果を見せてみよ」
「はっ。ただ今」
長秀は立ち上がると、従えて来た鉄砲隊に顔を振って合図を送った。
鉄砲隊が走って、隊列を組み始めた。
も、も、もしや。
そんな気持ちも湧き上がってくる。
でも、騙されないぞ! と言う気持ちの方が強い。
最前列には、鉄砲を構えた人たち。
その後ろに、二列で待機する人たち。
も、も、も、もしや、今度こそ来たぁぁぁぁ!
「いえ。まだまだ油断できないよ~」と、裏切られ続けてきた事を引きずる私が言う。
ごくり。と生唾を飲み込んだ瞬間、長秀の声が響いた。
「放てぇぇ!」
その言葉と共に、轟く銃声と硝煙。
銃を放った兵たちが最後列に回り、二列目にいた兵たちが銃を構えたかと思うと、引き金を引いた。
再び轟く銃声と立ち込める硝煙。
再び銃を放った兵たちが最後列に回り、最初は三列目にいた兵たちが引き金を引いた。
「う、う、嘘っ」
思わず声が出てしまった。
それだけじゃない。私の体から力が抜けたかのように、へなへなと座り込んでしまった。
心の奥底ではやはり期待していなかった。
そのギャップが大きな衝撃となって私を襲っていた。
鳴りやまぬ銃声。
立ち込める硝煙。
紛れもない三段撃ち。
「どうじゃ、ねね」
へたり込んでしまった私を見下ろしながら、得意げなうつけの殿には天下人のオーラが!
これまでにも、時々感じていた天下人のオーラ。
それは錯覚だと思っていたけど、何だか今日のうつけの殿は一味違っていて、本当に纏っていそう。
今までの事は全て偽りの事と水に流して、こ、こ、これから、信長様と呼ばせてください! と、言いたくなってしまう。
「これなら、武田の騎馬隊に勝てそうか?」
返す言葉を失っている私に、うつけの殿、いいえ、昇格して仮免許の信長様(仮)が、自信ありげに言った。
「す、す、凄いです。圧倒されました」
「であるか」
そう言って、信長様(仮)は大笑いした。
「で、ですが、これだけでは足りませぬ」
真剣な顔つきで私は言った。
私は知っている事、全てを話して、信長様(仮)の役に立ちたい気分。
今までは、単に歴史を正しい方向に導くためだったけど、今はこの人のために! そんな気分。
「やはり足りぬか」
信長様(仮)が真剣な表情を私に向けた。
「はい。おそらく、鉄砲の有効射程距離は100mほど」
「ひゃくめーとるとはなんじゃ」
はっ! あれからもずっと、この世界の単位、勉強してなかった。
「今まで、その事ほったらかしたままの私こそ、うつけなんじゃないの?」と、頭の中で冷静な私が、冷たく言い放つ。
きっと、その視線は冷たい視線!
「ひぇぇぇぇ」と、反論もできず、自己嫌悪で頭を抱え込む私。
「ねね。どうした?」
信長様(仮)の言葉に、とりあえず顔を上げて、信長様(仮)を見た。
恥ずかしさで顔が赤そう。
大きく息を吸い込んでから言った。
「いえ。だから、鉄砲の玉が届く距離とですねぇ」
とにかく、話を続けようとする私に、信長様(仮)が大笑いを始めた。
「ねねは昔から、数が不得意じゃったからなぁ」
また言われたその言葉に、むっきぃーと怒りたくなるはずなんだけど、そんな気になれず、真っ赤な顔のまま俯いてしまう。
それは自分の勉強不足と言う恥ずかしさと、うつけの殿から信長様(仮)に格上げされたこの人の威厳のようなものから。
「あ、あ、あの」
「馬を防げばいいのじゃろ?」
にんまり顔の信長様(仮)。
「は、は、はい」
「馬など柵を設けて防げばよい。
ねねが言う鉄砲玉の雨を武田の騎馬隊に降らせてくれるわ」
そう言って、私を見つめる信長様(仮)の顔つきのりりしさには、くらくらしそう。
信長様(仮)がにやりとして、言った。
「ねねの意見を聞けて、自信を持てたわ。
これで、武田の騎馬隊をひねり潰してくれようぞ。
大義であった」
そう言って、信長様(仮)は硝煙と銃声が立ち込める中、大笑いして引き上げて行った。
信長様(仮)から届いた長浜の城に戻った私への手紙。
そこに書かれていたのは、私を褒めちぎり、私をぞんざいに扱うサルを非難する内容。
その効果はてき面だった。
サルは自分の行いを悔い改め、私への態度を改めると誓った。
一方、信長様(仮)は義昭を追放し、長篠で武田勝頼に大打撃を与えた。
日ノ本一の騎馬隊は、鉄砲と言う新兵器の前に崩れ去った。
東方の大きな脅威を取り除いた信長様(仮)は北陸を勝家に、中国をサルに任せる事にした。
そして、安土に新城の築城を始めた。
私の歴史の中では「幻の」が付く安土城である。
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